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●《「…後悔している」...爆弾やテロでは社会は変わらない。…若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい…》

2024年03月03日 00時00分08秒 | Weblog

[※ アサヒコム(2007年9月22日)↑:「69年、出版された『豆腐屋の四季』を手にする松下竜一洋子夫妻=松下洋子さん提供」(http://www.asahi.com/travel/traveler/images/TKY200709220092.jpg)]


(20240219[])
大谷昭宏さん《「(事件を後悔している」と話したそうです。意味はわかりませんが、爆弾やテロでは社会は変わらない。事件当時21歳だった自分と同年代の若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい。…》。根岸恵子さん《出所した浴田由紀子さん…が裁判の最終陳述で語ったことは、心に沁みた。自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだったそうすれば社会は変わるだろうと。》
 日刊スポーツのコラム【大谷昭宏のフラッシュアップ/「桐島聡」最期に名乗り出た意味は…ラジオでじっくり語ってきた】(https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202402190000052.html)。《死の直前、捜査員に「(事件を後悔している」と話したそうです。意味はわかりませんが、爆弾やテロでは社会は変わらない。事件当時21歳だった自分と同年代の若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい。そう捉えてもらえたら、彼が名乗り出た意味はあったのではないか。私は勝手にそう考えています。》

   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》
   『●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」を
     やらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある
   『●《浴田由紀子さん…自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、
      平和的に仲間を増やすべきだった。そうすれば社会は変わるだろう》
   『●松下竜一さん《『草の根通信』の読者にして…知ろうとする心を閉ざ
     して拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》

 松下竜一さん《知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。
 もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。
 根岸恵子さん《“大地の牙”メンバーだった浴田由紀子さん…「東アジア武装戦線の戦いに最も欠けていたのは、いま現在から革命後の社会を、物的に、人的に、思想的に、あらゆる領域から作っていく創造の戦いとして考え、実践することだった。敵を打倒し、破壊することよりも、味方を増やし、味方の力を育て、作り出す戦い方をしたいそれはもう誰も死なさない革命でもあるはずです」。未来は私たちの手に委ねられている》。

 〝殺人〟、人を殺めることは絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。
 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再々度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中のたちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」。

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https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202402120000102.html

コラム
大谷昭宏のフラッシュアップ
2024年2月12日8時0分
「桐島聡」とあの頃の日本 ラジオでじっくり語ってきた

大阪のABCラジオ、「おはようパーソナリティ小縣裕介です」から「あのころの事件を語れるのは、いまでは大谷さんくらい」と、なんだかよくわからない依頼をいただいてスタジオでじっくり語ってきた。

テーマは逃亡49年、死の直前に「桐島聡」と名乗り出た連続企業爆破重要指名手配犯。リスナーから事件について、さまざま疑問が寄せられていた。


-連続企業爆破犯は、なぜ学生運動と一線を画したのですか

1969年の東大安田講堂陥落を最後に大学を追われた学生は学外で連合赤軍を結成するなど武力闘争に走り、72年にはあさま山荘事件を起こします。一方で、群馬の山中で10人もの仲間をリンチして殺害したことも発覚。桐島容疑者らは理屈ばかりで頭でっかちな学生に見切りをつけるのです。


-そこでできたのが東アジア反日武装戦線だったのですね

戦後、みんなが貧しかった日本も、70年代の高度経済成長期に入ると貧富の差が激しくなります。加えて経済力をつけた日本は、中国、韓国などアジアの国々に進出します。これを彼らは戦前の日本帝国主義の再来と捉えたのです。


-そんな帝国主義と、学生以外のだれが闘うのですか

彼らはまさにその帝国主義によって踏みにじられている人、日雇い労働者、在日朝鮮人、アイヌ…そういう人こそ闘いの中核になるべきと考え、これを“窮民革命”と呼んだのです。


-厳しい生活を強いられている人に大企業相手の爆弾闘争をさせることが、どうしても結びつきませんが

そうでしょうね。70年代の日本を揺るがした事件、とても1回では語り尽くせません。ラジオの続きはまた来週。


◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。
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https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202402190000052.html

コラム
大谷昭宏のフラッシュアップ
2024年2月19日8時0分
「桐島聡」最期に名乗り出た意味は…ラジオでじっくり語ってきた

49年間逃亡の末、死の4日前、神奈川県で男が重要指名手配犯「桐島聡」と名乗り出た連続企業爆破事件。リスナーの疑問に答えながら話した大阪・ABCラジオの先週の続き。

東アジア反日武装戦線が学生運動を見限って、日雇い労働者や在日朝鮮人を中核に据えた“窮民革命”についてのリスナーの疑問。


-踏みにじられた窮民と財閥系企業の爆破がどうしても結びつかないのですが

その通り、実際結びつかなかったのです。やはり自分たちが見限った学生運動と同様、彼らも頭でっかちだったのです。明日のお米にも困っている人々に爆弾を作っている余裕なんかあるはずがないのです。結果、自分たちで手を下し、組織は壊滅してしまいました。


-爆弾テロで社会が変わるはずがないですよね

当然です。爆破で犠牲になったのは家族を大切に懸命に働く市民たちです。そんな人の命を奪っておいて共感を得られるはずがありません


-それにしても49年間、よくも逃げ続けましたね

彼らが教本にしていた「腹腹時計」には「単独で逃げ、深入りせずに人とつき合い、隣人には挨拶(あいさつ)を欠かさず」と書かれていて、その通り実行していました。


-最期に名乗り出た意味はあったのでしょうか

死の直前、捜査員に「(事件を後悔している」と話したそうです。意味はわかりませんが、爆弾やテロでは社会は変わらない。事件当時21歳だった自分と同年代の若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい。そう捉えてもらえたら、彼が名乗り出た意味はあったのではないか。私は勝手にそう考えています。


◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。
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●松下竜一さん《『草の根通信』の読者にして…知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》

2021年06月03日 00時00分04秒 | Weblog

[※ アサヒコム(2007年9月22日)↑:「69年、出版された『豆腐屋の四季』を手にする松下竜一洋子夫妻=松下洋子さん提供」(http://www.asahi.com/travel/traveler/images/TKY200709220092.jpg)]



(20210529[])
根岸恵子氏による、レイバーネットの書評【〔週刊 本の発見〕熱い時代を生きた若者の真の姿〜松下竜一狼煙を見よ』】(http://www.labornetjp.org/news/2021/hon204)。

 《映画『狼をさがして』を観た。3月に封切られた韓国の映画監督キム・ミレのドキュメンタリーで、1970年代に連続企業爆破事件を起こした「東アジア反日武装戦線」の思想的背景と事件後の関係者を追いかけた。人生のほとんどを安穏とした平和の中にいたと思い込んでいた私は、子供のころに見た新聞一面の写真を思い出した。爆破で飛散したガラスのなかに人が倒れていた。阿鼻叫喚の情景に恐怖は感じなかった。なぜなら、あさま山荘や「よど号」事件、爆破事件などが日常茶飯事の時代だったから。そう日本は熱かったのだ。映画の出演者も観客も、多くは寄せ場や野宿者運動、反核や戦後補償運動で見かける知己ばかりだった。熱い時代を生きた先輩たちの闘いは続いているのだろうか。その闘いは枝を広げるようにその根っこに「東アジア反日武装戦線」があるのだろうか。まるで懐かしいものを探すように「狼をさがして」やってきた人たちだった。(根岸恵子)》

   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》
   『●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」を
     やらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある
   『●《浴田由紀子さん…自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、
      平和的に仲間を増やすべきだった。そうすれば社会は変わるだろう》

 《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。映画『狼をさがして』について、松下竜一さんの『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』があまり話題に上らないのが不思議。
 もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。
 《“大地の牙”メンバーだった浴田由紀子さん…「東アジア武装戦線の戦いに最も欠けていたのは、いま現在から革命後の社会を、物的に、人的に、思想的に、あらゆる領域から作っていく創造の戦いとして考え、実践することだった。敵を打倒し、破壊することよりも、味方を増やし、味方の力を育て、作り出す戦い方をしたいそれは『もう誰も死なさない革命』でもあるはずです」。未来は私たちの手に委ねられている》。


 佐高信さん《「豆腐屋の四季」は「歌の型を借りた生活綴り方」だが、1964年の東京オリンピックの時に「朝日歌壇」の選者の近藤芳美がオリンピックの歌を1首も選んでいない、と指摘しているのは鋭い。…近藤が選んだ松下の「朝日歌壇最初の入選歌」である。まさに25歳の怒れる青年の生活の叫びだった》。

   『●いま「暗闇の思想」を: 朝日新聞(地方版?)社界面トップ
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●第八回竜一忌、涙が出ました:
                松下竜一さん「暗闇の思想」を語る小出裕章さん

   『●松下竜一忌での小出裕章さんの講演が本に!!
   『●室原知幸さん「公共事業は法にかない、
               理にかない、情にかなうものであれ」
   『●松下竜一さんと松下洋子さん、そしてカン・キョウ・ケン
   『●「草の根」に思いは永遠に: 松下竜一さんを追悼する“最後”の「竜一忌」
   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

 松下竜一さん《「豆腐屋の四季」は「歌の型を借りた生活綴り方」…まさに25歳の怒れる青年の生活の叫びだった》。当時の朝日歌壇のある選者に関連して、松下竜一さんは《私たちの日々の現実生活そのもののようだ。たとえ首都に華やかに大会が展開されていようとも、私たちが繰り返すのは生きるための労働の日々なのだ》《ここには、そうしなければ生きてゆけぬ生活者の現実がある》と。
 その「豆腐屋の四季」の舞台は、いま、…。



   『●「従わぬ者には容赦ない、国家の暴力性が作品を貫く」…
            松下竜一さん「豆腐屋の四季」の舞台が取り壊し
    「東京新聞の佐藤直子記者のコラム【【私説・論説室から】
     竜一の愛した書斎】…。毎日新聞の大漉実知朗記者の記事
     【松下竜一さん 自宅取り壊し 「豆腐屋の四季」舞台消える】」

 『豆腐屋の四季 ~ある青春の記録~』(全4巻)が、2005年10月に、リブリオ出版より。大活字版。講談社文庫版、河出全集版につづく3種目。



   『●『豆腐屋の四季 ~ある青春の記録~』読了(1/2)
   『●『豆腐屋の四季 ~ある青春の記録~』読了(2/2)

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http://www.labornetjp.org/news/2021/hon204

