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伝統

 いわゆる高度経済成長以降、中産階級の成立により日本の大家族制は崩壊したといっていい。それに伴い特殊な、例えば家業として伝統芸能に従事している血族、を除いて家庭における伝統も無くなったのではないか、そう思う。
 善し悪しではなく、雨が降った天気がいいといった性質の事柄だと筆者は考えている。
 筆者は、昭和41年に生まれた。筆者の父は農家の次男坊であり、大学を出て教職につき独立して家を建てた。おそらく筆者の父が育った家庭では、未だに時代的に「家庭の伝統」が色濃く残っていたに違いない。
 筆者が育った家庭では、特に「家庭の伝統」といった一見封建制の残滓じみた雰囲気はなかったように思える。ひとつには、昭和30年代に学生時代を過ごした人々に共通するあの麻疹のような気分、これもまた後世の筆者にしてみれば時代の雰囲気になってしまっているのだが、がそれを自分の家庭に持ち込ませなかったのだろうか、と想像したりもする。
 家庭における伝統は姿を消しているように思えるが、視野を広げて日本民族としての伝統といった場合になると、前述したそれを守りつづける一族の例をひくまでもなく、一般家庭においても散見される。
 お宮参り、七五三、結婚式、葬式とざっくりごく一般的な現代日本人の一生をみても伝統が家庭に入り込んでいる。ただしこれらがいつ頃から始まったのか、手元に資料がないので日本古来の風習なのか自信がない。
 筆者の乏しい知識のなかで、確実に古い起源を持つと言いきれる日本の伝統に「端午の節句」がある。
起源を遡ればそもそもは男子の節句であり、蓬、菖蒲で邪気をはらう日であった。いつしか中国の憂国詩人、屈原を弔う風習、おそらくは中国南方の、と混合し幟を飾り粽、引いては柏餅、を食するようになったと思われる。
 21世紀の今日、5月5日は男子のある家庭では、ほとんどがなんらかの形で鯉のぼりを飾り、柏餅を食し、五月人形を飾る。筆者が想像するに、起源は上記のようであっても、現在のような形に落ち着いたのは、ほとんどが前述した大家族制の崩壊と同じ頃であろう。つまりは、それぞれの業界が、新たにつくり出した「伝統」なのではなかろうか。消費者がある程度の余裕を持っていなければ、新たに作成された「伝統」も根付かないからである。
 「家庭の伝統」の消滅とともに「新たな伝統」が創出され、社会に受け入れられているところに、戦後日本社会の面白み凄みと、そして若干の哀しみを感じてならない。
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