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フィデル・カストロ氏が逝去

2016年11月26日 | 生活
キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が11月25日に
死去した。
享年90。
世界史に残る人物がこの世から去った。

あの、オリンピック3連覇のテオフィロ・ステベンソンをして、
「プロの試合でモハメド・アリと戦うかって?そんなこと同志
カストロは望まない」と言わしめた人物ですよ。



※画像はステベンソンの功績を称えるカストロ氏。身長が190㎝も
 ある彼の体格は、ヘビー級ボクサーと比べても殆ど遜色ない。

フィデル・カストロ氏は1953年、チェ・ゲバラらと一緒に武力闘争を
開始し、親米のバティスタ独裁政権の打倒を図る。
翌年、革命政権を打ち立ててキューバは社会主義国家になった。

その後カストロ氏は約50年に渡ってキューバ共産党独裁体制を維持し、
国家評議会議長として君臨。
教育水準、医療体制を向上させた。

一方、冷戦終結後のソ連崩壊で、キューバ経済は苦境に立ち、多くの
人民が国外へと亡命した。
※主にイカダに乗って米国フロリダへ…

2008年、体調面の不安を理由にカストロ氏は国家評議会議長を退任し、
弟のラウル・カストロ氏に後を引き継いだ。
以降、ラウル氏はアメリカとの関係改善に着手。2015年には4年ぶりに
国交を回復した。

フィデル・カストロ氏は、キューバ革命の英雄として賞賛される一方、
有識者の一部は「反対勢力を残酷に粛清する人物」と非難。評価は
分かれている。



スポーツ好きでも知られたカストロ氏。
野球のWBCへコメントしていた事も印象深い。

なんと、日本の原監督の采配に対して苦言を呈したりしてて、私なんて
逆に「歴史に残る人物に評されるなんて凄いなぁ~」と感心してしまった
程ですよ…。

評価は分かれども、歴史に大きな足跡を残した人物である事は間違い
ありません。

国家評議会議長を退任した後には、広島を訪れ慰霊碑に献花したという
報道もありました。
米国のオバマ氏よりずっと以前の話です。

「長崎、広島の人々には何の罪もなかった」「世界中の人がこの場所を
訪れるべきだ」と語ったとの事…。

アメリカに弾道ミサイルを向けた人物ではありますが、こういう行動には
日本人として感じるところがあります。

波乱万丈の人生に幕を下ろしたカストロ氏。
いまは「ゆっくりお休み下さい」という言葉あるのみです。


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