◇◆このブログ、1.000日間1日も休むことなく書き続けた◆◇
07年2月22日から始めて、昨日まででA4 版で2.310ページになった。その内訳は07年が580ページ、08年が750ページ、09年が1.080ページである。年々増えている。これが、我ながら不思議に思えるところだ。大体、書き続けていると「書く内容」が枯渇してくることが一般的であろう。だから、私もいつか書くことがなくなるのだろう、その時はどうしようかなどと心配はしていた。だが、とうとう今日まで1.000日間続いてしまったのである。本当に不思議なことである。この三日坊主である私がである。
今日は表題のことについて「熱を入れて」書くつもりでいたのだが、そのことよりも気になってしようがないことがあるのだ。
その一つは「今日のお天気」であり、もう一つは「今日の写真」のことである。
先ず、お天気だが、今日は今年最後のNHK弘前文化センター講座「津軽富士・岩木山」野外「観察」の日なのだ。
何とか「有終の美」を飾ろうと、観察ルートを先週の日曜日を含めて、すでに先月、今月で3回も下見をしている。
登山道を外れて、初冬の尾根踏み跡道を辿って、標高700m辺りまで登って降りてくるというコースをとるつもりでいる。
途中には、ミズナラやオオヤマザクラが混在する雑木林があり、赤松の林があり、枯れた尾花やワラビ畑がある。さらに登るとミズナラを中心とする林が出てくる。だが、葉はすっかりと落ちてしまい、林床の下草も枯れて、根曲り竹の生えていない場所は、まるで「芝地」のようで、落ち葉を踏んで縦横に歩けるのである。
落ち葉も、「カラカラ、コソコソ」という音は立てない。何枚も重なっているので、踏むと「ガサガサ、ザクザク」という音を立てる。下りには、窪みに貯まっているところは、靴によって蹴上げられるので、水飛沫のように飛ぶ。「ザワザワ」と靴で掻き分けながら降りるようなものなのだ。
天気がよければこのダイナミックな落ち葉掃きが出来るのだが、雨降りだと、大変だ。滑るのである。受講者は「足腰」の強いものはいない。
私と同等かそれ以上の老齢である。平地でさえも「しっかり」歩くことがままならないといっている人が多い。しかし、これまでは晴れというお天気に支えられて藪こぎなどをしてきた。だから、晴れてほしいのだ。
昨日の午後4時だ。夕焼けまがいの明るい空を西に見た。夕焼けとは言えないが、夕焼けでもある。少なくとも曇っていて空が見えないという訳ではなかった。
夕焼けは、明日の好天を保証してくれる。だが、NHKの天気予報では降水確率が90%だった。
今朝起きたら雨が降っていた。その上風も結構ある。明らかに悪天だ。それでも願う。せめて午前中は雨が上がって曇り空で、経過してくれることを。
すでに、野外観察用のカラーでプリントしたパンフレットは作ってある。どうしても、悪天、雨降りで出かけられない時のために、90分間の座講内容のレジメとパワーポイントで作成した「画像」もある。これには2日以上かかった。
悪天が予想される時の対応には、野外に出かける数倍のエネルギーを使う。最近は「下見」から「パンフ」づくり、現地での案内・説明まで一人ですることが多くなった。今日は「野外」か「座講」かという判断をする仕事も加わった。
これから、その両方に対応出来るように「山に行く」準備と講座でオーバーヒッドプロジェクターを使って講義が出来るよう準備を始めよう。
もう一つの気になること、今日の写真は何という木の葉だろう。「ウルシ」か「ニワトコ」であることは確実なのだが、何とも決めかねるのだ。そのいずれにしても、これは幼木の類だろう。背丈が低い。50cmはない。
何故、写したのかというと「葉の色具合」が微妙であることと、初冬だというのにまだ「緑の部分」を多く見せていたし、周囲の草木が枯れて色あせた褐色に変化しているのに、この葉だけが際立って異質だったからである。
仮のこれが「ウルシ」だったらすでに真っ赤に燃え上がって落葉しているはずである。「ニワトコ」にしても同じだろう。
