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●《「…後悔している」...爆弾やテロでは社会は変わらない。…若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい…》

2024年03月03日 00時00分08秒 | Weblog

[※ アサヒコム(2007年9月22日)↑:「69年、出版された『豆腐屋の四季』を手にする松下竜一洋子夫妻=松下洋子さん提供」(http://www.asahi.com/travel/traveler/images/TKY200709220092.jpg)]


(20240219[])
大谷昭宏さん《「(事件を後悔している」と話したそうです。意味はわかりませんが、爆弾やテロでは社会は変わらない。事件当時21歳だった自分と同年代の若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい。…》。根岸恵子さん《出所した浴田由紀子さん…が裁判の最終陳述で語ったことは、心に沁みた。自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだったそうすれば社会は変わるだろうと。》
 日刊スポーツのコラム【大谷昭宏のフラッシュアップ/「桐島聡」最期に名乗り出た意味は…ラジオでじっくり語ってきた】(https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202402190000052.html)。《死の直前、捜査員に「(事件を後悔している」と話したそうです。意味はわかりませんが、爆弾やテロでは社会は変わらない。事件当時21歳だった自分と同年代の若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい。そう捉えてもらえたら、彼が名乗り出た意味はあったのではないか。私は勝手にそう考えています。》

   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》
   『●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」を
     やらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある
   『●《浴田由紀子さん…自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、
      平和的に仲間を増やすべきだった。そうすれば社会は変わるだろう》
   『●松下竜一さん《『草の根通信』の読者にして…知ろうとする心を閉ざ
     して拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》

 松下竜一さん《知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。
 もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。
 根岸恵子さん《“大地の牙”メンバーだった浴田由紀子さん…「東アジア武装戦線の戦いに最も欠けていたのは、いま現在から革命後の社会を、物的に、人的に、思想的に、あらゆる領域から作っていく創造の戦いとして考え、実践することだった。敵を打倒し、破壊することよりも、味方を増やし、味方の力を育て、作り出す戦い方をしたいそれはもう誰も死なさない革命でもあるはずです」。未来は私たちの手に委ねられている》。

 〝殺人〟、人を殺めることは絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。
 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再々度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中のたちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」。

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https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202402120000102.html

コラム
大谷昭宏のフラッシュアップ
2024年2月12日8時0分
「桐島聡」とあの頃の日本 ラジオでじっくり語ってきた

大阪のABCラジオ、「おはようパーソナリティ小縣裕介です」から「あのころの事件を語れるのは、いまでは大谷さんくらい」と、なんだかよくわからない依頼をいただいてスタジオでじっくり語ってきた。

テーマは逃亡49年、死の直前に「桐島聡」と名乗り出た連続企業爆破重要指名手配犯。リスナーから事件について、さまざま疑問が寄せられていた。


-連続企業爆破犯は、なぜ学生運動と一線を画したのですか

1969年の東大安田講堂陥落を最後に大学を追われた学生は学外で連合赤軍を結成するなど武力闘争に走り、72年にはあさま山荘事件を起こします。一方で、群馬の山中で10人もの仲間をリンチして殺害したことも発覚。桐島容疑者らは理屈ばかりで頭でっかちな学生に見切りをつけるのです。


-そこでできたのが東アジア反日武装戦線だったのですね

戦後、みんなが貧しかった日本も、70年代の高度経済成長期に入ると貧富の差が激しくなります。加えて経済力をつけた日本は、中国、韓国などアジアの国々に進出します。これを彼らは戦前の日本帝国主義の再来と捉えたのです。


-そんな帝国主義と、学生以外のだれが闘うのですか

彼らはまさにその帝国主義によって踏みにじられている人、日雇い労働者、在日朝鮮人、アイヌ…そういう人こそ闘いの中核になるべきと考え、これを“窮民革命”と呼んだのです。


-厳しい生活を強いられている人に大企業相手の爆弾闘争をさせることが、どうしても結びつきませんが

そうでしょうね。70年代の日本を揺るがした事件、とても1回では語り尽くせません。ラジオの続きはまた来週。


◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。
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https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202402190000052.html

コラム
大谷昭宏のフラッシュアップ
2024年2月19日8時0分
「桐島聡」最期に名乗り出た意味は…ラジオでじっくり語ってきた

49年間逃亡の末、死の4日前、神奈川県で男が重要指名手配犯「桐島聡」と名乗り出た連続企業爆破事件。リスナーの疑問に答えながら話した大阪・ABCラジオの先週の続き。

東アジア反日武装戦線が学生運動を見限って、日雇い労働者や在日朝鮮人を中核に据えた“窮民革命”についてのリスナーの疑問。


-踏みにじられた窮民と財閥系企業の爆破がどうしても結びつかないのですが

その通り、実際結びつかなかったのです。やはり自分たちが見限った学生運動と同様、彼らも頭でっかちだったのです。明日のお米にも困っている人々に爆弾を作っている余裕なんかあるはずがないのです。結果、自分たちで手を下し、組織は壊滅してしまいました。


-爆弾テロで社会が変わるはずがないですよね

当然です。爆破で犠牲になったのは家族を大切に懸命に働く市民たちです。そんな人の命を奪っておいて共感を得られるはずがありません


-それにしても49年間、よくも逃げ続けましたね

彼らが教本にしていた「腹腹時計」には「単独で逃げ、深入りせずに人とつき合い、隣人には挨拶(あいさつ)を欠かさず」と書かれていて、その通り実行していました。


-最期に名乗り出た意味はあったのでしょうか

死の直前、捜査員に「(事件を後悔している」と話したそうです。意味はわかりませんが、爆弾やテロでは社会は変わらない。事件当時21歳だった自分と同年代の若者がきちんと選挙に行き、ゆっくりであっても社会を変えて行ってほしい。そう捉えてもらえたら、彼が名乗り出た意味はあったのではないか。私は勝手にそう考えています。


◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。
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●松下竜一さん《『草の根通信』の読者にして…知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》

2021年06月03日 00時00分04秒 | Weblog

[※ アサヒコム(2007年9月22日)↑:「69年、出版された『豆腐屋の四季』を手にする松下竜一洋子夫妻=松下洋子さん提供」(http://www.asahi.com/travel/traveler/images/TKY200709220092.jpg)]



(20210529[])
根岸恵子氏による、レイバーネットの書評【〔週刊 本の発見〕熱い時代を生きた若者の真の姿〜松下竜一狼煙を見よ』】(http://www.labornetjp.org/news/2021/hon204)。

 《映画『狼をさがして』を観た。3月に封切られた韓国の映画監督キム・ミレのドキュメンタリーで、1970年代に連続企業爆破事件を起こした「東アジア反日武装戦線」の思想的背景と事件後の関係者を追いかけた。人生のほとんどを安穏とした平和の中にいたと思い込んでいた私は、子供のころに見た新聞一面の写真を思い出した。爆破で飛散したガラスのなかに人が倒れていた。阿鼻叫喚の情景に恐怖は感じなかった。なぜなら、あさま山荘や「よど号」事件、爆破事件などが日常茶飯事の時代だったから。そう日本は熱かったのだ。映画の出演者も観客も、多くは寄せ場や野宿者運動、反核や戦後補償運動で見かける知己ばかりだった。熱い時代を生きた先輩たちの闘いは続いているのだろうか。その闘いは枝を広げるようにその根っこに「東アジア反日武装戦線」があるのだろうか。まるで懐かしいものを探すように「狼をさがして」やってきた人たちだった。(根岸恵子)》

   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》
   『●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」を
     やらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある
   『●《浴田由紀子さん…自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、
      平和的に仲間を増やすべきだった。そうすれば社会は変わるだろう》

 《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。映画『狼をさがして』について、松下竜一さんの『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』があまり話題に上らないのが不思議。
 もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。
 《“大地の牙”メンバーだった浴田由紀子さん…「東アジア武装戦線の戦いに最も欠けていたのは、いま現在から革命後の社会を、物的に、人的に、思想的に、あらゆる領域から作っていく創造の戦いとして考え、実践することだった。敵を打倒し、破壊することよりも、味方を増やし、味方の力を育て、作り出す戦い方をしたいそれは『もう誰も死なさない革命』でもあるはずです」。未来は私たちの手に委ねられている》。


 佐高信さん《「豆腐屋の四季」は「歌の型を借りた生活綴り方」だが、1964年の東京オリンピックの時に「朝日歌壇」の選者の近藤芳美がオリンピックの歌を1首も選んでいない、と指摘しているのは鋭い。…近藤が選んだ松下の「朝日歌壇最初の入選歌」である。まさに25歳の怒れる青年の生活の叫びだった》。

   『●いま「暗闇の思想」を: 朝日新聞(地方版?)社界面トップ
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う
   『●第八回竜一忌、涙が出ました:
                松下竜一さん「暗闇の思想」を語る小出裕章さん

   『●松下竜一忌での小出裕章さんの講演が本に!!
   『●室原知幸さん「公共事業は法にかない、
               理にかない、情にかなうものであれ」
   『●松下竜一さんと松下洋子さん、そしてカン・キョウ・ケン
   『●「草の根」に思いは永遠に: 松下竜一さんを追悼する“最後”の「竜一忌」
   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

 松下竜一さん《「豆腐屋の四季」は「歌の型を借りた生活綴り方」…まさに25歳の怒れる青年の生活の叫びだった》。当時の朝日歌壇のある選者に関連して、松下竜一さんは《私たちの日々の現実生活そのもののようだ。たとえ首都に華やかに大会が展開されていようとも、私たちが繰り返すのは生きるための労働の日々なのだ》《ここには、そうしなければ生きてゆけぬ生活者の現実がある》と。
 その「豆腐屋の四季」の舞台は、いま、…。



   『●「従わぬ者には容赦ない、国家の暴力性が作品を貫く」…
            松下竜一さん「豆腐屋の四季」の舞台が取り壊し
    「東京新聞の佐藤直子記者のコラム【【私説・論説室から】
     竜一の愛した書斎】…。毎日新聞の大漉実知朗記者の記事
     【松下竜一さん 自宅取り壊し 「豆腐屋の四季」舞台消える】」

 『豆腐屋の四季 ~ある青春の記録~』(全4巻)が、2005年10月に、リブリオ出版より。大活字版。講談社文庫版、河出全集版につづく3種目。



   『●『豆腐屋の四季 ~ある青春の記録~』読了(1/2)
   『●『豆腐屋の四季 ~ある青春の記録~』読了(2/2)

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http://www.labornetjp.org/news/2021/hon204

〔週刊 本の発見〕『狼煙を見よ』(松下竜一)

週刊 本の発見 毎木曜掲載・第204回(2021/5/13)
熱い時代を生きた若者の真の姿
狼煙を見よ』(松下竜一、河出書房新書)評者:根岸恵子

 映画『狼をさがして』を観た。3月に封切られた韓国の映画監督キム・ミレのドキュメンタリーで、1970年代に連続企業爆破事件を起こした「東アジア反日武装戦線」の思想的背景と事件後の関係者を追いかけた。人生のほとんどを安穏とした平和の中にいたと思い込んでいた私は、子供のころに見た新聞一面の写真を思い出した。爆破で飛散したガラスのなかに人が倒れていた。阿鼻叫喚の情景に恐怖は感じなかった。なぜなら、あさま山荘や「よど号」事件、爆破事件などが日常茶飯事の時代だったから。そう日本は熱かったのだ。

 映画の出演者も観客も、多くは寄せ場や野宿者運動、反核や戦後補償運動で見かける知己ばかりだった。熱い時代を生きた先輩たちの闘いは続いているのだろうか。その闘いは枝を広げるようにその根っこに「東アジア反日武装戦線」があるのだろうか。まるで懐かしいものを探すように「狼をさがして」やってきた人たちだった。

 私は「東アジア武装戦線」については彼らのようによくは知らない。映画を観てから、松下竜一が書いたこの『狼煙を見よ』を読んでみようと思った。そして暴力を肯定できない時代に生きるものとして、「なぜ爆弾なのか」という疑問の答えを知りたいと思った。

 大道寺将司ら「東アジア反日武装戦線」は地下出版した『腹腹時計』の中で「われわれは、新旧帝国主義者=植民地主義者、帝国主義イデオローグ、同化主義者を抹殺し、新旧帝国主義、植民地主義企業への攻撃、財産の没収などを主要な任務とした“狼”である」と宣言し、戦前戦後と日本帝国主義に収奪されるアジア諸国、主権や文化を奪われ皇民として天皇崇拝を強要されてきた先住民族のアイヌと琉球、植民地支配下にあった朝鮮半島、台湾への日本人の責任を「日本帝国主義者」の子孫として真摯に向き合うべきだと問うている。

 “狼“とは「東アジア反日武装戦線」の中の一つのグループである。グループは他に “大地の牙”、“さそり”があり、それらは独立して行動していた。互いに干渉しない、リーダーのいない運動は、いまでも序列を重んじる日本の社会運動の中にあって、斬新なことであったのではないか。この事件を知るにつけ、「東アジア反日武装戦線」にかかわった者たちの凶悪な”爆弾魔“というイメージは、実直で生真面目で正義漢のある若者の姿に見えてくる。しかし、今を生きる私の目からは、やはり視野の狭い身勝手な若者の姿はぬぐいようがない

 著者松下竜一は、なぜ「東アジア反日武装戦線」を書こうと思ったのか。本書の中にはそのくだりが詳述されているが、将司との繰り返されるやり取りの中で、次第に彼らに惹かれていく。

     (写真下=松下竜一)

 「安全な日本にいて『ベトナム反戦』を1000回叫んでも何の力にはならない。現実にベトナムの米軍を助ける働きをしている国内企業に爆弾を仕掛けることこそが真の連帯だという考えを、私は否定できないのです」
 「なんとしても、多くの人達に彼等のことを知ってもらいたい。爆弾魔というキャンペーンでぬりこめられ、獄の向こうに隔離されてしまった彼らの『真の姿』を知らしめたい」

 これは松下が、彼の機関誌を休刊したいという友人宛ての私信の中で述べたものだが、この文章を本書に入れた理由こそが、彼がこの本を書く動機の一つであったに違いないだろう。

     (写真左=松下竜一)

 『狼煙を見よ』の初出は1986年の「文藝」冬号であった。それから30年、この本は改めて出版された。歴史の真価は時間によってしか推し量ることができないのであれば、キム・ミレや松下竜一の心眼は、マスコミによって歪められた「東アジア反日武装戦線」を生きた若者の価値観と真の姿を再評価させるだけの意味を持つのだろう。

 さて、あの時と何が変わったのだろうか

 オリンピックの口実のために、明治以降、差別の上遺骨と文化を奪われてきたアイヌ民族は自らのアイデンティティを白老の象徴的空間に押し込められようとしている琉球処分によって失われた琉球の魂は戦争によって粉々にされ、土地は軍用地となり、今また辺野古を遺骨で埋められようとしている。アジアの自然を壊し、巨大なプランテーションを作り、人々は技能実習という奴隷労働をさせられている難民という弱者に入管は人間扱いをせず、さらにひどい悪法を突き付けようとしている

 

 インドネシアの女性はユニクロで働き、一方的に首を切られた。ミンダナオのバナナ農家は住友フルーツと不平等契約を結ばされ農薬被害と貧困に喘いでいる。日本のODAによる開発で家や土地、仕事を奪われそうになったモザンビークの人たち。ミャンマーの軍事政権に金を出す日本企業。挙げればきりがない。きりがない。ひどいことばかりだ

 アジアとアフリカの人々の血と涙で肥え太った日本企業、私たちはその恩恵を受けてはいないだろうか

 「多くの者は、不正に気付いても気付かぬふりをして、何もことを起こそうとせぬものです。東アジア反日武装戦線の彼らはいわば「時代の背負う苦しみ」を一身に引き受けて事を起こしたのであり、それゆえに多数の命を死傷せしめるというとりかえしのつかぬ間違いを起こしてしまったということです。その間違いだけを責め立てて何もしないわれわれが彼らを指弾することができるでしょうか極悪人として絶縁できるでしょうか。私にはできません。私は彼らの苦しみに触れ続けたいと思うのです」

