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第三話「単車男登場」

 1944年10月、ここ一航艦司令部では草色の防暑服を着た司令長官大西瀧次郎中将が、一人瞑目していた。肩が震えている。大西中将の脳裏には、ついさっき自分が帽振れで送り出した25番(250キロ爆弾)を抱え、いかにも重たげに離陸していく零戦の映像がこびりついて離れなかった。
「俺もいく、俺もいくぞ」
 大西中将が涙をはらい、顔を上げたその時。

ブオォォォォォーン

長官室に単車の爆音が響き渡った。
 何事かと顔を上げる大西中将の目に、ドアを開け入室してくる帝国陸軍軍人の姿が写った。帝国陸軍軍人は無言で敬礼した。
「陸軍サンが何の用かな」
 答礼し、おだやかに大西中将が尋ねた。
「大西提督、統率の外道はお止めください」
「統帥の、外道?」
「爆装した艦戦を、搭乗員もろとも敵艦に体当たりさせる」
「…」
大西中将は、火を噴くような眼光で帝国陸軍軍人を睨み付けた。
「読めたぞ、貴様サンボの回し者だな。貴様等とはすっぱり手を切ったはずだ、この大西瀧次郎断じて悪事の荷担はせん!」
「違います提督、自分は…」
「問答無用!最後に海軍の栄光を守って、若者に死に場所を与えてなにが悪い、すぐに俺もいくのだ!」
 言うが早いか、大西中将は机の引き出しから額に錨の紋章がついた異様な鉄鉢を取り出し頭に被った。一瞬大西中将が発光し、次の瞬間長官席の後ろには全身銀色の人影が立っていた。顔は口元だけが覗いており、目の部分は一枚の黒い色ガラスになっている。色のせいもあり、全体に機械的な印象がする。

ウィーン、キュイーン

動く度に電動機の作動音が長官室に響いた。
「ふははははは、見たかサンボ。これぞ貴様等の悪事を挫くため、極秘裏に空技廠が開発した試製陸戦強化衣『暁天』だ!」

バグン!
 試製陸戦強化衣『暁天』の右腿の装甲鈑が音を立てて外側に開き、中から拳銃が架台ごと飛び出した。見た目は南部十四年式のようだが、様々な突起が追加され全く別物の拳銃のようにも見える。大西中将は右手で拳銃をひっつかび吠えた。
「冥土の土産に教えてやろう、この試製陸戦強化衣『暁天』の右腕は九十八指揮射撃盤も管制できるのだ。貴様には九十一式四十六糎徹甲弾などもったいない、この南部十四年式改で充分だ!」

ブバブバブバブバブバブバ

 瞬く間に全弾を連射しつくす南部十四年式改、立ち込める硝煙が薄れた時。
 長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が立っていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
「正体を現したな、海軍の優秀な技術を手に入れようと甘言巧みに俺に接近し、帝国海軍軍人の潮気の前に目的が達成できぬと知るや俺の抹殺を図ったサンボ!」
 大西中将が、試製陸戦強化衣『暁天』の右手を一振すると、右手に長い鞭のようなものが現れた。
「瀕死の重傷を負いながら、海軍病院で奇跡的に命を取り留めた俺は、貴様等に対抗せんと極秘裏に空技廠に試製陸戦強化衣『暁天』を開発させた!そして俺は試製陸戦強化衣『暁天』を装備し、貴様等の悪事を裁く『単車男』となるのだ!」
 大西中将が右腕を一閃、鞭が空を切る。辛うじてよける単車仮面、鞭はそこにあった応接卓を粉々に粉砕した。
「見たか、海軍伝統の『フレキシブルワイヤー』思考の硬直した陸助には想像もつかん装備だろうが。」
「待ってください大西提督」
「聞く耳ぃ、もったんわぁぁ!フレッッキシブル ワイッッヤァァァァ!」
大西中将の雄たけびとともに、海軍伝統の『フレキシブルワイヤー』が単車仮面の首に見事巻き付いた。
「ぐっ」
「さて、試製陸戦強化衣『暁天』の駆逐艦並みの出力にどこまで耐えられるかな?」
ぎりぎりと締まっていく『フレッッキシブル ワイッッヤァァァァ』

「なにっ?」
困惑の声と共に、大西中将は試製陸戦強化衣『暁天』の出力を下げた。どさりと床に落ちる『フレキシブルワイヤー』
 単車仮面は元の帝国陸軍軍人の姿に戻っていた。

ゲフッ、ケッケッ、ゲフッ

 むせながら帝国陸軍軍人はいった。
「…大西提督をして、特別攻撃を決断させる事こそがサンボの深慮遠謀だったとしたら」
「な、なに…」
「サンボも独自に特別攻撃を考えていました、だが始めっから搭乗員の戦死を織り込んだ肉弾攻撃を陸軍から始めさせるのは自分たちの影響力低下につながる。そこで海軍の技術を入手する名目であなたに接近し、あなたに海軍から特別攻撃を始めるよう誘導した。
より完璧な偽装にするため、あなたをわざと逃がし丁寧に重傷まで負わせて。」
「…サンボの言うことなぞ信用できんわ…」
大西中将は力なくいった。
「自分はサンボではありません、よく見てください」
 大西中将は、改めて帝国陸軍軍人を見、墓場から生き返った死人を見たような表情をした。
「君は一体…いや、まさか…、まさか安藤大尉」
 安藤大尉と呼ばれた帝国陸軍軍人はうなずいた。
「二二六事件の軍法会議で銃殺された自分は、同志と一緒に満州のサンボ七三一研究所で飛蝗男として蘇生させられたのです。
 奴等は自分達に同調するよう、自分を脳改造しようとしました。しかし、同志と自分が一命を賭してまで糾そうとした日本を、あまつさえ東亜の民草を苦しめようとする奴等に、自分は死んでも同調してはならなかったのです。
 自分は脱走しました。追手として差し向けられた、かつての同志を倒して…」
「…だとしたら、私は、私は死んでいった若者になんといって詫びればいいのだ…」
 大西中将の目を覆った一枚の色ガラスから、涙が滂沱と流れた。
 単車仮面、いや安藤元陸軍大尉はかける言葉がなかった。

 「安藤君、やつらが誤算した事がある」
 大西中将は、額に錨の紋章がついた鉄鉢を脱いだ、鉄鉢の下から現れた大西中将の顔は闘将と呼ばれた元の顔に戻っていた。
「試製陸戦強化衣『暁天』とこの俺『単車男』だ。帝国海軍の技術力と潮気をサンボの奴等に教育してやる」

ブオォォォォォーン

 フィリッピンの砂浜を陸王『颱風號』がゆく、なりゆきでああなったが単車仮面の正体は筆者にも意外な人物であった。
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