それにしても不思議なことは、同じ木なのに、同じ色の葉が1枚もないということだ。注意をしてみるとみんな色合いが違うのだ。これは、ある色に変化していく「途中」をそれぞれの葉が示していることだろう。それでは、この「進展途上」にある葉の帰結、ゴールは何色なのだろうか。「燃えるような真っ赤」であろうか。
どうもそうでもないらしい。葉の中にかなり濃い「褐色」になっているものがある。これは「赤くなる」という「アントシアン」と呼ばれる紅い色素が葉の中で造られていないことを示している。
「ウルシ」は秋になると確実に「アントシアン」が造られて赤くなる。これが、「ウルシ」ならば、たとえ幼木といっても、「赤く」なっていいだろう。
ところが、薄い「褐色」だ。褐色の本体は、タンニン系の物質で、お茶に含まれているとされる「カテキン」などの無色のフェノール性物質が化学変化して出来たもので「フロバフェン」とも呼ばれる色素だ。
また、まだ緑を装う葉には黄色の部分も見える。これは、夏の間、緑色の下にもともとあった「カロチノイド」という黄色の色素が表に出てきたものだ。それにしても、葉脈だけが黄色い。そして美しい。葉脈が「対生」しているところはやはり「ウルシ」か「ニワトコ」だ。
黄色、緑、褐色の小宇宙、ああ、赤い色彩、色素の「アントシアン」はどこに行ってしまったのだろう。自然は不思議だ。そして、奥が深い。
今日、雨が上がると、またこの「葉」に逢える。赤くなっているだろうか。
このような調子で、また明日から書いていく。きっと書けるだろう。
●● 緊急のお知らせ ●●
「岩木町民文化祭」
11月21日、22日に開催される「岩木町民文化祭」に、本会も出展します。
場所は中央公民館岩木館2階大ホール(弘前市大字賀田1丁目)。
内容:「岩木山の花」、「真冬の岩木山」写真展。およびこれらに関するミニ講演会。
搬入準備は18日の日中から始まることになっています。
展示や講演については要請があったもので、その要請内容に従い、本会が所有する範囲内での展示となりました。
お手すきの会員は「搬入・展示」および当日の「解説・巡視」等のお手伝いをお願いします。お手伝いに関する問い合わせは事務局(35-6819三浦)までお願いします。
07年2月22日から始めて、昨日まででA4 版で2.310ページになった。その内訳は07年が580ページ、08年が750ページ、09年が1.080ページである。年々増えている。これが、我ながら不思議に思えるところだ。大体、書き続けていると「書く内容」が枯渇してくることが一般的であろう。だから、私もいつか書くことがなくなるのだろう、その時はどうしようかなどと心配はしていた。だが、とうとう今日まで1.000日間続いてしまったのである。本当に不思議なことである。この三日坊主である私がである。
今日は表題のことについて「熱を入れて」書くつもりでいたのだが、そのことよりも気になってしようがないことがあるのだ。
その一つは「今日のお天気」であり、もう一つは「今日の写真」のことである。
先ず、お天気だが、今日は今年最後のNHK弘前文化センター講座「津軽富士・岩木山」野外「観察」の日なのだ。
何とか「有終の美」を飾ろうと、観察ルートを先週の日曜日を含めて、すでに先月、今月で3回も下見をしている。
登山道を外れて、初冬の尾根踏み跡道を辿って、標高700m辺りまで登って降りてくるというコースをとるつもりでいる。
途中には、ミズナラやオオヤマザクラが混在する雑木林があり、赤松の林があり、枯れた尾花やワラビ畑がある。さらに登るとミズナラを中心とする林が出てくる。だが、葉はすっかりと落ちてしまい、林床の下草も枯れて、根曲り竹の生えていない場所は、まるで「芝地」のようで、落ち葉を踏んで縦横に歩けるのである。
落ち葉も、「カラカラ、コソコソ」という音は立てない。何枚も重なっているので、踏むと「ガサガサ、ザクザク」という音を立てる。下りには、窪みに貯まっているところは、靴によって蹴上げられるので、水飛沫のように飛ぶ。「ザワザワ」と靴で掻き分けながら降りるようなものなのだ。
天気がよければこのダイナミックな落ち葉掃きが出来るのだが、雨降りだと、大変だ。滑るのである。受講者は「足腰」の強いものはいない。
