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日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

算数教室での発達。

2015-09-05 14:57:17 | 発達応援
 8月に旅する知人が泊まったときに片付けた我が家の居間。
どうしてこうも散らかるんだか…。

 今度こそは、散らかさない。
いや、使ったら元に帰す!←当たり前だろう…。
ゴミはゴミ箱に!←当たり前だろう…。
とりあえず、をしない!←当たり前だろう…。

 人として、ちゃんとしようと思いながら片付け中です。

 今日は算数教室でした。
夏休みに集中して受けてくれた子どもさんで、継続して算数の土台作りをしていきます。

 そんな中、算数の土台はもちろん、コツコツと積み上がってきているのですが、
それ以外の部分でもこつこつ伸びています。

 それがこの消しゴムを使った合体、合成です。

 

 この消しゴムは、真ん中のポッチの部分を裏のへこみに棒状につなげたり、
周りの凸凹同士を横につなげたりできるものです。

 安曇野プランの勉強会で知り合って、
ご自身のお子さんに安曇野プランの算数を独自の視点も混ぜて教えていらっしゃる、
げんママさんのお勧めで買ったこの消しゴム。

 http://glowgen.exblog.jp/21279936/ げんママさんのブログ

私も数の合成のときに楽しんでできるように、使っています。

 はじめの頃は、真ん中のポッチをうらのへこみに入れて棒状で使っていました。
それは、一緒に勉強している子が細かい手の作業は苦手だろうと思い、
あまりストレスにならないようにとの思いからでした。

 更に私は、形が揃わない棒状のものができると思っていました。
まぁ、そこは本題とは関係ないので目をつぶろうとさえ思っていました。
 

 ところが、実際に使ってみると、その子はぽっちをつなげながら、
きちんと形を揃えて、きれいに整った棒状のものを作っていきました。

 

 私が子どもの力を低く見積もっていたな、と反省。

 何日か後、今度はその消しゴムを横につなげて使いました。
子どもは初め、凸凹の原理がわからずにちょっと苦労しながら消しゴムをつなげていっていました。
そして、目についた凸凹をつなげていくので、なかなかまっすぐに横につなげることができませんでした。

 

 また、上から下へスライドさせるようにすると簡単なのですが、
力づくでどうにかしようとして、四苦八苦することもありました。

 それが今日は、ひとつひとつの凸凹を確認しながら、
5の束をすべてまっすぐにつなげることができていました。

 

 それから、「うーん、難しいな、難しい」といいながら、
小さなパーツをしっかり見て、上から下へスライドさせようとしています。

 こうやって、自分で四苦八苦しながら獲得したことは、
しっかり子どもの中に根付いていくと思います。

 何よりこの消しゴムをつなげることを「これ、楽しいね。」と言いながらやっていたことも大きいと思います。

 楽しく算数の土台を作り、物事の仕組みをつかみ、指先の巧緻化にもつながる。

 算数だけじゃなーい!
一粒で色々なうまみのある、安曇野プランの算数教室です。

 

 




得意なことを足がかりに。

2015-09-04 22:10:07 | 発達応援
 暑いような、涼しいような。
何とも奇妙な天候です。

 仕事のときの汗のかき方も、変化しています。
ちゃっちゃと外の世界に反応してくれるカラダに感謝、感謝です。

 今日は、はじめてのお子さんとのフォイヤーシュタインでした。
とても元気な年中さんのお子さんです。

 フォイヤーシュタインであれや、これやと計画していたこともありましたが、
相手はイキのいい元気いっぱいのお子さんです。
こちらの思う通りにはいきません。

 体を動かしたくてうずうずしている子どもさんと、
まずはたくさん遊びました。

 遊ぶ中で、跳びながら、跳ねながら、色々なことを思いつく子ども。
エネルギーが満タンで、弾けんばかりのその姿は、
本当に生き生きしています。

 動けば動くほど、あれしよう!これしよう!と色々なことを思いつきます。
その発想のスピードは、子どもの成長の勢いを感じられるものです。

 その発想のスピードは時として、落着きのなさとして感じられますが、
自分の中の物をとりあえず出し切ると、机に向かっての学習に切り替えられる感じがします。

 出し切るのを待つのは、大人のほうが焦りがちです。
実際、私も「そろそろ…」という雰囲気を醸し出しては、逃げられて~の繰り返しです。

 しかし、子どもの「あれして!」「こうしよう!」「ルールはね!」というのに、
はいよ!はいよ!と楽しんでいると、憑き物が落ちたように落ち着いた顔になる瞬間があるので、
そこで、「座って~」というと驚くほど素直に「はーい」と言って学習をはじめることができます。

 さて、今日のお子さんは発想力と語彙力がとてもありました。
まずは、この得意な言葉の力をより磨いていきたいと思います。
得意な言葉で、身の回りの状況が把握できてくれば、
不得意な場面でも、言葉を手がかりに考える力が付くのではないかと思うのです。
 
