葦津泰國の、私の「視角」

 私は葦津事務所というささやかな出版社の代表です。日常起こっている様々な出来事に、受け取り方や考え方を探ってみます。

北朝鮮の噂から

2011年01月26日 17時50分53秒 | 私の「時事評論」
厳しい今年の冬



 北朝鮮にも猛烈な寒波が押し寄せているという。共同通信の伝えるところによると、昨年末から本年正月下旬までの約一月の平均気温は氷点下4・9度という猛烈な寒さ、最低平均気温は-15・6度になり、これは1945年の独立いらい最低の温度だという。

 私は中国と北朝鮮の関係を、国内にあふれた政府やマスコミ好みの情報ではなく、世界に通用する客観的なものが欲しいと思ってささやかに調べているのだが、そんな中でのデータでは、北朝鮮の石油確保量は、原油で年間80万トンにも満たないだろうと推測されている。このうち中国から輸入しているものが年間50万トン、ロシアからのものが20万トン、これ以外にはほとんど石油が入ってこない。

 ただ総計が80万トンといっても、これだけではどの程度の量だか見当がつかないだろうが、日本の成田空港だけで年間使用する燃料の量が150万トンだということ。一国の輸入量が一つの空港だけの三分の一に過ぎないことと比べてみてほしい。

 寒い北朝鮮の地で暮らす北朝鮮の国民に、石油がいきわたる量などはほとんどゼロに等しい。この国の暖房は薪などくべるオンドルだが、石油はボイラーや車の燃料のほか、肥料や工業の原料にもなる。それがなくなってこの国の農業は壊滅状態になり、折から、北朝鮮では家畜の口蹄疫が蔓延しており、厳しい資源のくになので、感染した家畜もそのまま食用に供されていると聞くが、伝染防止のため消毒する材料もないという。

 寒さと飢えに打ちひしがれた2400万の民は、食料不足でもう400万から500人も死んだという。ぬくぬくと毎日を暮らし、有り余る食料を費消している我が国では考えられない姿である。



軍にも燃料がない



 いまの世界は、石油が国の命のような構造になっている。こんな総額80万トンの石油量の中で、軍が使用している石油が、年間30万トンと推定されている。これは日本の自衛隊の使っている年間石油燃料の5分の1である。石油の量が足りなくなって軍用飛行機や戦車は持っているのだが、燃料がなくて休業状態にある部隊が続出しているという。演習などが行える状態にはなく、昨秋の北朝鮮の突然の韓国砲撃事件の後、それ以上放火を交えるだけの力は北朝鮮には無かったので、有り余る燃料を使いまくって米韓両軍が近海で演習を実施して挑発したのにも燃料がない、黙ってみている以外、実は方法がなかったのだというような情報もある。

 私はあの米韓演習の時、この挑発に、別の理由から北朝鮮軍は乗らないだろうという観測を書いた。だがその背後には、ここに並べたような北朝鮮軍の厳しい資源不足の実情もあった。北朝鮮は、その資源をほとんどといってよいくらい依存している中国の承諾なしに、独自に軍事行動などを起こすだけの力がない。時局展望をするときにはこのことも、念頭に置いておきたい大切な要素と思う。



北朝鮮は中国の支配のもとの国なのだ



 北朝鮮に対する拉致家族返還の交渉、あるいは核拡散防止の働きかけ、その他で日本は厳しい交渉を続けている。交渉の経過においては、北朝鮮の説得のため、応援してくれと中国に協力を申し入れ、

「中国も北朝鮮の非常識な対応には手を焼いている気配である」

などという観測がニュースなどでは大真面目で語られている。

 だが私はそれには大きな疑問を持っている。北朝鮮は、中国があの地域に中国の息のかかった属国として存在することを、国際的に有利と考えているからこそ、世界の潮流に反抗し、いうことを聞かない独立国としての存在を認めているに過ぎない国だと判断して眺めることにしている国だと思うからだ。

 中国とその他の国々との間には、人権問題にしろ領土問題にしろ経済問題にしろ摩擦が多い。そんな摩擦を受けながらも最近は急速に中国は世界の大国へとまっしぐらに進もうとしている。そんな潮流の中で、外から見ると中国以上に極端な国、誰もこんな国になどは外国から住みつきたいなどとは思えない国が北朝鮮である。

 こんな国が存在することで、世界の中国に対する厳しい批判をかわしたり、この国に対して説得役を受けて立ち、

「中国もなかなか説得できないで困っているのだ」

などと国際道義にのっとったポーズをとるために存在させているのが北朝鮮なのではないだろうか。

 中国にとって、北朝鮮を自国領に併合することも韓国と併合させることも実に簡単なことだと見える。中国からの石油供給を止めてしまえば、それだけで北朝鮮は生きていけない。そんな点から見れば、北朝鮮の核武装などは、中国の間接的な承認がなければ考えられないことなのだ。六か国協議での中国と北朝鮮の芝居に乗せられては何の解決にもならないのではないか。

 昨秋の南北朝鮮の緊張状態も、そんな点から見れば観測は簡単である。もっともこの手の合理的観測は、自爆テロのような破れかぶれの作戦には往々にして煮え湯を飲まされることがあるのだが。



激しい鎖国政策と圧政の中で



 食べるものもない、自由もない。国民には生きる権利も無いように見える。そんな中にある北朝鮮では、最近公開処刑が盛んに行われているという。加えて脱北者に対する無条件射殺命令なども出され、国内で人を集めて公開処刑にされるものも前年に比して3倍にも増加しているという。

 「金正恩氏による後継体制を定着させるため」

だとされているが、北朝鮮の国民に世界を見せない、世界の国情を知らせないという監視体制はいよいよ厳しくなってきているようだ。

 しかし、いくら厳しい体制を固めようとしても、自立する能力のない組織はいずれ破たんする。ただその破たんが、従来のように、影の宗主国中国の方針によるものか、あるいは自然現象として暴発するものか、二通りあることもそろそろ両者を加えて検討しなければならなくなったというべきだろうか。

写真は冬の北朝鮮(WEBより)

日本にある歪んだ舶来礼賛の風潮

2011年01月22日 20時29分23秒 | 私の「時事評論」
世界の常識は日本の非常識


 最近、我が国と近隣諸国との外交関係が円滑に進んでいないことが相次いで表面化して、日本国民の心理を不安なものにしている。


 そんな傾向は以前から目立っていたのだが、特に昨年、終戦時から長く続いていた自民党を中心とする親米追従路線ともいえる国内政権が民主党中心へと代り、それとともに戦後の教科書に書かれているような空想的センスを教えられてきた新しい層が実際に政治を担当する時代になり、その空想に基づく発想の故に、政治も外交もことごとく失敗する事態が呆れるほど露骨に繰り返されるようになって、国民の大半も戦後教育を受けたものなのだが、どうしてこんなに躓くかが分からずに、ストレスばかりが嫌が応にも高まる傾向を見せる時代となった。