 “大地の牙”メンバーだった浴田由紀子さんが、2002年の裁判で被告人として読み上げた最終意見陳述を、キム監督は映画の最後に取り上げている。

 「東アジア武装戦線の戦いに最も欠けていたのは、いま現在から革命後の社会を、物的に、人的に、思想的に、あらゆる領域から作っていく創造の戦いとして考え、実践することだった。敵を打倒し、破壊することよりも、味方を増やし、味方の力を育て、作り出す戦い方をしたいそれは『もう誰も死なさない革命』でもあるはずです」。

 未来は私たちの手に委ねられている
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●《浴田由紀子さん…自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだった。そうすれば社会は変わるだろう》

2021年04月18日 00時00分33秒 | Weblog

[※ ↑ 映画『狼をさがして (【映画『狼をさがして』公式WP】、http://eaajaf.com/)]


(2021年04月06日[火])
根岸恵子氏による、レイバーネットの記事【自らの国の奢った姿がみえてくる〜ドキュメンタリー映画『狼をさがして』】(http://www.labornetjp.org/news/2021/0403eiga)。

 《『狼をさがして』を観た。この映画は70年代中頃、「連続企業爆破事件」を引き起こした 「東アジア反日武装戦線」の首謀者とそれを取り巻く人々を捉えたドキュメンタリー映画 である。監督のキム・ミレは、「土方(ノガタ)」(2005)や「外泊」(2009)といった韓国の 労働者の現状を描いたことで有名だ。韓国人の監督が日本の「東アジア反日武装戦線」に 関心を持ったのは、どうしてだろうか。キム監督が「東アジア反日武装戦線」を知ったのは、釜ヶ崎の野宿者からだった。野宿者の多くは戦後の高度成長期に日雇い労働者として搾取され、オイルショック以降の景気後退で社会的棄民となった。彼女はその事実から、日本国内で差別される人々に関心を持ち、強制労働で命を奪われた朝鮮人徴用工の虐殺現場を訪ね、そこがかつてアイヌ人々の土地であったことを知った。日本の植民地主義はアジアの人々や被差別者、貧困者を踏みつけて成り立っていることを、キム監督は問題意識として持ち続けた。(根岸恵子)》。

   『●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」を
     やらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある

 《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。
 引用させていただいた記事のこの部分が印象に。《浴田由紀子さん…が裁判の最終陳述で語ったことは、心に沁みた。自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだったそうすれば社会は変わるだろうと。》

 《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。松下竜一さん、本当にすごい人だ。『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』を、是非、読んでみてほしい。もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。

   『●『佐高信の新・筆頭両断』読了(2/2)
   『●『死刑弁護人 ~生きるという権利~』読了(4/4)
   『●『創 (12月号)』読了 (2/2)
   『●『松下竜一未刊行著作集2/出会いの風』読了(4/9)
   『●『松下竜一未刊行著作集3/草の根のあかり』読了(2/2)
   『●『抵抗人名録 私が選んだ77人』読了(2/2)
   『●『冤罪File(2009年12月号)』読了(1/2)
   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
   『●『東京番外地』読了
   『●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)
   『●死刑囚・大道寺将司さんのこと
   『●「O・ストーン&P・カズニック 戦争と歴史を語る」
             『週刊金曜日』(9月6日、958号)
   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

 〝殺人〟、人を殺めることは絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。

 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再々度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中の〝狼〟たちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」。

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http://www.labornetjp.org/news/2021/0403eiga

自らの国の奢った姿がみえてくる/ドキュメンタリー映画『狼をさがして』

自らの国の奢った姿がみえてくる〜ドキュメンタリー映画『狼をさがして』
根岸恵子

 『狼をさがして』を観た。この映画は70年代中頃、「連続企業爆破事件」を引き起こした 「東アジア反日武装戦線」の首謀者とそれを取り巻く人々を捉えたドキュメンタリー映画である。監督のキム・ミレは、『土方(ノガタ)』(2005)や『外泊』(2009)といった韓国の労働者の現状を描いたことで有名だ。韓国人の監督が日本の「東アジア反日武装戦線」に関心を持ったのは、どうしてだろうか。

 キム監督が「東アジア反日武装戦線」を知ったのは、釜ヶ崎の野宿者からだった。野宿者の多くは戦後の高度成長期に日雇い労働者として搾取され、オイルショック以降の景気後退で社会的棄民となった。彼女はその事実から、日本国内で差別される人々に関心を持ち、強制労働で命を奪われた朝鮮人徴用工の虐殺現場を訪ね、そこがかつてアイヌの人々の土地であったことを知った。日本の植民地主義はアジアの人々や被差別者、貧困者を踏みつけて成り立っていることを、キム監督は問題意識として持ち続けた。そして金儲けのために人々や他国を蔑ろにし、搾取の元凶である企業に対し爆破事件起こした「東アジア反日武装戦線」に焦点を当て、関係者へのインタビューを行ったのである。

 そこから見えてくるのは、関わった人たちの健全さだ。服役した支援者のある家族は、事件後、娘を通して多くの本当の友人を得たと語っていた。亡くなった父親の遺影には「秩父事件」の碑がある。また出所した浴田由紀子さん(写真右)が裁判の最終陳述で語ったことは、心に沁みた。自分たちは暴力ではなく、考えを広めるために、平和的に仲間を増やすべきだったそうすれば社会は変わるだろうと

 この映画を観て思ったことはいろいろあるが、多くの日本人は自らの国の奢った姿を知らないのではないかということだ。だからこそ日本人には観てほしい映画である。


・上映館 http://www.imageforum.co.jp/theatre/

・また、新宿のIRA (Irregular Rhythm Asylum) では11日まで「東アジア反日武装戦線関連資料展」をやっています。http://ira.tokyo/


Last modified on 2021-04-04 20:37:16
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●《「冷酷非情の狼」という印象》…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある

2021年04月02日 00時00分29秒 | Weblog

[※ ↑ 映画『狼をさがして』 (【映画『狼をさがして』公式WP】、http://eaajaf.com/)]


(2021年03月28日[日])
『映画ログプラス』の記事【映画『狼をさがして』】(https://tokushu.eiga-log.com/movie/67016.html)。
太田昌国氏による、webronzaの記事【「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち 韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか/太田昌国】(https://webronza.asahi.com/culture/articles/2021032200001.html)。

 《東アジア反日武装戦線を追ったドキュメンタリー 1974年、日本を揺るがした20代の若者たち 映画『狼をさがして』》《連続企業爆破事件から45年――。なぜ彼らはテロを越したのか? …高度経済成長の只中、日本に影を落とす帝国主義の闇。彼らが抗していたものとは何だったのか? 彼らの言う「反日」とは? 未解決の戦後史がそこに立ち現れる》。
 《韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督の2020年の作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」…を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である》。


 【映画『狼をさがして』公式WP】(http://eaajaf.com/):
  《東アジア反日武装戦線――狼、大地の牙、さそり
      1974年、日本を揺るがした20代の若者たち》
  《連続企業爆破事件から45年――
      なぜ彼らはテロを起こしたのか?》


https://youtu.be/ASFN16iphcc


 予告編の中の一節:

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彼らは何を求めたのか。そして何を間違えたのか。
時代は終わっていない。そこにかつて統治された国からの視点が重なる。
事件から半世紀が過ぎかけているからこそ、
僕たちは解釈の多様さを取り戻さなくてはならない。
                     森達也 (映画監督・作家)
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 《何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか》(松下竜一さん)。松下竜一さん、本当にすごい人だ。『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』を、是非、読んでみてほしい。もう何十年も前、当時の『草の根通信』の読者にしても、そうだった。《…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが》。

   『●『佐高信の新・筆頭両断』読了(2/2)
   『●『死刑弁護人 ~生きるという権利~』読了(4/4)
   『●『創 (12月号)』読了 (2/2)
   『●『松下竜一未刊行著作集2/出会いの風』読了(4/9)
   『●『松下竜一未刊行著作集3/草の根のあかり』読了(2/2)
   『●『抵抗人名録 私が選んだ77人』読了(2/2)
   『●『冤罪File(2009年12月号)』読了(1/2)
   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
   『●『東京番外地』読了
   『●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)
   『●死刑囚・大道寺将司さんのこと
   『●「O・ストーン&P・カズニック 戦争と歴史を語る」
             『週刊金曜日』(9月6日、958号)
   『●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。
     何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

 〝殺人〟、人を殺めることは絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか?、には耳を傾ける必要がある。

 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中の〝狼〟たちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」。

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https://tokushu.eiga-log.com/movie/67016.html

映画ログプラス
映画の魅力、再発見。


映画『狼をさがして』
2021/3/24

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  東アジア反日武装戦線を追ったドキュメンタリー
   1974年、日本を揺るがした20代の若者たち
        映画『狼をさがして』
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本作は昨年韓国で上映され、韓国映画評論家協会の独立映画支援賞や釜山映画評論家協会の審査委員特別賞を受賞するなど、韓国国内で高く評価された作品。

連続企業爆破事件から45年――。なぜ彼らはテロを越したのか?

2000年代初頭、釜ヶ崎で日雇い労働者を撮影していた韓国のキム・ミレ監督が、一人の労働者から東アジア反日武装戦線の存在を知り、彼らの思想を辿るドキュメントを撮り始めた。出所したメンバーやその家族、彼らの支援者の証言を追うなかで、彼らの思想の根源が紐解かれていく。高度経済成長の只中、日本に影を落とす帝国主義の闇。彼らが抗していたものとは何だったのか? 彼らの言う「反日」とは? 未解決の戦後史がそこに立ち現れる。


あらすじ・ストーリー

1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工本社ビルで時限爆弾が爆発した。8名の死者と約380名の負傷者が出たこの事件は日本社会を震撼させた。事件から1ヶ月後、犯人から声明文が出される。「東アジア反日武装戦線“狼”」と名乗るその組織は、この爆破を「日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である」と宣言。その後、別働隊「大地の牙」と「さそり」が現れ、翌年5月までの間に旧財閥系企業や大手ゼネコンを標的とした“連続企業爆破事件”が続いた。

1975年5月19日、世間を騒がせた“東アジア反日武装戦線”一斉逮捕のニュースが大々的に報じられた。人々を何よりも驚かせたのは、彼らの素顔が、会社員としてごく普通に市民生活を送る20代半ばの若者たちだったという事実であった。凄惨な爆破事件ばかりが人々の記憶に残る一方で、実際に彼らが何を考え、何を変えようとしたのかは知られていない。


公式HP
eaajaf.com / Twitter


キャスト
太田昌国
大道寺ちはる
池田浩士
荒井まり子
荒井智子
浴田由紀子
内田雅敏
宇賀神寿一
友野重雄
実方藤男
中野英幸
藤田卓也
平野良子ほか


映画『狼をさがして』作品情報
監督・プロデューサー:キム・ミレ
企画:藤井たけし、キム・ミレ
撮影:パク・ホンヨル
編集:イ・ウンス
音楽:パク・ヒョンユ
配給・宣伝:太秦
2020年/DCP/モノクロ・カラー/74分/韓国
©Gaam Pictures


2021年3月27日(金)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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https://webronza.asahi.com/culture/articles/2021032200001.html

「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち
韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか
太田昌国
 評論家・編集者
2021年03月26日
キム・ミレ|東アジア反日武装戦線|狼をさがして

 韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督の2020年の作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」(以後、「反日」と略す)を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である。


■歴史像と世界像が一新されてゆく時代のただ中で

(三菱重工本社ビル前で、散乱した窓ガラスを踏みしめて負傷者を搬送する東京消防庁の消防職員と救急隊員。この爆発で同社の社員や通行人ら8人が死亡、380人が重軽傷を負った=1974年8月30日、東京都千代田区丸の内)

 描かれる時代は、アジア太平洋戦争で日本帝国が敗戦してから30年近く経った時期に当たる。活動を担ったのは、敗戦から3~5年経った頃に生を享けた、当時は20代半ばの若者たちだった。いわゆる「団塊の世代」に属する。その彼ら/かの女らは、敗戦以前に日本がなした植民地支配および侵略戦争の責任を問うた。同時に、戦後過程はすでに30年近い長さに及んでいるにもかかわらず、日本がその過去を清算することもないままに、改めて他民族に対する加害国と化している現実に警告を発した。手段として使ったのは爆弾だった。

 その標的はまず、戦前は絶対無謬の存在として日本帝国を率い、戦後は「平和」の象徴となった昭和天皇に向けられた。だが、「お召列車」の爆破計画が実現できなくなった後は、戦前・戦後を貫いて繁栄する大企業に的を絞った。

 戦後日本を象徴する言葉は、長いこと、「平和と民主主義」だった。それは新憲法を貫く精神でもあると多くの人びとが考えていた。

 天皇の戦争責任が問われることも裁かれることもなく始まった戦後は、「一億総無責任体制」となった。この体制の下では、日清戦争以降、断続的にではあっても半世紀もの間(1894年→1945年)アジア太平洋地域で戦争を続けた近代日本の実像を覆い隠し、この戦争の全体像を、最後のわずか3年半の「日米戦争」に凝縮して象徴させることが可能だった。広島・長崎の「悲劇」を前面に押し出し、米軍占領下の沖縄は辺境ゆえに無視して、日本全体があたかも戦争の「被害国」であるかのようにふるまった「反戦・平和勢力」の大勢も、そのことに疑いを持たなかった

 1960年の安保闘争の時にも、1965年の日韓条約反対闘争の時にも、戦前の日本帝国がなした対外政策と関連づけて現在を分析する言動はほとんど見当たらなかった。すなわち、日本社会は総体として、近代日本が持つ「植民地帝国」としての過去をすっぽり忘れ果てていたと言える。

 1960年代後半、この社会・思想状況はゆっくりとではあっても変化し始める。日本は、高度経済成長の過程で目に見える形での貧困は消え失せ、急速に豊かになった。この経済成長の最初の基盤となったのは、1950~53年の朝鮮戦争による「特需景気」だとする捉え方が常識となりつつあった。


(拡大映画『狼をさがして』は3月27日から全国で順次公開予定 ©Gaam Pictures)


 時代はあたかも米国のベトナム侵略戦争の渦中で、沖縄を軸に多数の米軍基地があり、インドシナ半島に輸送される米軍物資の調達地でもある日本は、再度の「特需景気」に沸いていた。近くに住むアジアの民衆が苦しんでいる戦争によって自分たちの国が総体として豊かになっていく――この際立った対照性が、とりわけ若い人びとの胸に突き刺さるようになった。

 加えて、米国でのベトナム反戦運動は、黒人や先住民族(インディアン)の権利回復の動きと連動していた。植民地主義支配が人類史に残した禍根――それが世界じゅうで噴出する民族問題の原因だとする意識が、高まっていった。

 「東アジア反日武装戦線」に所属した若い人びとは、それまでの歴史像と世界像が一新されゆくこのような時代のただ中にいた。彼ら/かの女らは、日本の近代史と現在が孕む問題群に、「民族・植民地問題」の観点から気づいたという意味では先駆的な人びとだった。


■「重大な過ち」の根拠を探り続けた歩み

 「反日」はこうして獲得した新たな認識を、すぐ実践に移そうとした。当時刊行された「反日」の冊子『腹腹時計』から鮮明に読み取れるのは、次の立場だ。「そこにある悪を撃て! 悪に加担している自らの加害性を撃て! やるかやらないか、それだけが問題だ」。政治性も展望も欠いた、自他に対する倫理的な突き付けが、行動の指針だった。「反日」が行った、1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工ビル爆破は、8名の死者と385名の重軽傷者を生み出す惨事となった。

