葦津泰國の、私の「視角」

 私は葦津事務所というささやかな出版社の代表です。日常起こっている様々な出来事に、受け取り方や考え方を探ってみます。

津波に子どもを失わないために

2011年06月05日 11時21分42秒 | 私の「時事評論」


 避難したのに流された

 たびたびニュースでも扱われて皆が知っている事件だと思うが、今回の地震が起こったときに、地震の想定マニュアルに従って、小学校の校庭に整列して待機させ、そこに大きな津波が襲って子供隊が一瞬のうちに浚われるという悲しい事故がいくつか見られた。ほとんどの流された子供たちが、未来ある貴重な命の芽を摘まれてしまった。
 津波に流された人たちは運よく浮かんでいたり、流木などにつかまっていた人は大半が救助できる。だが今回、救助の携わった人たちから聞く言葉だ。
 「津波に流された人はなぜか家具やごみの下、水中などにもぐってしまう。犬猫や家畜など、動物類は浮かぶのにね。たまたま浮いているこどもなども、頭だけが水中にもぐっていて溺死しているものが多かった」との話を聞いた。
 東北沿岸は日本有数の漁港の街、そこの救助活動に当たった人、被害者たちから何人もからこの話を聞いた。
 漁師は言った。
 「せめて俺たちが海に出る時みたいに、簡単なライフジャケットでも配ってあったら、何千人の人の命が助かったのではないか。こんな子供たちの姿を見ることが、何よりつらいことだった」と。
 ライフジャケットとは、船や飛行機に乗るときに乗客に配られる黄色いチョッキのようなもの。水に触れると自動的にガスが内部で気化して着ている人は流されても頭を水中に出して浮かんでいる。ジャケットの生地も強くて、船や飛行機に常備してあるそれは、衣服に位置を知らせる無線やライトが点滅して、何日間か飛行機や船から見つけやすい機器もつけられている。
 それが装置にもよるが、一着2000円台から数千円市販されているのだ。水産庁のデータを見ると、これを装着していれば70%の人は救助されるという。

 これを学校に配ろうではないか

 青森県の八戸などでは、事前に海に近い小学校にはライフジャケットを配り、地震に流されない対応をしていた。幸い津波で市街は被害を受けたが、学校や幼稚園ぐるみで全員が海に浚われたような事態はなかったが、万一襲われても、岩手や宮城、福島などのような惨状にはならなかったろう。
 所かわってわが住む鎌倉、孫が小学校の一年生であの時、やはり校庭に整列してしゃがんで地震の収まるのを待っていたという。聞いて私は驚いた。小学校の敷地は関東大震災の時の津波は何とか逃れたが、歴史を調べると過去の何度も津波に洗われている。地震がずれていてよかったが、直撃されれば、東北地震の小学校の二の舞を演じ、孫も戻ってこなかっただろう。このほかに、幼稚園や小学校など、付近の施設はみな同様の対応だった。

 「東北の津波に浚われた犠牲者はもう戻らない。だが彼らの悲しみを、いま生きている人の安全に生かし、同じような悲しみを減らすのが、彼らにとっての供養にもなるのではないか。彼らの死を無駄にしてはいけない」

鎌倉は東北地方に親近感が強い地域だ。源頼朝が、今回地震の起こった地域の武士たちに応援をされここ鎌倉に幕府をたてた。その後も親睦を続けてきたとの強いので、震災以降、なんとか応援に努力したいとの意識は強かった。鎌倉からは東北災害者支援のために、海岸でサーフボートなどで楽しむもの、街の活性化を語り合うものなどから声が起こり、相次いで支援の道具や物品を積んで親近感のある東北にグループを作り次々に応援に出かけていた。東北には以前から私と連絡し合っている人たちが、東北支援にために活動している。その両者が偶然現地で親しくなった。
鎌倉のグループは鎌倉市長の肝いりで、鎌倉の地震対策の研究も兼ねてきていた。また鎌倉には震災の復興を神々に祈り、鎌倉時代の神事流鏑馬を実施して頼朝も崇敬した八幡宮に祈念、東北に神の応援を祈るとともに支援金を集めて現地に送ろうという、私どもがやり、鎌倉市や多くの団体がやる行事なども大成功した後であり、雰囲気はだんだんと盛り上がってきていた。

 そんな活動に加わったものが声を掛け合い運動の切り口がまとまった。
「鎌倉で率先して小中学校や幼稚園養護施設などにライフジャケットを備える活動をしよう」

 こんな動きは急速に具体化した。市長も積極的に賛同し、応援の市議なども口を添え、それを湘南海岸の全市にも伝えて、来るべき東海地震などの大津波にも備えることにしようということになり、子供を守る防災対策が充実する見通しが立ってきた。

 我々は菅内閣ではないのだから

 みていると政府の震災対策はなかなか進まない。東北大地震が襲うその前に、政治の世界に東北並みの大地震が襲い、機能マヒしているのだとしか言いようがない。菅さんが続けるかやめるかしか注目されず、東北の復興などは二の次だ。しからば民の力で次々に復興をしていく以外にないだろう。
 日本人の生き方、武士道や天皇制度に関心を持つ国々は多い。そんな国々は日本がどう復興するかを注目している。そんな中、アラブの王国・オマーンの国がこの話を聞き、日本の震災よりの回復に大きな効果があると、鎌倉市長にライフジャケットを五百着、寄贈してくれることになった。オマーンはこのほかに、東北地方で作成する汚水から飲料水を作る装置を大量に発注し、東北の被災地で使用したのちに砂漠の時刻に送ればよいとの発注もしてくれたし、アラブの国々を集めて復興支援のバザーを開き、巨額の復興への寄付などもしてくれて、我々に温かい目を注ぎ続けている。

 世界の友情に支えられ、できるところから震災復興に力を入れ、また今まで以上に住みよい国に我が国をしていく。やりがいのあることである。