 鳩山首相は、日米安保体制がその実体がどんな性格のものであるかとの現状を冷静に見る情報も認識もなく、安易に沖縄の軍事基地を県外または海外に移そうと言いだして米国の厳しい怒りと圧力にあい、挫折して内閣を投げ出した。次いで首相の座に就いた菅首相の内閣も中国の尖閣列島侵略に、国際常識を知った正統な対応ができず、国内での責任逃れで逃げようとした。その日本政府の無策さをあざ笑うかのようにロシアの大統領が北方領土にやってきて、この地はもうロシアのものだと強硬にアピールした。

 国際問題ばかりではない。全共闘のOBたちなど、まるで学級委員会での常識程度しか力のない連中には、まともな国政も国会運営も荷が重い。野党の議員たちとて、似たような戦後教育育ちだ。国会の機能はおかげでマヒして、国政はいつ動くのか見当もつかない状態だ。地方自治体までが、こんな政府の言うことは聞けないとどんどん反旗を翻すようになった。

 国際関係は厳しい。日本がその憲法の前文に記しているように諸外国の日本に対する善意のみに期待し委ねて信頼していたら、どこまで領土や権益が削り取られてしまうかもしれない。そのことにようやく国民は気付き始めたのだが、政府にだけは通じない、加えて突然、南北朝鮮が本格的軍事衝突寸前の状態となり、日本にも大きな影響が襲うかもしれない緊張状態までが訪れた。経済では中国が急速に伸びてきて、日本の確保してきた世界第二位の国民生産もついに中国に抜かれてしまい、スッカリ地位も低下した。

 国際関係がどのような厳しいものであるのか、そんなことを60年間以上もまともに考えてこなかった日本は、まるで江戸末期、政情がついにほころびを見せ始めた幕末に、西欧諸国の黒船が相次いでやってきて鎖国の夢を破られた時のような、国民がそろって、不安な噂ばかりしてうろたえるような状態になってしまっている。



 日本は一種の半鎖国状態を歩んできた

 どうしてこんな馬鹿馬鹿しい悪夢が再度日本に訪れることになったのか。その原因はまず、基本には日本人の伝統的国民性があるだろう。それに大切な視点は日本のたどってきた歴史、そして昭和20年からの米軍統治(敗戦後の日本は占領下にあったが、統治下にあったとするのは言いすぎだという人がいるのかもしれない。だが、主権の行使ができず、全てが占領軍の許可のもとに行われた政治環境のもとにあったこと、それが統治というものであることを知るべきである)が大きく影響しているというべきだと私は思う。

 日本民族はもともと穏やかな国民性を持っている。数千年の歴史を通じて、日本は大陸から離れた島国であったことが幸いし、諸外国のように異民族による征服に遭い、民族が根絶やしにされるような危機も経験もほとんどなく過ごしてきた。国土の中では政権掌握を狙う小さないざこざこそ経験したが、もともと日本列島は外国の侵略を受けにくいうえ、自然発生的な同じような自然を敬う信仰社会になっていて、その信仰の統一者として祭祀王たる天皇の権威がすべてをほぼ統一している地域であった。

 そんな環境のもとでは、かなり極端で乱暴なな指導者が出てきたとしても、その支配者は異民族の征服者のような過酷な立場はとらない。しかも日本を覆っている共通信仰は、神道という自然崇拝を中心とした農業信仰であり、その共同体の長である天皇は、民のためにと日夜神々に豊作を祈るこれまた地域共通の祭祀王であった。

 こんな時代が千年以上も続いた。海は交通の未成熟な時代においては最も安全な天然の要塞である。偶に大陸から海を越え、船に乗って異民族の者がやってきたり、こちらから船で出かけて外国と接する者もいたのだが、それらは人数にしては船数隻に乗れる人数にすぎず、新しい技術や風物を伝え得ても、力を持って我が国を支配する脅威にはなりえなかった。

 世界の歴史を調べてみると、どの地域でも、最初は日本の状態によく似た半閉鎖的な暮らしから始まっている。だが世界はほとんどが陸続きであり、こんな文明を維持していた文化は歴史の中で、互いに民族同士が侵略しあい支配しあって、激しい争いの中につぶれていった。日本だけにそれが島国であるがゆえに残ったということになりそうである。

 かくして日本には封建時代の鎖国制度実施よりはるかに前の時代から、地理的鎖国の状態が続いてきた。これが日本民族に、異民族に対する経験的実感的な恐怖心や憎悪心を生み出さない基本となった。
 海の外の異民族の文化には、大陸と地続きの文明としての相互交流があるために、日本にない優れたものもたくさんあった。そのため偶々新しい文化をもって日本にくる外来人は、舶来の文化と技術を持ってきた憧れの人々と映り、歓迎されることが多かった。さらに日本文化には、その発祥の時代から、客人(まろうど)を親切にもてなす信仰があり、国民性も育っていた。

 かくして日本にはまるでかつてのインカ民族のように、穏やかで独自の自然崇拝の文化を愛し、人を信じやすい国民性が出来上がり、それに加えて舶来品、舶来技術に対する強い憧れの素質が育てられた。

 加えて、日本の政権争奪は、主として武士という専門武装集団のみの間で争われた。天皇を祭祀王とする日本の信仰文化では、共通の信仰として農民を大切にすること、支配する力を得たら、祭祀王たる天皇より、「征夷代将軍」としての政治の支配者である資格を受けてその座に就くという方式までが定まっていた。誰も天皇の座を狙わないし、農民などを巻き込まないことになっていた。天下分け目の大決戦と武士が決戦をするとき、命懸けで戦う武士の敵味方が、戦う場が田や畑であると、互いに声を掛け合って田畑以外に場所を移して一騎打ちをした、あるいは農民たちが合戦の結果を見ようと弁当持参で見学に来たなどという話が各地に残されているような国民意識、それが普通となっていた。



 鎖国の夢破った明治維新

 そんな穏やかな日本民族の心胆を寒からしめるような黒船来襲の時代がきた。日本の政治の支配階級である武士たちには、日本以外の世界の様子を理解している情報を持つ優秀な者もいた。既に猛烈な武装をした西欧の黒船は、数艘で日本全土を焼き尽くす力を持っている。アジア諸国では多くの国が領土を彼らにとられ、住民を奴隷として連れ去られる国が続出していた。彼らは強硬に日本に開国をせまるだろう。このままでは日本は早晩、西欧諸国の植民地にされ大変なことになる。そんな知識も武士たちは持っていた。

 そこで彼らは明治維新を断行し、いままでは共通の祭祀王として抱いていた天皇のもとにまとまった強固な国を作り、進んだ西欧などの技術を急速に取り入れて、アジア独自の日本文化の持つ精神性を大切にし、アジア諸国の先兵として新しい時代を開こうとした。それが明治からの歴史である。

 だが、そんな維新の理想に燃えて、「和魂洋才」をスローガンにして独立国としての建国を夢見た明治以降の日本なのだが、いよいよその歩みを始めるとなると、産業革命などで、日本とは比較にならぬほどの大きな力をものにした西欧白人文化へすっかり心を奪われ、単純にそれに追随しようとする空気が急速に日本にはびこることとなった。
 維新の立役者であった西郷隆盛が野に下り、討ち死にをした西南の役などは、そんな日本の維新の精神が、「洋魂洋才」の明治以来の舶来崇拝者である新政府関係者に敗れて散った一つの歴史だが、こんな「鹿鳴館」に象徴される傾向は年を追うごとに強まって、やがて日本国の大半が舶来思想にスッカリ占拠された時代になり、昭和に入って、そんな連中が世界大戦を起こして米英中ソなどに負けてしまった。