 「反日」にはひとを殺傷する意図はなかった。事前に電話をかけて、直ちに現場を離れるよう警告した。だがそれは間に合わなかった。しかも、なぜか「反日」は三菱爆破の結果を正当化し、死者は「無関係な一般市民」ではなく「植民地人民の血で肥え太る植民者だ」と断言した声明文を公表した。映画の前半部で、この声明文がナレーションで流れる。

 多くの人びとはそこで「引く」だろう。半世紀前の当時もそうだった。それゆえに、彼ら/かの女らは、日本では「テロリスト」や「血も涙もない爆弾魔」の一言で片づけられてきた。

 その責任の一端が、「反日」そのものの言動にあったことは否定し得ないだろう。だが、実はそこにどのような内面の思いが秘められていたのかということは、路傍の小石のように無視されてきた。そんな渦中にあって、獄中の彼ら/彼女らは初心を語ると同時に、自らが犯してしまった重大な過ちの根拠を探り続けた。獄外には、その試行錯誤を〈批判的に〉支え続ける多様な人びとの存在があった。映画『狼をさがして』は、これらの獄中・獄外の人びとの歩みを74分間の時間幅の中に刻みつけている。


(太田さんが登場する映画『狼をさがして』の一場面 ©Gaam Pictures)



■過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない

 画面には登場しない「主人公」のひとりは、「反日」狼部隊の大道寺将司である。彼は2017年5月、長らく患っていた多発性骨髄腫で獄死したが、死刑が確定してのち、彼はふとした契機で俳句に親しむようになった。生前4冊の句集にまとめられたその作品は、人間関係も自然とのふれあいも極端に狭められた3畳間ほどの独房にあっても、人間はどれほどの想像力をもって、ひとが生きる広大な世界を、時間的にも空間的にも謳うことができるものかを証していて、胸を打つ。それは、ひとを殺めたという「加害の記憶と悔悟」を謳う句において、とりわけ際立つ。

 映画でも紹介される「危めたる吾が背に掛かる痛みかな」もそうだが、他にも「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「春雷に死者たちの声重なれり」「死は罪の償ひなるや金亀子」「ゆく秋の死者に請はれぬ許しかな」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」「加害せる吾花冷えのなかにあり」「秋風の立ち悔恨の溢れけり」などの秀句がある。

 「反日」のメンバーの初心と、結果としての重大な過ちを冷静に振り返るこの映画を制作したのは、韓国の映画監督キム・ミレとその協力者たちである。ふとした機会に「反日」の思想と行動を知ったキム・ミレ監督がこの映画を制作したのは、「人間に対する愛情、その人間を信じること」からだったという(「『狼をさがして』――金美禮監督に訊く」、東アジア反日武装戦線に対する死刑・重刑攻撃とたたかう支援連絡会議=編『支援連ニュース』420号、2021年3月6日)。社会的正義のために、加害国=日本に搾取され殺された東アジア民衆の恨みと怒りを胸に行動した結果、数多くの人びとを死傷させてしまった、つまり自らが加害者になったという事実に向き合ってきた「反日」メンバーに対する思いを、かの女はそう語る。

 だが、その裏面には、次の思いもある。彼らは「長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向き合って生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも『加害事実』に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品の制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを質問するようにしてくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。」(キム・ミレ「プロダクション・ノ-ト」、『狼をさがして』劇場用パンフレット所収)。

 74~75年当時の「東アジア反日武装戦線」のメンバーからすれば、韓国の人びととの共同作業は「見果てぬ夢」だった。日本の自分たちが戦後の「平和と民主主義」を謳歌している彼方で、韓国および北の共和国の人びとは、日本の植民地支配を一因とする南北分断と内戦、その後の独裁政権の下で呻吟していたからだ。

 そんな時代が40年近く続いた後で、少なくとも韓国では大きな体制変革が起こった。表現と言論の自由を獲得した韓国の新世代のなかから、こんな映画をつくる人びとが現われた。キム・ミレ監督は、この映画が日韓関係の構図の中で見られたり語られたりすることを望まないと語る。過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない。日本も韓国も、どの国でも同じことだ、と(前出『支援連ニュース』および2021年3月18日付「東京新聞」)。


■脈打つフェミニズムの視線

 最後に、もうひとつ、肝心なことに触れたい。この映画を際立たせているのは、女性の存在だと思われる。

 刑期を終えたふたりの女性が、生き生きとしたその素顔を見せながら、獄の外から窓辺に寄ってきた猫との交友を楽し気に回想したり、かつて自分たちの闘争に大きく欠けていたものを率直に語ったりする。前者の年老いて元気な母親は、娘が獄に囚われてから、娘と自分たちを気遣う若い友だちがたくさんできたと笑顔で語る。二人は自宅の庭を眺めながら、「アリラン」を歌ったりもする。


(映画『狼をさがして』 ©Gaam Pictures)


 キム・ミレ監督らが撮影する現場に付き添う姿が随所に見える女性も、長年「反日」の救援活動を担ってきた。撮影すべき風景、会うべきひとについて、的確な助言がなされただろう。

 死刑囚の獄中書簡集を読んで、あんな事件を引き起こしたひとが自分と変わらぬ、どこにでもいるふつうの青年だと知って、縁組をして義妹となったひとの語り口もごく自然だ。女たちの運動を経てきたと語るかの女の言葉を聞いていると、獄中の死刑囚である義兄とは、媚びへつらいのない、上下の関係でもない、水平的なものだったろうと想像できる。

 そして、もちろん、韓国人のキム・ミレ監督も女性だ。弱い立場にある労働者の現実を描いてきたかの女は、男性の姿ばかりが目立ち、男性優位の価値観が貫いている韓国労働運動の在り方に疑問を持ち、スーパーで働く非正規の女性労働者が大量解雇に抗議してストライキでたたかう姿を『外泊』(2009年)で描いた。日本でも自主上映されたこの作品に脈打っていたフェミニズムの視線が、『狼をさがして』でも息づいていることを、観る私たちは感じ取るだろう。


(キム・ミレ監督 ©Gaam Pictures)
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コメント
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●リテラ《吉村知事を賞賛する声…そのイメージは巧みな自己演出によってつくり上げられた部分が多く、実像とはかけ離れたものだ》

2020年06月15日 00時00分10秒 | Weblog

[※サンデーモーニング(2017年10月1日)(三「ト」物語)↑]



リテラの記事【吉村洋文知事に「武富士」の盗聴犯罪を隠蔽するスラップ訴訟の代理人の過去! 盗聴被害者のジャーナリストが語る不法な訴訟の全貌】(https://lite-ra.com/2020/06/post-5452.html)。

 《テレビやネットは吉村知事を賞賛する声で埋め尽くされているが、しかし、本サイトが再三指摘しているように、そのイメージは巧みな自己演出によってつくり上げられた部分が多く、実像とはかけ離れたものだ。実際、この吉村知事にはいま、政治家としての資質が疑われるような過去が取り沙汰されている。それは、あの武富士の代理人として、同社の犯罪行為を隠蔽するためのスラップ訴訟にかかわっていたという過去だ》


   『●《アンダーコントロール》演出…お維や「小池都知事はよくやっている」
          だってぇ? そう見えるのは、《安倍首相がひどすぎるからだ》

 どんな案件にも弁護士が居るのは、当然。でも、その弁護の中身が問題。一方で、SLAPPSLAPP)された人々を援護する側、消費者金融サラ金問題の解決に奔走した側の弁護士の一人は、あの宇都宮健児さんだった。

   『●『抵抗人名録 私が選んだ77人』読了(2/2)
   『●『創(2010年2月号)』読了(1/3)
    「「〝強い者イジメ〟」に対して「武富士のドン、武井保雄が盗聴した」
     山岡俊介さんは、大道寺将司さんらについての「松下竜一の
     『狼煙を見よ―――東アジア反日武装戦線〝狼〟部隊』に惹かれた」(…)。
     武富士については、三宅勝久さんも(…)。」

   『●読売だけでなく
   『●冤罪事件のようなもの
    《この話、2月6日付東京新聞の「週刊誌を読む」にも書いて、
     その中でも触れましたが、月刊『創』も2003年に武富士の
     山岡さんへの盗聴疑惑を告発した時、武富士から次々と提訴されました。
     武富士は「全くの事実無根」とか無茶苦茶なことを言って、その山岡さんの
     書いた記事を訴えたわけです。で、裁判が始まった直後に武富士会長が
     逮捕されるというドラスティックな展開で、『創』は勝ったわけです。
     もし逮捕がもっと遅かったら、裁判は簡単ではなかったはずで、
     名誉毀損訴訟は、挙証責任が書いた側にあるので、取材源秘匿などの
     責務を負う報道側には不利な構造になっているのです》

   『●書籍紹介: 三宅勝久さん『日本を滅ぼす電力腐敗』
    「同WP上で数々の電力会社や電力業界、政治の腐敗を描いてこられた
     三宅勝久さん。烏賀陽弘道さんのオリコン裁判でその実態が少し
     知られるようになったけれども、山岡俊介さんとともに、その走り
     であるサラ金の武富士からのSLAPPSLAPP)にも負けなかった
     三宅さん。司法との癒着など、独自の視点で、優れた原発批判記事を
     書いておられます。真にジャーナリストと呼べるお一人」

   『●原発スラップを許すな!
   『●ヨイショ本・礼讃本『安倍晋三の真実』が伝えない、
        「#選挙妨害を暴力団に発注するアベ様」という事実
    《◇武富士事件と同様に記者クラブメディアは沈黙するが…》
    《また、警視庁が、犯歴情報という個人情報を消費者金融の武富士に流し、
     武富士からはお中元お歳暮などが出ていたほか、個人の信用情報を警察に
     流していた事件(いわゆる武富士事件)も、
     山岡氏は積極的に取材していた》
    《しかし、山岡氏自宅電話の盗聴を指示していたとして、武富士の
     武井保雄会長が03年12月2日、電気通信事業法違反容疑で逮捕され、
     形成は一気に逆転した》

 ここで、《サラ金の手先》でもあったあの竹中平蔵氏について、一言。佐高信さんの言う《学商》。もう10年も経っている。

==  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  ==
 佐高信さんの「筆頭両断!「百の説法屁一つ」 竹中平蔵」(…)。「…ベラベラしゃべっている人間の下品さがわかるということだが、小泉純一郎と竹中平蔵にこそ、この格言がぴったりと当てはまる」。「…そんなセリフは「年棒1億円」とかいわれる〝新規権益〟のパソナ会長の椅子を放棄してから言え、と怒鳴りつけたい」。「竹中の強欲ぶり…『東京新聞』も…「究極の天下り」と批判…」。「郵政民営化に影響力を行使した後、かんぽの宿の一括譲渡を実施させようとしたオリックス宮内義彦会長と同じ。自分が関わったところで自分が利益を得るという構図は、まるで政商ならぬ学商だ」。「…消費者金融、つまりサラ金の経営者の集まりでも講演し、彼らの喜びそうなことを言っている。…郵便局のカネをそちらにまわせというのである。どこまでサラ金の手先となればいいのか」。「「新自由主義の時代は終わった」とか、「新自由主義は誤った」などという評論家は一切信用しないことにしている、とミエを切っている。内橋克人や私は信用しないということだろうが、作家の城山三郎明確に竹中を批判していたし、高杉良厳しく断罪しているのだから、城山や高杉も竹中は「信用しない」ということになる。/サラ金業者からカネをもらって講演したり、日本マクドナルドの未公開株を買ったり、さらにはパソナの会長になって一億円もフトコロに入れる竹中と、「渇しても盗泉の水は飲まず」といった感じの清冽な生き方を貫いた城山三郎のどちらに信用があると、この卑しい軽薄才子は思っているのか」。
==  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  ==


 リテラの記事【新しい地図の番組『ななにー』に吉村知事出演で抗議が殺到!「吉村知事はパフォーマンスだけ」を見抜くSMAPファンの意識の高さ】(https://lite-ra.com/2020/06/post-5461.html)によると、《きのう6日にAbemaTVや新しい地図の公式アカウントでその旨が告知されると、多くのファンの人たちから疑問や批判の声が殺到したのだ。…〈出演に抗議、反対します。〉〈政治家の方の出演は歓迎できません。〉〈政治色が強い番組になってしまいます。このまま出演されるなら、明日は視聴しません。ごめんなさい。〉〈せっかく楽しみにしていたななにーに政治色を出してほしくない。新しい地図を利用されたくない。〉〈出演してる時間、申し訳ないですが見ません。〉〈政治家呼ばないでほしいです。〉〈なんでまたそんな人を。〉〈まって、そのゲスト新しい地図の目指すアイデンティティに相応しい人物なのですかね?非常に疑問です。〉〈なぜ現職政治家が出演するのでしょうか。政治利用しないでほしい。〉〈ななにーにはふさわしくない人選だと思います。その時間は見たくないです。感染症対策の専門家とかならいいけど…〉〈初めて『いいね』が押せません。〉》

 お維の《インチキと詐術》。
 もう一つ、リテラの記事【「#関西民放5局の偏向報道に抗議します」は当然…吉村洋文知事の異常なテレビ出演! 5月はなんと30本、“実は仕事してない”疑惑】(https://lite-ra.com/2020/06/post-5462.html)によると、《Twitter上ではこんなハッシュタグがトレンド入りしていた。「#関西民放5局の偏向報道に抗議します」 このハッシュタグが一体、関西民放5局の何に抗議しているのか。それは、在京テレビ局が吉村知事や橋下徹氏を連日のように出演させ、さらにワイドショーや情報バラエティで吉本芸人らが無批判に吉村知事を持ち上げつづけるという維新礼賛報道に対する抗議だ。〈在阪TVは知事の言うこと(思いつきも含め)を垂れ流し、それを局アナや吉本芸人が褒め称えるだけでその後の検証をしません。カジノについてもあたかも大阪に決まっているかのような報道。異常だと思います。〉〈最近の関西の情報番組はぜったいにおかしいです。なぜそこまで維新を持ち上げるのですか?この調子だと、都構想の説明もメリットしか報道しなさそうで怖いです。〉〈「私人に戻った」とはいえ、何かといえば橋下徹氏がご意見番出演するのも、おかしな話だと思います。中立を装いつつ、維新をアシストするコメントを常にしています。その上に吉本芸人が維新提灯持ち発言をする番組ばかり。もういいかげんにしていただけませんか。〉〈関西2府4県あるにも関わらず、コロナに関する報道はほぼ大阪のみ、話すのは維新関係者。キャスター、ゲストの誰もが疑問も出さず称賛翼賛報道とは、なんですか?〉》。

 《“将来の総理”とまでいわれているのだ。やってる感に踊らされるのもいいが、悪徳企業が自分の犯罪を隠蔽するために嘘を捏造して起こしたスラップ訴訟=言論弾圧に加担し、それをいまも正当化しているような人物が、もしこの国の政治を牛耳るようになったら……そのことの恐ろしさを私たちはきちんと認識しておく必要があるのではないか》…恐ろしい。お維の「ト」は、大阪「ト」内だけにしておいてほしい。

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https://lite-ra.com/2020/06/post-5452.html

吉村洋文知事に「武富士」の盗聴犯罪を隠蔽するスラップ訴訟の代理人の過去! 盗聴被害者のジャーナリストが語る不法な訴訟の全貌
2020.06.05 09:30

     (吉村洋文公式サイトより)

 コロナの感染拡大で完全に馬脚を露わした安倍首相に代わって、このところ国民的人気を集めている大阪府の吉村洋文知事。テレビやネットは吉村知事を賞賛する声で埋め尽くされているが、しかし、本サイトが再三指摘しているように、そのイメージは巧みな自己演出によってつくり上げられた部分が多く、実像とはかけ離れたものだ

 実際、この吉村知事にはいま、政治家としての資質が疑われるような過去が取り沙汰されている。それは、あの武富士の代理人として、同社の犯罪行為を隠蔽するためのスラップ訴訟にかかわっていたという過去だ。