 私たちはついつい、できないことにスポットライトを当てて、
できないことを繰り返し、やがては「ああ、自分にはムリだ~」と、
やる気も削いでしまう悪循環を起こしがちです。

 できないことだからこそ、できる部分から攻めていく。
このことを頭において、力まずにに不得意な部分を乗越えられるような方法を
試行錯誤して提供できるようにしたいな、と思うことです。




 

家出猫と和歌。

2015-09-03 14:54:53 | 日記
 果物が美味しい季節です。
次々に出てくるリンゴと共に楽しみなのが、この季節の梨です。

 私が一番好きな梨は、「二十世紀」なのですが、
先日、母と電話で梨談義をしていたら、
父がやはり、二十世紀梨が好きだったそうです。

 母は父が好きだったからと思い、二十世紀梨を買ったそうですが、
「二十世紀買ったけど、甘みが足りん!
あたしは『幸水』のほうが好きだから、今年の梨はもうおしまいだわ。」と言っていました。

 そして、生協のカタログにて「あきづき」という梨と「新甘泉」という梨を見つけました。
未知との遭遇~、楽しみ、楽しみ。

 知り合いの家の猫が、家に戻らず迷子猫になっているようです。

 私の家の猫は完全室内飼いで、外には出さずに家の中だけで過ごしています。
家につく猫が外に縄張りを持つと引越しがつきまとう我が家の生活では、猫が迷子になることや
以前飼っていた猫がどこかでネズミ駆除剤を食べたようで、それが元で死んでしまったり、
交通事故で死んでしまったりもしたことがあるので、
ここ20代から飼いはじめたの猫たちは、完全室内飼いとしています。

 それでも、猫自身が故意にだったり、不意にだったり、外に出てしまうことがありました。

 4,5日返って来ずに大騒ぎになった、ちぃ。



 一旦外に出てしまうと、自分が出たにも関わらずパニックになり、
右も左も、私のことも、普段一緒に暮らす猫のこともわからなくなってしまいます。



 こうやって、ぴったりくっついていた兄猫瓢太のこともわからず、
喧嘩売って、呆れられたりしていました。
(…猫もあまりの出来事には、呆れるものなのです。)

 ちなみに、瓢太は我が家で唯一、外に行くことを許された知能、行動力を兼ね備えた猫でした。

 ちぃは家の中でも聴覚過敏、触覚過敏の臆病な猫なので、
きっと昼間は探しても、どこかに身を潜めていて出てくるまい、と思い、
夜中に探し、朝方に探しとしました。

 居なくなって5日目くらいの朝方、玄関先で「チリン」と鈴の音がしたので、
そぉーっと戸を開けると、ものすごいスピードで家の中に駆け込んできました。

 その日から2日間くらいは、ぐったり寝ていました。

 その後も1度だけ、弾みで外に出たことがありますが、
今では箱王子として、小さな箱の中が我が世界!となっているちぃです。

 たち分かれ 因幡の山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来ん

 猫が帰ってくるといわれる和歌です。
私は毎回、この和歌を紙に書いて、猫が帰ってくるとき現れるであろう窓や戸口に貼っていました。

 知人の猫も帰って来ますように。

 

教え方、伝え方。

2015-09-02 16:05:51 | 発達応援
 今朝から空咳が不意に出て、ちょっと喉がいがいがします。
 
 養生や療術で東洋医学の「陰陽五行」について学んだときに、
秋は「金」に属し、金の五臓は「肺」で出てくる症状として「咳」という風に学んだ記憶がありました。

 そんなことから、この空咳は季節の変わり目で出ていて、
夏に冷たいものを取りすぎたことからも出ているのかなぁ~と過ぎ去った猛暑を反省。

 こんなときには、養生や陰陽五行的には「金」に属する「白」を連想した食べ物などで養生します。
ニンニクや、生姜、大根、皮を剥いたらヘチマも真っ白ですね。
そういったものを使いながら、秋から冬への養生をしていこうと、
空咳しながら、夕飯のことを考える昼ご飯でした。

 教え方、伝え方というのは、10人居れば10通りあるのでしょうが、
自分の教え方や伝え方を振り返ることって、本当に難しいけれど大事だな、と思います。

 今、早朝の職場では2週間目の新人さんと1週間目の新人さんがいます。
それぞれ、別々に今までずっと仕事をしてきた同僚がついて、教えながら仕事をしています。

 ひとりの方は(Aさん)、1から10まですべて言葉で教えるタイプで、
作業をしながらも思いついたら、別の作業のことも言葉で教えるという風で、
2時間ちょっとの作業中、ずっとレクチャーされている感じです。

 もうひとりの方は(Bさん)、その時やっている作業についてだけ指示して、
3日間くらいで「とりあえず、積込みの仕方だけきちんと覚えてね」という感じでされています。

 その様子を見ながら、私はどちらかといえばBさんのスタイルだな~と思いつつ、
作業をやりながら、別の作業についても「あれはね、あっちはね、云々」と言われても混乱するなぁ~と、
批判的な気持ちも入りながら、Aさんを眺めていました。

