たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

星組『鎌足-夢のまほろば、大和し美しー』_思い出し日記(6)

2020年07月04日 12時34分57秒 | 宝塚
2020年6月24日;星組『鎌足-夢のまほろば、大和し美しー』_思い出し日記(5)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/93280ece7be3d661b2ecf82ae55e6130


 なんど聴いても沁みる、鎌足の人生を肯定する与志古のことばを書き留めておきたくてオンデマンド配信で文字起こし。

 亡くなる前日、鎌足は瀬央ゆりあさん演じる天智天皇より、少年の頃中臣(なかとみ)にかわる姓がほしいという望みがようやく叶い、「藤原」の姓を賜るのでした。

天智天皇は自ら、病の鎌足を見舞いに訪れました。天智天皇は不比等(ふひと)の年齢や不比等が与志古を母上と呼んでいることから自分と与志古の間に生まれた子であることにおそらく気づきました。不比等自身も自分は鎌足の子ではないことに気づいていました。

天智天皇「鎌足、そなたの望むものを授けるとのいつぞやの約束、おぼえているか」
鎌足「すっかり忘れておりました」
天智天皇「ふじわら、というのはどうだ」
鎌足「ふ・じ・わ・ら」
天智天皇「そう、ふじわら、そなたは今日より藤原鎌足(ふじわらのかまたり)を名乗るがよい」


少年少女の頃出会った猿岩の前で杖に支えながら歩く鎌足と寄り添う与志古。

与志古「えられましたわね」
鎌足「ああ」
与志古「この猿岩、すべてはここからはじまって」
鎌足「ああ」
与志古「ついに」
鎌足「ああ」
与志古「どうされたのです、およろこびなさいませ」
鎌足「うれしくない」、声をふりしぼるように語ります。「中臣(なかとみ)の名を捨てたいと、名がほしい、そして名をあげたいと、ただそれだけだった、たったそれだけのためにどれだけの血が流された、どれだけの苦しみがあった、哀しみがあった、それを思うと」
与志古「鎌足様」
鎌足「よろこべない」「わたしが死ねばなにも残らない」「わたしの人生はこれでよかったのか」


不比等「父上、こんなところにおられたのですか」
与志古「なんです、不比等」
不比等「父上、帝は立派な方ですね」
鎌足「そうだな、近々共に宮中へ参るぞ」
不比等「宮中へ?!」
鎌足「帝はお前を気に入られたようだ」「そしてお前を・・・」
不比等「父上、なにがあろうとわたしは父上の子、ふひとです、父上に育てられ、父上からすべてを、志を学びました」
鎌足「ふひと」
不比等「だから早く父上のようになりたい」「帝にお仕えしてこの大和のために役立ちたい」
鎌足「それではだめだ」
不比等「父上」
鎌足「父のようになりたいだと、そんなことでどうする、父をこえるのだ、藤原不比等(ふじわらのふひと)、お前の志だ」
不比等「はい」


与志古「これでよかったのです、「わたしたちのじ・ん・せ・い・は」
鎌足「よしこ・・・」
与志古「悩みました、苦しみました、哀しみもありました、それでもよしこは楽しかった、うれしかった、そしてあなたの志は生き続けます、あ・す・へ」

鎌足・与志古
「ふたりで迎えよう、新しい朝の訪れを・・・♪」
「ふたりで歩もう、あたたかい陽射しあびて・・・♪」
「ふたり手を取り合っていつまでも永遠に♪どこまでもすべての道を歩んでいこう、ふたりで・・・♪」
鎌足、史実では56歳で亡くなったとのことなのでおじいちゃんでもない。与志古も今なら若いですがそこにあったのは離れているときも互いを大切に想いながら、波乱の人生を生き抜いてきた老夫婦の美しい後ろ姿でした。


僧旻(そうみん)「鎌足の死後、天智(てんじ)の御世は大いに荒れた」
船史恵尺(ふねのふひとのえさか)「その嵐の中を生き抜いた鎌足の子、不比等はやがて藤原氏の繁栄を築き上げた」

 長くなってきたので、一樹千尋さん演じる僧旻先生と天寿光希さん演じる船史恵尺(ふねのふひとのえさか)とのエピローグのやりとりは次回にします。

 ナウオンステージで与志古を演じるにあたって「権力のために使われる、当時の女性にしかわからない苦しみ、今は考えられない日本女性の苦しみ、悩みを同じ日本人女性として追求していきたい、心とは裏腹のことを言わなければならない」と語る綺咲愛里さん。隣で「内容よりもあーちゃんがコメントできるようになったことに感動している」と紅ゆずるさん。相性がよく作品に恵まれた幸せなトップコンビでした。

 今さら気づいたのですがナウオンステージの司会している女性、すごくかわいい人だと思ったら花組OGの華陽子ちゃんなんですね、めっちゃ面影あります、永遠の娘役。