ぶらり紀行

宝塚市近郊の神社仏閣・祭り山車を中心に訪れた様子をレポート

知恩寺

2013年12月01日 22時39分38秒 | 社寺まいり


奈良県五條市釜窪町 真言宗 釜湯山 知恩寺

宝亀3年(772年)3月2日。 光仁天皇の皇后であられた井上内親王(聖武天皇の第2皇女)が、巫蠱(まじない)の事に坐し、大和の国宇智の郡に左遷された時、おりしも内親王は、第3子をご懐妊中。今の五條市岡町の北部で、俄かに産気づかれ、近くに住む豪族の樫内奈津水の家で、釜の湯をもらい、無事に安産された。
その場所を産屋峯と言い、知恩寺の山号釜湯山の由来。

宝亀6年(775年)4月27日、参議であった藤原百川らの陰謀によって左遷された心労から内親王は、亡くなれる。魂は、龍の姿をした怨霊となり、天皇をはじめ、百川など長岡新京に関わる貴族たちを大いに悩ませ、延暦年間(782年~806年)、桓武天皇(光仁天皇の第2皇子)は、その御霊を鎮める為に内親王を幽閉した故地に、霊安寺を建立。その後、井上内親王ゆかり地に、釜湯山知恩寺が建立されたと言われている。
(知恩寺HP参考)


彫刻

相野伊兵衛のような・・・・違うような・・・・

かえる股の龍は似ているような・・・・・

なんでしょうか?少々迫力に欠けるのかなぁ・・・・

木鼻獏は、違いますね・・・



















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