〔週刊 本の発見〕『狼煙を見よ』(松下竜一)

週刊 本の発見 毎木曜掲載・第204回(2021/5/13)
熱い時代を生きた若者の真の姿
狼煙を見よ』(松下竜一、河出書房新書)評者:根岸恵子

 映画『狼をさがして』を観た。3月に封切られた韓国の映画監督キム・ミレのドキュメンタリーで、1970年代に連続企業爆破事件を起こした「東アジア反日武装戦線」の思想的背景と事件後の関係者を追いかけた。人生のほとんどを安穏とした平和の中にいたと思い込んでいた私は、子供のころに見た新聞一面の写真を思い出した。爆破で飛散したガラスのなかに人が倒れていた。阿鼻叫喚の情景に恐怖は感じなかった。なぜなら、あさま山荘や「よど号」事件、爆破事件などが日常茶飯事の時代だったから。そう日本は熱かったのだ。

 映画の出演者も観客も、多くは寄せ場や野宿者運動、反核や戦後補償運動で見かける知己ばかりだった。熱い時代を生きた先輩たちの闘いは続いているのだろうか。その闘いは枝を広げるようにその根っこに「東アジア反日武装戦線」があるのだろうか。まるで懐かしいものを探すように「狼をさがして」やってきた人たちだった。

 私は「東アジア武装戦線」については彼らのようによくは知らない。映画を観てから、松下竜一が書いたこの『狼煙を見よ』を読んでみようと思った。そして暴力を肯定できない時代に生きるものとして、「なぜ爆弾なのか」という疑問の答えを知りたいと思った。

 大道寺将司ら「東アジア反日武装戦線」は地下出版した『腹腹時計』の中で「われわれは、新旧帝国主義者=植民地主義者、帝国主義イデオローグ、同化主義者を抹殺し、新旧帝国主義、植民地主義企業への攻撃、財産の没収などを主要な任務とした“狼”である」と宣言し、戦前戦後と日本帝国主義に収奪されるアジア諸国、主権や文化を奪われ皇民として天皇崇拝を強要されてきた先住民族のアイヌと琉球、植民地支配下にあった朝鮮半島、台湾への日本人の責任を「日本帝国主義者」の子孫として真摯に向き合うべきだと問うている。

 “狼“とは「東アジア反日武装戦線」の中の一つのグループである。グループは他に “大地の牙”、“さそり”があり、それらは独立して行動していた。互いに干渉しない、リーダーのいない運動は、いまでも序列を重んじる日本の社会運動の中にあって、斬新なことであったのではないか。この事件を知るにつけ、「東アジア反日武装戦線」にかかわった者たちの凶悪な”爆弾魔“というイメージは、実直で生真面目で正義漢のある若者の姿に見えてくる。しかし、今を生きる私の目からは、やはり視野の狭い身勝手な若者の姿はぬぐいようがない

 著者松下竜一は、なぜ「東アジア反日武装戦線」を書こうと思ったのか。本書の中にはそのくだりが詳述されているが、将司との繰り返されるやり取りの中で、次第に彼らに惹かれていく。

     (写真下=松下竜一)

 「安全な日本にいて『ベトナム反戦』を1000回叫んでも何の力にはならない。現実にベトナムの米軍を助ける働きをしている国内企業に爆弾を仕掛けることこそが真の連帯だという考えを、私は否定できないのです」
 「なんとしても、多くの人達に彼等のことを知ってもらいたい。爆弾魔というキャンペーンでぬりこめられ、獄の向こうに隔離されてしまった彼らの『真の姿』を知らしめたい」

 これは松下が、彼の機関誌を休刊したいという友人宛ての私信の中で述べたものだが、この文章を本書に入れた理由こそが、彼がこの本を書く動機の一つであったに違いないだろう。

     (写真左=松下竜一)

 『狼煙を見よ』の初出は1986年の「文藝」冬号であった。それから30年、この本は改めて出版された。歴史の真価は時間によってしか推し量ることができないのであれば、キム・ミレや松下竜一の心眼は、マスコミによって歪められた「東アジア反日武装戦線」を生きた若者の価値観と真の姿を再評価させるだけの意味を持つのだろう。

 さて、あの時と何が変わったのだろうか

 オリンピックの口実のために、明治以降、差別の上遺骨と文化を奪われてきたアイヌ民族は自らのアイデンティティを白老の象徴的空間に押し込められようとしている琉球処分によって失われた琉球の魂は戦争によって粉々にされ、土地は軍用地となり、今また辺野古を遺骨で埋められようとしている。アジアの自然を壊し、巨大なプランテーションを作り、人々は技能実習という奴隷労働をさせられている難民という弱者に入管は人間扱いをせず、さらにひどい悪法を突き付けようとしている

 

 インドネシアの女性はユニクロで働き、一方的に首を切られた。ミンダナオのバナナ農家は住友フルーツと不平等契約を結ばされ農薬被害と貧困に喘いでいる。日本のODAによる開発で家や土地、仕事を奪われそうになったモザンビークの人たち。ミャンマーの軍事政権に金を出す日本企業。挙げればきりがない。きりがない。ひどいことばかりだ

 アジアとアフリカの人々の血と涙で肥え太った日本企業、私たちはその恩恵を受けてはいないだろうか

 「多くの者は、不正に気付いても気付かぬふりをして、何もことを起こそうとせぬものです。東アジア反日武装戦線の彼らはいわば「時代の背負う苦しみ」を一身に引き受けて事を起こしたのであり、それゆえに多数の命を死傷せしめるというとりかえしのつかぬ間違いを起こしてしまったということです。その間違いだけを責め立てて何もしないわれわれが彼らを指弾することができるでしょうか極悪人として絶縁できるでしょうか。私にはできません。私は彼らの苦しみに触れ続けたいと思うのです」

 “大地の牙”メンバーだった浴田由紀子さんが、2002年の裁判で被告人として読み上げた最終意見陳述を、キム監督は映画の最後に取り上げている。

 「東アジア武装戦線の戦いに最も欠けていたのは、いま現在から革命後の社会を、物的に、人的に、思想的に、あらゆる領域から作っていく創造の戦いとして考え、実践することだった。敵を打倒し、破壊することよりも、味方を増やし、味方の力を育て、作り出す戦い方をしたいそれは『もう誰も死なさない革命』でもあるはずです」。

 未来は私たちの手に委ねられている
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●《浴田由紀子さん…自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだった。そうすれば社会は変わるだろう》

2021年04月18日 00時00分33秒 | Weblog

[※ ↑ 映画『狼をさがして (【映画『狼をさがして』公式WP】、http://eaajaf.com/)]


(2021年04月06日[火])
根岸恵子氏による、レイバーネットの記事【自らの国の奢った姿がみえてくる〜ドキュメンタリー映画『狼をさがして』】(http://www.labornetjp.org/news/2021/0403eiga)。

 《『狼をさがして』を観た。この映画は70年代中頃、「連続企業爆破事件」を引き起こした 「東アジア反日武装戦線」の首謀者とそれを取り巻く人々を捉えたドキュメンタリー映画 である。監督のキム・ミレは、「土方(ノガタ)」(2005)や「外泊」(2009)といった韓国の 労働者の現状を描いたことで有名だ。韓国人の監督が日本の「東アジア反日武装戦線」に 関心を持ったのは、どうしてだろうか。キム監督が「東アジア反日武装戦線」を知ったのは、釜ヶ崎の野宿者からだった。野宿者の多くは戦後の高度成長期に日雇い労働者として搾取され、オイルショック以降の景気後退で社会的棄民となった。彼女はその事実から、日本国内で差別される人々に関心を持ち、強制労働で命を奪われた朝鮮人徴用工の虐殺現場を訪ね、そこがかつてアイヌ人々の土地であったことを知った。日本の植民地主義はアジアの人々や被差別者、貧困者を踏みつけて成り立っていることを、キム監督は問題意識として持ち続けた。(根岸恵子)》。

   『●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」を
     やらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある

 《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。
 引用させていただいた記事のこの部分が印象に。《浴田由紀子さん…が裁判の最終陳述で語ったことは、心に沁みた。自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだったそうすれば社会は変わるだろうと。》

 《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。松下竜一さん、本当にすごい人だ。『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』を、是非、読んでみてほしい。もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。

   『●『佐高信の新・筆頭両断』読了(2/2)
   『●『死刑弁護人 ~生きるという権利~』読了(4/4)
   『●『創 (12月号)』読了 (2/2)
   『●『松下竜一未刊行著作集2/出会いの風』読了(4/9)
   『●『松下竜一未刊行著作集3/草の根のあかり』読了(2/2)
   『●『抵抗人名録 私が選んだ77人』読了(2/2)
   『●『冤罪File(2009年12月号)』読了(1/2)
   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
   『●『東京番外地』読了
   『●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)
   『●死刑囚・大道寺将司さんのこと
   『●「O・ストーン&P・カズニック 戦争と歴史を語る」
             『週刊金曜日』(9月6日、958号)
   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

 〝殺人〟、人を殺めることは絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。

 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再々度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中の〝狼〟たちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」。

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http://www.labornetjp.org/news/2021/0403eiga

自らの国の奢った姿がみえてくる/ドキュメンタリー映画『狼をさがして』

自らの国の奢った姿がみえてくる〜ドキュメンタリー映画『狼をさがして』
根岸恵子

 『狼をさがして』を観た。この映画は70年代中頃、「連続企業爆破事件」を引き起こした 「東アジア反日武装戦線」の首謀者とそれを取り巻く人々を捉えたドキュメンタリー映画である。監督のキム・ミレは、『土方(ノガタ)』(2005)や『外泊』(2009)といった韓国の労働者の現状を描いたことで有名だ。韓国人の監督が日本の「東アジア反日武装戦線」に関心を持ったのは、どうしてだろうか。

 キム監督が「東アジア反日武装戦線」を知ったのは、釜ヶ崎の野宿者からだった。野宿者の多くは戦後の高度成長期に日雇い労働者として搾取され、オイルショック以降の景気後退で社会的棄民となった。彼女はその事実から、日本国内で差別される人々に関心を持ち、強制労働で命を奪われた朝鮮人徴用工の虐殺現場を訪ね、そこがかつてアイヌの人々の土地であったことを知った。日本の植民地主義はアジアの人々や被差別者、貧困者を踏みつけて成り立っていることを、キム監督は問題意識として持ち続けた。そして金儲けのために人々や他国を蔑ろにし、搾取の元凶である企業に対し爆破事件起こした「東アジア反日武装戦線」に焦点を当て、関係者へのインタビューを行ったのである。