私と同等かそれ以上の老齢である。平地でさえも「しっかり」歩くことがままならないといっている人が多い。しかし、これまでは晴れというお天気に支えられて藪こぎなどをしてきた。だから、晴れてほしいのだ。
昨日の午後4時だ。夕焼けまがいの明るい空を西に見た。夕焼けとは言えないが、夕焼けでもある。少なくとも曇っていて空が見えないという訳ではなかった。
夕焼けは、明日の好天を保証してくれる。だが、NHKの天気予報では降水確率が90%だった。
今朝起きたら雨が降っていた。その上風も結構ある。明らかに悪天だ。それでも願う。せめて午前中は雨が上がって曇り空で、経過してくれることを。
すでに、野外観察用のカラーでプリントしたパンフレットは作ってある。どうしても、悪天、雨降りで出かけられない時のために、90分間の座講内容のレジメとパワーポイントで作成した「画像」もある。これには2日以上かかった。
悪天が予想される時の対応には、野外に出かける数倍のエネルギーを使う。最近は「下見」から「パンフ」づくり、現地での案内・説明まで一人ですることが多くなった。今日は「野外」か「座講」かという判断をする仕事も加わった。
これから、その両方に対応出来るように「山に行く」準備と講座でオーバーヒッドプロジェクターを使って講義が出来るよう準備を始めよう。
もう一つの気になること、今日の写真は何という木の葉だろう。「ウルシ」か「ニワトコ」であることは確実なのだが、何とも決めかねるのだ。そのいずれにしても、これは幼木の類だろう。背丈が低い。50cmはない。
何故、写したのかというと「葉の色具合」が微妙であることと、初冬だというのにまだ「緑の部分」を多く見せていたし、周囲の草木が枯れて色あせた褐色に変化しているのに、この葉だけが際立って異質だったからである。
仮のこれが「ウルシ」だったらすでに真っ赤に燃え上がって落葉しているはずである。「ニワトコ」にしても同じだろう。
それにしても不思議なことは、同じ木なのに、同じ色の葉が1枚もないということだ。注意をしてみるとみんな色合いが違うのだ。これは、ある色に変化していく「途中」をそれぞれの葉が示していることだろう。それでは、この「進展途上」にある葉の帰結、ゴールは何色なのだろうか。「燃えるような真っ赤」であろうか。
どうもそうでもないらしい。葉の中にかなり濃い「褐色」になっているものがある。これは「赤くなる」という「アントシアン」と呼ばれる紅い色素が葉の中で造られていないことを示している。
「ウルシ」は秋になると確実に「アントシアン」が造られて赤くなる。これが、「ウルシ」ならば、たとえ幼木といっても、「赤く」なっていいだろう。
ところが、薄い「褐色」だ。褐色の本体は、タンニン系の物質で、お茶に含まれているとされる「カテキン」などの無色のフェノール性物質が化学変化して出来たもので「フロバフェン」とも呼ばれる色素だ。
また、まだ緑を装う葉には黄色の部分も見える。これは、夏の間、緑色の下にもともとあった「カロチノイド」という黄色の色素が表に出てきたものだ。それにしても、葉脈だけが黄色い。そして美しい。葉脈が「対生」しているところはやはり「ウルシ」か「ニワトコ」だ。
黄色、緑、褐色の小宇宙、ああ、赤い色彩、色素の「アントシアン」はどこに行ってしまったのだろう。自然は不思議だ。そして、奥が深い。
今日、雨が上がると、またこの「葉」に逢える。赤くなっているだろうか。
このような調子で、また明日から書いていく。きっと書けるだろう。
●● 緊急のお知らせ ●●
「岩木町民文化祭」
11月21日、22日に開催される「岩木町民文化祭」に、本会も出展します。
場所は中央公民館岩木館2階大ホール(弘前市大字賀田1丁目)。
内容:「岩木山の花」、「真冬の岩木山」写真展。およびこれらに関するミニ講演会。
搬入準備は18日の日中から始まることになっています。
展示や講演については要請があったもので、その要請内容に従い、本会が所有する範囲内での展示となりました。
お手すきの会員は「搬入・展示」および当日の「解説・巡視」等のお手伝いをお願いします。お手伝いに関する問い合わせは事務局(35-6819三浦)までお願いします。