 私は理想を追いかけようとした日本が、いつしか有色人種の国でありながら、そこに育んだ貴重なものを評価して、独自の繁栄を模索するよりも、舶来崇拝の思想におかされて国を滅ぼした原因も、ここに述べたような日本に育まれてきた島国根性・舶来尊崇思考にあるように感じている。



 舶来崇拝風潮を利用した占領統治と洗脳

 日本に勝ち、日本を占領した米国は、明治以来、西欧の既得権に歯向かい、欧米の発展の妨害になってきた日本を徹底的に骨抜きし、二度とたてないように弱体化することに全力を入れた。その方針は米国が日本との交戦中から周到に準備してきたものだが、細かいところには今回は触れず、別の機会に譲りたい。占領は有史以来の日本は常に悪玉で封建的で時代遅れ、較べて戦勝した諸国はみな正義を愛する善玉だったと日本人の心の底にある舶来尊重意識をうまく使って、日本人を徹底的に洗脳することを中心にしていた。

 日本のみが悪い国で、世界の侵略を試みたからこんな戦争になった。日本人のみが時代遅れで、個人の自由より社会の奉仕を優先し、先輩の言うことを聞き、親の言うことを聞き、世間のことを気にして生きてきた。だから、こんな封建的な国になってしまった。こんな非常識なことが公然と宣伝され人々の頭に叩き込まれ、学校などで教えられた。相当非常識な記述だが、こんな宣伝が毎日毎日、占領軍に活動を許可されたマスコミや政府や自治体、戦後の知識人や学校などで絶え間なく宣伝され、それ以前の日本指導者は追放された。これで鳩山さんや菅さんばかりではなく、日本人が徹底的に洗脳されてきた。

 その上に社会がまとまり力をつけるのを恐れ、無茶苦茶なここの個人の自由ばかりを認めたので、結局国がまとまらなくなり社会が混乱して、ついには鬼子のナチスまでが生まれる土壌になった前科を持つあのワイマール憲法の焼き直しのような憲法までが押し付けられ、しかもその前文には、外国を信頼して流れについていけば、幸せに生きていけるとの、ご丁寧な宣言までがつけられた。こんな宣伝と法のもとの環境が、その後65年も続いたことを忘れてはならない。



 安保は日本のためにあるのではない

 以上が私のごくあらましの歴史理解だ。戦後の時代はこんな流れの上に、米国の占領政治に従順な戦後の政治家たち、ついこの前までの自民党中心の政治環境のもとに親米路線として続けられてきた。だが時の流れとともに、たとえば東西冷戦が終わるなど、この路線も度々変更修正を重ねてきたが、所詮は日本の文化との間には断絶も深い。そのためについには力が尽きて、おかげさまでというか、こんな占領軍の洗脳教育のもとで少年時代から今までを過ごし、それを信じてきた占領当時に、占領軍が骨抜き日本人として描いていたような政治家が新たに政権についたから、こんなバカげた政策選択がされるのは当然のことなのかもしれない。

 こんな観点から沖縄基地の問題を見れば、これは躓くべくして躓いたのがよくわかる。米国が許可して日本の主権を回復したときに、米国は日本にアジア支配の子分となることを日本政府に強制した。その残骸が日米安保条約体制である。安保条約は日本の安全を米国が守ってやることを決めた条約だと言われているが、基地が沖縄に集中しているのはなぜなのか。米国が日本そのものよりも台湾や中国、韓国など諸国やその周辺ににらみを利かすためであることは明瞭である。駐留軍が海兵隊と空軍中心になっているのもそのためだ。逆に日本の危機の時に、米国が必ず支援する義務があるとは当の米国だって考えていないだろう。日本は未だに米国衛星国のひとつなのだ。それを簡単に動かせると思った鳩山首相のほうが準備不足であった。



 外国は日本のために動くのではない

 国際関係を論ずるときにも国とは何か、国際法とは何なのかをしっかり知っておかなければならない。国とはその国の領土を護り、自国民の生命財産安全を守ることを第一とする。そのためお互いに利益はしばしば対立しがちなものである。国際関係は一つの権威のもとに各国が存在するのではなく、それぞれが基本的には自分の力で自分を護ることを原則として、国々が競い合い、ものによって時には利益が合うときは協力もしあう、独立した国と国として協議するためのものだ。
 だから国連や国際裁判所等の組織はあるにせよ、相手に強制する権威などは存在しないと考えるのが普通である。相手がそれを護らないときは、武力に訴えても守らせる。それが法を守らせる力となる。国際法は協議が一致しない時の武力行使、戦争を解決の手段として認めている。

 菅内閣の日中尖閣列島紛争が良い例である。国際法上の領土としてはこの列島は日本の領土とほぼ世界に認められている。ただ、中国などが最近、無理を承知で横から領土権の主張を始めたので、にわかにいま、問題となっている。だからこの領土への今回のような侵犯事件のときは、日本として絶対にしなければならないのはどのようなことがあっても、断固、領土侵犯を阻止する行動である。それがなければこの列島も、いずれはロシアに不法に占拠されている北方領土のような立場にされ、日本は遠吠えするだけで手も足も出ない状態になる。



 憲法の前文は空想の作文なのだ

 憲法の前文にあるような可笑しな論理が我が国にあるので、我が国には日本の国だけで通用して、世界から見ればとんでもない非常識と見えるものの考えやそれに基づく頭った情報が多すぎる。
 政府やマスコミの発表する情報などにはこの種のものが多く、現実の国際間の情報を知るためには、日本国内の情報ではなく、世界の共通認識を一度見なければまともな国際問題の論議ができないようなことが多い。それは世界から、日本の常識は外国の非常識などと評される始末である。

 これは日本の国が力がなく弱腰で、本当はそうでないことを感じながら、国民に厳しい態度をとれないでいるのを知られたくないために、判断の基礎であるべき情報自体までを、政府やマスコミが歪曲して発表すること、あるいは外国から押し付けられた歪められた認識をそのまま情報として流すことが多いためだと言わざるを得ない。

 マスコミなども日本では昔から、権力に真っ向から立ち向かって真実を伝える覇気がなく、脅されないためにあくまで真実を追求して報道しようとしない体質は濃厚だと言わざるを得ない。この問題も今回は触れないことにしておくが。

 こんなマスコミや政治が出てきた根源はどこにあるのか。私はその根源を、昭和時代の戦争と、それにつづいた占領政策にある。さらにさかのぼればそれは鎖国の中を歩んできた日本の歴史にも遠因があるのではないかと思っているのだがどうだろうか。

日本はこれからどう進むべきか

2011年01月19日 11時05分10秒 | 私の「時事評論」
小沢審議は国政審議とは違う



 国会の審議が国民の政治をまじめにやろうとする論議から大いに逸脱している。私はそんな現実を見て日本の政治の正常化には、こんな意識で国会議員がいる限り、まだまだ遠いと失望している。