 そこから見えてくるのは、関わった人たちの健全さだ。服役した支援者のある家族は、事件後、娘を通して多くの本当の友人を得たと語っていた。亡くなった父親の遺影には「秩父事件」の碑がある。また出所した浴田由紀子さん(写真右)が裁判の最終陳述で語ったことは、心に沁みた。自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだったそうすれば社会は変わるだろうと

 この映画を観て思ったことはいろいろあるが、多くの日本人は自らの国の奢った姿を知らないのではないかということだ。だからこそ日本人には観てほしい映画である。


・上映館 http://www.imageforum.co.jp/theatre/

・また、新宿のIRA (Irregular Rhythm Asylum) では11日まで「東アジア反日武装戦線関連資料展」をやっています。http://ira.tokyo/


Last modified on 2021-04-04 20:37:16
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●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある

2021年04月02日 00時00分29秒 | Weblog

[※ ↑ 映画『狼をさがして』 (【映画『狼をさがして』公式WP】、http://eaajaf.com/)]


(2021年03月28日[日])
『映画ログプラス』の記事【映画『狼をさがして』】(https://tokushu.eiga-log.com/movie/67016.html)。
太田昌国氏による、webronzaの記事【「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち 韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか/太田昌国】(https://webronza.asahi.com/culture/articles/2021032200001.html)。

 《東アジア反日武装戦線を追ったドキュメンタリー 1974年、日本を揺るがした20代の若者たち 映画『狼をさがして』》《連続企業爆破事件から45年――。なぜ彼らはテロを越したのか? …高度経済成長の只中、日本に影を落とす帝国主義の闇。彼らが抗していたものとは何だったのか? 彼らの言う「反日」とは? 未解決の戦後史がそこに立ち現れる》。
 《韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督の2020年の作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」…を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である》。


 【映画『狼をさがして』公式WP】(http://eaajaf.com/):
  《東アジア反日武装戦線――狼、大地の牙、さそり
      1974年、日本を揺るがした20代の若者たち》
  《連続企業爆破事件から45年――
      なぜ彼らはテロを起こしたのか?》


https://youtu.be/ASFN16iphcc


 予告編の中の一節:

-------------------------------
彼らは何を求めたのか。そして何を間違えたのか。
時代は終わっていない。そこにかつて統治された国からの視点が重なる。
事件から半世紀が過ぎかけているからこそ、
僕たちは解釈の多様さを取り戻さなくてはならない。
                     森達也 (映画監督・作家)
-------------------------------


 《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。松下竜一さん、本当にすごい人だ。『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』を、是非、読んでみてほしい。もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。

   『●『佐高信の新・筆頭両断』読了(2/2)
   『●『死刑弁護人 ~生きるという権利~』読了(4/4)
   『●『創 (12月号)』読了 (2/2)
   『●『松下竜一未刊行著作集2/出会いの風』読了(4/9)
   『●『松下竜一未刊行著作集3/草の根のあかり』読了(2/2)
   『●『抵抗人名録 私が選んだ77人』読了(2/2)
   『●『冤罪File(2009年12月号)』読了(1/2)
   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
   『●『東京番外地』読了
   『●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)
   『●死刑囚・大道寺将司さんのこと
   『●「O・ストーン&P・カズニック 戦争と歴史を語る」
             『週刊金曜日』(9月6日、958号)
   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

 〝殺人〟、人を殺めることは絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。

 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中の〝狼〟たちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」。

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https://tokushu.eiga-log.com/movie/67016.html

映画ログプラス
映画の魅力、再発見。


映画『狼をさがして』
2021/3/24

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  東アジア反日武装戦線を追ったドキュメンタリー
   1974年、日本を揺るがした20代の若者たち
        映画『狼をさがして』
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本作は昨年韓国で上映され、韓国映画評論家協会の独立映画支援賞や釜山映画評論家協会の審査委員特別賞を受賞するなど、韓国国内で高く評価された作品。

連続企業爆破事件から45年――。なぜ彼らはテロを越したのか?

2000年代初頭、釜ヶ崎で日雇い労働者を撮影していた韓国のキム・ミレ監督が、一人の労働者から東アジア反日武装戦線の存在を知り、彼らの思想を辿るドキュメントを撮り始めた。出所したメンバーやその家族、彼らの支援者の証言を追うなかで、彼らの思想の根源が紐解かれていく。高度経済成長の只中、日本に影を落とす帝国主義の闇。彼らが抗していたものとは何だったのか? 彼らの言う「反日」とは? 未解決の戦後史がそこに立ち現れる。


あらすじ・ストーリー

1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工本社ビルで時限爆弾が爆発した。8名の死者と約380名の負傷者が出たこの事件は日本社会を震撼させた。事件から1ヶ月後、犯人から声明文が出される。「東アジア反日武装戦線“狼”」と名乗るその組織は、この爆破を「日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である」と宣言。その後、別働隊「大地の牙」と「さそり」が現れ、翌年5月までの間に旧財閥系企業や大手ゼネコンを標的とした“連続企業爆破事件”が続いた。

1975年5月19日、世間を騒がせた“東アジア反日武装戦線”一斉逮捕のニュースが大々的に報じられた。人々を何よりも驚かせたのは、彼らの素顔が、会社員としてごく普通に市民生活を送る20代半ばの若者たちだったという事実であった。凄惨な爆破事件ばかりが人々の記憶に残る一方で、実際に彼らが何を考え、何を変えようとしたのかは知られていない。


公式HP
eaajaf.com / Twitter


キャスト
太田昌国
大道寺ちはる
池田浩士
荒井まり子
荒井智子
浴田由紀子
内田雅敏
宇賀神寿一
友野重雄
実方藤男
中野英幸
藤田卓也
平野良子ほか


映画『狼をさがして』作品情報
監督・プロデューサー:キム・ミレ
企画:藤井たけし、キム・ミレ
撮影:パク・ホンヨル
編集:イ・ウンス
音楽:パク・ヒョンユ
配給・宣伝:太秦
2020年/DCP/モノクロ・カラー/74分/韓国
©Gaam Pictures


2021年3月27日(金)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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https://webronza.asahi.com/culture/articles/2021032200001.html

「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち
韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか
太田昌国
 評論家・編集者
2021年03月26日
キム・ミレ|東アジア反日武装戦線|狼をさがして

 韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督の2020年の作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」(以後、「反日」と略す)を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である。


■歴史像と世界像が一新されてゆく時代のただ中で

(三菱重工本社ビル前で、散乱した窓ガラスを踏みしめて負傷者を搬送する東京消防庁の消防職員と救急隊員。この爆発で同社の社員や通行人ら8人が死亡、380人が重軽傷を負った=1974年8月30日、東京都千代田区丸の内)

 描かれる時代は、アジア太平洋戦争で日本帝国が敗戦してから30年近く経った時期に当たる。活動を担ったのは、敗戦から3~5年経った頃に生を享けた、当時は20代半ばの若者たちだった。いわゆる「団塊の世代」に属する。その彼ら/かの女らは、敗戦以前に日本がなした植民地支配および侵略戦争の責任を問うた。同時に、戦後過程はすでに30年近い長さに及んでいるにもかかわらず、日本がその過去を清算することもないままに、改めて他民族に対する加害国と化している現実に警告を発した。手段として使ったのは爆弾だった。

 その標的はまず、戦前は絶対無謬の存在として日本帝国を率い、戦後は「平和」の象徴となった昭和天皇に向けられた。だが、「お召列車」の爆破計画が実現できなくなった後は、戦前・戦後を貫いて繁栄する大企業に的を絞った。

 戦後日本を象徴する言葉は、長いこと、「平和と民主主義」だった。それは新憲法を貫く精神でもあると多くの人びとが考えていた。

 天皇の戦争責任が問われることも裁かれることもなく始まった戦後は、「一億総無責任体制」となった。この体制の下では、日清戦争以降、断続的にではあっても半世紀もの間(1894年→1945年)アジア太平洋地域で戦争を続けた近代日本の実像を覆い隠し、この戦争の全体像を、最後のわずか3年半の「日米戦争」に凝縮して象徴させることが可能だった。広島・長崎の「悲劇」を前面に押し出し、米軍占領下の沖縄は辺境ゆえに無視して、日本全体があたかも戦争の「被害国」であるかのようにふるまった「反戦・平和勢力」の大勢も、そのことに疑いを持たなかった

 1960年の安保闘争の時にも、1965年の日韓条約反対闘争の時にも、戦前の日本帝国がなした対外政策と関連づけて現在を分析する言動はほとんど見当たらなかった。すなわち、日本社会は総体として、近代日本が持つ「植民地帝国」としての過去をすっぽり忘れ果てていたと言える。

 1960年代後半、この社会・思想状況はゆっくりとではあっても変化し始める。日本は、高度経済成長の過程で目に見える形での貧困は消え失せ、急速に豊かになった。この経済成長の最初の基盤となったのは、1950~53年の朝鮮戦争による「特需景気」だとする捉え方が常識となりつつあった。


(拡大映画『狼をさがして』は3月27日から全国で順次公開予定 ©Gaam Pictures)


 時代はあたかも米国のベトナム侵略戦争の渦中で、沖縄を軸に多数の米軍基地があり、インドシナ半島に輸送される米軍物資の調達地でもある日本は、再度の「特需景気」に沸いていた。近くに住むアジアの民衆が苦しんでいる戦争によって自分たちの国が総体として豊かになっていく――この際立った対照性が、とりわけ若い人びとの胸に突き刺さるようになった。

 加えて、米国でのベトナム反戦運動は、黒人や先住民族(インディアン)の権利回復の動きと連動していた。植民地主義支配が人類史に残した禍根――それが世界じゅうで噴出する民族問題の原因だとする意識が、高まっていった。

 「東アジア反日武装戦線」に所属した若い人びとは、それまでの歴史像と世界像が一新されゆくこのような時代のただ中にいた。彼ら/かの女らは、日本の近代史と現在が孕む問題群に、「民族・植民地問題」の観点から気づいたという意味では先駆的な人びとだった。


