たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

イエスの言葉を読む「ヨハネによる福音書」編より(1)

2016年04月29日 22時42分00秒 | 本あれこれ
 4月9日に聴講した若松英輔さんの「イエスの言葉を読む_「ヨハネによる福音書」編」から。仕事帰りの疲れ果てた状態でしたが心に響いてくる言葉を書き留めずにはいられませんでした。


人にはどうしても自分で書かなければならない言葉がある。
自分で必要としている。
万感の書を読んでもない。

理屈ではないけれど手応えのあるものに出会ったとき、私たちは立ち上がらなければならない。

読む=吸う
書く=吐く、読むばかりでなく書くことは大切。たくさん書く。



 今の私はまだまだ読むよりも書かずにはいられない状態が続いています。わたしだけの経験から生まれたわたしだけの言葉をブログに書かずにはいられません。ブログに書けないときは手帳に書き留めてきました。書くことが救い。書くことでお金になるとか、なんにもありませんが「書く」ということがなかったら、私はもっともっとズタズタに擦り切れたままどうしようもない状態が続いたと思います。書くことを、自分だけの言葉を紡ぎだすことを私自身が強く求めていました。私にとって喉が渇いた時水を飲んでうるおすように必要なこと。若松さんの言葉にはいつも救われます。書き足りないですが今日はここまで。

 

『1789バスティーユの恋人たち』より(2)

2016年04月29日 16時12分06秒 | ミュージカル・舞台・映画

「小池修一郎メッセージ

 「人権宣言」が主張する「政治と宗教」「出版と表現」の自由と権利は、テロとネットの時代となった今も争いの焦点となっている。劇中最後に歌われる「悲しみの報い」を聴くと、この作品が軽やかさをまといながら、実は深く重いメッセージを持っていることに気付かされる。

 悲しみの報いとして 人は夢を見る権利を持つ
 憎しみを乗り越えて 新しい世界を築き上げる
 苦しみの報いとして人は許す心を持つ
 力に頼ることなく希望と勇気求める

 この歌を、再びパリ市民(シトワイヤン)が誇りを持って歌う時が来るのだろうか?

 翻って日本人である我々は「戦争をしない国民」として、歌い続けることが出来るのだろうか?そんな思いを胸に、開幕に向かっている。」

(『1789バスティーユの恋人たち』プログラムより引用しました。)


 すっかり疲れてしまっているのでつらつらと思いつくままに書いてみたいと思います。
 
 新緑の木漏れ日がまぶしい朝。ヤフーのニュースをチェックすると、シリア北部で空爆のニュース。犠牲になるのはそこで日々の暮らしを営む市井の人々。日本の外務省が渡航禁止している国に暮している人々はいる。遠い異国の地で一日一日を生き延びていくことに必死な人々がいることを忘れないでいたい。欧州のテロ事件は大きなニュースになるけれど、日々テロの脅威にさらされている人々がいることはあまりニュースにならない。欧州の繁栄は弱い国の弱い立場の人々の犠牲の上に成り立っていることに思いを馳せたい。血みどろの争いの歴史が繰り返されてきた果てに今の日本も含めた先進国と言われる国々の繁栄があることを考えたい。権力を持ってしまうと人は自分を守るため保身に走る。失うことを恐れて必死に権力にしがみつこうとする。そのために弱者を犠牲にする。いつの世も犠牲になるのは一番弱い立場の人々。レ・ミゼラルブな人々。いつの世も人は愚かしきものかな。自分は何もできません。ただ、こんなことを考えながらこのブログを書いています。

写真は全て東宝の公式FBからの転用です。

トップの写真は小池君ロナン。
エピローグ。飢饉によって税金を払うことができない貧しい農民達を逮捕しようとするベイロール伯爵から父親のマズリエを守ろうとする場面。マズリエはベイロール伯爵率いる兵士の放った銃弾からロナンを守ろうとして命を落としてしまいます。ロナンは復讐するべくパリに出ていくことを決意するのでした。ソニンさん演じる妹のソレーヌがこの場面と最後にロナンが兵士から撃たれてしまった後に歌う「叫ぶ声」は、憎しみからは悲しみしかうまれないといった歌詞があったと思います。いつの世も同じ人の営み。血で血をあらうような争いが繰り返されてきたことに思いを馳せないではいられませんでした。

 岡さん演じるベイロール伯爵が兵士たちを従えて全身黒ずくめの長身で客席左手からどかどかと劇場に入ってくる姿はド迫力。牢獄でロナンを傷めつける場面もさすがの歌唱力が土台にある迫力。エピローグ、全員で「悲しみの報い」を歌う時、岡さんの声が心によく響いてきました。





「ルイ・ジョセフ=夭逝の王太子
  生まれたときから、将来のフランス国王となるべく育てられた王家の第一王子。非常に美しく、賢い少年だったが、6歳になってすぐに、難病である脊椎カリエスにかかってしまう。ムードンの城にひとり移り静養をしたが、病状はいっこうに回復しなかった。アントワネットやオスカルの祈りも空しく、7年と8カ月という短い生涯の幕を閉じた。

末裔たちの行方
 国王だったルイ16世が処刑された後、跡継ぎにあたる王子ルイ・シャルルは共和国の一員となるためアントワネットたちから引き離される。幼かったルイ・シャルルは自分の名前も身分も忘れてしまう。また、第一王女マリー・テレーズも投獄されるアントワネットと引き離されてしまった。」

(池田理代子著『ベルサイユのばら大事典』2002年集英社発行より)


 ルイ・ジョセフの養育係だったオランプに、彼が亡くなるとアントワネットは王宮を出て愛する人の下に行くようにと告げます。私と愛する人のどちらかを選びなさいと言われ、「おいとまをいただきます」とひざまづくと時のさやかちゃんオランプがなんともかわいくて素敵。アントワネットとオランプが心で深くつながっていることを感じさせる場面で、涙が出そうになります。アントワネットは王太子を亡くし、さらに革命が勃発したことを知らされ、神様は私からなにもかもうばうのとか顔をくしゃくしゃにして嘆いた後、愚かだった自分に神さまは罰を与えたのだと悟り、ようやく王妃である自分の立場を自覚するたおやかな女性へと変貌しています。観客の誰もがその後アントワネットが処刑されることを知りながっらみていますが、彼女自身は王妃であることを自覚した時が命の終わりを意味することを予感していたのだろうかとふと思いました。ベルサイユ宮殿を築いたルイ14世の負の遺産を背負うことになったのはアントワネットの子どもたちでした。史実は血みどろでなんとも切ない・・・。