「正直に言うと、吉村洋文大阪府知事が武富士の弁護団に入っていたとは、当時の裁判資料を見るまで信じられませんでした。当時の武富士は、自社の利益や批判封じ込めのために平気で法を犯す犯罪的企業。事実、武富士は私をはじめ批判的な報道をしていたジャーナリストに盗聴行為をはたらき、創業者で会長だった武井保雄氏が電気通信事業法違反で逮捕され有罪判決を受けています。大阪市長、大阪府知事をつとめる人物がそんな企業の手先として動いていたとは……。しかし、たしかに裁判資料を見ると、武富士の代理人の欄に『吉村洋文』という名前があった。吉村知事はまさに私に仕掛けられたスラップ訴訟の代理人だったわけです」

 こう話すのは、ネットメディア「アクセスジャーナル」を主宰する山岡俊介氏。権力の不正や企業のスキャンダルを中心に取材・執筆活動を続けているジャーナリストで、安倍首相の下関の自宅や地元事務所に火炎瓶が投げ込まれた事件の裏を掘り返したスクープは、ネット上でも「#ケチって火炎瓶」として大きな話題になった。

 その山岡氏が大手消費者金融の武富士から盗聴されていたことを知ったのは、2002年。当時の武富士は、創業者である武井保雄会長がワンマン支配しており、悪質な取り立てや社員のブラック労働、裏社会との関係などが問題になっていた。

 山岡氏もそうした武富士のダーティな体質を批判する記事を何度か執筆していたのだが、そんななか、武富士の元法務課長だったN氏が内部告発をしたいと山岡氏に接触してきたのだという。山岡氏が当時を振り返ってこう話す。

「Nは武富士で右翼や暴力団対策など裏仕事をやっていた人物なんですが、武井会長の命令で探偵事務所に依頼して私を盗聴していたと告白したんです。しかも、自宅の電話を盗聴したテープ、それを記録した分厚いメモなど、盗聴を裏付ける証拠も持っていた。盗聴されていたジャーナリストは私も含めて3人いましたが、自分の通話が録音されたテープを聞いたときは、怒りで体が震えました」

 N氏が持ち込んできた資料の中には、探偵会社が武富士に宛てて出した領収書、武富士内の調査費用支出の稟議書、さらには武井会長が盗聴を指示したメモまでがあったため、山岡氏は盗聴行為の「動かぬ証拠」をつかんだと判断。「創」(創出版)や「月刊ベルダ」(ベストブック)といった月刊誌でこの武富士による盗聴問題を追及するルポを発表した(大手出版社の雑誌は武富士が大量の広告を掲載していたため、ほとんどが掲載拒否をしたという)。

 また、資料の中に武富士と警察の癒着を示す証拠があったことから、警察問題を追及しているジャーナリストの寺澤有氏に情報を共有。寺澤氏もこの資料をもとに「週刊プレイボーイ」(集英社)で、武富士が警視正など複数の警官にビール券などを供与し、見返りに個人の犯歴など秘密情報を得ていた問題などを報じた。

 ところが、武富士側はこうした報道に対して名誉毀損訴訟を起こし、とんでもなく高額の賠償請求をしてきたのだ。たとえば、山岡氏が「月刊ベルダ」に執筆した記事については、山岡氏と発行元、編集長らに総額1億円、「創」の記事にも同様の訴訟が提起された。さらに、寺澤氏が執筆した「週刊プレイボーイ」の記事への損害賠償請求は合計2億円にのぼった。

 まさにスラップ訴訟の典型だが、この訴訟で、武富士側代理人として名前を連ねていたのが、吉村知事だったのだ。


     (武富士側代理人として名前を連ねていた吉村知事)


「盗聴テープや記録、領収書、稟議書など、盗聴していたことを示す動かぬ証拠が揃っているにもかかわらず、武富士サイドは記事が事実無根であるとして、私たちを訴えてきた。しかも、ありえない高額の賠償金で……。完全に事実の報道や批判を封じ込めるための訴訟でした。実際、法務部長として訴訟を担当していたN氏も武井会長は『常々、高額の損害賠償請求訴訟をすれば批判する者なんていなくなる事実かどうかなんて関係ない』と言っていたと証言していましたからね。吉村氏が代理人に名前を連ねていた訴訟は、そうした武井会長の方針に従った非常に悪質な言論弾圧なんです」(山岡氏)

 しかも、武富士側が山岡氏に対しておこなったのは、高額の民事訴訟だけではなかった。山岡氏を恐喝未遂で逮捕させようとしていたのだという。

「内部告発していたN氏が恐喝未遂で逮捕されたんですが、私に対しても共犯だとして警視庁に逮捕させようとしていた。実際、警視庁も当初はその気で、取り調べでは刑事から『お前らは武富士の金にたかるハエだ!』とまで言われた。しかも、武富士は自社のHP に、私が恐喝未遂事件に加担しているとのデマまで書き込んでいた。しかし、私は武富士に対して記事を書くときに取材申し込みをした以外、なんの接触もしていませんでしたから、恐喝なんて立件できるはずがない。これも明らかに嫌がらせが目的でしょう」(山岡氏)

 しかし、山岡氏はこうした卑劣な圧力に怯まず、逆に武富士側を「訴権の濫用」で反訴、さらに自分への盗聴行為に対して、武井会長を電気通信事業法違反で刑事告訴した。

 結果的に、これが流れを大きく変えることになる。山岡氏が警視庁に武富士の盗聴行為と武井会長の指示を裏付ける詳細な証拠を提出し、N氏もそれを裏付ける証言をしたため、警視庁は武富士の盗聴事件を本格的に捜査せざるを得なくなったのだ。

 そして、2003年12月、武富士の武井会長は、山岡氏らへの盗聴行為を指示したとして、警視庁に電気通信授業法違反容疑で逮捕される(のちに裁判で懲役3年執行猶予4年の判決が確定)。逮捕にともない武井氏は武富士の会長職を辞職。山岡氏の告発が、“金融界の帝王”とまでいわれていた人物をワンマン経営者の椅子から引きずり下ろし、縛につかせたのである。

 しかも、この武井会長逮捕によって、山岡氏が執筆した記事の真実性が完全に証明され、吉村知事が武富士の代理人をつとめていた民事訴訟の状況も一変した。武富士は、山岡氏と「創」「月刊ベルダ」「サンデー毎日」、寺澤氏と「週刊プレイボーイ」に突きつけていた高額賠償金の請求をすべて取り下げ(法律用語では「請求の放棄」)。逆に、山岡氏らが「訴権の濫用」だとして起こした反訴では、山岡氏らが求めていた賠償金の支払いと謝罪広告の掲載などをすべて受け入れた(法律用語では「請求の認諾」)。

 その結果、「創」「ベルダ」にはそれぞれ、武富士による以下のような文面の謝罪広告が掲載された。

〈当社・株式会社武富士の前代表取締役会長・武井保雄は、当社社員らと共謀し、2000年12月14日から01年2月24日まで2ケ月以上にわたり、山岡俊介氏の自宅兼事務所の盗聴を行いました。
 これは明白な犯罪行為です。(中略)
 しかも当社は、山岡氏が執筆し、有限会社創出版発行の月刊誌『創』2003年1・2月合併号と7月号に掲載された、当社前会長・武井が山岡氏宅の盗聴を指示していたなどとする記事につき、「事実無根であり、名誉を毀損された」との虚偽の主張をもって、同年8月、東京地方裁判所に損害賠償ならびに謝罪広告掲載を求める民事訴訟を提起しました。(中略)
 しかしながら、この提訴は、当社前会長・武井保雄指示の下、山岡氏や有限会社創出版の言論活動を抑圧し、その信用失墜を目的に、虚偽の主張をもって敢えて行った違法なものでした。
 また、当社は2003年5月末から同年11月初めの間、インターネットの当社ホームページ上で、山岡氏が当社や前会長・武井らを電気通信事業法違反容疑で刑事告訴する動きに関し、「盗聴の事実はなく、山岡氏は当社に対する恐喝未遂事件に加担していることから、刑事責任の追及逃れのために行っている」などとする虚偽の見解を掲載し、不特定多数の者にその内容を閲覧させました。
 しかし、これも当社前会長・武井の指示の下、やはり山岡氏の言論活動の抑圧、信用失墜を狙って行った、虚偽の主張による違法な行為でした。
 以上、この間の違法行為について、深くお詫び申し上げます。
 株式会社 武富士  代表取締役 清川 昭〉(「創」2004年6月号より)

〈(前略)当社は2003年7月、これら記事によって名誉を毀損されたとして、貴社、貴誌編集長、執筆者・山岡俊介氏に対して、総額1億円の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提訴いたしました。しかし、この訴訟は、当社において貴社の記事がいずれも真実であるにもかかわらず、虚偽であると事実をねつ造して、提起したものでありました。
 本件提訴は、貴誌の記事の真実性、公共性、公益性を毀損せしめるものであり、また、総額1億円という高額訴訟を提起することにより、当社に批判的な記事に対し言論弾圧をしようとしたものにほかなりません
 よって当社は、本件提訴により、貴社・貴誌および山岡俊介氏の信用・名誉を傷つけ多大な迷惑をかけたことにつき、深くお詫びし、二度と再びかような違法行為を行わないことを誓約します。
2004年6月30日
株式会社武富士  代表取締役 元久 存〉(「月刊ベルダ」2004年7月号より)

 これを読めばわかるはずだ。吉村氏らが代理人として起こした訴訟が「真実を報じた記事を虚偽であると事実を捏造して提起したもの」であり、「高額訴訟を提起することにより、批判的な記事に言論弾圧を加えようとした」「違法なもの」であることを、当の武富士自身がはっきりと認めたのである。

 いや、武富士だけではない。ここに武富士側が山岡氏らへの請求を放棄し、山岡氏らから反訴で求められた謝罪文の掲載や損害賠償金の支払いなどを受け入れたときの和解調書があるが、そこにはやはり武富士の代理人として吉村洋文の名前が記されていたつまり、吉村氏自身も、自分が代理人になった訴訟が盗聴という犯罪行為を隠蔽するための乱訴」「事実を捏造して言論弾圧のためにおこなった違法な行為であることを認めていたということだろう。

 だとしたら、吉村氏もまた、その違法な行為に加担した責任を厳しく問われるべきではないのか。山岡氏がこう語る。

「私は執筆した記事でも裁判でも、数々の具体的で客観的な証拠を提示している。普通にリテラシーのある人間がこれを見れば、武富士が私を盗聴していたのが明白な事実だということがわかるはずなんです。にもかかわらず、吉村知事は武富士の代理人になり、記事を事実無根と決めつけ、1億円訴訟の代理人になった。当時は、若手のイソ弁で、上の指示に従っただけなのかもしれませんが、それでも、犯罪を隠蔽したいという武富士の意向に沿って不法な訴訟に加担したことに変わりはない。その道義的責任は大きいと思いますよ」

 実は吉村氏は大阪市長になった後、一度だけ、この武富士訴訟の責任を追及されたことがある。2019年2月、当時、大阪市長だった吉村氏が松井府知事(当時)とともに、日本外国特派員協会で記者会見をしたとき、「日仏共同テレビ局France10」の記者から「“訴権の濫用”と認定されるような武富士訴訟に、弁護人として加わったことをいま、どう総括しているか」という質問が出たのだ。この質問に対して吉村知事はこう答えていた。

「これは弁護士時代のご質問だと思います。弁護士の業務というのはどんな状況であれ、それぞれの立場、それぞれの意見、自分のクライアントの意見というのをしっかりと出して、それを双方がやって、最終的にそれを裁判所が判断するという仕組みです。たとえば極悪な殺人犯であったり、強かん犯であったとしても、言い分がある部分がある。それについて弁護士とはその言い分を裁判所にあげて、そして最後は裁判官が判断する、それがまさに弁護士の仕事であり、弁護人の仕事であるということです」

「ご指摘の裁判についても、同様に日本で認められている訴訟制度において、そして依頼者の利益を守るための主張をする、そして結果的に裁判所において敗訴ということにはなりましたけれども、これは当然日本で認められている制度でありますから、何の問題もないというふうに思っています。これは憲法上、認められた権利です」

「つまり訴訟の場においては、すべての企業にも、主張したいことは主張する権利があり、そしてたとえば犯罪者であっても裁判の場においては主張したいことは主張できる権利がある、これについては誰からも後ろ指を指されるようなものではないというふうに思っています。本来、日本の三権分立のなかで、あるべき姿だと思っています。だから特にそれ以上のコメントはありません」

 つまり、吉村氏は「極悪な殺人犯であったり、強かん犯であったとしても、言い分がある」「犯罪者であっても裁判の場においては主張したいことは主張できる」などといって、自分の武富士弁護を正当化したのだが、これ、完全なゴマカシ、話のすり替えだろう

 たしかに、拘束された刑事事件の容疑者の弁護は人権を守るために必要不可欠だ。しかし、吉村氏のやったことは、それとはまったく違う。繰り返しになるが、武富士は盗聴という犯罪行為を隠蔽するため言論弾圧のスラップ訴訟を起こしたのだそんな不法行為に加担することがなぜ、「憲法上、認められた権利」「三権分立のなかであるべき姿」ということになるのか。

 山岡氏もこの日本外国特派員協会での会見をみて、その主張に「呆れ果てた」という。

「会見で吉村氏は、弁護士が依頼者の権利を守るのは当然で、裁判でたまたま敗訴になっただけ、というようなことを言っていましたが、武富士裁判では武富士が敗訴になったわけではない。武富士自体がその訴訟を『訴権の濫用』『捏造』『不法行為』であることを認めて、請求放棄と請求認諾をしたんです。そんな訴訟の代理人をやっていたことが、なぜ当然の行為になるんですか。弁護士だからって、依頼者のためなら何をやってもいいというわけではないでしょう」

 実際、嘘とわかっていて“訴権の濫用”をした場合は、弁護士でも不法行為に認定されて損害賠償を求められる可能性もある。また、吉村氏の訴訟加担が法律上セーフだったとしても、その道義的責任がなくなるわけではない。しかも、山岡氏が問題にしているのは、吉村氏が何の反省もしていないことだ。

「僕は会見でてっきり『当時はまだ若く、上のいう通りにやっただけ、反省しています』と謝罪するのかと思ったんです。それが、あたかも弁護士として当たり前のことをしたと言い張った。信じられませんでしたね。吉村氏は当時は市長、そして、いまは大阪府知事なわけでしょう。こんな倫理観をもった人物が公正さを求められる行政の長をやっていていいんでしょうか

 いや、吉村氏はいま、たんに行政の長というだけではない。コロナ対策のアピールで国民から幅広い支持を集め、“将来の総理”とまでいわれているのだ。やってる感に踊らされるのもいいが、悪徳企業が自分の犯罪を隠蔽するために嘘を捏造して起こしたスラップ訴訟=言論弾圧に加担し、それをいまも正当化しているような人物が、もしこの国の政治を牛耳るようになったら……そのことの恐ろしさを私たちはきちんと認識しておく必要があるのではないか。

(編集部)
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●《緒形拳さんから突然電話をもらった…「君の『怒りていう、逃亡には非ず』を読んだら、興奮してしまって一睡もできなかったよ」という》

2020年06月10日 00時00分01秒 | Weblog

[※ ↑【怒りていう、逃亡には非ず―日本赤軍コマンド泉水博の流転 (河出文庫―文芸コレクション)/松下竜一】(https://m.media-amazon.com/images/I/51JJFTM6CSL._SL500_.jpg)]



日経新聞の「共同」配信記事を引用します。泉水博さんの死去の件、迂闊にも気づいていませんでした(2020年6月初旬時点)。さらに、ウィキペディアからも引用させていただきます。

 毎日新聞の記事【元日本赤軍・泉水博受刑者が死去】(https://mainichi.jp/articles/20200401/ddp/012/040/006000c)によると、《日本赤軍元メンバーで、岐阜市の岐阜刑務所に服役中の泉水(せんすい)博受刑者(83)が死去していたことが3月30日、関係者への取材で分かった》。

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https://twitter.com/chiekooyama/status/1268153136515960837

大山千恵子@chiekooyama

ぷれせんて「泉水博」義の兄貴 転載すなり渡辺亜人

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ぷれせんて「泉水博」義の兄貴 転載すなり渡辺亜人  千恵子@詠む...................

