岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

360度、姿を変える岩木山(14)04年6月6日、長平から石倉・松代部落に向けて

2008-06-19 06:04:12 | Weblog
(今日の写真は鰺ヶ沢スキー場が左側に遠のいた岩木山の北西面だ。暗い上に「小さい」ので、よく見えないだろう。だが「見なれた」私の目には「鳥海の頂から南東に走る直線」が目立って見えるのだ。
 参加者から「あれは何ですか。」という質問がわき起こった。それは「スカイラインターミナル」から続くリフト用の鉄塔が設置されている赤沢左岸斜面の切れ込みだった。醜い傷跡だし、岩木山からすると「哀れな傷跡」である。
「新道」の農免道路を進む。昨日も書いたが、以前は峠に出て気が遠くなりそうに多いカーブを曲がりながら白沢に降りて行ったものだ。その頃は、この「新道」は砂利道で、しかも「黒ん坊沼」までしかついていなかった。
 ふと上空を見たら、笹森山の山頂付近の上空をハチクマが一羽飛んでいるのが目に入った。少し旋回したなと思ったら、突然、両翼をすぼめて立てたまま小刻みに羽ばたいて空中で一瞬停止した。この鳥独特な飛び方によるデスプレイ。きっと近くに雌鳥がいるのだろう。
道路の周囲は畑。年を追うごとに広くなっているように見えるが、事実だろう。
その廻りの草地には蕨(ワラビ)が顔を見せ始めた。特に焼いた草地には、背丈が短く太ったものが多い。トップを行く集団はさっさと歩いて行くが、中ほどからバラけた人たちは、蕨狩りを始めた。

 ガードレールが谷側に向かって折れたり、ひん曲がったりしている。雪崩の痕跡だ。
場所も考えないで土建業者が仕事をするし、国も県もそれに任せきりだからこうなる。これも公共事業の一つに違いない。となれば税金の無駄使いは明らかだろう。
 歩いている道路は農水省か県の農林部あたりが管轄する「農業用道路」だ。農家に農産物の栽培方法や生産技術、増収や増益のための手法、農家のあり方や農業人としての生き方、農業思想や家族観の形成、生産する喜びと農家の理想社会、真の農業や地域の振興などを指導する役所は、今や「道路敷設や土木工事を発注する役所」に変わってしまった。

昔はこの辺りからよく見えた「黒ん坊沼」が見えなくなってしまった。周囲が畑地となってしまい、乾燥が進んだことにより「湿地」が少なくなり、「湿地・湿原」性の草本が減少したところに「樹木」が入り込んだ結果だ。「沼」の周りはうっそうとした「雑木」で囲まれている。これでは見えるわけがない。
 大白沢の橋を渡る。立派な橋だ。冬の間封鎖されて通行出来ない道路なのにどうしてこれほど頑健で立派な橋が必要なのだろう。冬季以外だってどれだけの人や車が通るというのだろう。この辺りは国有林地帯だから管轄は林野庁かも知れない。
 林野庁は「森を育てること」や「樹木を育て国土を保全」するという目的を棄てしまったようだ。農水省と同様に、堰堤や橋梁、それに道路を造り、自然を壊す役所に堕落してしまったのだ。
 岩木山赤倉沢の堰堤は、現在は上部の規模の小さいものを含めると十五基もある。なぜあれほどの数の堰堤が必要なのかさっぱり解らない。
 「事故や被害が起きてからでないと工事など滅多にしない」官庁行政の一つである農水省林野庁が「土石流発生やその被害」がまだない赤倉沢に巨費を投じて巨大な堰堤を十数年もかけて、なぜ建設したのか、その理由がよく解らない。
 解ることはただ一つ、「公共事業を作り出すための工事」であろうということだ。これらに国土交通省を加えると、公共事業請負三省庁揃い踏みというところだろうか。
 橋を渡ったところで、左に尾根への取り付きが見える。かなり幅が広くしっかりとした踏み跡があるので直ぐに解る。
「あれはどこへ続いているのだろうか。」と何人からか訊かれた。「西岩木山林道や二子沼への道につながっていると考えられる」という答えにとどめた。
 ここから入ると二子沼の脇を通り、追子森登山道を経由して石倉・若松のに出ることが出来るし、もちろん山頂に行くことも可能となる。
 ここの橋を渡りきったところから逸れて、「岩木山一周歩こう会」のコースに自然いっぱいの「山道」コースを設定したらどうだろうか、という提案である。
 時間は少しかかり、健脚向きになるだろうが、ブナ林とその中にたたずむ神秘の沼二つ…すばらしい自然散策が楽しめることは百パーセント可能なはずだ。
 だが、主催者側には、そのような「構想」はないようだし「工夫」もない。ただ、前年のものを「引き継ぐ」ことにだけ汲々として、その上「合理性」だけを図っているようにしか見えない。残念なことである。

メモ:
「ハチクマ」鷲鷹(ワシタカ)の仲間で低山の林に棲み、ハチの幼虫やさなぎを餌とする。羽毛は灰褐色。
「堰堤」(えんてい)洪水や土石流をくい止めるための堤防・ダムのこと。床固(とこがため)とも言う。現在では無駄なものの象徴として、ダムはムダと呼ばれている。