今日は午前中、桜の通院の後、10月の講演会のポスター、チラシを会場に持っていきました。
帰って来たら、お昼の12時になろうかという時間。セーフ!
今日は午後から函館のてらっこ塾の大久保悠さんとからだ指導室あんじんの栗本啓司さんのオンラインでの「医者が教えてくれない育ちのアセスメント」がありました。
てらっこ塾の大久保さんは、支援施設でのお勤め経験があり、お子さんの育ちを後押しする知見が豊富な方。
大久保さんのブログを読むとお子さんたちの発達をどう見ていくかということを語られていて、いつも学ばせて頂いています。
大久保さんのブログ
大久保さんのHP
その大久保さんとコンディショニング講座開催に全国で呼ばれ、たくさんのお子さんを見てきた栗本さんの知見を同時にお聞きすることができるので、この日を心待ちにしていました。
お話をお聞きして思ったのは、発達障害と言われているお子さんをお二人とも「人」として「個人」として見ていることです。
お話の中にもありましたが、お子さんたちの行動は「自閉症だから」「発達障害だから」やっているわけではなく、その人が成長の、あるいは発達の過程で必要だからやっていることだということ。
もっというと、体的には成長し、かつて自分がどうだったかは忘れた私たち大人が「発達のためにやっている」と理由付けしているだけで、子どもたちはやりたいことをやっているのでしょう。
もしかしたら私たち大人は、単に同年代のお子さんとの違いや記憶にある幼い時の自分との違いに、また、大人が良いと思う行動規範やスピード感から外れてしまいがちなお子さんたちを発達障害という括りで見てしまっているのかもしれない、そんなことも聞きながら思いました。
たくさん寄せられた質問を聞きながら、親御さん方のお子さんたちへの細やかな目配りに感心しました。
同時に、栗本さんが「自分がやっていたら気にならないこともあるよね」とふと言われた言葉で、私はお子さんの行動を発達障害が根元にあるように見過ぎていないかな、と振り返ることでした。
そして、大久保さんのブログが心に響き、読む者を元気付け勇気付けるのは、発達障害の症状の羅列や起因の解説ではなく、子どものより良い未来のために日々の暮らしでやれることや発達の後押しを提案されているからだなぁと思うことでした。
また、医療は病気を発見するけれど、発達障害は病気ではないし、診断はその子の切り取られたその場でのことしか見ていない、という見解に大きくうなずくことでした。
お子さんたちの凸凹は、病いではないことをまずは知り、親御さん方がご自身の得意なやり方でお子さんの発達の抜けを育てていくことの大切さを感じた時間でした。
人が生まれて、育つ壮大な物語を切り取り過ぎず、丁寧に見ていこうと気持ちを新たにした時間でした。
お話下さった大久保さん、対談を企画して下さった花風社の浅見さん、Zoom運営のボリンゴさん、ありがとうございました。
今日の対談を聞きたい方は、今からでも間に合います。下記ブログを見てお申込みになってくださいね。絶対、オススメです!