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第二話「怪奇蜘蛛男」

インパール作戦で亡くなった英霊に合掌。

 1943年12月、ここビルマ方面軍司令部では、恐るべき・・・いや破廉恥な陰謀が実行にうつされようとしていた。

 細面の将軍が熱弁をふるっている。
「必勝の信念をもってあたれば敵は必ず退却する。まして英軍は弱い。天長節までには、インパールもコヒマも占領可能である」
「しかし、この作戦は危険性が多い。再考できないか」
ビルマ方面軍参謀長の問いに、細面の将軍は胸を張って答えた。
「盧溝橋以来弾雨をくぐってきた私の戦歴をかけ問題ない」
 細面の将軍の、根拠のよくわからない自信に、彼とは慮溝橋事件以来の付き合いであるビルマ方面軍河辺司令官がほとんど認可しそうになったその時。

ブオォォォォォーン

 ビルマ方面軍司令部に単車の爆音が響き渡った。
 司令部の面々は、窓に駆け寄り、絶句した。前庭には、陸王に跨り不敵に笑う謎の帝国陸軍軍人が。憲兵が三八式小銃を構えて、遠巻きにしている。
 細面の将軍が前庭に飛び出し、自説を中断された怒りもあらわに謎の帝国陸軍軍人を詰問した。
「貴様!ここをどこだと思っている!」
「ビルマ方面軍司令部」
「官姓名を名乗れ!」
「単車、仮面」
「・・・狂人か。憲兵!こいつを逮捕しろ!」
顔面蒼白になりながら、細面の将軍、牟田口廉也中将が叫んだ。
 殺到する憲兵、その時。
「トォァーッ!」
 掛け声とともに、謎の帝国陸軍軍人が陸王の座席からラングーンの空に飛び上がった。次の瞬間、前庭には、長靴に手袋をはめ、黒緑の仮面、黒緑の上下、全身黒緑ずくめの人影が立っていた。それは舶来品の防毒面を付けた人のようであり、赤く鈍く輝く目は昆虫の複眼のようでもあった。その異形はまぎれもなく凶凶しさを、全身から発散していた。
「ば、化け物」
憲兵が一斉にうめいた。
 牟田口廉也中将が叫んだ。
「辻!この非常時に辻はどこにいった!」
「ツジボーいや蝙蝠男なら、この単車仮面が満州で倒した!知らんのか」
「史実とちがうじゃないか!」
「ふっふっふっ、東亜の平和を守るためなら単車仮面はどこにでも現れる、愛車『颱風號』と共に!。だいたい、補給はいったいどうするつもりなんだ、どうせ貴様の事だから「ジャングルに自生している草を食え」とか「牛を徴発して「駄牛隊」を組織し用がすんだらそれを捌いて食えばいい」くらいしか考えてないだろう」
「なぜジンギスカン作戦をそこまで知っている、軍機のはずだ。」
「・・・本気で考えていたのか、作戦名までつけて。インド義勇軍はどうする、ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な動物だぞ、食わせる訳があるまい。
 日印の兵士に無用の血を流さしめ。ビルマの百姓から貴重な労働力を奪おうとするお前のたくらみ、大元帥陛下が許してもこの自分が許さん。牟田口中将いや、悪の秘密結社サンボのムタグー!」
 単車仮面は、牟田口中将を指差した。
「うぬう、ムタグー!」
怪しい掛け声とともに、中将襟章を引っ張る牟田口中将。一瞬、牟田口中将もまた赤マスク、赤い全身タイツの怪人に変化していた。赤とはいうものの、頭のてっぺんからつまさきまで黒い格子縞が入っており、くも蜘蛛の巣を思わせた。が、右肩の参謀肩章は浮いている。
 事態の変転についていけず右往左往するビルマ方面軍の面々、そして憲兵。ビルマ方面軍の憲兵は、まだ憲兵怪人に入れ替わっていないのだった。
「お前の正体は、蜘蛛男だったのか!」
「くらえ!盧溝橋蜘蛛の糸!」
謎の掛け声と共に、単車仮面に両手から白い糸を浴びせる牟田口中将改めムタグー改め蜘蛛男。虚をつかれ、絡めとられる単車仮面。
「なにしに出てきたんだ、単車仮面とやら」
ゆっくりと単車仮面に近づき、鈎爪のついた右手を振り上げる蜘蛛男。
「これで終わりだ!佐藤(幸徳)の馬鹿野郎ぉぉぉぉ!」

ザッギン!

 飛び散る火花、吹き出す血しぶき、よろける単車仮面。だが、
「単車キィィィック!」
単車仮面は、蜘蛛の糸を自分の胸の肉と一緒に蜘蛛男に切らせたのだ。胸から血を流しながら、飛び蹴りを放つ単車仮面。
「俺は間違っていないぃぃぃぃ!」
 最後の言葉を残し、蜘蛛男は爆発した。爆風で中庭に面した窓ガラスが割れ、ラングーンの空に火球が立ち上った。

「ぶへっっっくしょいぃ。誰が俺ばうわさしったんだべが。」
その頃、三十一師団(烈)師団長 佐藤幸徳中将はくしゃみをしながら、故郷言葉でつぶやいていた。

ブオォォォォォーン
 ビルマの野を陸王『颱風號』がゆく、単車仮面の正体は次回明らかになるかもしれない、ならないかもしれない。
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