逢いたかったけど、逢えないままだった泉水博さん。ぷれせんて。転載許可をもらったので、転載。泉水博さんの追悼にかえて 渡辺亜人 岐阜刑務所の泉水博さんが亡くなりました。3月22日に心肺停止で病院へ運ばれ、27日の夜9時過ぎに亡くなったということです。ことの詳細を弁護士が問合せをしましたが、刑務所側は回答していません。亡くなった原因は未だ定かではありませんが、かなり以前から高血圧を薬で抑えていたよう...

blog.goo.ne.jp
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午後9:10 · 2020年6月3日
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 たまたま覗いた大山千恵子さんのブログ (https://blog.goo.ne.jp/chieko_oyama/e/0aa4e00f3280a51dc7106f0380236f2c)で知りました。渡辺亜人氏の【泉水博さんの追悼にかえて】が転載されています。《検察権力は公安事件犯とは違う刑事犯である泉水さんへ、差別意識をむき出しにしていました。指名に応じないよう説得する役人に対し、「人質の命が保障されるなら取り消します。」という泉水さんに、「お前に何が出来る、何様のつもりだ。思いあがるな!」と罵倒したという。この差別意識は、日本へ送還された時のマスコミ報道にも現れ「ついに強盗殺人犯は、酒好きで、規律になじめずコマンドになり切れなかった。法律を“超えて”国外逃亡した男の、あわれな帰還…」などと彼の人格をおとしめています》。前半の経緯については、松下竜一さんの『怒りていう、逃亡には非ず ―――日本赤軍コマンド泉水博の流転』にも書かれていたように思います。渡辺亜人氏の【泉水博さんの追悼にかえて】、色々と勉強になりました。
 河出書房新社の《この本の内容》(http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309404721/)によると、《千葉刑務所に服役中、日本赤軍のハイジャックによってアラブへわたり、八七年赤軍コマンドとして捕えられた元“刑事犯”泉水博の数奇にして稀有な生の軌跡を描くノンフィクションの傑作》。私も、傑作だと思います。

   『●『松下竜一未刊行著作集2/出会いの風』読了(8/9)
    「最後に、講演依頼に「はがきいっぱいに豪快な筆致で「快諾」とあった。
     千言にもまさるこの簡潔豪毅な返事に」センセを唸らせた
     「私を演じた人」緒形拳さん。「緒形拳さんから突然電話をもらった…。
     /「君の『怒りていう、逃亡には非ず』を読んだら、
     興奮してしまって一睡もできなかったよ」という。/…泉水博の、
     数奇な運命をたどったノンフィクションである。
     「これを映画にできたら」という熱い思いを、拳さんは電話で伝えた。
     /「君はいい仕事をしているねえ」といわれて、…拳さんがこうして
     遠くから見ていてくれたことを知って嬉しさもこみあげていた」。
     室原翁の役とともに、実現してほしかった」

   『●『創(2010年1月号)』読了(2/3)
    「鈴木邦男さんの「言論の覚悟」(…)。国家の面子による、国家の損失。
     日本赤軍東アジア反日武装戦線、「〈思想〉が裁かれた」。泉水博さん」

   『●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)
    「ガサ入れが結ぶ縁。日本赤軍コマンド泉水博さん(…)。
     『怒りていう、逃亡には非ず ―――日本赤軍コマンド泉水博の流転』」




【怒りていう、逃亡には非ず―日本赤軍コマンド泉水博の流転
    (河出文庫―文芸コレクション)松下 竜一】(https://bookmeter.com/books/134486
 (https://m.media-amazon.com/images/I/51JJFTM6CSL._SL500_.jpg

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https://r.nikkei.com/article/DGXMZO57434850R30C20A3CE0000?s=5

泉水博受刑者が死去 元赤軍メンバー
2020年3月31日 10:20

日本赤軍元メンバーで、岐阜市の岐阜刑務所に服役中の泉水博受刑者(83)が死去していたことが、31日までに関係者への取材で分かった。

関係者によると、泉水受刑者は22日夜に刑務所内で心肺停止の状態で見つかり、病院に搬送されたが、27日に死亡したという。

泉水受刑者は1960年、強盗殺人罪で無期懲役となり、その後、判決が確定し服役。赤軍の77年のダッカ・ハイジャック事件に絡み、政府の超法規的措置で釈放された。88年にフィリピンで身柄を拘束、逮捕され、再び服役していた。

〔共同〕
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=====================================================
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%89%E6%B0%B4%E5%8D%9A

泉水博
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

泉水 博(せんすい ひろし、1937年3月10日 - 2020年3月27日[1])は、千葉刑務所で獄中者組合を結成した人物。千葉県木更津市生まれ。


人物
――――――
千葉県立木更津第二高等学校(現・千葉県立木更津東高等学校)を2年で中退後、職を転々とする。1960年、仲間と2人で会社重役夫人を刺殺し、1万5千円を奪った事件で逮捕された。泉水は無期懲役が確定し、千葉刑務所で服役した。

模範囚で仮釈放目前だったが、同じ刑務所の囚人が病気で吐血して苦しんでいるとき、看守を人質にとって、医者に見せろと要求をした。この行動が口コミで広がり、千葉刑務所に泉水あり、との噂が広まり、後の獄中者組合の結成につながった

1977年9月28日に起きたダッカ日航機ハイジャック事件では、強盗殺人犯で思想的背景や日本赤軍とは関係なかったが、獄中者組合の結成が反体制行動としてハイジャック犯側に評価され、釈放要求リストに指名される。日本政府は当初は泉水を「思想犯ではなく刑事犯」である理由から2人の釈放拒否の方針を持っていたが、ハイジャック犯に拒否をされ釈放対象となった。その後、日本政府によって超法規的措置によって釈放され、日本赤軍に参加。泉水は「喜んで出獄した訳ではない。当局に『自分で判断せよ』と突き放され、『一人でも(人質に)犠牲が出たら後悔するのは私』と考えた結果だった」[2]。その後、国際手配された。

刑法により無期懲役の時効が20年あったことから、20年逃亡すれば無期懲役がなされなくなる恐れがあった(刑の時効は公訴時効と異なり、国外逃亡の時効停止規定がない)。しかし、釈放から9年後の1986年6月7日にフィリピンで旅券法違反で逮捕され、日本へ送還されて勾留となり、刑の時効は不成立となった。1995年3月、逃亡前の無期懲役に旅券法違反の懲役2年が加算された。

2020年3月22日夜、服役していた岐阜刑務所内で心肺停止の状態で見つかり、病院に搬送されたが、27日に死亡した[1]。83歳だった。


参考文献
――――――
松下竜一怒りていう、逃亡には非ず 日本赤軍コマンド泉水博の流転』河出書房新社、1993年12月、ISBN 4309008739、河出文庫: 1996年2月、ISBN 4309404723、松下竜一その仕事刊行委員会版: 河出書房新社、2000年9月、ISBN 4309620736


脚注
――――――
1. ^ a b “泉水博受刑者が死去 元赤軍メンバー”. 共同通信社. (2020年3月30日) 2020年3月31日閲覧。
2. ^ 2020年4月9日 東京新聞 朝刊「こちら特報部」
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●《われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった》

2019年10月13日 00時00分44秒 | Weblog


レイバーネットの【太田昌国のコラム : 千葉県の被災と、千葉産ユリを詠う一死刑囚の句】(http://www.labornetjp.org/news/2019/1010ota)。

 《1974~75年に、いわゆる連続企業爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線“狼”のメンバーで、それゆえ確定死刑囚であった大道寺将司君…は、去る2017年5月24日、多発性骨髄腫のため東京拘置所で亡くなった。享年68。…私が利用していた購買店では、注文を受けてから業者に手配する。お店で現物を見ることはできない。聞くと、千葉から来る花という。だから、千葉県の花農家のユリが全滅したと聞く私の思いは、二重に哀しいのだ。俳人・大道寺君がユリを詠んだ句を句集『棺一基』(太田出版、2012年)…》。

 大道寺将司さんが亡くなっていたこと、初めて知った…。迂闊にも、2年以上も前にお亡くなりになっていた。

   『●『佐高信の新・筆頭両断』読了(2/2)
   『●『死刑弁護人 ~生きるという権利~』読了(4/4)
   『●『創 (12月号)』読了 (2/2)
   『●『松下竜一未刊行著作集2/出会いの風』読了(4/9)
   『●『松下竜一未刊行著作集3/草の根のあかり』読了(2/2)
   『●『抵抗人名録 私が選んだ77人』読了(2/2)
   『●『冤罪File(2009年12月号)』読了(1/2)
   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
   『●『東京番外地』読了
   『●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)
   『●死刑囚・大道寺将司さんのこと
   『●「O・ストーン&P・カズニック 戦争と歴史を語る」
             『週刊金曜日』(9月6日、958号)

 〝殺人〟は絶対に否定されなければならない…でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか、には耳を傾ける必要がある。『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』。

 『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』から、再度、引用。
 「…拒絶反応だと断じざるを得ない。/…私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」(p.160)。
 「…つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」(p.162)。
 「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中の〝狼〟たちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」

=====================================================
http://www.labornetjp.org/news/2019/1010ota

太田昌国のコラム : 千葉県の被災と、千葉産ユリを詠う一死刑囚の句

●第36回 2019年10月10日(毎月10日)
千葉県の被災と、千葉産ユリを詠う一死刑囚の句

 ここ数年か、天気予報のあり方が変わった。暴風雨がもたらす可能性のある被害をかなり大仰な表現で言う。でもこれは、台風の進路が変わったり急速に衰えたりして、被害が少なかった時に事後的に思う感想でしかないのだろう。事実、9月の台風15号接近を伝える予報の中には、「今までに経験したことのない暴風雨」という表現をまともに受け止めなければ、と思わせる切迫感があった。そして、その通りになった、伊豆諸島と千葉県と横浜市の一部では

 政府の初期対応の「欠如」は、この危機感を持たなかったがゆえだろう。首相や官房長官が、いかに弁解に努めようとも、当時の「首相動静」や対応の仕方(=組閣強行)を見れば、一目瞭然なのだ。とんでもなく無責任な内閣の隠しようもない姿が

 こんな連中が、もう7年間も私たちの社会を支配していることに気づく機会にしたいものだ。遅きに過ぎるとはいえ。

 10月9日付け東京新聞(写真)の一面に、鋸南町の花農家が受けた台風被害についての記事が載っていた。今回の台風での、千葉県全県でのビニールハウスの被害総額は200億円ということだが、この記事で取材された農家でも、ハウス10棟が倒壊し、出荷まじかだったユリ5万株がなぎ倒され、茎が折れたという。ユリで得られるはずだった1000万円の収入が絶たれたうえに、仕入れ済みの球根代などで1000万円の負債が残ったというから、気の毒この上ない。胸が塞がるようなニュースだが、「ユリ」と聞いて、私にはもうひとつの思いも生まれる。

 1974~75年に、いわゆる連続企業爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線“狼”のメンバーで、それゆえ確定死刑囚であった大道寺将司君(写真)は、去る2017年5月24日、多発性骨髄腫のため東京拘置所で亡くなった。享年68。私は「救援」の立場から、最低月1回の面会を続けていた。面会にも文通にも差し入れにもさまざまな制限があるのだが、花の差し入れも例外ではない。タンポポやオオイヌノフグリ、つゆ草のような、野で摘んだ可憐な花を差し入れることはできない。拘置所の中と外にある特定の購買店で売っているものでないと、許可されないのだ。いくつかの花の差し入れを試みてのち、彼はいつもユリを指定するようになった。ほかの花に比べて長持ちすること、開花した花の強烈な匂いに惹かれたのだろう。無色・無臭の場に幽閉されたひとの気持ちとして、それはそうだろう。

 私が利用していた購買店では、注文を受けてから業者に手配する。お店で現物を見ることはできない。聞くと、千葉から来る花という。だから、千葉県の花農家のユリが全滅したと聞く私の思いは、二重に哀しいのだ。俳人・大道寺君がユリを詠んだ句を句集『棺一基』(太田出版、2012年)から拾ってみる。

  鈍色(にぶいろ)の空傾きて百合開く
  ゆくりかに開きそめたる鹿子百合
  百合の香や記憶の襞のそそめけり
  百合の香やかはたれ星の消えしより  *かはたれ星=明けの明星
  手も触れで崩れ落つるや闌(た)けし百合

 百合が花開くこと、強烈な香りを放つこと――をいかに楽しみにしていたかがうかがわれる。だから、盛りを過ぎた花が、手も触れていないのに落花するのが口惜しいのだ。

 大道寺君が好んだユリを栽培していた千葉の花農家の、今回の苦境を知ったら、彼はどんな句を詠んだろう。「3・11」のあとで、彼はこんな句をつくった。

  数知らぬ人呑み込みし春の海
  流されてまた流さるる彼岸かな
  風評といふ差別負ふ胡瓜食ふ
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●青木理さん「テロは確かに怖いかもしれないけれど、国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い」

2018年10月17日 00時00分52秒 | Weblog


以前に掲載されていたリテラの記事【『名探偵コナン ゼロの執行人』の公安礼賛がヒドい! 元公安担当記者・青木理が大ブレイクの“安室透”に絶句】(http://lite-ra.com/2018/08/post-4202.html)。

 《本サイトは元共同通信の公安担当記者でジャーナリストの青木理氏に、嫌がるのを説得して無理やり『ゼロの執行人』を観てもらった。ちなみに、青木氏の著書『日本の公安警察』(講談社現代新書)は、安室透の公式ファンブックで参考文献にも挙げられている…「子ども向けのアニメにいちいち目くじら立てたくないけど、あまりの公安礼賛に正直絶句しました(笑)。…根本的なことがわかっていない。…」…ようは公安が「国のため」「国を守る」などと言っているのは大嘘で、その実態は自分たち組織の予算や権益を守っているだけということなのだ。…「国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖」》。

   『●「そういう政権を選んだ国民にも危険な兆候」の行きついた先
                     …「平成の治安維持法」が衆院を突破
   『●室井佑月さん、「なんで2週間余りの祭りのために、
      大切な人権を蔑ろにされなきゃならないの?」
    《■第2の「菅生事件」が起きるのは確実 …1952年に大分・菅生村
     起きた「菅生事件」は、捜査当局が共産党内部に警察官を
     スパイとして送り込んだだけでなく、自作自演の駐在所爆破事件を起こし、
     共産党員らを犯人にでっち上げた。「共謀罪」が成立すれば、
     第2、第3の「菅生事件」が起きる可能性があるのだ》

   『●教員について密告させ、労組を監視する=
        自公支持者の皆さんの大好きな「超・監視管理社会」
   『●「検察・警察も冤罪防止のために“前向き”」?…
       刑事訴訟法の「改正案が成立すれば、新たな冤罪を生む」
   『●青木理さん「供述が立証の柱…もっと物証が欲しい。
         「通信傍受を縦横無尽に使いたい。司法取引も」と…」
   『●《日本の刑事司法はおそろしいほどに後進的…代用監獄…人質司法》
                          …さらに、司法取引まで投げ渡す大愚