 小沢一郎氏の政治基盤を作るやり方は、問題の多いやり方だった。そのやり方を放置していたのでは正常な日本の国会運営はできない。そう与野党の国会議員の連中は合唱する。それはもしかすると事実かもしれない。

 だが、いまその小沢の違法性を指摘されているのはどの程度の問題だったのか。それは日本中の国民の生活よりはるかに重要な日本国にとっての優先課題なのだろうか。マスコミは騒ぎ、今日なども新聞は小沢関連記事で埋まっているが、小沢問題は国民生活の将来と天秤量りで比べるほどに重い問題なのだろうか。

 国民の冷静な意識は、本心ではその回答をひそかにマスコミや政治家に求めている。だが、両者とも、それにこたえようとせず、自分本位の狭い考えに閉じ込められて、議員はそろって国政審議を拒否し、マスコミはそれを当然として見守っている。それが実態なのではないか。

 私には、そんな価値観も分からず、国民生活を軽視する様な与野党の議員たちは、そろって辞めてもらいたいと思っているし、いまのマスコミも国民から離れた不要のものと思っている。こんな馬鹿どもが国政を牛耳っている限り、日本がいまの厳しい環境から抜け出すことは、彼らに知恵からは出てこない。そう堅く信ずるからだ。



 何がこの問題の根源なのか

 政治資金はどのように運用しなければならないか。それに関して議員たちが一つの規定を以前に設けた。どうせうまく帳簿を調整すれば、国会議員の作ったお手盛りの自分らを規制する法律のことだ。作ったところで、どうでも操作はできると思って作ったものだったと思っている。これだって、政治家が自分で支持者から金を集めるばかりではなく、税金からまで自分らのために金を取ろうとした目くらましの一つにすぎない。私は政治資金規正法なんてその程度に認識している。

 ところがその運用において、この種のからくりをうまく逃げる名人級だったはずの小沢氏が、その帳簿で五億円ばかりの不完全な記帳をしていることが発覚した。そして小沢氏は検察庁の調べを受けたが、小沢氏は懸命に防戦し、本人はこの行為に関して無罪であるとの結果が出た。

 だが小沢氏はいまの政界ではずば抜けた政治能力を持った実力者だ。検察庁は起訴できないと決めたが、マスコミや野党の政治家などは、これを機会に小沢をつぶそうとこの話に飛びついた。そしてそれに承服せず、あくまで小沢を悪人として裁けと主張、法理論的にどんな仕組みになっているのか純粋に分析はできないが、匿名的なあまり誰も知らない機関が設けられていて、そこが証拠はつかめていないが起訴するべきだと結論付けた。

 それで間もなく彼は起訴される。それを眺めた国会議員の連中が、彼を国会に呼んで証人喚問や倫理委員会に出席させ、彼の不法性を追求しようと騒いでいる。騒ぐだけなら実害が薄いが、彼らはどうしたことか、これを審議しなければ国政を審議する気持ちはないと国民の前に宣言をしている。検察庁のベテランでも起訴できなかった小沢氏だ。素人の国会議員などが、有罪の証拠を出すのは無理だろう。ただ彼をつるしあげて、国民に彼は悪い奴だとの雰囲気を作る。どうせそのぐらいしかできないだろう。品のない汚い話だが、煎じつめればこんなところだ。



 なぜ国政を論議できないのか

 いろいろと論理を展開する前に、断っておきたいことがある。それは私は小沢氏の政論とは全く相反する立場にいて、彼の政治活動を快く思っていない立場にいるということである。終始一貫、私は小沢政治を警戒してきたし、彼の理論が伝統保守の私の立場に、最も困った政敵であるポツダム政治の典型だからである。だが、こんな今の子どもたちのいじめのような国会議員どもの小沢攻撃には賛成できぬし、こんな騒ぎを見ていると、小沢以外の議員たち、そしてマスコミなどが、小沢氏より、はるかにレベルの低い無能力者に見えてくる。

 四億か五億の違法な政治資金の操作、それが許されぬというならば、徹底的に攻めてもよい。だがいまは日本の政治家が、その何十万倍もの費用を左右する国政を無視して、ただこの四億か五億の帳簿操作だけを問題にしていればよい時なのか。いったい国や国民のことを何と思っているのか。私が言いたいのはこのことなのだ。

 日本は戦後初めてという先の見えない景気の谷に入ってしまった。国の予算は収入の十倍以上の累積赤字を抱え、毎日生活に見通しの立たなくなった人々が自殺したり、福祉の網の目が届かないところで死んでいく。中国やロシアとの国際紛争で日本の領土は危機にさらされ、北朝鮮との国交もまともに行かず、戦後六十数年ぶら下がってきた米国との関係もおかしくなっている。社会を見ると親殺し子殺し、いじめによる自殺者などは跡を絶たず、世論調査などを見ると、国民の大半が将来に希望を見いだせないでいる。しかも時代は世界的に、大きな変革の時期を迎えている。

 どれ一つ取ったって、一日も早くこの日本をどうやって正常化させるかに、国政を担当する者は全力を投入しなければならない時期なのだ。それなのになぜ、国会議員もマスコミも、小沢問題を解決しなければ国政審議に入れないなどといっているのだ。このあからさまな国民に対する背信行為、それを無視して黙っていられるはずがないではないか。愚かな議員どもはやめてしまえ。その愚かさも分からぬマスコミは、そろって廃業してしまえ。

 小沢氏の対応が大きな問題というのなら、大切な国政(これは小沢さんの帳簿不明の金額の何十万倍の問題だとわかっているのだろうか)を本気で論じあい、その傍らで自浄のために小沢審議にも手を抜かないで話し合う委員会でも合間に開く。この程度のバランスの取れた扱いを思いつかないのだろうか。テレビなどを見ていると、こんなバランスの良い意見を述べているのは、小沢一郎ただ一人しか見当たらない。

 私がいまの政治家は、そしてマスコミもそろって、小沢以上のレベルにいるものは見当たらないと思うのはこんな状況を毎日、見続けているからである。こんな政情が続くと、それこそファッショのようなものが出てきて、沈滞させられている国民の怒りに火を付け、国は暴走始めて止まらなくなる。政治の歴史でも勉強すればわかることだ。



明治維新の原点を思う

 日本の政治がおかしくなっているのは、歴史本などにはあまり表に出てはいないが、明治維新以来の日本が開国し、「和魂洋才」などというスローガンを掲げて、世界に雄飛する青写真を掲げて出発したのは良いが、当時の西欧諸国の生活や技術水準に「和魂」の理想を見落として、盲目的な西欧礼賛者ばかりになり、日本の歴史、日本的な価値観を忘れ、日本的な思想をすることも忘れて、そろいもそろって肌の色は黄色く背も低いが、二流の西欧人になることのみを夢見て、舶来礼賛の身に溺れてきた結果だと思っている。

 おかげで明治維新当時には維新の志士たちが持っていた、世界に雄飛して世界を改革するだけの気概もなく、世界の流れにただ西欧人の後ろから真似をしながらついていき、いま、西欧的文明が曲がり角に来たその時に、二流のままに曲がり角を迎えた。

