ちょっと古い話だが、12月27日の報道ステーションで生活保護費引き下げのニュースをやっていて、
その中でキャスターとコメンテーターとが話してたのだけれど、その内容を聞いていて、何だかな・・・と
私は思ったんだけれど。
富川悠太の『景気は良くなってるはずなのに低い方低い方に合わせて行く。負のスパイラル』の後、
後藤謙次がこう言っていた。
『受給金額は所得の低い家庭の消費水準に合わせるが、そういう人達はおのずと慎ましい生活をしている。
だから数字が下がって行くのは当たり前。つまり生活保護費の減額を当初から目論んだ計算方式だと
言われても仕方ない。
本来ならば生存権、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する ということが
憲法で規定されている。生存権に基づいたどれだけきちんとしたケアを国が出来るかどうかが問われているが
むしろ逆にスパイラルになっている。
一方で安倍政権は、経済界には3%ベアを促している。片方は5年間固定される。上がって行く。
どんどん格差が広がって行く。日本の格差社会の固定化・貧困の連鎖という新たなスパイラルを生んで
しまっている。
水準をどこに置くか、生存権とは何かという基本に立ち返って生活保護を考えると言う段階に来ている』
とまあ、こういうコメントだった。
このコメントを私は複雑な気持ちで聞いていた。
1つは、生活保護費の引き下げ云々なんて全く関係ない、上がろうが下がろうが痛くも痒くもない輩が
コメントするから腹立たしい。あんたらたくさんの収入貰ってるよね?キャスターだし大学教授だし。
そんな人が生活保護受給額が下がって困る人たちの気持ち分かるの!?と思うよ。
全く説得力の無い、空疎なコメントだな・・・と言う思いしか無かったね。
それともう1つは、下がって困る~と簡単に言うなよと本当は思っているから。
本当に困る人もそりゃ勿論居るだろうけれど。
生活保護費って家族構成や年齢にも依るみたいだけれど、安い方でも7~8万から、多い方で
17~18万円有るよね?
これって、私の年金の額より多いよ。私は20いくつの時から60を超えた今まで、40数年働いている。
まだ働いている。若い最初の頃のお給料なんて、今から考えれば雀の涙ほどだった。
歳を重ねるに従ってそれなりに貰えるようにはなったが、それでも私の年金なんか、大企業で勤め上げた
男性なんかに比べれば半分とかそれ以下だろうな。
40数年働いてもらえる年金はたったこれだけ。
生活保護受給している人にも色々有るだろう。
本当に体が悪いとか不自由とか、政府の援助なしでは生きて行けない人も確かに居るのは分かっているし
理解もしている。
しかし、本当ならば働けるはずなのに、生活保護貰っている人も居るだろう。
心を病んでいて働けない人も現代社会なら居なくは無いと言うのも頭の中では分かってるさ。
しかしね、人が生きるとか、働くとか、もっと言えば収入を得ると言うか生活の糧を得ると言うのは
万人にとって厳しく大変なものなのは皆同じ筈なんだ。
そりゃ確かに健康に生まれたことには感謝しかない。元気で働ける、そしてめげない精神を持っている
(これは自分で養ったものだ)ということは有難い。
でも、金を稼ぐって厳しいもんだよ。自分で自分の口を拭うって、そこには大なり小なりの我慢や涙は
誰にでもある。と思う。そして厳しくてもほとんどの人が頑張って自分たちの生活を営んでいる。
なのにかたや、国民の税金を使って生活させてもらっている人も居るんだ。
生活保護って税金から出てるんだよ。その税金を払っているのは、生活保護を受けている人たち以外の
人たちだよ。そういう人たちが働いて得た収入から払われているんだよ。
そういう人たちが生活保護世帯の生活を支えているんだよ。勿論それだけでは無いだろうが。
働かなくても条件さえ満たせば生活保護が受けられる。悪知恵働かせて不正受給している人も居る。
それを知っているからこそ複雑な気持ちなんだよね。
無理すれば働ける。この無理と言うのは、体が本当に悪いのに無理して働けと言っているのではない。
無理すれば頑張れる。無理すれば収入を得られる。そういう人たちには無理をして欲しいんだよね。
例えたくさんの収入でなくても、自分で稼ぐってこと出来る人はそうするべきだ。
無理すれば働けるくせに働かずに生活が成り立たないから政府にお金頂戴!は甘えだろ。
ただの甘えでしか無いよ。そして怠け者なんだよ。
シングルマザーも大変だろう。子どもを預けるところも無い、みてくれる人も居ない。
そういう人は本当に動けないだろうな、とは思うよ。
でも少しでも状況が変わったり、無理をすれば何とかなるなら、無理をすればいい。
私はそう思う。
一時的に政府に面倒をみてもらうことは有ったとしても、状況が変われば立ち上がればいいじゃない、
生活保護費、もう要りません!と啖呵切ってみたらいいじゃないと思うのだが、そんな簡単なことじゃない!