■「重大な過ち」の根拠を探り続けた歩み

 「反日」はこうして獲得した新たな認識を、すぐ実践に移そうとした。当時刊行された「反日」の冊子『腹腹時計』から鮮明に読み取れるのは、次の立場だ。「そこにある悪を撃て! 悪に加担している自らの加害性を撃て! やるかやらないか、それだけが問題だ」。政治性も展望も欠いた、自他に対する倫理的な突き付けが、行動の指針だった。「反日」が行った、1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工ビル爆破は、8名の死者と385名の重軽傷者を生み出す惨事となった。

 「反日」にはひとを殺傷する意図はなかった。事前に電話をかけて、直ちに現場を離れるよう警告した。だがそれは間に合わなかった。しかも、なぜか「反日」は三菱爆破の結果を正当化し、死者は「無関係な一般市民」ではなく「植民地人民の血で肥え太る植民者だ」と断言した声明文を公表した。映画の前半部で、この声明文がナレーションで流れる。

 多くの人びとはそこで「引く」だろう。半世紀前の当時もそうだった。それゆえに、彼ら/かの女らは、日本では「テロリスト」や「血も涙もない爆弾魔」の一言で片づけられてきた。

 その責任の一端が、「反日」そのものの言動にあったことは否定し得ないだろう。だが、実はそこにどのような内面の思いが秘められていたのかということは、路傍の小石のように無視されてきた。そんな渦中にあって、獄中の彼ら/彼女らは初心を語ると同時に、自らが犯してしまった重大な過ちの根拠を探り続けた。獄外には、その試行錯誤を〈批判的に〉支え続ける多様な人びとの存在があった。映画『狼をさがして』は、これらの獄中・獄外の人びとの歩みを74分間の時間幅の中に刻みつけている。


(太田さんが登場する映画『狼をさがして』の一場面 ©Gaam Pictures)



■過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない

 画面には登場しない「主人公」のひとりは、「反日」狼部隊の大道寺将司である。彼は2017年5月、長らく患っていた多発性骨髄腫で獄死したが、死刑が確定してのち、彼はふとした契機で俳句に親しむようになった。生前4冊の句集にまとめられたその作品は、人間関係も自然とのふれあいも極端に狭められた3畳間ほどの独房にあっても、人間はどれほどの想像力をもって、ひとが生きる広大な世界を、時間的にも空間的にも謳うことができるものかを証していて、胸を打つ。それは、ひとを殺めたという「加害の記憶と悔悟」を謳う句において、とりわけ際立つ。

 映画でも紹介される「危めたる吾が背に掛かる痛みかな」もそうだが、他にも「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「春雷に死者たちの声重なれり」「死は罪の償ひなるや金亀子」「ゆく秋の死者に請はれぬ許しかな」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」「加害せる吾花冷えのなかにあり」「秋風の立ち悔恨の溢れけり」などの秀句がある。

 「反日」のメンバーの初心と、結果としての重大な過ちを冷静に振り返るこの映画を制作したのは、韓国の映画監督キム・ミレとその協力者たちである。ふとした機会に「反日」の思想と行動を知ったキム・ミレ監督がこの映画を制作したのは、「人間に対する愛情、その人間を信じること」からだったという(「『狼をさがして』――金美禮監督に訊く」、東アジア反日武装戦線に対する死刑・重刑攻撃とたたかう支援連絡会議=編『支援連ニュース』420号、2021年3月6日)。社会的正義のために、加害国=日本に搾取され殺された東アジア民衆の恨みと怒りを胸に行動した結果、数多くの人びとを死傷させてしまった、つまり自らが加害者になったという事実に向き合ってきた「反日」メンバーに対する思いを、かの女はそう語る。

 だが、その裏面には、次の思いもある。彼らは「長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向き合って生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも『加害事実』に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品の制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを質問するようにしてくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。」(キム・ミレ「プロダクション・ノ-ト」、『狼をさがして』劇場用パンフレット所収)。

 74~75年当時の「東アジア反日武装戦線」のメンバーからすれば、韓国の人びととの共同作業は「見果てぬ夢」だった。日本の自分たちが戦後の「平和と民主主義」を謳歌している彼方で、韓国および北の共和国の人びとは、日本の植民地支配を一因とする南北分断と内戦、その後の独裁政権の下で呻吟していたからだ。

 そんな時代が40年近く続いた後で、少なくとも韓国では大きな体制変革が起こった。表現と言論の自由を獲得した韓国の新世代のなかから、こんな映画をつくる人びとが現われた。キム・ミレ監督は、この映画が日韓関係の構図の中で見られたり語られたりすることを望まないと語る。過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない。日本も韓国も、どの国でも同じことだ、と(前出『支援連ニュース』および2021年3月18日付「東京新聞」)。


■脈打つフェミニズムの視線

 最後に、もうひとつ、肝心なことに触れたい。この映画を際立たせているのは、女性の存在だと思われる。

 刑期を終えたふたりの女性が、生き生きとしたその素顔を見せながら、獄の外から窓辺に寄ってきた猫との交友を楽し気に回想したり、かつて自分たちの闘争に大きく欠けていたものを率直に語ったりする。前者の年老いて元気な母親は、娘が獄に囚われてから、娘と自分たちを気遣う若い友だちがたくさんできたと笑顔で語る。二人は自宅の庭を眺めながら、「アリラン」を歌ったりもする。


(映画『狼をさがして』 ©Gaam Pictures)


 キム・ミレ監督らが撮影する現場に付き添う姿が随所に見える女性も、長年「反日」の救援活動を担ってきた。撮影すべき風景、会うべきひとについて、的確な助言がなされただろう。

 死刑囚の獄中書簡集を読んで、あんな事件を引き起こしたひとが自分と変わらぬ、どこにでもいるふつうの青年だと知って、縁組をして義妹となったひとの語り口もごく自然だ。女たちの運動を経てきたと語るかの女の言葉を聞いていると、獄中の死刑囚である義兄とは、媚びへつらいのない、上下の関係でもない、水平的なものだったろうと想像できる。

 そして、もちろん、韓国人のキム・ミレ監督も女性だ。弱い立場にある労働者の現実を描いてきたかの女は、男性の姿ばかりが目立ち、男性優位の価値観が貫いている韓国労働運動の在り方に疑問を持ち、スーパーで働く非正規の女性労働者が大量解雇に抗議してストライキでたたかう姿を『外泊』(2009年)で描いた。日本でも自主上映されたこの作品に脈打っていたフェミニズムの視線が、『狼をさがして』でも息づいていることを、観る私たちは感じ取るだろう。


(キム・ミレ監督 ©Gaam Pictures)
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●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

2019年10月13日 00時00分44秒 | Weblog


レイバーネットの【太田昌国のコラム : 千葉県の被災と、千葉産ユリを詠う一死刑囚の句】(http://www.labornetjp.org/news/2019/1010ota)。

 《1974~75年に、いわゆる連続企業爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線“狼”のメンバーで、それゆえ確定死刑囚であった大道寺将司君…は、去る2017年5月24日、多発性骨髄腫のため東京拘置所で亡くなった。享年68。…私が利用していた購買店では、注文を受けてから業者に手配する。お店で現物を見ることはできない。聞くと、千葉から来る花という。だから、千葉県の花農家のユリが全滅したと聞く私の思いは、二重に哀しいのだ。俳人・大道寺君がユリを詠んだ句を句集『棺一基』(太田出版、2012年)…》。

 大道寺将司さんが亡くなっていたこと、初めて知った…。迂闊にも、2年以上も前にお亡くなりになっていた。

   『●『佐高信の新・筆頭両断』読了(2/2)
   『●『死刑弁護人 ~生きるという権利~』読了(4/4)
   『●『創 (12月号)』読了 (2/2)
   『●『松下竜一未刊行著作集2/出会いの風』読了(4/9)
   『●『松下竜一未刊行著作集3/草の根のあかり』読了(2/2)
   『●『抵抗人名録 私が選んだ77人』読了(2/2)
   『●『冤罪File(2009年12月号)』読了(1/2)
   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
   『●『東京番外地』読了
   『●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)
   『●死刑囚・大道寺将司さんのこと
   『●「O・ストーン&P・カズニック 戦争と歴史を語る」
             『週刊金曜日』(9月6日、958号)

 〝殺人〟は絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか、には耳を傾ける必要がある。『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』。

 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」(p.160)。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」(p.162)。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中の〝狼〟たちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」

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http://www.labornetjp.org/news/2019/1010ota

太田昌国のコラム : 千葉県の被災と、千葉産ユリを詠う一死刑囚の句

●第36回 2019年10月10日(毎月10日)
千葉県の被災と、千葉産ユリを詠う一死刑囚の句

 ここ数年か、天気予報のあり方が変わった。暴風雨がもたらす可能性のある被害をかなり大仰な表現で言う。でもこれは、台風の進路が変わったり急速に衰えたりして、被害が少なかった時に事後的に思う感想でしかないのだろう。事実、9月の台風15号接近を伝える予報の中には、「今までに経験したことのない暴風雨」という表現をまともに受け止めなければ、と思わせる切迫感があった。そして、その通りになった、伊豆諸島と千葉県と横浜市の一部では

 政府の初期対応の「欠如」は、この危機感を持たなかったがゆえだろう。首相や官房長官が、いかに弁解に努めようとも、当時の「首相動静」や対応の仕方(=組閣強行)を見れば、一目瞭然なのだ。とんでもなく無責任な内閣の隠しようもない姿が

 こんな連中が、もう7年間も私たちの社会を支配していることに気づく機会にしたいものだ。遅きに過ぎるとはいえ。

 10月9日付け東京新聞(写真)の一面に、鋸南町の花農家が受けた台風被害についての記事が載っていた。今回の台風での、千葉県全県でのビニールハウスの被害総額は200億円ということだが、この記事で取材された農家でも、ハウス10棟が倒壊し、出荷まじかだったユリ5万株がなぎ倒され、茎が折れたという。ユリで得られるはずだった1000万円の収入が絶たれたうえに、仕入れ済みの球根代などで1000万円の負債が残ったというから、気の毒この上ない。胸が塞がるようなニュースだが、「ユリ」と聞いて、私にはもうひとつの思いも生まれる。