 《安室は、作品中でも証拠の捏造、盗聴、でっち上げ逮捕……等々、違法捜査のオンパレードで“事件解決”にこぎつける》…アニメとはいえ、《あまりの公安礼賛に正直絶句》ですよね。でも、青木理さんは《ああいう違法捜査の描き方だけは実態に近いかも(笑)》…だそうです。例えば、例の転び公妨などね。《非常に気になったのは、映画の登場人物が『公安お得意の違法捜査』を半ば自慢げに語り、作品全体を通じても肯定的に描かれていたこと。ああいう違法捜査も『国を守るためならアリ』というニュアンスがプンプンと漂っていた》。
 無批判に礼賛を受けている公安警察、その実情は…《安倍政権は特定秘密保護法盗聴法共謀罪といった強力無比な武器を公安に次々投げ与えそのに報いるかのように公安は首相の政敵や政権批判者を監視する謀略機関化の色彩を強めている》。
 青木理さん《テロは確かに怖いかもしれないけれど、国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い》。そして、《実際に戦前・戦中の日本はそうだったし、今だって北朝鮮や中国を見れば分かるように、治安機関の力が強大な社会はロクなもんじゃない。いわば諸刃の剣である治安組織が内包する危険性、負の側面に触れないのは、いくら子ども向けのアニメとはいえ、表現作品としてどうなんだろうと思ってしまいますね》。


   『●『日本の公安警察』読了(1/2)
    「1章 厚いベールの内側」、「2章 特高から公安へ」、
     「3章 監視・尾行から工作まで」、「4章 公安秘密部隊」、
     「5章 戦後の公安事件簿」、「6章 オウム・革マル派との〝戦い〟」、
     「7章 警察の外にある公安」、「8章 監視社会と公安警察」
    「奇々怪々な「菅生事件(すごう)という謀略とその後の無茶苦茶な経緯、
     〝爆弾犯〟の異常な出世」

   『●『日本の公安警察』読了(2/2)
    《情報は、大物政治家や警察OBの代議士に流れているというのが、
     仲間内での公然の秘密であった。元来、秘密のベールに
     包まれているはずの『第四係』の懇親会終了後に自民党選出の
     国会議員が顔を見せるというのも、警察と自民党との癒着
     物語るものであろう》

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http://lite-ra.com/2018/08/post-4202.html

『名探偵コナン ゼロの執行人』の公安礼賛がヒドい! 元公安担当記者・青木理が大ブレイクの“安室透”に絶句
2018.08.22

     (映画『名探偵コナン ゼロの執行人』公式サイト)

 「安室透ブーム」なるものをご存知だろうか。アニメ化もされている人気マンガ『名探偵コナン』(青山剛昌/小学館)のキャラクター・安室透。その人気が最近ブレイクし、一種の社会現象となっているのだ。

 『名探偵コナン』シリーズといえば、主に小中学生を中心とした子ども向けマンガではあるが、安室透なるキャラは大人の女性にも絶大な人気を博している。8月9日発売の『女性セブン』(小学館)合併号では、巻頭でキムタクと並んで安室特集が組まれ、安室を主人公にしたスピンオフマンガ『ゼロの日常』(新井隆広/小学館)は発売から1週間足らずで60万部を突破。作者の地元である鳥取の空港には安室のオブジェまで立てられたという。少し前には、『ゼロの日常』の作者がイラストをツイッターに投稿したところ、そのイラストに安室と女性が一緒に収まっていたことを理由に「女性とのツーショット画像が流出」と騒ぎになって謝罪に追い込まれるという、どうでもよすぎる“炎上騒動”まで起きている。

 そして安室をフィーチャーした映画『名探偵コナン ゼロの執行人』も4月の公開以来大ヒット。いまなおロングラン上映が続きシリーズ最大のヒット、7月はじめには興行収入85億円を突破し上半期映画興行収入第1位となり、シリーズ初の「邦画年間第1位」まで視野に入っている。

 その安室なるキャラ、普段はコナンが居候する毛利小五郎の弟子の私立探偵であり、喫茶店ポアロの店員として生活しているが、実は警察庁警備局の秘密組織“ゼロ”に所属する「降谷零」が正体だという設定。ようは公安警察なのだが、これに女性ファンが熱狂しているのだ。


●「安室の女」「執行女子」と呼ばれるファン、応援上映の熱狂

 彼女たちは「安室の女」と呼ばれ、映画のヒットも牽引。安室を「100億の男」にする(=興行収入100億円を突破させる)ために繰り返し映画を鑑賞し、そうしたリピーターは「執行女子」とも呼ばれているらしい。

 なかでも彼女たちの心をつかんでいるのが、安室が映画終盤に口にするこんなセリフだという。「僕の恋人は、この国さ」――。

 このセリフを聞くだけでも、背中がぞわぞわしてくるが、いったいどんな映画なのか、都内で「応援上映」なるものがあるというので覗いてみた。上映中にペンライトを振ったり、掛け声をかけることができるというイベントで、すでに公開から数カ月経つというのに館内はほぼ満席。大半は女性だが、コスプレ姿のいかにも濃いファンから制服姿の女子高生、さらには20代、30代の仕事帰りと思しき女性まで幅広い層が訪れている。

 映画のストーリーは「東京サミット」を目前に控え、東京湾岸の埋立地に新しく完成したIR(カジノも備えた統合型リゾート)で原因不明の爆発が起きるものの、最終的にはコナンと安室が協力して真犯人を解明し、大規模テロも未然に防いで一件落着という、単純なもの。しかし、すごいのは、観客の熱気だ。

 観客の大半がリピーター=「執行女子」なのか、人気キャラが登場するたびに「コナン君っ!」「小五郎っ!」などと声援があがり、機動隊の装甲車が登場した際は「機動隊っ!」という意味不明の掛け声までが飛び交う。

 なかでも安室人気は確かに凄まじく、安室と思しき人物の足元が映っただけで「キャーーッ!」と大歓声。なかでもひときわ激しい歓声があがったのは、安室が「僕の、恋人は……この国さ」とタメにタメて例の決めゼリフを放ったときだった。安室のカラーだという黄色いペンライトが劇場中で振られ、まるでアイドルのコンサート……。

 いや、でもちょっと待ってほしい。アニメとはいえ安室の正体は公安。アイドルのように歓声を浴びせ、手放しでヒーロー視するような対象なのか。そもそも実際の公安は、こんなカッコいい代物ではなく、むしろ様々な危険性や問題点を指摘されている組織だ。それをここまで礼賛、するというのは、いくらなんでもやばいんじゃないのか。


青木理に『名探偵コナン』“安室透”を無理やり観させたら…

 そこで今回、本サイトは元共同通信の公安担当記者でジャーナリストの青木理氏に、嫌がるのを説得して無理やり『ゼロの執行人』を観てもらった。ちなみに、青木氏の著書『日本の公安警察』(講談社現代新書)は、安室透の公式ファンブックで参考文献にも挙げられている。

 鑑賞後、さっそく青木氏に話を聞くと、困惑しきった表情でこう口を開いた。

子ども向けのアニメにいちいち目くじら立てたくないけど、あまりの公安礼賛に正直絶句しました(笑)。安室透だっけ? たしかに警察庁警備局には“ゼロ”のような秘密組織はありますが、中途半端にリアルっぽく見せているだけで、現実とはまったく違います。僕の本も含め、公安本や小説などを読み漁って、つぎはぎしたのでしょうが、根本的なことがわかっていない。まず、細かいことで言えば、サミット警備の現場を担うのは地元の都道府県警であって、都内なら警視庁の公安部や警備部。安室が所属するという警察庁はキャリア官僚ばかりですから、現場で捜査や警備に当たることはありません

 映画では、その安室が縦横無尽に活躍し、人工衛星を警察庁に墜落させるというテロを間一髪のところで防ぐ筋立てになっている。実際の公安もこんなふうにテロを未然に防いだりしているのか。巷では「無用の長物」「金食い虫」「予算の無駄遣い」という悪口しか聞かないが……。

実際に公安警察がテロを防いでいるかどうかはわかりません。彼ら自身、『未然に防いだテロは永遠に知られない』なんて自画自賛してるくらいですから(笑)。でも、現実にはほとんどないんじゃないですか。公安警察が大金星的にテロ集団を摘発した例として有名なのは、1970年代に連続企業爆破を起こした東アジア反日武装戦線ぐらい。一方、オウム真理教の一連の事件はまったくノーマークで防げなかった。1995年のオウム事件当時、僕は警視庁記者クラブで公安警察を担当していましたが、オウムについて公安警察は事前にまったく動いていませんでしたから

 では、いったい公安は具体的に何をしてきたのか。映画の中では安室も盛んに「国のため」と言っていたが……。

公安警察は、戦前・戦中の特高警察の流れを組む思想警察の性格が強い組織です。戦後は、長く続いた東西冷戦体制を背景とし、反共を最大の存在意義にして予算や組織を膨張させてきた。ようは共産党や新左翼セクトの監視活動に膨大な人と金を注ぎ込んできたわけです。対象組織の内部に『協力者』と呼ばれるスパイを作ったり、果ては組織ぐるみの違法盗聴や爆破工作にまで手を染めたこともあったほど。ところが、冷戦終結後も同じような活動を延々と続け、警察内でも公安警察の存在意義に疑問の声が出はじめた。もともと警察内で公安部門はエリート意識が強く、けた外れの人員と予算を独占していましたから

 しかもオウム事件で無能ぶりをさらしたことで、「多額の予算を消費するだけで何の役にも立たない」という公安への風当たりはさらに強まった。存在理由を失った公安が膨大な予算と人員を死守するため、新たに目をつけたのがテロ対策だという。

米国で起きた2001年の9.11事件に便乗し、翌年には国際テロ対策と称して警視庁公安部に外事3課を新設しました。鳴り物入りで200人以上の捜査員を配置しましたが、現実にはモスク(イスラム寺院)に出入りしているムスリム(イスラム教徒)をかたっぱしから追い回すだけ挙句の果てには彼ら、彼女らの個人情報を満載した捜査資料をネット上に流出させる大失態を犯しています。ようするにこの十数年の公安警察は、組織と予算、権益を守るのに汲々としてきたのが実情でしょう


■公安・安室透を英雄視する『ゼロの執行人』に欠けている視点

 ようは公安が「国のため」「国を守る」などと言っているのは大嘘で、その実態は自分たち組織の予算や権益を守っているだけということなのだ。

 そう考えると、今回の『名探偵コナン ゼロの執行人』は、公安にとって「組織維持と拡大」の格好の宣伝映画になったともいえるだろう。安室の女性ファン=「安室の女」は興行収入を上げるために映画を観に行くことを、安室が公務員であることにちなんで「納税する」と言っているらしいが、ある意味、的を射た表現なのかもしれない。

 もうひとつ、安室は、作品中でも証拠の捏造、盗聴、でっち上げ逮捕……等々、違法捜査のオンパレードで“事件解決”にこぎつけるのだが、いささかの逡巡もなく「自ら行った違法作業のカタは自らつける」などと見得を切る。再び青木氏が苦笑して言う。

ああいう違法捜査の描き方だけは実態に近いかも(笑)。警察官の手を払っただけで逮捕っていう場面が映画にも出てきたでしょう。実際に『転び公妨』って呼ばれる公安のお家芸があって、狙った人物を公安警察官が取り囲み、1人か2人がいきなり転んで『公務執行妨害だ!』といって逮捕してしまう。ただ、これも非常に気になったのは、映画の登場人物が『公安お得意の違法捜査』を半ば自慢げに語り、作品全体を通じても肯定的に描かれていたこと。ああいう違法捜査も『国を守るためならアリというニュアンスがプンプンと漂っていた

 こうした描き方に、青木氏は大きな問題を感じたという。

公安警察が仮に治安維持の任務に当たっているとしても、行き過ぎれば重大な人権侵害を引き起こす。テロは確かに怖いかもしれないけれど、国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い。実際に戦前・戦中の日本はそうだったし、今だって北朝鮮や中国を見れば分かるように、治安機関の力が強大な社会はロクなもんじゃない。いわば諸刃の剣である治安組織が内包する危険性、負の側面に触れないのは、いくら子ども向けのアニメとはいえ、表現作品としてどうなんだろうと思ってしまいますね

 青木氏が言う通り、公安をここまで礼賛する映画も珍しい。そもそも日本には警察をヒーロー視するドラマや映画があふれかえっているとはいえ、たとえば『相棒』(テレビ朝日)などは公安の暗部をそれなりに描いてきた。『外事警察』(NHK)や『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(フジテレビ系)といった公安を主役にしたドラマでも、「自分たちが守っているのは何か」「本当に国民を守っているのか」といった逡巡が多少なりとも描かれた。

アニメや特撮ものだってそうでしょう。かつての『ウルトラマン』や『ゴジラ』にしても、最近では宮崎駿監督の一連の作品も、作中には反戦や人権、環境保護といった人類共通のヒューマニズム的な要素が通奏低音のように流れていた。だから世界的にも高く評価されたのでしょう。でも、今回のコナン映画の通奏低音は何ですか。国を守る? 愛国? 少し前に賛否両論を巻き起こした『シン・ゴジラ』だって、左右どちらの解釈もできるような多層性があり、これほど単純じゃなかった」(青木氏)


■安倍応援団?『コナン』のカジノ推しとセガサミーの協力

 しかも『名探偵コナン』がここまで公安礼賛になっているのは、たまたま、安室という公安捜査官のキャラを出したらヒットしたから悪乗りした、というだけでもなさそうだ。

 『名探偵コナン』シリーズのアニメ映画をみていると、どうも政権や権力機関のPRのにおいがちらつくのだ。たとえば、2013年に公開された映画『名探偵コナン 絶海の探偵』も防衛省と海上自衛隊が全面協力し、自衛隊の最新鋭イージス艦を登場させていた。

 そして、今回の『ゼロの執行人』も、物語で重要な舞台となっていたのは「東京サミットの会場」であるIR(統合型リゾート施設)、あのカジノ法で設置が認められたカジノ施設なのだ。物語の後半では、テロの危機から逃れる人びとをわざわざカジノに避難させ、クライマックスの舞台となるのもカジノ。

 この映画が公開されたのは4月半ばで、カジノ法は、成立どころか国会での審議入りすらしておらず、むしろ国民から厳しい批判を浴びていた。ところが、作品中ではすでにカジノが日本に存在するのを当たり前であるかのように華やかに描かれている

 しかも、エンドロールでは、撮影協力者としてセガサミーの社名まで刻まれている。ご存知の通り、同社は安倍首相とは蜜月の関係にあり、政権がカジノ法をごり押し成立させたことを受け、その運営者になることも有力視されている。これははたして、たまたまなのだろうか

 これまで述べてきた公安礼賛もそうだ。安倍政権は特定秘密保護法盗聴法共謀罪といった強力無比な武器を公安に次々投げ与えそのに報いるかのように公安は首相の政敵や政権批判者を監視する謀略機関化の色彩を強めている。そんななかで、いくらキャラクターが当たったからといって、ここまで露骨な公安礼賛の映画をつくるというのは、製作者側にそういう権力礼賛、安倍応援団的な志向があるとしか思えない。

 しかも、それ以上に気になるのは、こうした公安プロパガンダ・アニメが邦画興行収入1位を独走し、「僕の恋人は、この国さ」という決め台詞を口にする公安捜査官が社会現象まで引き起こすほど人気を博しているという事態だ。このバーチャルな熱狂が、現実の政治、警察国家化に反映されないという保証はどこにもない

(編集部)
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●松下竜一忌での小出裕章さんの講演が本に!!

2013年01月24日 00時00分26秒 | Weblog


松下竜一忌での小出裕章さんの講演が本になるという記事(http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/oita/news/20130115-OYT8T01487.htm)。

 うかつにも、見落としていた!!

