台風が来て、去っていって、
朝晩は、すっかり秋モードな鹿児島。
それでも、半袖でまだまだ充分。
猫たちも丸くなったり、伸びたり、
忙しい日々です。

もう、数週間前のことになりますが、
九月末の週末に、数人のお子さんたちとの
身体そだての時間がありました。
自身が力いっぱいぶつかって来るお子さんや
道具を介してぶつかって来るお子さん。
遊びの中に色々な小さな変化を加えて来て、
同じ感覚を共有してくれるのかどうかを
ドキドキしながら待っている感じのお子さん。
まったく、こちらにお任せのように見せかけて、
自分が活躍できるところをちゃんと見つけて、
いつの間にか主体的に遊ぶ子。
自分の苦手なことをどうにかしたい、
と言う思いで来てくれたお子さん。
色々なお子さんが来てくださいました。
「凸凹っ子もそうでなくても、身体そだて、大事ですよ〜」
と呼びかけてくださった方がいらっしゃって、
親御さん方は「身体?そういえば、
うちの子の身体って、ちょっとどうかしら。」
と思い、お子さんを身体そだての時間に
連れて来てくださいました。
お子さんによって、
身体全体の繋がり方がぎくしゃくしていたり、
あら、足首が使えていないと色々しんどいねぇ、だったり、
自分の身体の感覚が薄そうな感じだったり、
様々です。
限られた場所で、限られた道具で、
こんな遊びしてみない?と
こちらが提案してみたり、
お子さんが自分で遊びを編み出していくのに
こちらがついていったりしていると、
最終的には、思いもしなかったような遊びに
辿り着いていることがあります。
その遊びは、他の人から見たら、
全然、ダイナミックでもない、
ちんまりとした遊びだったり、
身体を張った遊びだったり、
それはそれは、色々です。
そういう遊びに辿り着くまでを
現場で見ていた親御さんは、
我が子が一見、苦手そうなことを
遊びの中ではできたいことととして、
どんどん挑戦していく姿に
びっくりされることがあります。
そして、
「家で遊ぶ」「家族で遊ぶ」「身体を動かす」
ということを
特別視して、構えていたことに
気づかれることが多いようです。
お子さんたちは難しい遊びが
したいわけではありません。
ひとりで邪魔されたくない遊びの時も
あるようですけれども、
そんな遊びを続ける中でも、
お子さんが好き勝手に遊んでいるところに、
スパイスのように
ちょっと親御さんが入ってくれると
より楽しくなった!
そんな遊びがしたいだけのような気がします。
世の中、何でも経済活動にする人がいて、
遊びという、個人的だったり、
親子での日常の楽しみだったりすることについて
もったいぶった意味付けをして、
セミナーとかワークとか開催されていて
びっくりします。
必要な遊びは、
お子さんが楽しんでいて、
お子さんが楽しそうなのが楽しいなと
思う親心があれば、OK。
大袈裟に、どこかに行って
レクチャーを受けなくてはいけない遊びなどではありません。
目の前のお子さんの心からの笑顔を道標にして、
親猫が子猫をあやすように遊べば、
お子さんも楽しく、更に発達をうながす遊びに
辿り着いているんじゃないかなぁと
思うことです。
朝晩は、すっかり秋モードな鹿児島。
それでも、半袖でまだまだ充分。
猫たちも丸くなったり、伸びたり、
忙しい日々です。

もう、数週間前のことになりますが、
九月末の週末に、数人のお子さんたちとの
身体そだての時間がありました。
自身が力いっぱいぶつかって来るお子さんや
道具を介してぶつかって来るお子さん。
遊びの中に色々な小さな変化を加えて来て、
同じ感覚を共有してくれるのかどうかを
ドキドキしながら待っている感じのお子さん。
まったく、こちらにお任せのように見せかけて、
自分が活躍できるところをちゃんと見つけて、
いつの間にか主体的に遊ぶ子。
自分の苦手なことをどうにかしたい、
と言う思いで来てくれたお子さん。
色々なお子さんが来てくださいました。
「凸凹っ子もそうでなくても、身体そだて、大事ですよ〜」
と呼びかけてくださった方がいらっしゃって、
親御さん方は「身体?そういえば、
うちの子の身体って、ちょっとどうかしら。」
と思い、お子さんを身体そだての時間に
連れて来てくださいました。
お子さんによって、
身体全体の繋がり方がぎくしゃくしていたり、
あら、足首が使えていないと色々しんどいねぇ、だったり、
自分の身体の感覚が薄そうな感じだったり、
様々です。
限られた場所で、限られた道具で、
こんな遊びしてみない?と
こちらが提案してみたり、
お子さんが自分で遊びを編み出していくのに
こちらがついていったりしていると、
最終的には、思いもしなかったような遊びに
辿り着いていることがあります。
その遊びは、他の人から見たら、
全然、ダイナミックでもない、
ちんまりとした遊びだったり、
身体を張った遊びだったり、
それはそれは、色々です。
そういう遊びに辿り着くまでを
現場で見ていた親御さんは、
我が子が一見、苦手そうなことを
遊びの中ではできたいことととして、
どんどん挑戦していく姿に
びっくりされることがあります。
そして、
「家で遊ぶ」「家族で遊ぶ」「身体を動かす」
ということを
特別視して、構えていたことに
気づかれることが多いようです。
お子さんたちは難しい遊びが
したいわけではありません。
ひとりで邪魔されたくない遊びの時も
あるようですけれども、
そんな遊びを続ける中でも、
お子さんが好き勝手に遊んでいるところに、
スパイスのように
ちょっと親御さんが入ってくれると
より楽しくなった!
そんな遊びがしたいだけのような気がします。
世の中、何でも経済活動にする人がいて、
遊びという、個人的だったり、
親子での日常の楽しみだったりすることについて
もったいぶった意味付けをして、
セミナーとかワークとか開催されていて
びっくりします。
必要な遊びは、
お子さんが楽しんでいて、
お子さんが楽しそうなのが楽しいなと
思う親心があれば、OK。
大袈裟に、どこかに行って
レクチャーを受けなくてはいけない遊びなどではありません。
目の前のお子さんの心からの笑顔を道標にして、
親猫が子猫をあやすように遊べば、
お子さんも楽しく、更に発達をうながす遊びに
辿り着いているんじゃないかなぁと
思うことです。