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持久走

 ステロタイプなものの見方は、個体差を無視した乱暴な方法である。
それでも我々は、ステロタイプなものの見方を捨てようとはしない。おおまかに概要をつかむ分には多少なりとも有効だからであり、それが階級特性という意味で真実を含んでいるからであり、なによりも(真実を含んでいる分)面白いからである。
 エスニックジョークになるとその傾向は顕著で。
・ 日本人は皆ニンジャであり、赤丸を染めたヘアバンドを締め、ハラキリとカミカゼをしながらバンザイアタックをしかけてくる。
・ アメリカ人は毎日草履のようなステーキを食い、体重計を恐れている。
・ 中国人は皆ベトコンであり黒いパジャマを着てチャルメラを吹き鳴らしながら、大勢で怪鳥のような奇声を上げて跳び蹴りしてくる。
 これらはとんでもない事実誤認のかたまりといってよいが、真実の断片をふくんでおり、だからこそ面白い。荒唐無稽な作り話で馬鹿笑いするのは、子供とアメリカ人くらいなものである。

 以下に述べるのは、フィリピン人のステロタイプである。

1.歩く時には、いかなる状況であってもあさっての方を見ながら歩かなければならない。
2.歩く時には、いかなる状況であっても可能なかぎり優雅にゆったりと歩かなければならない。(ただし雨天、パニックになっている場合を除く。)
3.上記1.2.については車道を横断する場合であっても適用される。
4.狭隘部では後ろに人が続こうと、立ち止まらなければならない。
5.エスカレーターを降りたら、立ち止まらなければならない。
6.人の流れを無視して、立ち止まらなければならない。
7.いつも髪をいじらなければならない。
8.単数の一人称主格は当然"Me"である。
9.自分の能力をはるかに超えた夢を見なければならない。
10.かといって、その夢の実現のために努力などしてはならない。
11.いつも幸せそうに、にこにこしていなければならない。
12.楽しいときは、周りを気にせず大きな口を開けて哄笑しなければならない。
13.ただし捻ったジョークで笑ってはいけない。
14.危険を予測してはいけない。(高所、高電圧、回転工具、等々)

 フィリピンは一握りの富裕層、その他大勢の貧困層で国民が構成されている、いわゆる先進国のような中間所得層がほとんど存在しない。筆者が観察しているのはほとんど後者である事を断っておく。ただし、富裕層といえども基本的には同じである。

 最近彼等とマラソンをする機会があったが、走る前から筆者は不安であった。
 普段あのように、優雅かつたらたらにしか歩かない連中が、持久走などできるのであろうか?

 本番、彼等の脚を見て、筆者の不安は高まった、彼等の脚はとても持久走ができそうなしろものではない。そもそも走り込んでいる脚であれば、普段あのようにちんたら歩いたのでは、逆に疲れてしまう。
 筆者は3日前から毎晩2kmは走り始めた、それでも今回は距離が5kmでもあり、筆者は「せめてリタイアしないこと」を目標としていた。
 しかし、どう見ても走れそうな脚ではないにも関わらず、彼等の顔を見るかぎりリタイアどころか一等賞金と名誉が自分のものであることを微塵も疑っている様子はない。自分の能力を客観視するのは、彼等の得意とするところではない。
 スタート、そして筆者の不安が裏切られることはなかった。

 「ウキャー!」
 スタートの合図と共に、ビートルズ来日公演さながらの喚声が、何故かランナーの間から湧き起った。口々に黄色い声をわめき散らしながら、短距離走のような素晴らしいスタートダッシュでランナー達はすっ飛んでいく。
 体力残におびえながら走る筆者を文字通り尻目に、彼等は脱兎の如く疾走する。いつも通り、締まりのない、とりようによっては嘲笑にも見える笑み顔面に貼り付けて。
 彼等は、またたく間に筆者の視界から消えた。
 筆者は、あのような走り方で5kmもつのか不思議に思ったが、他人の事をかまっていられる状況ではなかった。ちなみに、彼等は自分の能力を客観視できない。

 またしてもというべきか、筆者の疑問が裏切られることはなかった。
 早くも50mほど走ったところで、ふらふらしているランナーの群れが筆者の視野に入ってきた。
 筆者は、なぜか二三人づつダンゴになってよろけている連中をゆっくりと追い越しにかかった。
 スタートで置き去りにしてきたつもりの筆者に追い越されるのがくやしいのか、彼等は疲れた脚にむちうち速度を上げたつもりになった、が脚が彼等の言うことを聞かずよたよたするばかりで脚が前に出ていかない。彼等は、自分を含めた状況を把握する能力に欠けていると言わざるを得ない。
 筆者が追い越すと、彼等は何がうれしいのか馬鹿笑いしていた。

 彼等の進路妨害にも関わらず、筆者はなんとか完走することができた。

 < 一緒に走った皆様へ >
 周りの状況がわからないのは能力的に無理なんだから仕方ない、私はそこまで期待する習慣は持っていない。馬鹿笑いするのも、君達が楽しいのだろうから、私は教養の不足を軽蔑こそすれ別に気にしない。ただ、抜かれまいとして幅寄せしてくるのだけはやめなさい。30過ぎてからこっち、私も体力が余ってるあるわけじゃない、邪魔だ。

 追記:
 この文章を書いている途中で、ダバオ発マニラ行きのフィリピン航空機の乗っ取り事件が発生し、犯人の墜落死体が発見されて決着した。
 嫁さんに逃げられてハイジャックに走るのも、機内に拳銃と手榴弾を持ち込めるのも、取り敢えず他の乗客から金品を強奪するのも、パラシュートを自分でつくっちゃうのも、それが結局開傘せずに死んでしまうのも、さもありなん。
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