 日本の立場というと奇妙に警戒する人が出てくるのもこんな歴史をたどってきただけにやむを得ないのかもしれないが、いまの日本に求められているのは、維新当時から段々西欧礼賛の気風の中で、薄れていった日本の明治維新の気風を、再び呼び戻す以外にないと私は思っている。それは単なる反動頑迷な道を求めるのではなく、歴史を知って日本の個性を知り、「和魂洋才」を本気で追い求めるところから生まれてくる。

 時は少しずつ動いている。大衆はいま、小沢さえつぶせばよいなどと思っているのではなく、明治維新の英雄たちが抱いていた燃えるような心に憧れている。

 そんなことをもう一度考えてみたい昨今である。


遅ればせながらエンジン始動を

2011年01月17日 15時09分25秒 | 私の「時事評論」
無為に過ごした正月



 関東地方は穏やかな新年だったが、寒の入り頃から急に寒くなり、大寒を前にして、朝には時々結氷を見る。ここ数年、雪、氷、霜柱などはほとんど経験せぬ当地の冬だが、夜は思わず暖房を入れたままで寝たくなるなど、おかげで冬という時期を久しぶりに体感している。

 正月以来、昨年持ち越しの前に進まぬ雑務のみに追われ、新年のけじめもつかぬうちにもう小正月も過ぎた。このままでは、だらだらと貴重な一年が過ぎてしまう。自分の余命を考えよう。時は金なり。私はもう七十代の人生だ。身体のかなりの部分が耐用年数を超しているし、残された日々も短い。今年は無為に過ごしたが「来年があるさ」などと暢気な父さんを決め込んでいられる歳ではない。

 同世代の仲間が次々におかしな調子になっていく。昨年暮れに高校以来の仲間たちで忘年会を計画したが、その中の小学校以来の友が、数日前に突然片目が見えなくなり入院、脳梗塞の影響かと診断されて中止になった。このグループは総勢8人、60年近く交遊しているが、彼を含めてもう3人が老人特有の支障によって正常な交際に参加できなくなった。

 日常生活において私の社交は、かつては子供の結婚式や家の新築祝いや栄転など、明るいものが専らであったが、昨年は最も多かったのが仲間の見舞いや葬式、祝いといっても壇上に友が、あわれ腰を曲げ杖を衝き、辛うじて家人に支えられて立たされて、まるで人生送別会のような様になる古希の祝いの席などばかりが中心になった。



 ポインセチアと私



 毎年正月には大きなポインセチアの鉢を居間に飾り、チーズを肴に赤ワインを舐める。人知れず「俺は気障よ」と気取って悦に入るのが好きな私である。老人臭い園芸や盆栽などには無縁無粋の男だが、どうしたことか、このポインセチアにだけは凝っている。八年前の秋になるか、それまで日当たりのよい庭の広い家から今のマンションに越してきたときに、居間に飾る鉢でもと郊外の園芸センターに行ったときにこれを見つけた。

 かつての家には日の出から日没まで、屋根まで透明にして太陽がいっぱいに射すリビング兼サンルームを作っていた、そこに冬じゅう、ハイビスカスやペチュニアなどを季節外れの満開に咲かせ、その中にロッキングチェアーを持ち込んで、コーヒーを飲み、ワインを楽しんでいたのだが、引っ越しでそれがなくなる。そこで今度は妻と交渉の結果、マンションに確保した書斎にこの鉢を置いて冬の間を楽しむことにした。

 ポインセチアは我が国ではよく、クリスマスなどに飾られる。春に挿木をして夏から朝晩覆いをかけて日照時間を減らし、赤く葉の色づいたものを購入してひと冬楽しんで大方は一年で捨てる。この鉢は一回りもふたまわりも大きく、一年ものとは思えない見事な枝ぶりであった。これを長く育てようと。

 以来私は、この鉢だけは自分で世話をすることにした。春になると鉢を大きくして枝を落とし、夏からは短日処理をして大きな赤い鉢に育てて七年間、購入時には割り箸ほどだった幹の太さもスリコギのように太くなり、鉢の高さも私の肩ほどまでに育った。

 だが昨年は我が家の環境に大変革があった。老夫婦だけの我が家に春から、息子夫婦と小学校に入学する長男と生まれて間もない弟が同居することとなり、私も書斎を彼ら新所帯の寝室に明け渡すことになった。加えて鉢を世話する私の環境も大変化だ。お兄ちゃんの入学で息子の嫁は手が回らず、私にまでお鉢が回ってきた赤ん坊との社交、それに集中するあまりポインセチアの短日処理もいい加減になり時々忘れ、いつもなら真っ赤な葉の揃う正月になっても、まだまだ人口紅葉の操作は完結しない。いまでも半分くらいは青々とした緑のままだ。

 鉢を見ると、正月までもぼんやり過ごす私の頭の切り替えの悪さが、我が子ともいえるポインセチアに及んでいるような状態なのだ。



 私に比べてこの鉢は



 紅葉化も未完成のポインセチア、書斎の指定席がなくなった鉢を居間の片隅において、それでもこの鉢と語り合うようにチーズ、生ハムを並べて赤ワインを飲んだ。まだ紅葉化五分でき程度のポインセチア、だがしげしげと見ると精いっぱいにここまで育ってきたことが見て取れる。世話には恵まれなかったが、この環境下でも奮闘した跡も感じさせた。植物辞典などを見ると、この木の成長には、南方の樹木なので、約18度以上の気温が必要だなどと書いてある。だがいまの気温は昼間出す室外では0度から10度、それでもまだ、わずかずつでも紅葉は進んでいる。愚痴を言ったり葉先が枯れる気配もない。このけなげな生き方は見習うべきだ。

 環境は決して恵まれたものではなかった。だが未熟な育ちを環境のせい、自分以外のものの責任に押し付けて、この木は自らの、うまくいかなかった責任転嫁をしようとはしていない。どんな条件でも自分のやるべき営みはやめない。その生き方は貴重な手本になる。



 新しい世界ができるというのに



 政情不安で日替わり内閣の時代になって、内閣は一年も持たずに次々と交代している。閣僚の顔触れだけは変わるが国政には何の変化もなく、国会は空転、政治は停滞を続けている。まともな政治をするどころか、いまや政治のシステムまでが動かないような国情である。首相は「断固たる決意をもって根本的に政治環境を変える」などという言葉を繰り返し絶叫しているが、それが何とむなしく空々しく響くことか。西欧の単純模倣に日夜を過ごし、肌の黄色い西欧人になりたいと憧れて、独特の歴史を有する日本という個性を考えようとしなかった現代日本は、思想することを忘れて上辺だけの西欧に溺れた結果、西欧先進国の文明が行き詰りつつあるいま、その跡追いで心中させられようとしている。

 経済は長い間の西欧先進国の独占状態から、アジア、アフリカ、特に中国やインドなどが主役となる新しい時代に転換しつつあると言われている。振り返って眺めれば、それこそ日本が徳川の鎖国の夢を破られた時、日本を国際社会で生き残らせるために、維新の志士たちが描いた明治維新当時の夢、日本が世界に雄飛する環境が、ようやく現実になる時代が訪れようとしているのではないだろうか。