と言われるのだろうか・・・。
私がまだ仕事をしている理由は3つある。
1つは今の仕事が好きだから。
そして次は、仕事を辞めるとボケないかと不安だから怖くてなかなか辞められない。
そして最後は、仕事を辞めると収入が無くなるから。当たり前の話だけれど。
入って来るのが年金だけになってしまう。それこそ年金だけでは生活なんて出来ない。生活保護費より
少ないんだもの。生活保護受給者がこれ以上減らされると生活出来ない~と言うなら、私も言うわ。
こんな少ない年金じゃ生活出来ない~!!!ってね。正直蓄えが無いと生活出来ないよ、ホント。
40数年間、真面目に必死に働いて来てこれだよ。
でも私は生活保護を受けたいなんて思ったことは無いよ。
経済的に自分で自分の生活の面倒が見られないなら潔く飢え死にしよう!と思う。
”健康で文化的な最低限度の生活を営む”は自分自身で担保しようと思う。
だからね、本当に動けない人は別として、生活保護費下がるからと言ってあんまり文句は言って欲しくない
なと私は正直思うわけ。だから何だか複雑な思いであのニュースを観ていた。
その中でキャスターとコメンテーターとが話してたのだけれど、その内容を聞いていて、何だかな・・・と
私は思ったんだけれど。
富川悠太の『景気は良くなってるはずなのに低い方低い方に合わせて行く。負のスパイラル』の後、
後藤謙次がこう言っていた。
『受給金額は所得の低い家庭の消費水準に合わせるが、そういう人達はおのずと慎ましい生活をしている。
だから数字が下がって行くのは当たり前。つまり生活保護費の減額を当初から目論んだ計算方式だと
言われても仕方ない。
本来ならば生存権、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する ということが
憲法で規定されている。生存権に基づいたどれだけきちんとしたケアを国が出来るかどうかが問われているが
むしろ逆にスパイラルになっている。
一方で安倍政権は、経済界には3%ベアを促している。片方は5年間固定される。上がって行く。
どんどん格差が広がって行く。日本の格差社会の固定化・貧困の連鎖という新たなスパイラルを生んで
しまっている。
水準をどこに置くか、生存権とは何かという基本に立ち返って生活保護を考えると言う段階に来ている』
とまあ、こういうコメントだった。
このコメントを私は複雑な気持ちで聞いていた。
1つは、生活保護費の引き下げ云々なんて全く関係ない、上がろうが下がろうが痛くも痒くもない輩が
コメントするから腹立たしい。あんたらたくさんの収入貰ってるよね?キャスターだし大学教授だし。
そんな人が生活保護受給額が下がって困る人たちの気持ち分かるの!?と思うよ。
全く説得力の無い、空疎なコメントだな・・・と言う思いしか無かったね。
それともう1つは、下がって困る~と簡単に言うなよと本当は思っているから。
本当に困る人もそりゃ勿論居るだろうけれど。
生活保護費って家族構成や年齢にも依るみたいだけれど、安い方でも7~8万から、多い方で
17~18万円有るよね?
