京都府京都市下京区堀川通花屋町
浄土真宗本願寺派・本山
龍谷山 本願寺
親鸞聖人の廟堂(墓地)が京都東山に創建されたのが始まりで、各地に寺基を移転した後、1591(天正119)年に七条堀川の地を豊臣秀吉より寄進され、1633(寛永10)年には、ほぼ今日に近い姿となる。
1994(平成6)年UNESCO(ユネスコ:国際連合教育科学文化機関)により世界文化遺産に登録された。
彫刻紹介
通常 . . . 本文を読む
奈良県大和高田市市場 浄土真宗 本願寺派 大願寺
寺院詳細不詳 情報なし
住職に聞くも詳細わからず、本堂他再建江戸末期か?明治初期か?
本堂・山門・鐘楼に彫刻あり。
それぞれに違う彫師によりものと推定。建築時期もそれぞれ違うと思われる。
まず山門
又、これが以前にも紹介しましたが、奈良独特なのか?
浪花彫刻もどき?真似してるのか?なんとも微妙な彫刻です。
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完結編
続き 本坊・書院
本坊は一絃須磨琴の保存会本部とのことですが、
一絃須磨琴とは?
平安時代前期の歌人・公卿=在原行平(小倉百人一首では中納言行平)が須磨の地に流された時に創始した琴。一枚の板に一本の弦を張っただけのめずらしい一弦琴。
予約をすればその演奏を聴くことができるそうです。
そうか・・・・
その手がありましたか?
本坊内陣内覧できる方法かもしれません。
最終回 . . . 本文を読む
須磨寺紹介最後は、本坊
2回に分けます。
本坊その一
本堂と共に須磨寺一山の中心で真言宗須磨寺派の宗務所ともなっており、書院は阿弥陀如来を本尊とする持仏堂でもあります。本坊は一絃須磨琴の保存会本部、稽古場にもなっており、その他、各種法要などが営まれています。庭前には、滝の流れる庭、芭蕉句碑、真鍋豊平の歌碑などがあります。
昭和2年築造?
彫物師 大坂浪花木彫史では、堤義法 開生民とあり . . . 本文を読む
あぶなく見逃すところでしたね。
本日の大河ドラマ
選挙&オリンピックの関係で放送時間が早まってたよう。
知らずに冒頭を少し観れず、まぁええか。
番組最後の「官兵衛」紀行にこのブログでもアップした西脇・兵主神社の紹介がありました。
↓
http://blog.goo.ne.jp/aniki0528/e/1c38a155d01622dd3b72a6d6921ee8bd
秀吉の腰掛石は . . . 本文を読む
本堂向かって左手大師堂
宗祖弘法大師ならびに真言八祖を祀る。毎月二十日、二十一日に「須磨のお大師さん」として縁日があり、十数万の信者参詣あり。
大正時代の一時期、この堂には孤独奇矯の自由律の俳人尾崎放哉が堂守りとして住み込んでおり、尾崎はここで多くの句作を残したが、特に「こんなよい月をひとりで見て寝る」の句は最傑作として、今、本堂前の句碑に刻まれている。
平成19年(2007)修復とあ . . . 本文を読む
奈良県葛城市東室
浄土真宗本願寺派 證誠山 関名寺
節分にちなみ葛城市風習
厄除けぜんざい 2月3日 節分の日
関西では、節分の日に厄を分けてもらうために小豆を108人に食べてもらうといいと言われており、道行く人に赤飯やぜんざいを配る「厄除けぜんざい」という風習があります。赤い色には邪気を払い、厄を除ける力があると信じられたことからぜんざいなどを親しい人に食べてもらい邪気を払おう . . . 本文を読む
今週も塔頭寺院
正覚院 (しょうかくいん)
山門の手前にあります。
大正十四年失火により焼失し、昭和十三年に現在地に再建された。本尊は愛染明王で、大日如来を本地とし、衆生済度のため三目六臂の身を現じ、知恵の弓、方便の矢を御手に執持し、貧窮・飢渇・疾病・災難等の苦厄を払い、幸運をひらき、無量の福徳、愛敬を授けるという。霊験あらたかなこの明王信仰の効力により、商売を業となす人や芸を以って世に立 . . . 本文を読む
今週は、須磨寺塔頭 桜寿院(おうじゅいん)
山門入って左手
塔頭三院の一つで阿弥陀如来を本尊とし、右の脇侍に大日如来と浪切不動明王、左に弘法大師と秘鍵大師を奉祀する。本堂横には昭和九年九月、正岡子規三十三回忌に、弟子の一人である青木月斗により建立された、「暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外」の句碑がある。この句は子規が明治二十八年、結核治療の為「須磨保養院」での一ヶ月程の療養中に作ったものであり、刻字 . . . 本文を読む
お~寒む・・・
本日朝起きたら雪景色でしたね。
その雪もこの(宝塚周辺)あたりは、10時ごろには、解けてほとんどなくなったかと。
午後より猪名川町へ商談
中山うえ・長尾トンネル~切畑~猪名川 ルート
宝塚市内雪は、残ってませんでしたが、さすが西谷・切畑は真っ白、雪国でした。
切畑~猪渕~猪名川へ至る県道切畑猪名川線は以前は車が行き違うのも厳しい山間道でしたが、新名神高速道路建設にとも . . . 本文を読む