   『●第八回竜一忌、涙が出ました: 松下竜一さん「暗闇の思想」を語る小出裕章さん

 以下に再掲。
 「是非、見てみてください。松下竜一さんを知る、その思想「暗闇の思想」を知るためにも。松下センセファンとして、本当に涙が出ました。短歌や緒形拳さんのこと、想聞のこと、松下竜一ファンであること、広河隆一さんのDAYS JAPANのこと、周防灘総合開発計画豊前火力 環境権裁判カン・キョウ・ケンのこと、伊藤ルイさんのこと、東アジア反日武装戦線〝狼〟と市民の敵というレッテルのこと、「底抜けビンボー暮らし」のこと、暗闇の思想を決意するということ、などなどを語る小出裕章さんの素晴らしさも、再認識させられました。百聞は一見に如かず、是非ご覧ください。」

   『●いま「暗闇の思想」を: 朝日新聞(地方版?)社界面トップ
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う

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http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/oita/news/20130115-OYT8T01487.htm

竜一忌の講演を本に 小出・京大助教 「今ある電力で生活を」信念忘れない

 中津市出身のノンフィクション作家松下竜一さん(2004年死去)をしのぶ昨年6月の「第8回竜一忌」で、京都大原子炉実験所の小出裕章助教が原子力発電所の問題などについて講演した内容が「今こそ〈暗闇の思想〉を」(一葉社)として出版された。小出さんによる松下さんへの思いも記されている。(柿本高志)

 竜一忌は、松下さんの活動を支えた人たちでつくる「草の根の会」(梶原得三郎代表)の主催で、毎年、中津市で開かれている。

 小出さんは、早くから松下さんのファン。1986年のチェルノブイリ原発事故後、松下さんに招かれ話をしたこともある。反原発の立場から多くの本を出版し、2011年3月の福島第一原発の事故後は全国各地で講演を続けている。

 昨年6月の竜一忌では約2時間講演。原発事故が日本に甚大な被害を与えたことや、既存の火力、水力発電所を活用すれば、原発に頼らなくてもいいことなどを、自らまとめたデータで説明している。

 未来の自然環境や生活環境を守ろうと、貧しさにめげず、信念を貫いた松下さんのことを忘れないで、自分なりに生きて行きたいという決意で締めくくっている。

 松下さんが約40年前「今ある電力で成り立つような文化生活を考えよう」と訴えた「暗闇の思想」について執筆した文章なども掲載されている。

 梶原代表は「小出さんが講演してくれて、松下さんも喜んでいるだろう。本になって素晴らしい講演だったことを改めて実感した」と話している。

 本は117ページ、1000円。問い合わせは一葉社(03・3949・3492)へ。

(2013年1月16日 読売新聞)
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●第八回竜一忌、涙が出ました: 松下竜一さん「暗闇の思想」を語る小出裕章さん

2012年06月25日 00時00分51秒 | Weblog


大分合同新聞の記事(http://www.oita-press.co.jp/localNews/2012_133989873653.html)。以前『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う』に書いていた小出裕章さんの講演についての映像(http://www.youtube.com/watch?v=PtHciAmQSAc)。すいません、勝手に貼らせてもらいましたNPO法人 九州・自然エネルギー推進ネットワーク様の記事(http://nonukes.exblog.jp/16073022/)と、「フェアトレード 大地」様の記事(http://ameblo.jp/fairtrade-daichi/entry-11280663069.html)。

 「姫野洋三さんの歌」(http://www.youtube.com/watch?v=lYAX_bZZugw&feature=relmfu)、「第8回竜一忌『暗闇の思想』から学ぶ」(http://www.youtube.com/watch?v=PtHciAmQSAc)、「リレートーク」(http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=Ngt3sRkJls4#t=220s)などがYouTubeにアップされている。

 是非、見てみてください。松下竜一さんを知る、その思想「暗闇の思想」を知るためにも。松下センセファンとして、本当に涙が出ました。短歌や緒形拳さんのこと、想聞のこと、松下竜一ファンであること、広河隆一さんのDAYS JAPANのこと、周防灘総合開発計画豊前火力 環境権裁判カン・キョウ・ケンのこと、伊藤ルイさんのこと、東アジア反日武装戦線〝狼〟と市民の敵というレッテルのこと、「底抜けビンボー暮らし」のこと、「暗闇の思想」を決意するということ、などなどを語る小出裕章さんの素晴らしさも、再認識させられました。百聞は一見に如かず、是非ご覧ください。

   『●いま「暗闇の思想」を: 朝日新聞(地方版?)社界面トップ
   『●あの3・11原発人災から1年: 松下竜一さん「暗闇の思想」を想う

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http://www.oita-press.co.jp/localNews/2012_133989873653.html

「原子力廃絶できる」京大の小出助教が講演
[2012年06月17日 11:03]

                        「電力不足は全くのうそ」と訴える小出裕章さん=16日

 反原発運動に深く関わった中津市の作家、故松下竜一さんをしのぶ「第8回竜一忌」が16日、中津市内で開かれた。松下さんと交流のあった京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんが、福島第1原発事故の深刻な被害状況を説明し「原子力は廃絶できると強く訴えた
 テーマは「反原発」。小出さんは原発事故がまだ収束していないことや東日本の広い地域が放射線管理区域にしなければならないほど汚染されている現状を指摘。大飯原発(福井県)の再稼働について、「政府は電力が足りないと国民を脅しているが、全くのうそ。国が発表するデータからも電力は足りていることが分かる」と述べ、太陽光など再生可能エネルギーへの移行を求めた。
 松下さんは「電力がとめどなく必要なのだという現代の絶対神話から打ち破らねばならぬ」などとした「暗闇の思想」を掲げた。小出さんは「電気が足りる、足りないとの議論とは無関係に『原子力は使ってはいけないという決意をしなければならない。時間をかけて人々の意識を変え、社会構造を変えていく必要がある」とした。
 リレートークでは、全国から集まった松下さんの知人やファンが、各地での反原発運動の状況、松下さんへの思いなどを語った。
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http://www.youtube.com/watch?v=PtHciAmQSAc
         ・・・・・・ブログ主: すいません勝手に動画を貼らせていもらいました

第八回竜一忌 『暗闇の思想』から学ぶ 小出裕章さん講演

 
nekonotegumiさんが 2012/06/17 に公開

2012年6月16日に大分・中津市で8回目の「竜一忌」がおこなわれました。
2004年6月に67歳で亡くなった作家、「松下竜一さん」を偲ぶもの。
今年のテーマは「反原発」
そして今年の講演は京都大原子炉実験所助教、「小出裕章さん」でした。
小出さんの演題は「暗闇の思想から学ぶもの」
松下竜一の著作「暗闇の思想」からです。

カテゴリ:
 科学と技術

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 第八回竜一忌
 第8回竜一忌
 第8回竜一忌
 「反原発」2012.6.16
 「反原発」2012.6.16
 竜一忌
 小出裕章
 暗闇の思想
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http://nonukes.exblog.jp/16073022/

NPO法人 九州・自然エネルギー推進ネットワーク 
nonukes.exblog.jp

第8回竜一忌に参加しました


松下竜一氏を偲んで280名が中津に集まりました
 「松下竜一の思想は生き続ける

松下センセが亡くなって8年になります。今年の竜一忌の統一テーマは「反原発」です。そして、松下竜一氏の唱えた「暗闇の思想」が今ほど問われていることはないと参加者のみんなが思っているからです。そして、何と松下竜一氏の書いた「暗闇の思想を」が復刻します。それも「明神の小さな浜にて」という 暗闇の思想を の次に出版された、たたかいの続編を報告した本の合本が出るのです。何ということでしょう。松下センセが亡くなっても、松下氏の「思想」は現代に生き続け、人々を引きつけ続けることができるのです
今回の竜一忌は昨年にも増してスバラシ集いでした。「私たち自身の生き方が問われている」ということがひしひしと私の胸に伝わってきました。ちょうど大飯原発再稼働を野田首相が表明したそのときに、280人の心の中で「どう生きるか、どう生きればいいのか」を語り合ったのです。
小出裕章さんの講演とその後のリレートークで、一人一人のお話の中に、それぞれの人々に生き方の決意を聞きました。ある新聞記者の「自分がどの位置に立って記事を書けばいいのか苦悩の連続だ」という言葉と、弱い側に寄り添って書き続けた松下さんのように生きようとすると語る記者の言葉などに、私はまだ新聞記者やマスコミの中に良心が残っているという気持ちになりました。

松下竜一の 暗闇の思想を 明神の小さな海岸にて が出版されます

影書房から7月中旬には松下竜一の「暗闇の思想を 明神の小さな海岸にて」が出版される予定です。解説は鎌田慧さんです。この本は松下竜一の思想の神髄を書いた本です。当方でも取り扱います。ぜひ読んでください。私の本もついでに読んでもらえればうれしいです。
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http://ameblo.jp/fairtrade-daichi/entry-11280663069.html

2012-06-18 14:10:56
第8回 竜一忌

第8回 竜一忌の1部のオープニングにはメンバーによる生演奏と唄

姫野洋三さんの「若狭の海
原発のうたは良かったです。

   「夜をあんなにあかるくしといて
    夏をあんなにさむくしといて
    まだまだ 足りないなんて~♪」

さてさて、京都大学 原子炉実験所 小出 裕章氏の講演会です。

ここで、紹介があった

   「松下竜一とその仕事展で緒方拳さんが松下さんに講演を頼まれ
    返信のはがきに一言書かれた
    「快諾の言葉どおり私も喜んで講演を引き受けました

(ブログ主: 映像はこちらhttp://ameblo.jp/fairtrade-daichi/image-11280663069-12034450848.html))

と松下竜一ファンの小出さんのお話は凄く勉強になりました。

レイモンド・チャンドラーの遺作「プレイバック」の言葉も引用されていました。

    If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
    If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

    強くなければ、生きられない。
    優しくなれないなら、生きる価値がない。(小出さん訳)

そして、改めて福島原発事故後の今の日本の現状が本当に危険な国になっていることも思い知らされました。

国という大きな組織で原発に関しては嘘を言っているように感じました。
そして、生き方についておそわったように思えました。

地球=命が根付けた稀有の星
衛星から見た夜の国々の中に日本がひときわ不夜城のように輝いている現在。

夜をあんなにあかるくしといて~♪姫野さんの歌詞のようでした。

小出先生もクーラーなし生活、電気をできるだけ使わない生活をずっとしているという
誰かのようだ、そうそう大地の代表だ

決して電気は足りないことはないことを実感し、そして原子力なくても大丈夫な日本にしないとと思いました。
放射能とは共存できないのだから。

最後に松下さんのことをこういわれていました。

   「どこまでも優しく生きる
    それこそが本当の強さ

小出さんの話を聞き、また松下竜一さんの凄さも感じ。

そして、「どこまでも優しく生きる それこそが本当の強さ」という言葉を聞き草の根の会の人たちの主なメンバーの顔が浮かびました。

一人一人本当に優しい。
嘘がない人たち。

その中にいると偽物がすぐにわかってしまうほど
本物の人たち

もうおじいさんおばあさんになったけれど
今の薄っぺらい世の中で本物の人たちに少しでも寄り添わせていただけてありがたく感じております。

松下竜一さんがあまりに偉大だったお陰で松下ファンという事で自分の本を売り込んだ詩出版したりする人が多くいる中、先日梶原さんの本を宮村さんが是非出版したいと自主的に費用をだし編集をしてだした「さかなやの四季」の帯に書いていた、本物という言葉

草の根の梶原さんや荒木さんや恒遠さんや浦畑さんやうちの母もそうみんな本物にどこまでも優しく生きている人たちだなと最後の言葉に涙がポロリとしました。

凄く良い勉強になりました。
ありがとうございました。
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●死刑囚・大道寺将司さんのこと

2012年04月17日 00時00分23秒 | Weblog


東京新聞の記事(http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2012041302000117.html)。

 東アジア反日武装戦線〈狼〉の死刑囚・大道寺将司さん。松下竜一さんの『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』に詳しい。辺見庸さんと獄中の大道寺さんとの対話。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2012041302000117.html

【放送芸能】

言葉と向き合い、紡ぐ 
   「辺見庸 ある死刑囚との対話」NHKEテレで15日
2012年4月13日 朝刊

 NHKのETV特集「失われた言葉をさがして 辺見庸 ある死刑囚との対話」が、十五日午後十時からEテレで放送される。死刑囚・大道寺将司(63)との対話を通じて、東日本大震災のあとに失われた言葉への信頼を取り戻そうとする作家・辺見庸(67)とその周辺を追った番組だ。 (中村信也)

 辺見の故郷、宮城県石巻市は、昨年の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた。被災地を語る言葉は優しさにあふれていたが、どれも現実をとらえていない-と感じ、辺見は昨年の夏ごろから文章を書くことができなくなったという。「言葉は3・11を表現できなかった。われわれの言語表現のやすっぽさが暴かれた」と話す。

 そんななか、大道寺の全句集を出すために奔走していた。大道寺は一九七四年に東京・丸の内で起こした爆弾テロ事件で、八人の死者と三百人以上の負傷者を出し、一九八七年に死刑が確定。逮捕以来三十七年間、獄中にあり、ある時から俳句を作ってきた。

     咳(しわぶ)くや慚愧(ざんき)に震(ふる)ふまくらがり

 外界と隔絶された拘置所で、多くの人びとを傷つけあやめた自分自身と、ひたすら向き合うことで生み出される数々の俳句。それらを辺見は「大道寺の体内と記憶から絞り出された、自発的な供述調書」と表現する。

 東京拘置所で大道寺との面会を続ける辺見は、透明なアクリル板ごしに言ったという。

 「獄中にいるあなたと、獄外にいるわれわれと、どちらがすさんでいるか、わかったものじゃない」。外の世界から切り離された大道寺という存在を通し、3・11後に失われてしまっている「言葉」を探そうとしていた。

 二人は四歳違い。激動の時代を生き、老い、どちらも病に侵されている。残された時間で二人はそれぞれどんな言葉を紡ぐのか-。番組では、七〇年代の街頭闘争や、被災地・石巻、大道寺の故郷・北海道、東京拘置所などの映像を交え、二人の対話を見つめる。なぜ対話するのか、全句集の出版に尽力するのか、それが3・11後の言葉の信頼を取り戻すことと、どうかかわるのか。法務当局の監視下で作られる大道寺の俳句を字幕とナレーションで紹介しながら明かしていく。

 再放送は二十一日深夜零時五十分から。番組が取り上げた「棺一基(かんいっき) 大道寺将司全句集」(序文・跋文(ばつぶん)は辺見庸)は太田出版が刊行。 (文中、敬称・呼称略)


 <大道寺将司(だいどうじ・まさし)> 1948年生まれ。東アジア反日武装戦線“狼”部隊のメンバーで、お召し列車爆破未遂事件(虹作戦)や、三菱重工爆破を含む3件の「連続企業爆破事件」を起こし、75年逮捕、79年東京地裁で死刑判決、87年最高裁で死刑が確定した。2010年、がんと判明、獄中で闘病中。著作に「明けの星を見上げて」「死刑確定中」、句集に「友へ」「鴉の目」。
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●『松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』読了(後半)

2011年01月09日 00時05分31秒 | Weblog

前半へのリンク


松下竜一未刊行著作集5/平和・反原発の方向』、11月に読了。梶原得三郎新木安利編。海鳥社。2009年6月第1刷発行。

 『草の根通信』(p.78、159、223)。ガサ入れという警察の嫌がらせで購読者が減るどころか、ますます増加。警察は地団駄でしょうね。
 盟友得さん(p.82、148、219、297、310、324、373、387)。『明神の小さな海岸にて』、梶原和嘉子さんとの問答(p.297)。

 〝殺人〟は絶対に否定されなければならない・・・でも彼らがなぜ「その闘争」をやらなければならないと思ったのか、には耳を傾ける必要がある。『狼煙を見よ ―――東アジア反日武装戦線狼部隊』。東アジア反日武装戦線〈狼〉の大道寺将司さん(p.159、163、183、186、194、199、209、218、221,226、233、242)。
 
オウム・麻原氏に関する森達也さんの『A3』でも感じたこと。「・・・拒絶反応だと断じざるを得ない。/・・・私は暗然とする。信頼してきた『草の根通信』の読者にしてこうなのかと思う。/一度焼きつけられた「冷酷非情の狼」という印象は消えることなく、大道寺将司という名だけで、もう拒絶反応が起きてしまうことになる。知ろうとする心を閉ざして拒絶する壁をめぐらせてしまうことほど、危険なことはないのだが」(p.160)。
 
