ANANDA BHAVAN 人生の芯

ヨガを通じた哲学日記

サーンキヤ哲学

2010年01月01日 | 日記
サーンキヤ哲学

 前回3つのインド哲学のうちのヴェーダーンタ哲学についてお話ししましたので、今回はサーンキヤ哲学について要約してみます。

 ヨガの2大根本経典として、パタンジャリという人が書いた「ヨーガ・スートラ」とイーシュワラクリシュナという人が書いた「サーンキヤ・カーリカー」が有ります。「ヨーガ・スートラ」はヨガの実践指導の経典であり、もう一方の「サーンキヤ・カーリカー」はヨガの哲学経典です。ヨガの哲学をサーンキヤ哲学と言います。どちらの経典も西暦500年頃に成立したと思われ、仏教の般若心経が成立したのと大体同じ頃です。ですからこれらの経典はインド哲学が花開き、頂点を迎えた頃に成立したと言っても良いでしょう。

 先ず、「ヨーガ・スートラ」についておさらいしておきましょう。この経典は、こういう修行をやって行けばヨガの最終段階のサマディ(解脱)に辿りつけますよと教えてくれます。ヨガの8段階と言いまして、①ヤマ(禁戒)、やってはいけないこと、②ニヤマ(勧戒)、進んでやるべきこと、③アサナ(坐法)、一般にヨガのポーズと言います、④プラーナヤーマ(調息)、数息観などが有名です、⑤プラティヤハラ(制感)、外部からの刺激に対する反応を抑制すること、⑥ダラナ(集中)、心の内面に起こるヴィジョンに集中すること、⑦ディヤーナ(瞑想)、中国語で「禅」と書きます、⑧サマディ(解脱)、中国語で「三昧」と書きます、の8つです。

 次に仏教の般若心経に立ち寄ってみましょう。般若心経では五蘊皆空と言いまして、その五蘊とは世界を構成する5つの要素のことで、①色(ルーパ)、物質世界、②受(ヴェダナー)、感覚、③想(サムジュニャー)、理解する働き、④行(サムスカーラ)、考えの傾向(潜在意識)、⑤識(ヴィジュニャーナ)、統覚、環境世界や心の働きを統合する働きのこと、の5つです。そして注目すべきは世界を構成する5つの要素のうち4つが心の働きであることです。物質世界は最初の「色(ルーパ)」だけ、あとの4つは心の働きです。そうすると仏教は「心理学である」と言えますね。ここでは「仏教は心理学である」ということを押さえておきましょう。

 ちょっと寄り道をしてしまいましたが、そろそろサーンキヤ哲学に入りましょう。サーンキヤ哲学は二元論です。

 サーンキヤ哲学はその根本原理としてプルシャ(精神原理)とプラクリティ(物質原理)の2つを立てます。プルシャ(精神原理)はプラクリティ(物質原理)に寄り添ってプラクリティ(物質原理)の展開を見守るだけでプルシャ(精神原理)自体は活動をしません。

 一方のプラクリティ(物質原理)は当初活動をしません。プラクリティ(物質原理)はラジャス(激質)、タマス(暗質)、サットヴァ(純質)という3つのグナ(性質)を帯びていて、それらのバランスがとれている間は活動しないのですが、それらのバランスが崩れた時に展開を始めます。

 それではプラクリティ(物質原理)の展開の有様を追いかけて見ましょう。プラクリティ(物質原理)が展開を始めると、先ず①ブッディ(統覚)になります。ブッディ(統覚)とは環境世界や心の内面の働きを統合する機能のことです。次にブッディ(統覚)は展開して②アハンカーラ(自我意識)になります。「我あり」という意識です。次にアハンカーラ(自我意識)は展開して③11のインドリア(器官)になります。この11のうち1つはマナス(想念)と言って、心の働きです。そしてあとの10は身体器官です。次に11のインドリア(器官)は展開して④5つのタンマトラ(素粒子)になります。5つのタンマトラ(素粒子)とは、香、味、色、蝕、音の5つです。次に5つのタンマトラ(素粒子)は展開して⑤5つのブータ(元素)になります。5つのブータ(元素)とは、地、水、火、風、空、の5つです。

 ここで先程挙げた般若心経の「五蘊皆空」を思い出して見ましょう。仏教は「心理学」でしたね。実はサーンキヤ哲学も「心理学」だと言えるのです。プラクリティ(物質原理)の展開のうち①のブッディ(統覚)から②のアハンカーラ(自我意識)、③の11のインドリア(器官)の1つであるマナス(想念)までは心の働きです。ちなみに③の11のインドリア(器官)の10は身体の働き、④の5つのタンマトラ(素粒子)と⑤の5つのブータ(元素)は物質世界の働きです。

 サーンキヤ哲学は仏教と同じく「心理学」ではあるのですが、実は大変な事を主張しています。日頃私達はなんとなく自分のことを自分の「心」だと思っています。もっと突き詰めれば自分とは「自我意識」のことです。「自我意識」は眉間のちょっと上に有るように感じますね。私もサーンキヤ哲学に出会うまでは自分の本質は「自我意識」だと思っていました。

 サーンキヤ哲学が仏教と違うのは二元論だという事です。

 サーンキヤ哲学では世界の根本原理としてプルシャ(精神原理)とプラクリティ(物質原理)の2つを立てます。そして肝心なのは私達が日頃「これが自分の本質だ」と感じている想念や自我意識や統覚などの心の働きをプラクリティ(物質原理)の展開のくくりに入れ、それとは別にプルシャ(精神原理)の存在を主張します。私達の心の働きは身体の働きや環境世界の働きと同根、同じ性質を持ち、心の働きが静止した時に初めてプルシャ(精神原理)が現れます。プルシャ(精神原理)は「真我」、あるいは「絶対主観」と呼んでも良いでしょう。