これって、私の年金の額より多いよ。私は20いくつの時から60を超えた今まで、40数年働いている。
まだ働いている。若い最初の頃のお給料なんて、今から考えれば雀の涙ほどだった。
歳を重ねるに従ってそれなりに貰えるようにはなったが、それでも私の年金なんか、大企業で勤め上げた
男性なんかに比べれば半分とかそれ以下だろうな。
40数年働いてもらえる年金はたったこれだけ。
生活保護受給している人にも色々有るだろう。
本当に体が悪いとか不自由とか、政府の援助なしでは生きて行けない人も確かに居るのは分かっているし
理解もしている。
しかし、本当ならば働けるはずなのに、生活保護貰っている人も居るだろう。
心を病んでいて働けない人も現代社会なら居なくは無いと言うのも頭の中では分かってるさ。
しかしね、人が生きるとか、働くとか、もっと言えば収入を得ると言うか生活の糧を得ると言うのは
万人にとって厳しく大変なものなのは皆同じ筈なんだ。
そりゃ確かに健康に生まれたことには感謝しかない。元気で働ける、そしてめげない精神を持っている
(これは自分で養ったものだ)ということは有難い。
でも、金を稼ぐって厳しいもんだよ。自分で自分の口を拭うって、そこには大なり小なりの我慢や涙は
誰にでもある。と思う。そして厳しくてもほとんどの人が頑張って自分たちの生活を営んでいる。
なのにかたや、国民の税金を使って生活させてもらっている人も居るんだ。
生活保護って税金から出てるんだよ。その税金を払っているのは、生活保護を受けている人たち以外の
人たちだよ。そういう人たちが働いて得た収入から払われているんだよ。
そういう人たちが生活保護世帯の生活を支えているんだよ。勿論それだけでは無いだろうが。
働かなくても条件さえ満たせば生活保護が受けられる。悪知恵働かせて不正受給している人も居る。
それを知っているからこそ複雑な気持ちなんだよね。
無理すれば働ける。この無理と言うのは、体が本当に悪いのに無理して働けと言っているのではない。
無理すれば頑張れる。無理すれば収入を得られる。そういう人たちには無理をして欲しいんだよね。
例えたくさんの収入でなくても、自分で稼ぐってこと出来る人はそうするべきだ。
無理すれば働けるくせに働かずに生活が成り立たないから政府にお金頂戴!は甘えだろ。
ただの甘えでしか無いよ。そして怠け者なんだよ。
シングルマザーも大変だろう。子どもを預けるところも無い、みてくれる人も居ない。
そういう人は本当に動けないだろうな、とは思うよ。
でも少しでも状況が変わったり、無理をすれば何とかなるなら、無理をすればいい。
私はそう思う。
一時的に政府に面倒をみてもらうことは有ったとしても、状況が変われば立ち上がればいいじゃない、
生活保護費、もう要りません!と啖呵切ってみたらいいじゃないと思うのだが、そんな簡単なことじゃない!
と言われるのだろうか・・・。
私がまだ仕事をしている理由は3つある。
1つは今の仕事が好きだから。
そして次は、仕事を辞めるとボケないかと不安だから怖くてなかなか辞められない。
そして最後は、仕事を辞めると収入が無くなるから。当たり前の話だけれど。
入って来るのが年金だけになってしまう。それこそ年金だけでは生活なんて出来ない。生活保護費より
少ないんだもの。生活保護受給者がこれ以上減らされると生活出来ない~と言うなら、私も言うわ。
こんな少ない年金じゃ生活出来ない~!!!ってね。正直蓄えが無いと生活出来ないよ、ホント。
40数年間、真面目に必死に働いて来てこれだよ。
でも私は生活保護を受けたいなんて思ったことは無いよ。
経済的に自分で自分の生活の面倒が見られないなら潔く飢え死にしよう!と思う。
”健康で文化的な最低限度の生活を営む”は自分自身で担保しようと思う。
だからね、本当に動けない人は別として、生活保護費下がるからと言ってあんまり文句は言って欲しくない
なと私は正直思うわけ。だから何だか複雑な思いであのニュースを観ていた。