 1974~75年に、いわゆる連続企業爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線“狼”のメンバーで、それゆえ確定死刑囚であった大道寺将司君(写真)は、去る2017年5月24日、多発性骨髄腫のため東京拘置所で亡くなった。享年68。私は「救援」の立場から、最低月1回の面会を続けていた。面会にも文通にも差し入れにもさまざまな制限があるのだが、花の差し入れも例外ではない。タンポポやオオイヌノフグリ、つゆ草のような、野で摘んだ可憐な花を差し入れることはできない。拘置所の中と外にある特定の購買店で売っているものでないと、許可されないのだ。いくつかの花の差し入れを試みてのち、彼はいつもユリを指定するようになった。ほかの花に比べて長持ちすること、開花した花の強烈な匂いに惹かれたのだろう。無色・無臭の場に幽閉されたひとの気持ちとして、それはそうだろう。

 私が利用していた購買店では、注文を受けてから業者に手配する。お店で現物を見ることはできない。聞くと、千葉から来る花という。だから、千葉県の花農家のユリが全滅したと聞く私の思いは、二重に哀しいのだ。俳人・大道寺君がユリを詠んだ句を句集『棺一基』(太田出版、2012年)から拾ってみる。

  鈍色(にぶいろ)の空傾きて百合開く
  ゆくりかに開きそめたる鹿子百合
  百合の香や記憶の襞のそそめけり
  百合の香やかはたれ星の消えしより  *かはたれ星=明けの明星
  手も触れで崩れ落つるや闌(た)けし百合

 百合が花開くこと、強烈な香りを放つこと――をいかに楽しみにしていたかがうかがわれる。だから、盛りを過ぎた花が、手も触れていないのに落花するのが口惜しいのだ。

 大道寺君が好んだユリを栽培していた千葉の花農家の、今回の苦境を知ったら、彼はどんな句を詠んだろう。「3・11」のあとで、彼はこんな句をつくった。

  数知らぬ人呑み込みし春の海
  流されてまた流さるる彼岸かな
  風評といふ差別負ふ胡瓜食ふ
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●室井佑月さん×金平茂紀さん対談: 《安倍政権の言論弾圧体質によって、どんどん悪化している報道の萎縮》②

2019年05月16日 00時00分05秒 | Weblog

[『権力と新聞の大問題』(望月衣塑子×マーティン・ファクラー著)…《政権をチェックしようという意識が…》↑]



リテラのシリーズ対談【室井佑月連載対談「アベを倒したい!」第13回ゲスト 金平茂紀(前編)/金平茂紀と室井佑月、萎縮するテレビで孤軍奮闘を続ける二人が語る実態! メディアはなぜ安倍政権に飼いならされたのか】(https://lite-ra.com/2019/04/post-4677.html)と、
室井佑月連載対談「アベを倒したい!」第13回ゲスト 金平茂紀(後編)/『報道特集』金平茂紀と室井佑月が激論! なぜメディアは沖縄を無視し、韓国ヘイトに覆われてしまったのか】(https://lite-ra.com/2019/04/post-4679.html)。

   『●《事実誤認》というフェイクで記者を会見から締め出す前に… 
                 アベ様や最低の官房長官こそ《事実誤認》?
   『●事実誤認の常習犯…《聞きたくない質問、
      都合の悪い質問を遮るような、その先に国民がいることを無視…》

   『●《事実誤認》はどちらか? 《権力を監視し、
       政府が隠そうとする事実を明らかにするのは報道機関の使命
   『●《「この会見は一体何のための場だと思っているのか」と質問 
                  菅氏は「あなたに答える必要はない」》!!
   『●記者イジメ…最低の官房長官が《民主主義を守るために努力》
                 《国民へ情報を知らせる義務》を果たしてる?
   『●小林節氏…《職業としての権力監視機関として、
       報道が発達し、憲法の重要な柱のひとつとして確立され》た
   『●三宅勝久さん《報道・言論の自由を標榜しながら
      じつのところ会見参加者を選別している…巧みな情報操作》
   『●最低の《官房長官が「これでいい」と決めれば、
      官僚も秘書官も誰も止められない。それは非常に危険》
   『●映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』《その中で…
      ナイト・リッダー社の記者たちは政権のウソを報じ続ける》
   『●《新聞を含むマスコミは…「客観中立で、常に事実と正論を語る」
                     という自画像を描き、自ら縛られてきた》
   『●竹信三恵子さん《声をあげない限りどんどんやられていく。
                 …ニーメラーの警告を無視してはいけない》
   『●『権力と新聞の大問題』(望月衣塑子×マーティン・ファクラー著)読了
                         …《政権をチェックしようという意識が…》
    「「新聞は安倍政権に屈したのか?」…。《望月 …一部のメディアは
     政権をチェックするという役回りより、政権とともに力を肥大化させて
     いること。…新聞を含む大手マスメディアは、政権をチェックしようという
     意識が弱体化しているばかりでなく、その中から、むしろ政権に
     寄り添うような報道を続けるメディアや記者も出てきました。インターネットや
     SNS…新聞の報道を疑問視するようになり、新聞の社会的信頼性が
     従来より低下していると感じます》。広報機関に堕していてはダメ。
     「番犬ジャーナリズム」「調査報道」を求む」

   『●『新聞記者』(望月衣塑子著)読了…《ひとつずつ真実を
              認めさせて、さらに裏を取っていくこと―――》
   『●アベ様の政で唯一〝上手く行っている〟メディアコントロール
              …「一人でも権力に立ち向かう」とはいうものの…


【『●室井佑月さん×金平茂紀さん対談: 《安倍政権の言論弾圧体質によって、どんどん悪化している報道の萎縮》①』へ】

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https://lite-ra.com/2019/04/post-4679.html

室井佑月連載対談「アベを倒したい!」第13回ゲスト 金平茂紀(後編)
『報道特集』金平茂紀と室井佑月が激論! なぜメディアは沖縄を無視し、韓国ヘイトに覆われてしまったのか
2019.04.26 11:16

報道特集』(TBS)キャスターの金平茂紀氏をゲストに迎えた室井佑月の連載対談。前編では、安倍政権下で萎縮するジャーナリズムや御用メディア化、テレビの現場で何が起きているかを語ってもらったが、後編ではさらに、無視される沖縄基地問題と嫌韓報道の増殖、リベラルの退潮と排外主義の蔓延がなぜ起きたのか、にも踏み込む。ヒートアップするふたりの対論をぜひ最後まで読んでほしい。

(編集部)

********************

室井 メディアの御用化について話してきたんだけど、私が怖いのは、直接的な圧力とか忖度で黙らされてるうちに、みんなの価値観じたいが変わりつつあるということなんです。昔は社内的にマイノリティでも、カッコいいジジイがいて、頑張っていた。本多勝一とか筑紫哲也とか、リベラル左寄りのカッコいいジャーナリスト、メディア関係者が多かったと思うけど、いまは逆。ヘイト発言をするネトウヨみたいな人や、「高齢者の終末医療費を打ち切れ」なんて新自由主義的な主張する古市憲寿みたいな人、体制寄りの人がもてはやされて支持される百田尚樹や高須クリニッックの高須克弥院長にも熱狂的ファンが付いている。いま、なんでこっち側が「カッコいい」と思ってもらえないんだろう。カッコよければ流れも変わると思うのに。

金平 “カッコいい”。それは大事なキーワードで、今後考えなければならないテーマだね。たとえば沖縄のキャンプシュワブの前で座り込んでいる人たちのスタイルは、確かにカッコよくはない。沖縄平和運動センター議長の山城博治さんとかが「すっわりっこめ〜♪ここへ〜♪」と歌うように促して。これって1950年代の三井三池闘争のときの労働運動歌なんです。それじゃあ若い人はついてこない。安保法制のときのSEALDsの成功を見て、ラップなど新しい試みが必要だね。ところが、いまの若者のなかには、「人と違ったりすることが嫌」という意識も大きい。自分の意見を自分だけで言うのがストレスだと。でも、戦前には自分の主張を貫いた若者もいた。先日『金子文子と朴烈』という韓国映画を観たんです。金子文子は大正天皇の暗殺を計画していたとされ、大逆罪で逮捕有罪(死刑判決、のちに無期に減刑)になった人物だけど、公判で天皇陛下だって人間だろう。クソも小便もするだろうと言い放ったらしい。それを演じる韓国人女優のチェ・ヒソもめちゃくちゃ魅力的で、セリフも自分たちで公判記録に基づいてつくって。“天皇陛下だって人間”のセリフも再現している。

室井 カッコいい人はいるんだもの。でも、それが広がらないしムーブメントにならない。若い人たちにもなかなか受け入れられない。そもそも弱者でもある若い人が、自分たちの首を絞めてる安倍政権を応援しているんだから。そういう人に議論を挑んだりもするけど、「自民党以外にどこがあるの?」「安倍首相以外、適任者いないですよ」なんて言われるだけ。

金平 僕も絶望的な気持ちになることもありますよ。僕からすると「格好いいな」と思う若い人はいるんです。でも、同世代にとってそういう若者は「怖くてついていけない」存在らしいしね。ラディカルだったり、自分で考え主張することを嫌う。お利口で聞き分けがいい。しかも30代、40代のメディア企業でいうと編集長とかデスク、キャップクラスがものすごい勢いで保守化している。韓国の金浦空港で厚生労働省の幹部が酔ってヘイト発言して逮捕されたけど、メディア関係者だって「いまの韓国政権なんか大嫌いだからあんなの叩きゃいいんだよ」って平気で口にする人もいるんだから。


■ポータルサイトに氾濫する産経の記事、無視される沖縄の米軍基地問題

室井 そうした保守化というより国粋主義・排外主義化ってどうしてなの? わたしには本当に理解できない。

金平 はっきり言うとお勉強していないんです。たとえばここ数年、ベネズエラでは深刻な経済危機で略奪が頻発し、強権的な政権の下、危機的状況が続いている。でも、ベネズエラのことを語るとき、南米の国々が、これまでアメリカにどんなことをされてきたかを知らないと、まともな報道はできないはずです。しかしそうした歴史に興味を示さないし、勉強しない

室井 勉強じゃなくても、映画とか小説からとかでもいいのにね。わたしはそうして勉強した。

金平 みんなスマホしか見てないからね(笑)。これってすごい大事なことで、つまり、知識を得るときに、最初の入り口がスマホだと、ここで目にするのはポータルサイト。そしてそこにはライツフリーの産経の記事が氾濫している。僕のようにアナログ世代は、新聞を読み比べることでリテラシーを取得してきたけど、それがない。しかもネットニュースの字数は少ないから、ロジカルに物事を考える機会も少なくなる。しかもコミュニケーションの基本が変わってきているから、考え方も大きく変わる。僕らの仕事も、スマホとPCがないとなりたたなくなっている。