 あれから百五十年、そんな時代がやっと来て、祖先たちが描いた夢が実現されようとして来ているのに、夢を抱いていた日本はどうなっているのだろうか。そんな思いはすっかり消えて、ひたすら二流の西欧化路線のみを求めてしまった。これが現在の姿である。アジアの先進国として、アジアに、そして世界に貢献しようとしてきた日本の姿なのだろうかと思うと、先祖たちにすまない気持ちでいっぱいになる。

 真の共存共栄の理想を唱えるべき我が国の精神姿勢の停滞が、強引に力をつけ始めた中国の横暴ともいえる行動を許し、世界には荒波が立つだけの時代を招く結果になっていると言えないのだろうか。かつての優等生であった日本丸は政府がかじを取っても方向を変えず、エンジンを回そうとしても回路がつながらないままで漂流している。

 この国の進行を調整するのには先ず舵のままに曲がり、船長の指示のままに加速減速する本来の船の機能を修理して、良い船長を探し出し、日本の特性を生かした航路を定めて忠実に動かさねばならない。私はもうそれほど若くない。だが微力であっても、そのために私のできる分野で尽くすことによって、少しは貢献しなければ、そんな気持ちに駆り立てられる。もう少し残された人生を自分なりに生きたと実感できるものにしたいと思っている。

 だが、今日は調子が整わない、気分が乗らないなどと、あれこれ理屈を並べて時間を空費しているのではないだろうか。それでも先祖たちの継承をすべき、同じ日本人といえるのだろうか。私はこんなママでマイナス思考のまま、朽ちていくのか。

 ワインの酔いがいよいよ進む思いである。


 


  

景気は上にも下にも動くが

2011年01月14日 19時44分21秒 | 私の「時事評論」
 謹賀新年

 みなさんどんなお正月を迎えられましたか。今年の正月、エルニーニョ現象による異常気象などと解説されているが、またしても例年にない正月風景でした。日本海側では暮からの厳しい寒波と呆れるような雪が降り、それもいつもの豪雪地帯ではなく、山陰地方や東北の一部などが中心で、道路や交通機関もマヒ状態が続出、南国九州にまで雪の害は及びました。

 一方関東地方は山脈に雪雲はさえぎられて連日にわたり空は晴れ上がり抜けるような青空、空気はからからに乾いて各地で火災が頻出しました。

 一見するといままで日本を襲っていた冬の気候が再現しただけのように思われますが、気象の専門家に言わせると、世界の温暖化の中で、こんな厳しい冬が来るのは、もう異常気象ということなのだそうです。北極を軸とする気流の流れが蛇行して、たまたま日本がそうなっているので、世界では例年以上に大洪水がおこったり、天災が激しく生活を脅かしているのだそうだ。こうなると、異常気象って何なのかまでがおかしくなってくる。通常に見える気象がいつしか異常気象とされる。おかしな世の中です。

 そんなお天気のもとではあるが、国民心理におけるお正月風景はどうだったのだろうか。昨年から続く政府の中のドタバタ騒ぎ、これは一向に収まる気配が見えない。与党が参議院の過半数も取れずにうろうろしているのを見て、野党が次々に問題を作り出して揺さぶる。国民生活などは後回しということに、まるで与野党暗黙の合意があるのだから堪らない。もう国民はこんな政治は無視して進めという時代になったと言わざるを得ないような状況です。

 冬にはわが国では火事が続出する。火事が起こると、江戸などで、命知らずの火消しが消火に駆け付けた。火消の腕はどの組が勝っているのか分からぬが、火事は現場に行ってどの火消しが組の旗(まとい)を打ち立てるかで担当が決まりましたね。今の政治は国家緊急の事態に、駆け付けた自民組、民主組、公明組などの火消しが、燃えさかる火事である国難をそっちのけに、まといを立てるたてさせないにのみ夢中になっている図のように思えてなりません。そのうちに、家が焼けおちてしまいかねませんね。



 全国でランドセルプレゼントブーム

 漫画「タイガー・マスク」の主人公の名前を付けた匿名の人から、群馬県の少年擁護施設にランドセルが寄贈されたのをきっかけに、全国でこれに見習い、ランドセルや学用品などをこの種の施設に匿名で寄贈する動きが広がり、現在千件近くに達しているようです。不幸な境遇にある子どもたちにも、せめて一生に一度の入学時に新しいピカピカのランドセルを背負わせてやりたい。こんな善意の寄贈ブームが急速に全国に広まる空気があるということ、私はこの動きに注目しています。

 子供の福祉にまで、現在では政治の不純なけがれが及び始めている状況下です。各政党が子供や病弱者、高齢者に豊かな福祉政策を実施するのは我が党であると、これを票を獲得する目玉のように口先では宣伝して、実際に実施するとなると財源がないもので、その分不満を出しにくい層への福祉を削って振り向ける競争が進んでいます。日本中の子どものいる世帯には均一に子供手当を出そうという政府の子供手当創設は、現実には数兆円の増税と、医療費などの切り詰めをしなければ国家財政を破壊しかねないものです。現に、今の国家財政は将来、正常化に戻すのが極めて困難な危機状況にあります。

 一方、福祉の網から落ちこぼれた社会の目から見たら、当然救済の手を差し伸べなければ道義が立たない不幸な人はどんどん増えています。法の救済の目が行き届かないばかりに、想像を絶する悲惨な生活を強いられて、救済の手も差し伸べられずに死んでいくもののきわめて多い。私自身もそんな人を身近に多く知っています。福祉制度自体が、今の時代には合わない時代遅れのものになってしまっているのです。

 社会保障制度は日本の労働者も多い急速な経済成長時代に作られた右肩上がりの成長経済でなくては成り立たない基本的性格を持っていて、様々な事情により生じた社会のひずみには対応しきれないものになっています。このままでは一歩いでは膨大な費用で財政的に破綻する機器を増大し、他方では新しい困った人の増加で、ますます不平等で末端の国民にまで目の届かないものになるでしょう。

 そんな中でのランドセル寄贈です。福祉を看板にして、それで生活をする天下りなどの人件費などを抜きにして、直接社会の人が動くという傾向、純粋な社会の助け合いを進んでしようとするこの種の行動が国民の中に育ってきたのは歓迎すべき傾向です。私はそれを新しい今年のひとつの現象として注目していきたいと思っています。



 人々の心に目を向けると

 ここ数年のことですが、人々の間に、優しい心を純粋に表に出そうとする動きがだんだん大きく育ち始めているように思えます。今の若い人たちの中には、社会に対する関心が薄く、独り立ちしてコツコツと生きていく気力に乏しいと批判される空気の陰で、ボランティアや社会奉仕に進んで貢献する者も増えていますね。そんな動きが自然に育ちつつあるのも見落としてはなりません。

 日本人は昔から共同生活を大事にして、困っている人がいるときは、それを自分のことのように思って手を差し伸べ合いながら暮らしてきました。その日本人のDNPは今でも生きていることがこんなところからもうかがわれます。ランドセル事件も、こんな要素が加わって、人たちの中に進んで助け合う社会機運が生まれてくるきっかけになる。そんな空気のきっかけとなることを、年の初めに期待したいと思います。