 あるとき、そのAさんと一緒に作業をしていたときに、Aさんが
「(自分とやってる)新人さんは良いよね。」と言われました。
どうして?とたずねると、

「私はパン箱の置き方も、荷物の紐の通し方も、蓋の置き場所も、何もかもわからなくて、
よく、『あそこに』とか『あっちに』と言われて、「それって、どこ?』って言いたかったの。
でも、聞けないから、しょっちゅう怒られてたでしょ。紐の通し方も『違うよ!』って言われて、
習ってないのに…、って悲しかったの。
だから、私は全部おしえてあげてるの。私も私みたいな人に教えて欲しかった。
そしたらあんなには怒られなかったかな、と思ってね。」と
言われました。

 そうかーーーー。
私は、パンの置き方を聞くよりも、ベテランさんがパンをどんなふうに置いてるか見たり、
蓋も別の作業をしながら、大体この辺に置くんだね~と把握したし、
荷物の紐は「逆だよ!」と言われて、「あ、逆ね」で済んだので、
何とも思わなかったのですが…。

 そういえば、最初の頃は特にAさんは走り回ったり、
「あの辺って、どこ?」と聞きにきたりしていたなぁ~と思い出したのでした。

 そして、教え方って、自分が教えて欲しい感じになることがあるんだなぁ、と
目から鱗の発見でした。

 では、私が荷物積込みで教えるときって、どうなんだ?
フォイヤーシュタインのときは?
安曇野プランの算数では?

 教え方、というよりも、自分はどんな伝え方をして、
相手はそれをどんな風に受け取って、どう実行しているか、
そんなことを考えさせられた、Aさんとの朝の会話でした。

会話は弾まないけれど。

2015-09-01 15:15:44 | 発達応援
 体が痛くなるところは、何らかの癖のある使い方をしている?
そう考えて、自分の体の使い方を観察したりします。

 そんなことをわざわざ考えるのは、早朝の積込みの仕事が結構な労働だからです。

 例えば、新しく7月におろした靴は前方の外側が左右とも減り出しています。
だからでしょうか、お尻や太ももの外側の疲れを感じることがしばしばです。
もう少し、脚も内側に体重をかけてみようかな、と思います。

 その他、指の痛さに手の使い方を考えて改善したり、
腰が痛くならないように、腰をおとした感じで荷物を持ったり、
自分の体で工夫します。

 日々、けっこう面白い人体実験です。

 中学校で関わっていた子どもたちが、高校生になったり社会人になったりしています。
卒業以来、会っていないのですが、時々、近況を知らせてくれたり、
土地のものを送ってくれたり、嬉しい交流があります。

 新米が採れたから、と送ってくれた子は遠く海を隔てた地に住んでいます。
思い出して新米を送ってくれたことだけでも嬉しいのですが、
一緒に中に入っていた懐かしいその子の字で書かれた短い手紙は、
毎日の仕事の大変さと充実感を垣間みることができて、いっそう嬉しいものでした。

 お礼に電話をしても、「はい、そうです。」しか返ってきません。
それは、中学生のときから変わらない、その子の精一杯のコミュニケーションです。

 おしゃべりは苦手でも、周りの人が必要とすること、喜んでくれることを見つけて、
黙って、そっと行動していたその子は、今も変わらず、人を喜ばすことが得意なんだなぁ~と、
新米を食べながら思うことです。

 また、3年間一緒に宅習に取組んだ子から、
私自身も今年は暑中見舞いを出しそびれているのですが、
「暑中見舞いが遅れてすみません」という感じの手紙をもらいました。

 とても礼儀作法に厳しい家に育っているその子は、
家の方に「先生に暑中見舞いを出したか?出したか?」と言われているのでしょう。
手紙の書き方か何かを見ながら、一生懸命書いたのだろうなぁという便りをくれました。

 その子もおしゃべりも、自分の気持ちを相手に伝えることも、うまくできる子ではありません。
普段から、心の中に喜怒哀楽があっても、それを外に出すことが苦手な子でした。

 その子と学んだ地を離れるときに、保護者の方に連れられて見送りにきてくれて、
「お世話になりました。」と普段と変わらず、無表情に平坦な調子で言いつつも、涙をぽろぽろとこぼすのを見て、
心の中にあるものを上手に出すことができないけれど、
溢れんばかりの思いがあるんだよねぇ、としみじみとしたことがありました。

 私が一緒に勉強したり、関わった子どもたちは、
誰かと楽しい気持ちや悲しい気持ちを共有し合ったり、
昨日の出来事を話して、会話が弾んだりすることが苦手なタイプが多かった気がします。

 でも、会話が弾まずとも、喜怒哀楽が表に出ずに無表情であっても、
人と繋がろうとしていたり、心の中に気持ちがあるということを知ってもらいたいですね。

 だからといって、お友達や手助けの押し売りはいりませんね。
そこは誤解のなきように…、ですね。