室井 価値観も大きく違っちゃってるしね。でも、ある意味、楽。若い編集者は飲み会もしないし誘ってもこない。原稿をメールで送って終わりだから(笑)。

金平 でも、そうした変化には弊害も感じますよ。ポリティカル・コレクトネス(PC)ってあるじゃない。PCがあらゆるところに行き渡った社会ってどういう社会になるかって話をある哲学者が書いていたけど。ベトナム戦争の時代にアメリカ軍が空爆してナパーム弾で村が焼かれて、裸の女の子が逃げてくるピューリッツァー賞を取った写真があった。戦争の悲惨さを伝える写真の一枚でベトナム戦争終結にも寄与したはずだけど、いまあれはダメなんだって。女の子が真っ裸で局部も写っているから、PC的に言うとNG、ダメだと。その話を聞いてびっくりして。それがまかり通ってる

室井 すごい時代になった。文脈とか一切無視なんだね。効率主義がここまできたのか。

金平 だから右の政治家たちが「文学部とか廃止しよう」なんて言い出す。そしてポスト・ヒューマニティ、つまりAI・人新世・加速主義といった社会の諸問題が絡み合うという新潮流のことだけで。でも、効率主義で言うと、これは実は沖縄問題にも通じると思っています。沖縄の基地や経済について東京のメディアは「面倒臭い、関わりたくない、数字取れない」と。沖縄のことは自分たちに関係ないというスタンスがまかり通る。彼らにとって沖縄のことは実感がない=バーチャルなんでしょうね。それがいまの沖縄と本土、そして政府との関係を二重写しにしている。だから沖縄タイムスや琉球新聞が報道しようが、東京のメディア関係者には関心さえない。これはひどいよね

室井 基地だって、アメリカのまともな学者や軍人は「いらない」って言ってるんでしょ。しかも沖縄では1995年に小学生の少女がアメリカ兵3人に暴行されたというひどい事件があったじゃないですか。それで沖縄だけじゃなく日本全体が反基地・反米感情で盛り上がって。でも、いまは沖縄問題を取り上げない。テレビ関係者は「視聴率が取れない」って言うけど、それは言い訳で嘘だと思う。東京オリンピックだってこれからますます盛り上げる気満々でしょ? テレビで取り上げた商品も爆発的に売れるでしょ? そう考えると、能力はあるくせに、基地問題をやろうとしない。安倍政権になって沖縄と政府の関係が悪くなって。だから忖度している部分もあるんじゃないかと勘ぐってます。


■局内にアンチ筑紫哲也の人たちがたくさんいることに気づかなかった

金平 残念ながら、いま僕が担当している番組だって、「沖縄の基地問題をやろう」って言ってもあまり反応はないと思います。生活密着型と称して、身近な、小さなストーリーを取り上げるのは一定の意味はあるでしょう。けれども一方で、社会的なこと、政治的なこと、世界のホットスポットで起きている論争や対立を取り上げることは、どこかで面倒臭いという意識が強いのではないかと思う。

室井 でも、韓国軍のレーダー照射問題とかは喜んで延々と放送して。みんな拳をあげて「けしからん。韓国許せない」って。政治評論家もコメンテーターも煽ったほうが儲かるからか、煽る煽る。しかもネトウヨ評論家になったほうが、講演の仕事も来るし。わたしは安倍政権前は講演がたくさんあったのに、いまはほとんどこない! 原発事故もそう。放射能はきちんと測るべきと言ったらバッシングされ、メディア関係者も「そういうことを言うのはいじめだ。福島の物を食べて応援しよう」って。食べてもいいけど、まず測れって言っただけなのに。本当に変な世界にいると思っちゃった。

金平 すぐに風評被害を持ち出すのがメディア。子どもの甲状腺がんにしても、すごい数になったら「検査をしちゃいけない」って。室井さんの言うように本当に変な世界に迷い込んだようだ。昨年、文科省の放射線副読本が改定され、そこから「汚染という文字が全部消えた。その代わりに強調されるようになったのが、「復興」と「いじめ」という言葉なんですから。

室井 でも、こうして金平さんと話していると、考え方は似てるけど、ひとつ違うのは年代です。金平さんの時代は筑紫さんとかカッコいいジャーナリストがいたけど、わたしたちの世代にはいない。上の世代から引き継げなかった。

金平 僕らの時代にしても、先行世代の背中は見てた。日本赤軍とか連続企業爆破とか、三島由紀夫とか。それらの現象は、内実が解明されないまま、いまだに突出している、宙づりになっている、と僕は思ってるんです。そして、幸いなことに筑紫哲也というオヤジがいた。一緒に何でも話し合い、好き放題できた。迂闊だったのは、それを快く思っていなかった人が局内にいっぱいいたってこと。気づかなかった(笑)。だから筑紫さんが死んだ瞬間に、「なんだこのやろう」と反発を受けた。本当に迂闊だった。いまのテレビがなぜダメになったかというと、こうした継承がうまくいかなかったというのはあると思う。

室井 それで逆に左翼オヤジでもヒドいのが広河隆一。あれは本当に許せない!

金平 実際、ひどいことをされた被害者がいっぱいいたわけで、僕も申し訳ないけど、知らなくて。昔、「DAYS JAPAN」のDAYS国際フォトジャーナリズム大賞の審査委員を3、4年やったけど、結構勉強になったんです。3日間くらい写真ばかり見るんだけど、報道写真は目に焼きついているものが多い。広河さんが編集部でそんな権勢をふるって、そんなことをやっていたなんて思いもよらなかった。

室井 御用ジャーナリスト山口敬之の事件と重なっちゃう部分もあるしね。自分の立場を利用したっていう。でも、山口事件のような、体制寄りの人が、性暴力ふるってもあちらの陣営は権力を使ってもみ消すけど、広河さんみたいな人がやると致命的になる。わたしが正直に思うのは、右のオヤジと左のオヤジがいて、両方女性差別主義者なんだけど、右のオヤジは「女は自分より下で弱いものだ」と思っているから庇ってくれることもある。でも左のオヤジはそれさえなくて、ただ差別してくる(笑)。「どうせバカなんだから」って。女性差別オヤジで言うと、右も左もひどい。ちなみに左のオヤジは食事しても割り勘にしようとする。でも右のオヤジは「俺が払うよ」って金は払う。

金平 わかりやすすぎる。ただそれでその人の、写真家としての業績も同じように終わっちゃう、全否定されるというのは……難しい問題も残りますね。

室井 ピエール瀧が逮捕されたときに作品をお蔵入りにしたのとも似ている話で、ピエールには被害者がいないけど、広河問題は被害者がいる。単なる愛人問題とかじゃなく、性暴力の問題だから。


■エコー・チェンバー・エフェクトをどう乗り越えるか

室井 それにしても金平さんと話していると、メディア状況は最悪だし、その背後の安倍政権を言葉や言論によって倒せそうにないし、どうしたらいいんですか!

金平 並大抵じゃないんですよ。今回の対談もそうだけど、結局、室井さんと僕の考え、ベースは同じでしょ。それは市民運動をやってる人たちや、“良心的”ジャーナリストなどもそう。“内輪”だけで話をしても、「そうだよね」「そうだよね」となる。それは密室のエコー・チェンバー・エフェクト、こだまになっちゃう。これではやはり、政権は倒れないし、カッコ悪いと思っていて。そこから一歩進んで、安倍政権を支持している人々とも対話する。マイケル・ムーア監督の映画『華氏119』なんかいい例だと思うけど、ムーアはドナルド・トランプの熱狂的支持者と話をすることで、トランプ大統領を誕生させたアメリカ社会に切り込んだ。そして全員が「トランプ! アメリカファースト!」と叫んでいるなかで、講演をする。すごかったのが「お前たちの言っていることはわかるし、だけどお前たちも俺もアメリカ人で、こういう方向を目指してたじゃないか」って言うと、みんなトランプ支持者だった奴らが泣き出して。最後は「マイケル・ムーアが選挙出ろ!」みたいなことになる。日本でもこれは可能なんじゃないか。もちろんネトウヨや在特会なんかはしんどいかもしれないけど、安倍政権を支持している普通の人とは会話ができると思っている。「他に誰がいるの?」くらいに思っている人たちって、結構いっぱいいるはずだからね。

室井 確かに、一方的なテレビの報道で、ここ数年で考える正義の方向性がちょっと歪んでしまった人、いびつになっちゃった人って多いかもね。でも、そういう人たちに対して、上から目線で距離を置いたり、自分が無関係なスタンスを大人だと考えている人はずるいよね。

金平 安倍首相の自民党総裁4選も大っぴらに語られているし、元号が変わって大騒ぎしてるけど、このままでは何も変わらない。変わったのはむしろ若い人たちの考え方、思考様式だと思う。望月衣塑子記者の件でも思ったけど、たとえばスマホの普及で、スマホ的価値、つまり記者会見で「なに面倒臭いこと言ってるんだよ」「もっと簡略にお願いします」「質問は10秒以内」などと邪魔する人間は、すでにそうした価値観に毒されている。ロジカルに長々と質問することだって記者にとっては大切なはずだし、面倒臭いことは大切なんことだと思う。面倒臭い奴は必要だとさえ思う。

室井 わたし、生まれたときからずっと面倒臭い人間だから。あっ、金平さんも同じだね。

(構成・編集部)  前編はこちら


金平茂紀
1953年生まれ。1977年にTBS入社後、モスクワ支局長、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長などを歴任。2016 年執行役員退任後も現在まで『報道特集』のキャスターをつとめる。

室井佑月 作家、1970年生まれ。レースクイーン、銀座クラブホステスなどを経て1997年作家デビューし、その後テレビコメンテーターとしても活躍。現在『ひるおび!』『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)、『大竹まこと ゴールデンラジオ』(文化放送 金曜日)などに出演中。
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●青木理さん「テロは確かに怖いかもしれないけれど、国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い」

2018年10月17日 00時00分52秒 | Weblog


以前に掲載されていたリテラの記事【『名探偵コナン ゼロの執行人』の公安礼賛がヒドい! 元公安担当記者・青木理が大ブレイクの“安室透”に絶句】(http://lite-ra.com/2018/08/post-4202.html)。