まだまだ明るい種はある

 いよいよ菅内閣が国会対策のために新内閣へと衣替えして政治刷新に取り組むことになりました。民主党内閣の助っ人に自民党内閣でのベテラン閣僚が応援に入る、いかにも政策無き現代政治の象徴のような出来事ですが、それもまた良いでしょう。どちらにしろ、変化してくれなければどうにもならない政府なのですから。だが私は、あまりそれに一喜一憂しないで行きたいと考えています。いまは内閣や国会は国民のことなど全く無視した政治を自分の生きる稼業としか意識していないものが集まり、あまり勉強もせずただ争い合っているだけの世界です。これは国民の明瞭な政治不信が露骨に示される事件が起こるか、逃げようとしても政治が逃げることのできない局面が起こらぬ限り、簡単に変わると考えるほうがおかしいと思うからです。

 政治家と一緒になって、社会のために奉仕する使命を忘れている第四権力といわれるマスコミにも多くは期待できないでしょう。



 だが、昨年までは全てが暗いと見られていた世相に、年が明けてから、ちょっと変わった傾向が出てきたのも見落としてはならないと思います。

 もう不景気は頭を打ったと判断して、積極的に新戦略を打ち出し始めた企業も見られるようになってきました。今年の流行の色彩は今までの黒ずんだ色ではなく、明るいピンクだなどとして準備を始めた化粧品やファッション業界などにも、何やら転換期が来たことを感ぜしめるものがありそうです。株価もどうやら安定して来ましたし、経済界にも前を見る空気が芽生えかかっています。

 以前のブログに書きましたが、国民の中に極端に暗い見通しがみなぎるときは、その見通し通りに世の中は進まないものです。皆が素晴らしい未来が来ると確信したとき、世の中はもう絶頂期であり、頭を打つ時に来ているということの裏返しです。

 今年はそんな面から、突然の大変革が襲いかからぬ限り、上を向いて歩いて良い時期に来ているのではないか、私はそんな風に思っています

国中そろって悲観の主犯は

2011年01月07日 16時16分17秒 | 私の「時事評論」
謹賀新年。



本年もよろしくお願いいたします。

 さて、話は古く旧蝋29日、それまでバタバタと雑務と、暇があれば孫のお守に毎日を過ごし、落ち着く間もなかった私だが、春から我が家に同居を始めた息子の誘いで、家からほど近い三浦半島の城ケ島に一年の疲れをほぐそうと、親、子、孫、そろって一泊旅行に出かけた。

 三浦半島の南端、三崎に隣接した神奈川県最南のホテル、温泉ではないが、相模湾のパノラマを目の前にする雄大な露天風呂で、素晴らしい好天気、
見渡す相模湾を黄金に染めて、正面の富士山の背後に静かに沈んでいく夕日を眺め、
身体を伸ばし、隣接する三崎漁港でのマグロをはじめ、相模湾の海の幸を肴に一杯飲み、少し時間が早いが、と床に入ったまでは上出来だった。
 こんなところでテレビを見るなんて、見るほうがおかしいと言われるかもしれないが、習慣的についスイッチを入れ、ニュースでも眺めてから寝ようとしたのが失敗・・・。

 とんでもない国民意識の暗き展望

 NHKテレビ午後11時過ぎからの特集、そこが知りたい「変わる世界と日本」。
双方向解説とかいう視聴者参加番組が始まった。

 NHKの解説委員がずらり、十数人もスーツ姿で並び、今の日本が微妙なところに来ているという、どこのマスコミででも論じられているような論を長々と並べる番組だ。

 ほかのチャンネルはピエロのような扮装をした、これでもまともな芸人なのかと首をかしげる一夜漬けの芸人が集まり、斬新さもセンスもない下卑たギャグを並べて騒ぐ、ただうるさいだけ。
 どうせ大したことを言わない番組だろうが、そのほうが夜も遅いし、右の耳から左の耳へ、竹輪の中を風が通り抜けるように聞き流し、寝てしまえばよいと構えていたのだった。

 いつもマスコミが繰り返す政治や国際、経済、貿易の展望などを、抑揚のないNHK的ペースで彼らが語っていたが、番組は午前4時までとはやたらに長い。
 そのうち傍らに立つ女子アナウンサーが、参加した視聴者からの将来展望の集計をまとめて発表する場面になると、
「おやおや、これはいったいどうなってるんだ」
とすっかり酔いも醒めてしまった。

 「日本は来年は良い方向に行くと思うか悪いほうに行くと思うか」に対し、悪い方向に行くと答えたものがなんと9割以上で良い方向は1割以下の回答。
 「政府は雇用増大をスローガンにしているが雇用は増えると思うか」に、増えないだろうが同じく9割、来年のあなたの「所得は増えるか」「経済はこれから成長するか」「政府の力を入れる技術発展策は功を奏するか」その他の質問の回答が発表されるが、いずれも同様で、9割以上が期待できないとの回答の連続なのだ。
 国際関係で政府が言うように「中国が将来の日本のパートナーになると思うか」などの問題に関してまでも同様に、誰も期待をしているとは答えない。細かいデータを正確に紹介しようとネットで調べたのだが、残念ながら今のところは発表されていない。不正確な情報で申し訳ないが・・。

 「これって、もう日本に将来はないと、国民の9割が思いつめていることではないか」。

ぼんやりしていた頭が急に冴えてきた。



 調査がおかしいのかマスコミがおかしいのか



 一般に世論調査などというものは、新聞やマスコミが世論と称して国民誘導に利用する一つの武器ぐらいに思っていた。
 だが、マスコミの世論指導などは、それほど人を上手に国民を誘導できないのが常識だった。
 一般大衆はマスコミの思うほど甘くない。そんな程度に思っていた私だ。

 そんな目で見ると、こんなに露骨な回答に偏りが、出てこないのが普通である。
国民の多くが将来に不安を持っている場合でも、言われているほどでもないだろうと思っているものが半数ぐらいはいるというのが正常な形だ。極端な差があるならば、テーマ自体が取り上げるべき内容ではない。それよりも、解決策を探らなければ、わざわざ眺める意味がないからだ。

 それがこれほど極端な数字になってくるというのは、常識で考えれば、国民はもう、自分の将来に何も展望が持てない状態にあるということである。諦めてしまったのか、そうでないなら、クーデターが起こったり、大転換が起こる前夜の緊張した環境にあるというほかはないはずだ。

 番組にこんな回答結果が出たら、少なくとも、オピニオンを扱う専門家集団であるテレビ解説者が、よほど鈍感で無関心でない限り、「大変なことになっている」と色めき立たなくてはおかしい結果である。
 特に正月前という、来年こそはという期待の強い、明るさを求めたくなるこのときに、こんな結果が出るのは、とんでもない沈滞と悲観の空気が日本中に漂っている異常事態というほかない。

 だが居並ぶ解説委員たちは慌てない。これを横で聞いても、何事もなかったような顔をして、カメラに向かってそろって頭を下げて「ではまた来年、良いお年をお迎えください」といった調子で番組を終わらせてしまった。



