「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

      一日早い”出初式” 東京の「119」番トラブル

2011-01-06 07:18:13 | Weblog
東京消防庁の「119」番通報システムが、何かの不具合から昨日朝から4時間余かかりにくかった。「119」番は火事や救急車出動要請など緊急電話である。長時間ストップすれば都民の生活に支障を来たし、大災害でも起きれば一大事だった。幸い無事でなにより。今日6日は出初式。消防庁にとっては一日早いとんだ出初式となった。

「119」番の不調で消防庁は上空にヘリを飛ばしたり、都内の高いビルの屋上に消防署員を派遣して見張をしたそうだ。東京も高度成長以前には高層の建物などなく遠くまで見渡せた。だから江戸時代から続く「火の見櫓」程度の望楼でも十分まにあった。今、その一つが港区高輪に残っている。品川から目に行くバス通りにある高輪消防署二本榎出張所の建物兼望楼がそれだが、昭和8年建造当時は東京湾まで見渡せたそうだが、今はビル街に埋没してしまった。

戦前は、僕の住んでいた東京でも各地に「火の見櫓」が残っていた。そして想い出すのは新年の消防の出初式だ。昔はたしか皇居前の広場で行われたが、江戸の日消し時代の伝統なのか、僕の住んでいた町の消防団もこれに参加していた。近所の消防団のおじさんたちがはしご乗りの練習をしているのがみられ、僕たち子どもも物置からハシゴを持ち出して”出初式ごっこ”をしたものだった。

Wikipediaによると、東京で「119」番制度が出来たのは昭和2年とある。しかし、僕がこの制度を知ったのは戦後である。昭和30年の初め旧警視庁一階に消防庁の司令室があり、僕らかけ出しの事件記者は、この部屋をまわるのが日課になっていた。この時代になって、やっと電話がそろそろ普及してきた。だから戦前僕らが「119」制度を知らなかったのも当然だ。