 《本サイトは元共同通信の公安担当記者でジャーナリストの青木理氏に、嫌がるのを説得して無理やり『ゼロの執行人』を観てもらった。ちなみに、青木氏の著書『日本の公安警察』(講談社現代新書)は、安室透の公式ファンブックで参考文献にも挙げられている…「子ども向けのアニメにいちいち目くじら立てたくないけど、あまりの公安礼賛に正直絶句しました(笑)。…根本的なことがわかっていない。…」…ようは公安が「国のため」「国を守る」などと言っているのは大嘘で、その実態は自分たち組織の予算や権益を守っているだけということなのだ。…「国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖」》。

   『●「そういう政権を選んだ国民にも危険な兆候」の行きついた先
                     …「平成の治安維持法」が衆院を突破
   『●室井佑月さん、「なんで2週間余りの祭りのために、
      大切な人権を蔑ろにされなきゃならないの?」
    《■第2の「菅生事件」が起きるのは確実 …1952年に大分・菅生村
     起きた「菅生事件」は、捜査当局が共産党内部に警察官を
     スパイとして送り込んだだけでなく、自作自演の駐在所爆破事件を起こし、
     共産党員らを犯人にでっち上げた。「共謀罪」が成立すれば、
     第2、第3の「菅生事件」が起きる可能性があるのだ》

   『●教員について密告させ、労組を監視する=
        自公支持者の皆さんの大好きな「超・監視管理社会」
   『●「検察・警察も冤罪防止のために“前向き”」?…
       刑事訴訟法の「改正案が成立すれば、新たな冤罪を生む」
   『●青木理さん「供述が立証の柱…もっと物証が欲しい。
         「通信傍受を縦横無尽に使いたい。司法取引も」と…」
   『●《日本の刑事司法はおそろしいほどに後進的…代用監獄…人質司法》
                          …さらに、司法取引まで投げ渡す大愚

 《安室は、作品中でも証拠の捏造、盗聴、でっち上げ逮捕……等々、違法捜査のオンパレードで“事件解決”にこぎつける》…アニメとはいえ、《あまりの公安礼賛に正直絶句》ですよね。でも、青木理さんは《ああいう違法捜査の描き方だけは実態に近いかも(笑)》…だそうです。例えば、例の転び公妨などね。《非常に気になったのは、映画の登場人物が『公安お得意の違法捜査』を半ば自慢げに語り、作品全体を通じても肯定的に描かれていたこと。ああいう違法捜査も『国を守るためならアリ』というニュアンスがプンプンと漂っていた》。
 無批判に礼賛を受けている公安警察、その実情は…《安倍政権は特定秘密保護法盗聴法共謀罪といった強力無比な武器を公安に次々投げ与えそのに報いるかのように公安は首相の政敵や政権批判者を監視する謀略機関化の色彩を強めている》。
 青木理さん《テロは確かに怖いかもしれないけれど、国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い》。そして、《実際に戦前・戦中の日本はそうだったし、今だって北朝鮮や中国を見れば分かるように、治安機関の力が強大な社会はロクなもんじゃない。いわば諸刃の剣である治安組織が内包する危険性、負の側面に触れないのは、いくら子ども向けのアニメとはいえ、表現作品としてどうなんだろうと思ってしまいますね》。


   『●『日本の公安警察』読了(1/2)
    「1章 厚いベールの内側」、「2章 特高から公安へ」、
     「3章 監視・尾行から工作まで」、「4章 公安秘密部隊」、
     「5章 戦後の公安事件簿」、「6章 オウム・革マル派との〝戦い〟」、
     「7章 警察の外にある公安」、「8章 監視社会と公安警察」
    「奇々怪々な「菅生事件(すごう)という謀略とその後の無茶苦茶な経緯、
     〝爆弾犯〟の異常な出世」

   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
    《情報は、大物政治家や警察OBの代議士に流れているというのが、
     仲間内での公然の秘密であった。元来、秘密のベールに
     包まれているはずの『第四係』の懇親会終了後に自民党選出の
     国会議員が顔を見せるというのも、警察と自民党との癒着
     物語るものであろう》

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http://lite-ra.com/2018/08/post-4202.html

『名探偵コナン ゼロの執行人』の公安礼賛がヒドい! 元公安担当記者・青木理が大ブレイクの“安室透”に絶句
2018.08.22

     (映画『名探偵コナン ゼロの執行人』公式サイト)

 「安室透ブーム」なるものをご存知だろうか。アニメ化もされている人気マンガ『名探偵コナン』(青山剛昌/小学館)のキャラクター・安室透。その人気が最近ブレイクし、一種の社会現象となっているのだ。

 『名探偵コナン』シリーズといえば、主に小中学生を中心とした子ども向けマンガではあるが、安室透なるキャラは大人の女性にも絶大な人気を博している。8月9日発売の『女性セブン』(小学館)合併号では、巻頭でキムタクと並んで安室特集が組まれ、安室を主人公にしたスピンオフマンガ『ゼロの日常』(新井隆広/小学館)は発売から1週間足らずで60万部を突破。作者の地元である鳥取の空港には安室のオブジェまで立てられたという。少し前には、『ゼロの日常』の作者がイラストをツイッターに投稿したところ、そのイラストに安室と女性が一緒に収まっていたことを理由に「女性とのツーショット画像が流出」と騒ぎになって謝罪に追い込まれるという、どうでもよすぎる“炎上騒動”まで起きている。

 そして安室をフィーチャーした映画『名探偵コナン ゼロの執行人』も4月の公開以来大ヒット。いまなおロングラン上映が続きシリーズ最大のヒット、7月はじめには興行収入85億円を突破し上半期映画興行収入第1位となり、シリーズ初の「邦画年間第1位」まで視野に入っている。

 その安室なるキャラ、普段はコナンが居候する毛利小五郎の弟子の私立探偵であり、喫茶店ポアロの店員として生活しているが、実は警察庁警備局の秘密組織“ゼロ”に所属する「降谷零」が正体だという設定。ようは公安警察なのだが、これに女性ファンが熱狂しているのだ。


●「安室の女」「執行女子」と呼ばれるファン、応援上映の熱狂

 彼女たちは「安室の女」と呼ばれ、映画のヒットも牽引。安室を「100億の男」にする(=興行収入100億円を突破させる)ために繰り返し映画を鑑賞し、そうしたリピーターは「執行女子」とも呼ばれているらしい。

 なかでも彼女たちの心をつかんでいるのが、安室が映画終盤に口にするこんなセリフだという。「僕の恋人は、この国さ」――。

 このセリフを聞くだけでも、背中がぞわぞわしてくるが、いったいどんな映画なのか、都内で「応援上映」なるものがあるというので覗いてみた。上映中にペンライトを振ったり、掛け声をかけることができるというイベントで、すでに公開から数カ月経つというのに館内はほぼ満席。大半は女性だが、コスプレ姿のいかにも濃いファンから制服姿の女子高生、さらには20代、30代の仕事帰りと思しき女性まで幅広い層が訪れている。

 映画のストーリーは「東京サミット」を目前に控え、東京湾岸の埋立地に新しく完成したIR(カジノも備えた統合型リゾート)で原因不明の爆発が起きるものの、最終的にはコナンと安室が協力して真犯人を解明し、大規模テロも未然に防いで一件落着という、単純なもの。しかし、すごいのは、観客の熱気だ。

 観客の大半がリピーター=「執行女子」なのか、人気キャラが登場するたびに「コナン君っ!」「小五郎っ!」などと声援があがり、機動隊の装甲車が登場した際は「機動隊っ!」という意味不明の掛け声までが飛び交う。

 なかでも安室人気は確かに凄まじく、安室と思しき人物の足元が映っただけで「キャーーッ!」と大歓声。なかでもひときわ激しい歓声があがったのは、安室が「僕の、恋人は……この国さ」とタメにタメて例の決めゼリフを放ったときだった。安室のカラーだという黄色いペンライトが劇場中で振られ、まるでアイドルのコンサート……。

 いや、でもちょっと待ってほしい。アニメとはいえ安室の正体は公安。アイドルのように歓声を浴びせ、手放しでヒーロー視するような対象なのか。そもそも実際の公安は、こんなカッコいい代物ではなく、むしろ様々な危険性や問題点を指摘されている組織だ。それをここまで礼賛、するというのは、いくらなんでもやばいんじゃないのか。


青木理に『名探偵コナン』“安室透”を無理やり観させたら…

 そこで今回、本サイトは元共同通信の公安担当記者でジャーナリストの青木理氏に、嫌がるのを説得して無理やり『ゼロの執行人』を観てもらった。ちなみに、青木氏の著書『日本の公安警察』(講談社現代新書)は、安室透の公式ファンブックで参考文献にも挙げられている。

 鑑賞後、さっそく青木氏に話を聞くと、困惑しきった表情でこう口を開いた。

子ども向けのアニメにいちいち目くじら立てたくないけど、あまりの公安礼賛に正直絶句しました(笑)。安室透だっけ? たしかに警察庁警備局には“ゼロ”のような秘密組織はありますが、中途半端にリアルっぽく見せているだけで、現実とはまったく違います。僕の本も含め、公安本や小説などを読み漁って、つぎはぎしたのでしょうが、根本的なことがわかっていない。まず、細かいことで言えば、サミット警備の現場を担うのは地元の都道府県警であって、都内なら警視庁の公安部や警備部。安室が所属するという警察庁はキャリア官僚ばかりですから、現場で捜査や警備に当たることはありません

 映画では、その安室が縦横無尽に活躍し、人工衛星を警察庁に墜落させるというテロを間一髪のところで防ぐ筋立てになっている。実際の公安もこんなふうにテロを未然に防いだりしているのか。巷では「無用の長物」「金食い虫」「予算の無駄遣い」という悪口しか聞かないが……。

実際に公安警察がテロを防いでいるかどうかはわかりません。彼ら自身、『未然に防いだテロは永遠に知られない』なんて自画自賛してるくらいですから(笑)。でも、現実にはほとんどないんじゃないですか。公安警察が大金星的にテロ集団を摘発した例として有名なのは、1970年代に連続企業爆破を起こした東アジア反日武装戦線ぐらい。一方、オウム真理教の一連の事件はまったくノーマークで防げなかった。1995年のオウム事件当時、僕は警視庁記者クラブで公安警察を担当していましたが、オウムについて公安警察は事前にまったく動いていませんでしたから

