たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

ミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』-「堂本光一&井上芳雄 二大スターがより深い信頼で紡ぐ」

2021年11月06日 23時16分06秒 | ミュージカル・舞台・映画
ミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』-帝国劇場10月31日(2)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/57abbe48ef291fd8f407eb539f16ff65

 ミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』、演劇キックに橘さんのレポートが掲載されました。

2021年11月6日付
「堂本光一&井上芳雄 二大スターがより深い信頼で紡ぐ『ナイツ・テイル─騎士物語─』レポート!」
http://enbu.co.jp/

「(2020年夏の)コンサートバージョンを経て1年、作品は更に前へと進んでいた。非常に乱暴なまとめ方をするなら、初演の『ナイツ・テイル』は、名誉に囚われ、それのみに命を賭ける男の単細胞さを、女性の機智と愛が救い、幸福な大団円をもたらす物語だった。その根本が変わった訳ではないながら、この再演の舞台では二人の騎士アーサイトとパラモンをはじめとした男性たちも複雑さを増し、それぞれに悩み、考えながら新たな価値観を見出すに至る面が深まっている。これによって男性が、女性がではなく、人が闘いを捨て愛によって連帯していくという、新たな価値観を共有していく世界観が広がったのは大きな深化だった。それはパンデミックによって引き裂かれた世界の断裂にとって、もっとも必要な視点で、2021年の世界を想像すらできなかった2018年に生まれた作品が、時代を生きていることの尊さを表出したものだった。」

「初演でやや日本人の美意識とは離れるかもしれないと思わせる部分もあった美術面も、非常に観易く変化していて、日本、英国、米国のパフォーミングアーツの才能が揃って生み出した作品が、確実に時代を共に生きながら深化していることに熱い感動を覚えるステージになっている。」

 一度の観劇ではストーリー展開が十分に理解できたとは言い難かったので、あの場面はこういうことだったのかと細かいところまでよくわかりました。物語の始まりで戦に敗れたのは大澄賢也さんが二役で演じたテーベ王クリオン、クリオンに仕えていたアーサイトとバラモンはクリオンを倒したアテネ大公シーシアスに捕らえられたということでした。三人の王妃の中で、折井理子さんが最後に真ん中で黄金をまとって?登場しましたが、物語が進んでいく間、折井さんが後方の鳥の巣のように?なっている舞台装置にたびたび坐って物語を見つめている姿をなんどかオペラグラスで確認しました。そこにはどんな演出の意図があるのだろうかと想像するのも楽しいものです。七瀬りりこさんもオペラグラスで確認しました。森の中で牡鹿を踊っていた松野乃知(まつのだいち)さん、調べてみると東京バレエ団に在団中国内外で数々の主演をつとめたバレエダンサーですね、素晴らしい身体表現でした。こうして帝国劇場で名前を冠してダンサーをつとめることができるということはすごいことなんでしょうね。歌、芝居、ダンス、殺陣、衣装、舞台装置、照明・・・、全てにおいてクオリティが高い作品。ジョン・ケアードさん、さすがです。

 明日、帝国劇場の千穐楽、無事に幕がおりることを祈っています。

 

 今日は夜公演もあったので帰りに有楽町駅まで足をのばして公演プログラムを買うことも考えましたが業務中はほとんど坐っているとはいえ疲れたし、おサイフを考えて自粛しました。この世にいる間にたぶん最初で最後、こうして井上芳雄さんと堂本光一君が共演する舞台を観劇することができたのは十分に贅沢で幸せなことでした。星組の観劇予定は12月後半なので今月中に一度また有楽町駅まで足をのばせるといいかな。できれば一週間後とか。日比谷イルミネーションは11月18日から、歩くと足に痛みと痺れがきてしまいますが楽しみです。

  



劇場には夢と希望がある、夢と希望があると思える場所、日比谷は心のよりどころ。






5時間ぐっすりねむれました

2021年11月06日 08時47分52秒 | 日記
眠剤だのみで5時間睡眠確保、不安神経症に打ち勝って無事に往復できますように・・・。

土曜日はまた出勤

2021年11月06日 00時49分28秒 | 日記
 一週間前に聞かされざるを得なかった問題という二人に、それぞれ土曜日は遭遇することがありません。バスも電車も平日より本数少ないですが、帰りも坐れる率高いのでいくらか体は楽です。なんか仕事の内容そのものよりも別の意味で続けられそうにない予感しかありませんが土曜日だけでも続けないときびしい、どのみちきびしいですがよりきびしい。午後出勤となっても何も言われませんができれば午前中から出勤したい。疲労してくるとふらふらするので折り畳み杖を使わないと危ないと感じますが、おじいちゃん、おばあちゃんがいっぱいの時に使いづらいし、席を譲ってくださいみたいになってしまうのもいやで踏み出せません。上野の国立科学博物館で始まった大英博物館のミイラ展、杖を使わないともう足痛くて回れないですが決断できず。松葉杖よりいいじゃないと言われればたしかにそうかもしれませんが・・・。

 わたしのように生まれる前から股関節脱臼していて、ひと昔前までなら年金の受給開始までもう2歩・3歩ぐらいまで生きてきて痛みがひどいので受診したら変形性股関節症の末期、手術しかないと宣告されたことを親に話すと親の中では終わったことになっているから、泣かれたりするようです。五体満足で生んだはずなのにと。わたしの場合は親がまだこの世にいたとしても父も母も高齢すぎるし母は統合失調症だから会話が成り立たない、たぶんわたしの言うことがわからない。乳幼児の頃通院していたという記憶が自分でもおぼろげにある病院の医師はすでにこの世にいないかいたとしても高齢でしょう。今さら恨みようもありませんがちゃんと親に説明してくれたのか、その頃は説明義務なんてなかったしそもそも疾患としてまだはっきりわかっていなかったのか。今までめっちゃ歩いてきました。たぶん股関節には相当負担になった山歩きもしたし、階段や坂の上りおり、エアロビクスやヨガだってやってきました。おしえてほしかったよ、負担のないように生きていかないと年くってから手術しなければならなくなると。今の子どもたちはどうなっているんでしょう。健診でわかったなら医師は親に説明するべきです。直接命とられるわけではないですが残酷ですよ、愚かながらもここまでなんとか生き延びてきた人生のオチが生まれる前からって知ることになるなんで残酷、ほんとうに。昨年いくら面接を受けても駄目だったのはたぶん郷里で30年振りの自転車生活で股関節の痛みがひどくなって歩き方がそうとうおかしくなっていたから。自分で気づいていなかって滑稽すぎます。帰るところはありません。たどり着く先はもう見えています。手術しないと歩けないとなった時にはもういいです。それまでどれぐらいあるのか・・・。

 やめましょう、死ぬことはできないので生き延びるために明日はまた午後だけでも出勤、いや午前中から出勤。月曜日はまた近くの整形外科のリハビリ予約していますがどうしようか。手術しないかぎり、死ぬまで通わなければならないのか、いやじゃよ・・・。