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「ツワブキの庭 筑豊の記録者上野英信氏逝きて五年」(pp.196-198)。晴子さんの優しさ。「あるとき、筑豊文庫を辞去する暗い前庭で、晴子夫人がそっと私の手中に一万円札を一枚押し付けたことがある。今も忘れていはいない」。また、英信さんの五年目の命日の数日前、「この日、いとま乞いする私と妻に、晴子夫人は「おじいちゃんに何か使って」と言って、私の老父にことよせて見舞金を下さるのだ」。「上野晴子さんをしのんで」(pp.208-211) では、「私は晴子夫人に、かなりひいきにしてもらっていたように思いこんでいる。私が筑豊文庫の門をくぐり始めたのは英信氏の方から声を掛けられてのことで、そのことが不思議だったが、よく考えてみると晴子夫人のさしがねだったのではあるまいか。・・・『豆腐屋の四季』を読んで、英信さんに話したと考えると納得がいくようだ」。前節同様、「・・・私と妻にことのほか思いやりを示して下さった。・・・そっと一万円札を握らせて呉れたことがある。火の車の台所を預かる人からの恩情を忘れられるものではない」。センセの晴子さんへの最後の手紙に対して、朱さんからの返事。最後の入院前、センセの夢を見たそう。「・・・お金が全然なかったからなぜか竜一さんのところへ二十五円ほど借りに行ったのよ。そしたら洋子さんがどうぞいくらでもって言って抽出しを開けてくださって、見たら五円玉や十円玉がたくさん入ってて、あたしはとっても嬉しかった。――という夢だったそうです」。センセの本追悼文での最後の結び、「――晴子さん。短編のネタにはしませんでしたが、追悼文で披露してしまいました。ああ、やっぱりひいきしてくれてたんだと、とてもうれしかったんですもの」。
「伊藤ルイさんを悼む」(pp.222-224)、 「生きる勇気を伝えた晩年 伊藤ルイさんを悼む」(pp.225-226)、「〈力〉に抗して、真剣に生きて 追悼・伊藤ルイさん」(pp.227-231)。大道寺将司・益永利明さんに関連するTシャツ訴訟の原告団長がルイさん。
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