 ラマナマハリシが行ったようにプラクリティ(物質原理)の展開の終わりの方から始まりの方へ瞑想を進め、つまり想念が静止し、自我意識が静止し、統覚が静止した時に初めてプルシャ(精神原理)にたどり着くことが出来るのです。仏教でもこういうことは教えていますが、サーンキヤ哲学ほど明確に「心の働き」と「真我」を区別しておらず、それが仏教の難しい所でもあります。

 以上をまとめてみますと、サーンキヤ哲学は二元論であり、精神原理と物質原理、つまり「真我」と「心の働き」を明確に区別するものです。

 最後に人格神について少しお話しましょう。サーンキヤ哲学では、プルシャ(精神原理)は男性、そしてプラクリティ(物質原理)は女性であると考えて、プルシャ(精神原理)をシヴァ神に見立て、プラクリティ(物質原理)をシヴァ神の妃のカーリー女神に見立てます。カーリー女神をシャクティとも呼びます。シャクティとは女性の性的なパワーのことです。ですから私達のこの世界は女性の性的なパワーによって展開していると言えるのです。

 サーンキヤ哲学では神様には人格が有る、つまり神様は人格神です。そしてこの世界がプルシャ(精神原理)であるときにはこの世界に実体は無く、プラクリティ(物質原理)であるときにはこの世界に実体は有り、ラーマクリシュナはこのあたりをうっとりと説明しています。このときプルシャ(精神原理)はヴェーダーンタ哲学に出て来るアートマン(真我)と同一です。

 以上、少し長くなりましたがサーンキヤ哲学について要約してみました。


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34 コメント

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やっぱり難解 (太郎)
2010-01-02 10:52:27
やっぱり難解で、分かりません。
昔、薬師寺の高田好胤さんに「篆刻・般若心経」を献納したとき「唯識三十頌(じゅ)」も彫ってみてはと勧められ、途中で断念したことを思い出しました。
これは私の頭がそもそも論理的でなく、情緒的すぎることが原因だと思いますが。
余談ですが今朝NHKで見たスタジオジブリの宮崎さんが、次の作品は「人間の深く暗い部分をテーマに」と言っていたのが印象的でした。
読みました (しんちゃん)
2010-01-02 11:46:27
あけましておめでとうございます。今年もアーナンダ・バーヴァン講座を楽しみにしています。今回のお話は、なじみのない専門用語がたくさん出てくる関係か、前回のヴェーダーンタ哲学より難解な感じがしました。でも、専門用語を取り去って解釈すれば、要するに、「目の前に見える、聞こえる、触れる物質=色=の存在に影響されて、『これが自分だ』と思ってしまっている捉われの意識から脱却して、自分の内面を深く掘り下げていくと、心のさざ波がすべて静まって、その究極に真我が現れてくる。その段階が、解脱=悟りだ」ということを言っているんでしょうか。とすれば、サーンキヤ哲学が二元論だといっても、本質的には、仏教のいう「色即是空」と同じだと思えるのですが・・・。
やはり難解? (Ananda Bhavan)
2010-01-02 11:47:43
やはり難解でしたか。家内に読んでもらったら、「いつも話を聞いている私でも難解」と言われてしまいました。準備無しにいきなり読んでいただくのは、やはり無理があるようです。残念。

仏教を日本に残った単独のものと捉えず、インド思想の大きなうねりの中の一つと捉えて見るのが私の構えです。
的中です (Ananda Bhavan)
2010-01-02 11:54:07
しんちゃん様 御解釈の通りです。自分は30年余り慣れ親しんだ用語を使ったためにご苦労をお掛けしました。

私にとっては「色即是空」の方がより難解です。
ヘー?! (小田原)
2010-01-02 21:46:53
難解ですが、説明は、分かりました。精神原理と物質原理を並行して述べると、どこかに無理が生ずるはずですが、凡人にはそれが指摘できません。悟りの境地に達した人だけに分かることなのでしょうね。来客の多いこの時期に読んでいるので、的外れかもしれませんがね。専門用語がなければ、分かりやすいとは思いましたが、これがないと、ありがたみがないような気もします。
有難うございます (Ananda Bhavan)
2010-01-03 10:32:21
サーンキヤ哲学を説明するとき、1度それを簡単に書き述べる必要があり、そこにはどうしても専門用語が出てしまうのです。そしてそこに「味」が出てくるものですから外せませんでした。
哲学に疎い私 (アルチュー爺さん)
2010-01-03 11:41:38
宗教・哲学に疎い私にとって、又正月でますますおバカになっているので、ほとんど理解不能の世界です。特に「二元論」「心理学」のここでの定義がわかりません。
しかしながらしんちゃんは良く読み込んでいますね。
今年も時々茶々を入れたいと思っているのでよろしくお願いします。(特に哲学と関係ない部分で)
おめでとうございます (Ananda Bhavan)
2010-01-03 14:34:35
アルチュー爺さん様 今年も独自の観点からのコメントをよろしくお願いします。自分1人で語っているよりも色々な見解の方にコメントを寄せていただくと、読んでいただく人にもおもしろいと思います。
さすが! (小田原)
2010-01-03 19:47:51
アルチュー爺さんのコメントにしびれました。さすがです!正月で、ますます絶好調ですね。おっしゃるとおりだと思います。嬉しい!です。
私も (Ananda Bhavan)
2010-01-04 09:31:05
嬉しいです。

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