ラベンダー畑

庭の片隅のハーブコーナー、
ラベンダーがいっぱい。
ラベンダーのように
癒し系になりたいな。

きょうはいろいろ考えますね

2020-08-15 23:51:25 | 日記・エッセイ

戦後生まれなので終戦記念日といってもピンとこないのが本音です。

でも、親は、戦後の世の中で苦しかったけれど生きて

子育てをしてくれたのだなと振り返る日にしています。

私の父は、海軍の特攻隊でした。死ぬ覚悟で敵に対戦していったとも聞いています。

当時の戦闘機事情で不時着したり、エンジントラブルで

引き返したので生き延びたようです。

父が自費でその頃のことを手記にまとめました。

冊子で我が家にも残っています。でも、中身を見るのが怖くて

最後まで読んでいません。ことしは、しっかり読もうと思っています。

 

今、私が生きているというのは、父が復員して結婚した結果です。

帰ってこなかったら私の存在はありません。

20代の私は、父の戦争体験の話を聞くのがいやでした。

避けていたのかもしれません。悪かったと思います。

もっと、話を聞いてあげたらよかったと反省しています。

私もシャイだし、父もシャイだったから二人の会話はあまりなくて。

 

ただ、息子が高校生の時に悩みを電話で父に話したら

長い手紙をくれました。

父も母も他界していなくなったいま、やっぱりさみしいですね。

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2 コメント

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Unknown (itudemoyumewo1228)
2020-08-16 14:58:07
私も 父が他界した時
なんとも 自分のベースが頼りなくなった気がしました
そして今 母の認知症が進んで
私の事はまるで分らなくなりました
母自体は元気なのに なんとも不可思議な
孤児になった気分でした
この還暦を過ぎた 孫もいるばぁばなのに
どこか 親に頼っていたところがあるのでしょうね?
父が亡くなった時 思った事・・・
(そっか 親って 死ぬんだ・・)でした
馬鹿ですが どこか心の中で 
親はいつまでもいる・・って言うような捉え方をしていたのでしょうね?
母はまだ 健在ですが
もう 私達兄弟の昔の事を聞いても わからないんだ・・と思うと
過去が全部消えてしまったようで 心もとない気分です
認知症の残酷さを身に染みて感じています
思いはいっしょですね (トマト(みもざ))
2020-08-16 17:10:31
コメントを読ませてもらっておっしゃることが
よくわかります。
両親が健在の時、親が死んでいなくなるなんて
思っていなくて・・・・。
いつまでも生きていると思っていました。
現実は「ガーン!」と衝撃ばかり残って。
70歳に突入しても「そばに親がいたらいいのに」と思います。
あんなことこんなこと話したいな。
相談したいなと。
どんなふうに私のことを思っていたのだろうか?
でも、これだけは言えます。
愛してもらっていたんだなと。

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