 誰が作ったこんな国民の空気

 私は寝るのも忘れて愕然としてしまった。どこかおかしい。

 おかしいのは国民なのか、ここに居並ぶ解説者など、マスコミの呆けてしまったセンスなのだろうか。

 どちらにしてもただ事ではない。明らかに国民が独立して行動する思考力を失い意欲を喪い、気力を喪失させているのにNHKは平然としている。

 なぜこんなことになったのか。マスコミあげてのいまはもう駄目な時代だとの連日の報道が、国民をマインドコントロールしてしまった証拠ではないだろうか。医者がもうあなたには治療法がありません。早く死ぬのを待ちましょう、そう言っているのを眺めているような特集だった。

 マスコミは本来、事実を正確に報道し、そこに問題性があればそれを指摘し、社会のあるべき姿を読者(視聴者)に伝え、社会をリードしようとする機関であり、そのため剣の代わりに筆(カメラなど)を持つ現代の権力、立法・行政・司法とともに、第四権力、社会の木鐸との自負心をもっていた誇り高き職業であったはずである。

 マスコミは、己の信ずる世の中の改善案をどんな時でも勇気を持って示すがゆえに活動する権利を与えられてきた。
 そんな権威は自らの報道により、社会を変えてきた実績により、特別の権利を勝ち取って、保証されて今まで続いてきた。だがそのような歴史を持ち、多くの功績を果たしてきた新聞(マスコミ)だが、そんなマスコミも現代では、マスコミ自体が利益追求の企業となり、社会のためではなく利益を上げるために読者に媚びる潮流の中で、報道の任務の変質が問題とされるようになってきた。

 そして現在の日本のように、様々な面での報道への情熱不足、使命感の不足、勉強不足や堕落が、マスコミの欠陥となって目立つようになってきた。

 マスコミの変質に関しては、いずれ項を改めることにしてここではふれぬが、駄目だ駄目だと今の政治の欠点を批判するだけで、対応策を示さない、マスコミ自体が使命感を失い、世の中をけなしたりスキャンダルを暴いても、社会の明日を開く知恵も失い、これが何十年間もシャワーのように国民を包み込み、新しい社会を目指すどころか、国民の考える力も失わせ、夢を追う気力も持たない国民を作ってしまったのが現状と言えないだろうか。


 けなすばかりの現代マスコミの効果

 マスコミがそろってこれでもかというような気分の滅入る報道ばかりを流し続け、日本中の国民意識が何も考えないで、もう先は駄目だと思いこまされ、ズルズル流されていくというのは、マスコミによる日本社会の崩壊傾向ではないだろうか。

 自民党が毎年首相交代をさせられて支持率を下げたのも、マスコミの一方的な自民党批判の集中攻撃だった。
 その傾向はかつての小泉首相の、米国財界追従の強引な米国ドル赤字減らしの政治姿勢に、批判を恐れて攻撃できずに沈黙させられていた弱虫マスコミが、小泉が退陣した直後から顕著になった。

 小泉の手がけた政治は、マスコミの「批判をすればつぶされかねない」という圧力をひしひしと感じさせるものだったが、それは日本の体制自体の個性をつき壊す強力な内容をもっていた。だが当時の日本のマスコミは、その以前の田中首相の全盛期に沈黙させられた時と同様に、日本の基本的な特質を守る立場としては、当然批判しなければならない種は充分にあったのだが、その全盛時代は、権力の圧力を恐れた猫のように、そろって沈黙した。

 そして小泉がやがて力を失い引退すると、そのかたき討ちみたいに安倍、福田、麻生をたたき、もろ手をあげて自民党をたたき、その空気を利用した小沢とともに鳩山民主党内閣を作らせる力となり、それが政治能力がなく自壊すると、今度は自らが持ち上げたことも忘れて菅内閣を作り、またその無能をたたく方針をとり続けている。今の日本の現状は、確かに国政のなんたるかの基本も知らぬ政治家たちによって作られたものだ。だが、それを有無も言わさず応援してきたのは、マスコミ自身であるというべきでもあるのだ。

 これでは日本の未来をまともに追いかける空気は生まれない。


 国民に意欲がない今の時代

 情報化の時代の到来などと言われている。
 世界が従来の情報網ではなく、インタネットなどという、新聞テレビ雑誌などの従来の形のものではなく、誰もが参加・発信をすることのできる噂話や告げ口や瓦版の化合物のような新しい情報網により大きく揺さぶられることも多い時代となった。昔の政治を動かしたスクープは、今やネットで明らかにされるものが圧倒的に多くなってきた。

 有り余る情報機関の発達によって、国民は様々な機会を利用して情報に接することができるようになった。
 また、情報は瞬時にして世界を駆け巡る時代ともなった。

 だが、技術の進歩によってもたらされた情報網が、人々が広範な情報に接し、それを材料にして深く考え、よりしっかりと社会を見つめる目を養う結果につながったかどうかを考えるとき、甚だ残念な結果となっていると言わざるを得ない。

 過度の情報は、情報を求めて、それを基にして人々が自分の頭で考える気風を喪失させ、安易に諾々と時流に流されていくという悪しき傾向を増長する気風を生じている。

 こんな情勢を迎えて、今のマスコミの動きをみると、マスコミ自体がこれからの時代に、どう生きていけばよいかの方針が見えなくなったように思えてならない時がある。

 新しい情報手段の誕生は、本来ならばマスコミ自身の報道機関としての質の高さを再検討し、社会にとってその存在価値を高める効果を生むきっかけともなるべきものである。だがマスコミにはそれを知り、自分の改革をしようという気風が見られない。

 マスコミは既存のシェア―の確保と新情報システムの食い込み防止にのみ力を入れ、既得権の擁護をしながら、報道の品格の保持にまで目をそむけて、いよいよ低俗ジャーナリズムを目指すような傾向を強めている。

 マスコミの中からは「社会をよくするために高度のオピニオンを掲げる」というジャーナリズムの原点がいよいよ薄まり、大衆に媚びた姿勢がいよいよ強まってきた気配が見える。マスコミが社会をよくするとの使命感を忘れ、社会の木鐸としての意欲を失った結果が今の我が国の現状の大きな沈滞原因であることを意識してもらいたいものだ。

 人々が良き時代を求め、それを真剣に自分のものにする意欲を失い、あふれるほどに提供される情報にスッカリこれですべての情報が提供されていると簡単に思いこみ、あふれる情報の外にも真に必要な情報が、実は隠されているのではないかとそれを求める努力を忘れ、創意工夫しようとする気力さえも失っている。それがいまの日本なのではないか。

 マスコミが歴史の流れの中に、今の日本よりも、物質的には必ずしも恵まれてはいなかったが、それでも国民が夢を持ち、将来に期待を持って生きた時代があったことを思い出し、そんな気風が欠けているからこそ、このような全国民が等しく将来に絶望し、惰性に生きる生活しかできないでいることを知れば、世の中はそれで改善されても行くだろう。

 気力もなく、将来の発展に協力する気風もないところに発展はない。




 捨てたものではない日本の将来

 それと最後に一つ付け加えておきたいことがある。大衆の予想はとかくその通りには進まぬものである。
 全国民が失望しているいまの日本の将来は、案外捨てたものではないのではあるまいか。

 そんな視点でこれからの一年を眺めていくことにしたいと思う。

写真は相模湾への入日(WEBより)