「アノン?」
いいすぎただろうか?今ここで過剰な反応を引き出してもきっと物事はうまくいかないのに。胸の奥からこみ上げてくる恐れと不安を感じながら、僕はふとさっきまでの言葉はアノンではなく自分自身に向けていたんだと気づいた。そうだ。今なお様々な事件を生んでいる深い闇は僕にこそあるのだ。僕の首元にある風変わりで奇妙なシリアル・ナンバーは、僕こそがその闇の最後の生き証人であることを如実に示している。僕は医療分野の研究者夫婦に生まれた普通の人間であったはずだ。それなのに物心がついた頃からあるこの焼きゴテのような何条もの線の跡は?同じ親に生まれたはずの妹ヤエコには見当たらない、こんな妙なものが何故僕にだけ?そしてこれまでまるで縁のなかった女の子、アノンにも何故同じものが?僕の家族と名も知らぬ少女の死、アノン、スフィア、そしてイナギの事故、ナンバー狩り…一つの意味でできた大きな槍がそれら全てを貫いた後、僕を正確に射抜くのだろうか。僕にとってなお余りあるこの謎は、アノンという身寄りもない十代の女の子に絶えられる重圧じゃないだろう。自分のことをこれ以上アノンに転嫁させてはいけない。せめて今は不安を和らげてやらなければ。
「アノン、あのさ…」
そう思って衝立の向こうにいるアノンの様子を伺うと
「じゃーん!」
逆にアノンが身を乗り出して迫ってきた。
「うわっ」
僕の前にはマキーナになった全身のアノンだった。
「ほら、これもマキーナ!」
そう言ってベッドに座る僕の前に両手を広げて立った。
「なんだよいきなり」
見るとマキーナには違いないけど、今までのそれとは大分印象が違う。服は白と黄色のエナメル製のワンピースで、まるでレースクィーンだ。
「いいでしょ?新しいマキーナのコスチュームだよ。似合う?」アノンがそう聞くから
「…ああ、前のやつがどんなんだか思い出せないくらいな」
思わず僕は笑いつつ、そんな自分に驚く。励まされたのはむしろ僕の方だったらしい。
「えー何それ」
アノンは自分の衣装を鏡に映して一回転した。
「そのうち着替えとけよ?」
「なんで?ウェディング・ドレスはその日一日着ていたいものでしょ?」
「もうすぐ、うるさいのが来るはずだからさ」
週に一度夕食時のこの時間はいつもならアキラとトトが見回りに来る決まりだ。しかしアノンの顔は曇った。
「来てくれるかな?私、トトを怒らせちゃったから…」
「実は僕もアキラに怒られたよ。嘘をついてたんだ」
「…私もシルシにもみんなにもいっぱい隠しごとしてた。私、二人に会ってもなんて言っていいか分かんないよ」
「それは僕も同じさ。お前のお陰でようやく踏ん切りがついた。だから今日全てはっきりさせるんだ。逃げるのはもうやめだ」
僕はそう言うと机の上に光る携帯電話に手をかけた。メールの送り主は当の本人、アキラからだった。
「…アノン、お前も話してくれるよな?」僕が聞くと。
「…」
アノンはまた答えに迷っていた。
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