 では、いったい公安は具体的に何をしてきたのか。映画の中では安室も盛んに「国のため」と言っていたが……。

公安警察は、戦前・戦中の特高警察の流れを組む思想警察の性格が強い組織です。戦後は、長く続いた東西冷戦体制を背景とし、反共を最大の存在意義にして予算や組織を膨張させてきた。ようは共産党や新左翼セクトの監視活動に膨大な人と金を注ぎ込んできたわけです。対象組織の内部に『協力者』と呼ばれるスパイを作ったり、果ては組織ぐるみの違法盗聴や爆破工作にまで手を染めたこともあったほど。ところが、冷戦終結後も同じような活動を延々と続け、警察内でも公安警察の存在意義に疑問の声が出はじめた。もともと警察内で公安部門はエリート意識が強く、けた外れの人員と予算を独占していましたから

 しかもオウム事件で無能ぶりをさらしたことで、「多額の予算を消費するだけで何の役にも立たない」という公安への風当たりはさらに強まった。存在理由を失った公安が膨大な予算と人員を死守するため、新たに目をつけたのがテロ対策だという。

米国で起きた2001年の9.11事件に便乗し、翌年には国際テロ対策と称して警視庁公安部に外事3課を新設しました。鳴り物入りで200人以上の捜査員を配置しましたが、現実にはモスク(イスラム寺院)に出入りしているムスリム(イスラム教徒)をかたっぱしから追い回すだけ挙句の果てには彼ら、彼女らの個人情報を満載した捜査資料をネット上に流出させる大失態を犯しています。ようするにこの十数年の公安警察は、組織と予算、権益を守るのに汲々としてきたのが実情でしょう


■公安・安室透を英雄視する『ゼロの執行人』に欠けている視点

 ようは公安が「国のため」「国を守る」などと言っているのは大嘘で、その実態は自分たち組織の予算や権益を守っているだけということなのだ。

 そう考えると、今回の『名探偵コナン ゼロの執行人』は、公安にとって「組織維持と拡大」の格好の宣伝映画になったともいえるだろう。安室の女性ファン=「安室の女」は興行収入を上げるために映画を観に行くことを、安室が公務員であることにちなんで「納税する」と言っているらしいが、ある意味、的を射た表現なのかもしれない。

 もうひとつ、安室は、作品中でも証拠の捏造、盗聴、でっち上げ逮捕……等々、違法捜査のオンパレードで“事件解決”にこぎつけるのだが、いささかの逡巡もなく「自ら行った違法作業のカタは自らつける」などと見得を切る。再び青木氏が苦笑して言う。

ああいう違法捜査の描き方だけは実態に近いかも(笑)。警察官の手を払っただけで逮捕っていう場面が映画にも出てきたでしょう。実際に『転び公妨』って呼ばれる公安のお家芸があって、狙った人物を公安警察官が取り囲み、1人か2人がいきなり転んで『公務執行妨害だ!』といって逮捕してしまう。ただ、これも非常に気になったのは、映画の登場人物が『公安お得意の違法捜査』を半ば自慢げに語り、作品全体を通じても肯定的に描かれていたこと。ああいう違法捜査も『国を守るためならアリというニュアンスがプンプンと漂っていた

 こうした描き方に、青木氏は大きな問題を感じたという。

公安警察が仮に治安維持の任務に当たっているとしても、行き過ぎれば重大な人権侵害を引き起こす。テロは確かに怖いかもしれないけれど、国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い。実際に戦前・戦中の日本はそうだったし、今だって北朝鮮や中国を見れば分かるように、治安機関の力が強大な社会はロクなもんじゃない。いわば諸刃の剣である治安組織が内包する危険性、負の側面に触れないのは、いくら子ども向けのアニメとはいえ、表現作品としてどうなんだろうと思ってしまいますね

 青木氏が言う通り、公安をここまで礼賛する映画も珍しい。そもそも日本には警察をヒーロー視するドラマや映画があふれかえっているとはいえ、たとえば『相棒』(テレビ朝日)などは公安の暗部をそれなりに描いてきた。『外事警察』(NHK)や『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(フジテレビ系)といった公安を主役にしたドラマでも、「自分たちが守っているのは何か」「本当に国民を守っているのか」といった逡巡が多少なりとも描かれた。

アニメや特撮ものだってそうでしょう。かつての『ウルトラマン』や『ゴジラ』にしても、最近では宮崎駿監督の一連の作品も、作中には反戦や人権、環境保護といった人類共通のヒューマニズム的な要素が通奏低音のように流れていた。だから世界的にも高く評価されたのでしょう。でも、今回のコナン映画の通奏低音は何ですか。国を守る? 愛国? 少し前に賛否両論を巻き起こした『シン・ゴジラ』だって、左右どちらの解釈もできるような多層性があり、これほど単純じゃなかった」(青木氏)


■安倍応援団?『コナン』のカジノ推しとセガサミーの協力

 しかも『名探偵コナン』がここまで公安礼賛になっているのは、たまたま、安室という公安捜査官のキャラを出したらヒットしたから悪乗りした、というだけでもなさそうだ。

 『名探偵コナン』シリーズのアニメ映画をみていると、どうも政権や権力機関のPRのにおいがちらつくのだ。たとえば、2013年に公開された映画『名探偵コナン 絶海の探偵』も防衛省と海上自衛隊が全面協力し、自衛隊の最新鋭イージス艦を登場させていた。

 そして、今回の『ゼロの執行人』も、物語で重要な舞台となっていたのは「東京サミットの会場」であるIR(統合型リゾート施設)、あのカジノ法で設置が認められたカジノ施設なのだ。物語の後半では、テロの危機から逃れる人びとをわざわざカジノに避難させ、クライマックスの舞台となるのもカジノ。

 この映画が公開されたのは4月半ばで、カジノ法は、成立どころか国会での審議入りすらしておらず、むしろ国民から厳しい批判を浴びていた。ところが、作品中ではすでにカジノが日本に存在するのを当たり前であるかのように華やかに描かれている

 しかも、エンドロールでは、撮影協力者としてセガサミーの社名まで刻まれている。ご存知の通り、同社は安倍首相とは蜜月の関係にあり、政権がカジノ法をごり押し成立させたことを受け、その運営者になることも有力視されている。これははたして、たまたまなのだろうか

 これまで述べてきた公安礼賛もそうだ。安倍政権は特定秘密保護法盗聴法共謀罪といった強力無比な武器を公安に次々投げ与えそのに報いるかのように公安は首相の政敵や政権批判者を監視する謀略機関化の色彩を強めている。そんななかで、いくらキャラクターが当たったからといって、ここまで露骨な公安礼賛の映画をつくるというのは、製作者側にそういう権力礼賛、安倍応援団的な志向があるとしか思えない。

 しかも、それ以上に気になるのは、こうした公安プロパガンダ・アニメが邦画興行収入1位を独走し、「僕の恋人は、この国さ」という決め台詞を口にする公安捜査官が社会現象まで引き起こすほど人気を博しているという事態だ。このバーチャルな熱狂が、現実の政治、警察国家化に反映されないという保証はどこにもない

(編集部)
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●死刑囚・大道寺将司さんのこと

2012年04月17日 00時00分23秒 | Weblog


東京新聞の記事(http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2012041302000117.html)。

 東アジア反日武装戦線〈狼〉の死刑囚・大道寺将司さん。松下竜一さんの『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』に詳しい。辺見庸さんと獄中の大道寺さんとの対話。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2012041302000117.html

【放送芸能】

言葉と向き合い、紡ぐ 
   「辺見庸 ある死刑囚との対話」NHKEテレで15日
2012年4月13日 朝刊

 NHKのETV特集「失われた言葉をさがして 辺見庸 ある死刑囚との対話」が、十五日午後十時からEテレで放送される。死刑囚・大道寺将司(63)との対話を通じて、東日本大震災のあとに失われた言葉への信頼を取り戻そうとする作家・辺見庸(67)とその周辺を追った番組だ。 (中村信也)

 辺見の故郷、宮城県石巻市は、昨年の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた。被災地を語る言葉は優しさにあふれていたが、どれも現実をとらえていない-と感じ、辺見は昨年の夏ごろから文章を書くことができなくなったという。「言葉は3・11を表現できなかった。われわれの言語表現のやすっぽさが暴かれた」と話す。

 そんななか、大道寺の全句集を出すために奔走していた。大道寺は一九七四年に東京・丸の内で起こした爆弾テロ事件で、八人の死者と三百人以上の負傷者を出し、一九八七年に死刑が確定。逮捕以来三十七年間、獄中にあり、ある時から俳句を作ってきた。

     咳(しわぶ)くや慚愧(ざんき)に震(ふる)ふまくらがり

 外界と隔絶された拘置所で、多くの人びとを傷つけあやめた自分自身と、ひたすら向き合うことで生み出される数々の俳句。それらを辺見は「大道寺の体内と記憶から絞り出された、自発的な供述調書」と表現する。

 東京拘置所で大道寺との面会を続ける辺見は、透明なアクリル板ごしに言ったという。

 「獄中にいるあなたと、獄外にいるわれわれと、どちらがすさんでいるか、わかったものじゃない」。外の世界から切り離された大道寺という存在を通し、3・11後に失われてしまっている「言葉」を探そうとしていた。

 二人は四歳違い。激動の時代を生き、老い、どちらも病に侵されている。残された時間で二人はそれぞれどんな言葉を紡ぐのか-。番組では、七〇年代の街頭闘争や、被災地・石巻、大道寺の故郷・北海道、東京拘置所などの映像を交え、二人の対話を見つめる。なぜ対話するのか、全句集の出版に尽力するのか、それが3・11後の言葉の信頼を取り戻すことと、どうかかわるのか。法務当局の監視下で作られる大道寺の俳句を字幕とナレーションで紹介しながら明かしていく。

 再放送は二十一日深夜零時五十分から。番組が取り上げた「棺一基(かんいっき) 大道寺将司全句集」(序文・跋文(ばつぶん)は辺見庸)は太田出版が刊行。 (文中、敬称・呼称略)


 <大道寺将司(だいどうじ・まさし)> 1948年生まれ。東アジア反日武装戦線“狼”部隊のメンバーで、お召し列車爆破未遂事件(虹作戦)や、三菱重工爆破を含む3件の「連続企業爆破事件」を起こし、75年逮捕、79年東京地裁で死刑判決、87年最高裁で死刑が確定した。2010年、がんと判明、獄中で闘病中。著作に「明けの星を見上げて」「死刑確定中」、句集に「友へ」「鴉の目」。
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