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たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

『エリザベート』プレビュー初日(1)

2015年06月11日 21時56分27秒 | ミュージカル・舞台・映画
エリザベート:花總まり
トート:井上芳雄
フランツ:田代万里生
ルドルフ:古川雄大
ゾフィー:香寿たつき
ルキーニ:山崎育三郎
少年ルドルフ:松井月杜
 
 開幕しました。ずっと頭を使い過ぎてきたし、極度の緊張感の中に身を置いてきたので今日は忘れて楽しもうと決めました。
おかしな、でも気になるニュースばかりでそうもいきませんが、ネットで他の方の感想を読みながら今はひたっている感じです。

 1996年の雪組初演、1998年の宙組再演、2000年の東宝初演を観ている私には幾重にも感慨深いものがあるキャスティングです。

19年の時を経て舞い降りてきた花ちゃんシシィ。16歳でフランツに見初められた少女時代は、
本当にかわいらしかったです。全く年齢を感じさせません。
プロローグの後、エリザベートの肖像画が上がっていくのと同時に、少女時代のシシィが客席をふりかえって登場した時の拍手の大きさが、皆さんの待ち望んでいた感を感じました。
68歳で旅立つまでの一生が怒涛のように綴られていきますが、少女だったシシィが自我にめざめ、孤高の皇后へと表情が変わっていく姿は、皇后の姿そのままでした。
横顔の凛として美しいこと。宝塚時代よりも美しく、高貴で、歌もパワーアップして、初演から今までの彼女の生きてきた時間がそこに込められているように思いました。

真骨頂は、シシィの星と言われる髪飾りをつけて、一番豪華な衣装をまとった鏡の間のドレス姿とルドルフ亡きあとの棺にすがる場面でしょうか。
22歳だった花ちゃんが喪服をまとい背中を丸めて、ルドルフの棺にすがり、後悔にくれ涙する姿は、娘役としてのキャリアがまだ浅かった花ちゃんの力量がついたことを思わせてくれました。よく演じられていたと思います。
20年目の今日は余裕と貫録で演じられていました。
より心が震えて涙が出ました。
その直後にルキーニが登場して、皇后のしたたかさを歌う場面があるのは、宝塚版と東宝版で大きく違うところのひとつです。
皇后のエゴイズムで客席はなんて勝手な人なんだと思う瞬間がありますが、その客席の空気を受けて立つ強さが、東宝版のシシィには求められます。
前回までは男役出身の人が、男役で培った強さでその強さをにじませていました。
今回初の娘役出身の東宝版シシィ。
その要求に十分に応えられる強い皇后になっていたと思います。

シシィが「ルドルフどこなの、きこえてるの、さむくないの、ふるえてるの♪」と歌うのと、
少年ルドルフが「ママどこなの♪」と母の姿を求めて歌うのとが同じフレーズになっていることに今さらのように気がつきました。二人が似たもの同士であることをちゃんと音楽で現わしています。

夜のボートを歌う場面で、舞台装置の鏡に、花ちゃんの後姿がずっと映っている場面も印象的でした。ルドルフ亡きあと、夫フランツとの間にある、うめることのできない心の隙間があること、耐えがたい孤独感と一緒に生きている孤高の美しさが、鏡に映る後姿に込められているように感じました。

プログラムを読むと、舞台装置はハプスブルク家の霊廟の中で行われている裁判劇というコンセプトとあります。シンプルで抽象的になった分、キャストが自由に動く空間は広くなったのかなという印象でした。
結婚式の後の舞踏会で、シシィがトートダンサーたちに翻弄されて、トートと再会するシーン
の演出も変わったところの一つでした。
眠りながら夢の中を漂っているような花ちゃんシシィの表情も印象的でした。

井上さんトートは、今までよりも自由自在に動いている感じがありました。
登場シーンも増えているようです。
初舞台が2000年のルドルフだった井上さん。
初役とは思えない安定感で、シシィをどこまでも追いかけていく姿には、15年間の役者人生が込められていると思いました。
手足の長さがやはり舞台に映えます。長い髪に最後は白い衣装、ブーツもよく似合ってかっこいいです。
衣装がシンプルになっているので、より軽やかな感じがしました。

香寿さんゾフィー、安心してみていられる演技と歌でした。やはり裏切りません。
宝塚時代から歌、ダンス、芝居と三拍子そろっていて、どんな役でもこなす香寿さん、さすがです。

古川さんルドルフ。
2012年よりもより美しく、孤独と狂気をよく表現されていました。

田代さんフランツも初役とは思えない演技と歌の安定感。
晩年身内が次々と不幸に見舞われ、愛する妻シシィも暗殺によって亡くしながら、粛々と自らの与えられた皇帝という役割を全うしていく、その姿もまた孤独に満ちていました。

育三郎さんルキーニもよかったです。あごひげが違和感なく、2012年までの12年間ひとりでルキーニを演じてきた高嶋さんとは全く雰囲気がちがう色気といやらしさがあって、ちょっと心配していましたが、今までの二枚目イメージを跳ね返していると思いました。キッチュの場面など楽しそうでした。

トートがルキーニにナイフを渡す場面。音楽と共に一気に緊張感の高まる場面です。
シシィがトートに手をとられて天に召される最後の場面で、裁判が終わったことを客席に知らせようとするかのようにルキーニも同時に旅立っていく演出に変わっていました。棺が出てこなくなってシンプルなラストでした。

少年ルドルフの月杜君の歌声もきれいでした。歌がうまいです。
トートと出会う部屋の装置もシンプルで、トートダンサーが鉄火面をつけてまわりにいる演出になっていました。

ルドヴィカお母さんとマダム・ヴォルフを演じた未来さんが、ミルクのシーンの群集にも登場されていてよくわかりました。
なんかきっぷのいい母さんぶりといった感じだったでしょうか。

キャストが前回までよりもぐっと若くなって、躍動感があり、同時にプレビュー初日とは思えない安定感のある舞台でした。
何役もこなすアンサンブルのみなさんも安定していました。
耳慣れた歌の世界観はそのままに、同時に全体的な雰囲気は変わったかなと思いました。

それにしても鬘がすごくうまくできていて、それぞれの役者さんたちにすごくしっくりきていると感じました。素晴らしい技術。

宝塚版と東宝版ではいろいろと違うところがありますが、この舞台を女性だけで最初につくり上げた雪組初演はすごいと改めて思いました。

まだ何回か観る予定です。
きりがないのでこれぐらいに。
久しぶりに混乱のことが頭から離れたひとときでした。
孤独な人びとが、それぞれの人生を精一杯に生き抜かれました。

19世紀、ハプスブルクという大帝国の終焉を象徴したかのようなエリザベートという人。
20年前と西欧の資本主義が限界にきているのではないかと思わずにはいられない今観るのと
では違うリアル感もあります。
トートとエリザベートのラブストーリィが軸ですが、時代の大きなうねりの中で必死にあがなう人々の姿としてみることもできるかもしれません。

写真は東宝の公式ツィッターよりお借りしました。