反日集会での一人の若者からの質問に対して松下センセは、「・・・つい感情を昂ぶらせてしまった。/「あなたは、なんでそんな第三者的な質問をするのか。死傷者を出したことで一番苦しんでいるのは、彼らではないか。われわれは大きな不正を正すために何をしたというのか。何もしないからこそ、彼らのように重大な失敗を招くこともなかった。何もしないわれわれが、やったがゆえに死傷者を出してしまった彼らを、裁くことができるのか」」(p.162)。「そのことで彼らを無差別大量殺人者として糾弾することはたやすい。だが、時代の痛みにも気づかず、あるいは気づいても知らぬふりをしていた者が(行動しなかったがゆえに失敗しもしなかっただけのことで)、行動を起こしたがゆえに大きな失敗をしてしまったものを威丈高(いたけだか)に指弾できるだろうかという思いは、『狼煙を見よ』を書き進むにつれて私の中でつのっていった。なによりも、そのことで一番苦しみ抜いているのは獄中の〝狼〟たちなのだ。/荒井まり子は、企業爆破事件の実行犯ではない。謀議にすら関与してはいない」(p.2101)。
 
司法や警視庁の横暴。荒井まり子さんと田中伸尚さん(p.198、247、249)。田中さんも同件でガサ入れ、しかも、ガサ国賠裁判一審判決で不当な敗訴(p.237)。ガサ入れの無茶苦茶な令状を発布した裁判官を訴えた国賠訴訟に、「国家権力を相手の国賠裁判では、民を全面的に勝たせるほどに気骨のある裁判官はこの国の司法界には存在しないのだろう」(p.232)。「今回の一連の令状を出し続けているのが東京簡裁で、司法段階でのチェック機能が全く放棄されているとしか思えない。・・・東京簡裁の自省を求め、これ以上の令状乱発を阻みたいがためなのだ。/・・・。/『草の根通信』を受け取り拒否してきた人が一人、・・・いるが、逆に新規購読申し込みは・・・九十人にも達している。凄いとしかいいようのない勢いである。警視庁さん、くやしいでしょうな」(pp.222-223)。「・・・八年余の歳月を強いられたわけで、それ自体理不尽である。・・・/・・・。/・・・被告に二名の裁判官を特定した・・・。そもそも家宅捜査の令状を発布するのは裁判官なのだ。警視庁からの・・・令状請求を、裁判官がその段階できちんとチェックしていれば、百数十人にも及ぶ捜査令状は乱発されていなかったはずなのだ。/しかし一審を通じて、東京地裁はついに、令状を乱発した二人の裁判官を法廷に呼ばなかった。・・・。/・・・。/ちなみに、勝訴した私は十万円を貰ったかというと、それは貰えない。・・・賠償金の何倍もの出費を強いられるわけで、まことに国家権力に刃向かう民草の立つ瀬はないのである」(pp.238-239)。大赤字の勝訴(p.240)。「簡易裁判の(家宅捜査)令状請求に対する却下率は0.0六五九%、地方裁判所でも0.二七%という。・・・つまり警察の請求した令状を却下する数は限りなくゼロに近い・・・(しかも、ガサ裁判では令状を出した裁判官の罪は一切問われることはないままに終わった)」(p.253)。
 
田中伸尚さんらの控訴審で福島瑞穂弁護士からの要請で松下センセが意見陳述(p.245)。「大逆事件」、「横浜事件」(p.251)。
 
『腹腹時計』(p.218、225)。
 
在りし日の『朝日ジャーナル』に載った記事、「出かけようとして踏み込まれる側の論理」(pp.224-228)。伊方原発での出力調整実験反対運動に対する〝運動つぶし〟、「東京簡裁は司法サイドのチェック機能を全く放棄してしまっているとしか思えない」。
 
大道寺あや子さん、浴田由紀子さん、重信房子さん(p.234)。

 
『豆腐屋の四季』と〈いのちき〉(p.165、368)。緒形拳さん(p.171)。

 
大分県臼杵市の風成(かざなし)の漁村のお母さんたちの大阪セメントに対するすさまじい闘いを描いた『風成の女たち』(p.176)。そこで指摘された松下センセ自身の足元の問題が周防灘総合開発計画。

 ガサ入れが結ぶ縁。日本赤軍コマンド泉水博さん(p.191、207、214、219、240、244)。『怒りていう、逃亡には非ず ―――日本赤軍コマンド泉水博の流転』。
 『豆腐屋の四季』が取り持つ縁。鎌田俊彦さん(p.196)。

 完全無罪判決後も無謀な追及を続ける警察。記憶の闇、甲山事件と山田悦子さん(p.257)。伊藤ルイさん(p.265)。無謀な神戸地検(p.265)。浅野健一さん(p.266)。判決前に、冤罪被害者と確信しての『文藝』に一挙掲載された長編ノンフィクション『記憶の闇 ―――甲山事件[1974←1984]』(p.268)。

 
遺族には申しわけないが、暴走する検察審査会(p.270)。

 人殺しの練習(p.327)。日米合同軍事演習に凛と反対を唱える伊藤ルイさん(p.334、345)。
 井上澄夫さん(p.351)。
 下筌ダム反対闘争の鬼と化した室原知幸さんについての『砦に拠る』(p.365)。〝拠る(よる)〟とは、立て籠もること。
 アメリカ空軍の射撃場にされた「梅香里(メヒヤンリ)」(p.368)。
 福島菊次郎さん(p.378)。
 「・・・こうして通い続けることが私の答えなのだ・・・。/・・・風成の闘いの中で・・・。/・・・黙っているかぎりはその人は賛成にかぞえられているのだから、と」(p.383)。
 「・・・自衛隊が米軍とともに戦争をする軍隊へとさらに進むことを意味する。・・・「集団的自衛権」を否定した憲法に抵触するものであるとともに、そのようなかたちで自衛隊員らを、殺し殺される戦場に送り出すことを私たちは絶対に許すわけにはいかない」(p.396)。

 新木さんの解説から。「「疾風勁草」・・・。松下さんは激しい風の中でも、「強靭な意志」を峻立させて踏ん張った勁草であった。・・・負けても負けても闘い続ける草の根の一灯は、一隅を照らし、社会の木鐸となる。「斃(たお)れて止まざるは我道なり」と田中正造は言っている。・・・。/松下さんが増田宋太郎を描いた『疾風の人』は「疾風怒濤」という言葉からきていると思われるが、松下さんは「疾風勁草」の「勁草の人」である」(pp.422-423)。「・・・魯迅は「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道となる」・・・。小田実さんは「環境」という言葉は、松下さんたちの努力・たたかいがあって社会に定着してきたのだと言っている」(pp.429-430)。

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●『創(2010年12月号)』読了

2011年01月08日 00時04分26秒 | Weblog

『創』(2010年12月号)、12月に読了。

 カラーグラビア「和歌山県太地町/イルカ漁をめぐる攻防/「ザ・コーヴ」上映後の地元には・・・」(p.18-19)。

 
特集「検察の犯罪とメディアの責任」。
 弘中惇一郎弁護士、「驚くべき取り調べの実態/今こそ全面可視化を」(pp.34-41)。「・・・取り調べ中に作ったメモはすべて廃棄した・・・」。「・・・特捜の捜査がとにかく杜撰・・・。・・・公判前整理手続きの段階で、石井一議員の調書がこの段階ではまだ存在していなかったのです」。
 江川紹子氏、「これは権力犯罪だという本質を見逃してはいけない」(pp.42-45)。
 三井環さん、「今こそ検察全体の責任を追及せねばならない」(pp.46-51)。「・・・この問題を検証する機関の座長に、千葉景子法務大臣が決まったようですね。でも千葉さんは現職の大臣のときに何をしましたか。・・・裏金問題について・・・従前の政権と同じ答弁ですからね。そういう人をよくも任命したなと思います。人選があまりにもおかしいですよ」。
 浅野健一さん、「朝日「検察の証拠改ざん」スクープを犯罪報道の転換へ」(pp.52-60)。「検察ファッショ状況にある中で、この記事は「すごいことで、本当に大特ダネ」・・・であり、見事な調査報道だ」。「―――FD改ざんをスクープした朝日新聞の板橋記者らについてどう思うか。/弘中 記者としてきちんと問題意識を持ち、自分の足で動いて徹底的に取材し報道する、あれが正しいジャーナリズムだ」。板橋洋佳記者。
 板橋洋佳記者インタビュー(聞き手/浅野健一さんら)、「FD改ざんを私たちはこうしてつきとめた」(pp.62-66)。
 矢崎泰久[元『話の特集』編集長]・上杉隆氏対談、「検察権力の威信失墜と共にメディアのあり方も問われている」(pp.68-77)。「起訴後有罪率99%という日本のシステムの異常」。「崩壊しつつある記者クラブを誰が壊すのか」、「矢崎 ・・・亡くなった元読売記者の本田靖春とか、・・・本多勝一らが中心になって、こちら側から廃止しない限りは、このシステムは無くならないと」。

 佐高信さん、「ニッポン文化低国を撃つ!/筆刀両断!/憲法改正を叫ぶ単純タカ派 塩野七生」(pp.78-79)。

 鈴木邦男さん、「言論の覚悟/怨み・憎しみ。そして赦し」(pp.80-83)。原田正治氏、『弟を殺した彼と、僕』(ポプラ社)。「・・・彼を赦(ゆる)したわけではない。しかし死刑にして問題が解決するわけではない。・・・そして何と死刑執行停止を求める上申書を裁判所に提出する。・・・しかし原田さんの「願い」は叶えられず死刑は執行される。虚脱感の中、死刑制度に関心を深め、死刑廃止運動にも関わるようになる」。死刑存置派に聞かせたい原田さんの言葉、〈単に「被害者遺族の気持ちを考えて死刑に賛成する」という声に、僕はさびしさや怖さを感じます。このような人は、僕のようなものを、/「家族を殺された彼らは、平穏に暮らす自分より気の毒でかわいそうな人」/と、一段下に見ていると感じます。その上、自分のことを偽善者よろしく、/「いわれなくても被害者遺族の気持ちを推し量ることができる自分は、人間らしい上のある者だ」/と、心のどこかで考えている気がします。被害者のことなど真剣に考えてはいないのです〉。鎌田慧さん財田川事件大道寺幸子基金。安田好弘弁護士。宇賀神寿一氏(東アジア反日武装戦線さそり」)。

 森達也さん「極私的メディア論/第56回 巨大メディアと記者の姿勢」(pp.88-91)。戦場写真家ジェームス・ナクトウェイ。「・・・アメリカがイラクに侵攻した大義は存在せず、イラク戦争は起こす理由のない戦争だったのだ」。「・・・かつて「自分は戦争を終わらせるために写真を撮る」とまで発言したナクトウェイは、「写真では戦争を終わらせることができない」と最近は語っているという。その真意と苦悩の言葉を聞きたい」。

 金平茂紀氏(TBS「報道特集」キャスター)、「衰退しつつあるメディア界に「蟻の一穴」を」(pp.108-113)。「今のテレビは劣化していないか」、「少数派になることを恐れず強大なものをチェックする」。

 本紙編集部、「民族排外主義とネット活用が特徴/右派陣営の新潮流/「在特会」拡大の背景」(pp.120-127)。

 「永六輔[放送タレント]×矢崎泰久[元『話の特集』編集長]のぢぢ放談/第17回 ノーベル賞なんて知らない!」(pp.130-137)。
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●『紙の爆弾(2010年9月号)』読了

2010年10月12日 05時10分26秒 | Weblog

『紙の爆弾』(2010年9月号)、9月に読了。

 芸能取材班「十三年ぶりのドラマ出演で再燃した/長淵剛のセクハラ・パワハラ・暴行癖の全真相」(pp.6-11)。

 編集部「もう「表現の自由」では、戦えない?/「非実在青少年」/第2ラウンドに向けた新たな攻防の中間報告」(pp.22-25)。

 阿久根市副市長となった意味合いを理解しかねるが、仙波敏郎さん「裏金告発した元愛媛県警巡査部長退職後も続く闘争/第十四回 阿部泰雄弁護士が語った「冤罪の仕組み」」(pp.32-33)。筋弛緩剤「北稜クリニック事件」の守大助さん。「村木厚子さんの事件」。群馬県警の裏金告発後、でっち上げで逮捕された元群馬県警警部補・大河原宗平氏。

 鈴木邦男さん「ニッポン越境問答/第1回 宇賀神寿一(元東アジア反日武装戦線メンバー)」(pp.38-42)。「」。『腹腹時計』。「大地の牙」・「さそり」。

 デジタル紙の爆弾編集部「参院選の裏で大躍進の橋下徹大阪府知事/「大阪維新の会」地元で勃発したバトルの行方を追う」(pp.56-60)。
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●『日本の公安警察』読了(2/2)

2010年04月24日 07時03分43秒 | Weblog

青木理著、日本の公安警察

 寺澤有さんのこと? 「最近では捜査情報の漏えいをめぐり、情報源を突き止めるため、監察チームがあるジャーナリストを追尾していたところ、発覚してもめ事になる騒ぎもあった。ある公安警察官によれば「昔なら信じられない失敗。質の落ちた稚拙な追尾が原因」という」(p.147)。

 自民党との癒着。「・・・警察に強い影響力を持つ代議士の剛腕ぶりと警察情報が無縁であるとは思えない。/・・・公安警察の本旨が「体制の擁護者」である以上、・・・。/・・・/「情報は、大物政治家や警察OBの代議士に流れているというのが、仲間内での公然の秘密であった。元来、秘密のベールに包まれているはずの『第四係』の懇親会終了後に自民党選出の国会議員が顔を見せるというのも、警察と自民党との癒着を物語るものであろう」・・・」(p.148)。

 右翼と公安警察の「親しげな様子」(pp.150-161)。児玉誉士夫(p.150)。「・・・警察の警備の不足を右翼によって補おうとした首相・岸信介が・・・を通じて児玉に働きかけ、児玉は警察当局と打ち合わせて計画を練ったとも言われる」。鈴木邦男さん(p.151、152)。「「反共」ゆえに「親米」に転化し、自民党政府や財界と密接な関係を有していた既存右翼に対し、「反米」を鮮明に登場したのが新右翼だった」(p.154)。
 朝日新聞社襲撃事件での小尻知博記者殺害(pp.155-156)。

 〝教本〟表紙の写真(p.149)。「企業連続爆破事件の犯行前に東アジア反日武装戦線〈狼〉が発行した「・・・教本」の『腹腹時計』」(p.149、171)。
 日本赤軍の重信房子さん(p.167)。東アジア反日武装戦線〈狼〉〈大地の牙〉〈さそり〉(p.169)。「大道寺将司、あや子、佐々木規夫ら〈狼〉グループ」。松下竜一さん『狼煙を見よ』(p.171)。

 微罪・別件の乱発。「・・・公安警察は全国でオウム殲滅戦・・・。/・・・ありとあらゆる手法が駆使されて片っ端から逮捕された。公務執行妨害はもちろん、カッターナイフを所持していれば銃刀法違反、ビラをまきにマンション敷地内に入れば建造物侵入、駐車違反や車検切れなど極めてまれな逮捕も続いた。・・・大半が微罪だった」(p.179)。

 監視社会Nシステムに出会うたびに不快。エンジニアの移動を〝監視〟する会社について、「・・・形容しがたい不快感がわき上がってきた。いくら効率的だろうと、一日の自分の移動状況がすべて監視されているなどというのは尋常なことではない。/テクノロジーの発達と裏腹に制限されるプライバシー。・・・公安警察が縦横無尽に駆使し始めたらどうなるか。そんな不吉な予感もわき上がる」(p.241)。
 「「自動車ナンバー自動読み取りシステム」。通称「Nシステム」。・・・/・・・データは警察庁をはじめとする警察組織のどこからでも検索可能で、調べようと思えば目的や時期を問わず、誰が所有する車両であろうと、その移動状況を容易に把握できるということになる。/・・・九七年末段階で幹線道路を中心に約四〇〇カ所・・・。市民団体などの調査によると・・・全国で566ヵ所に設置され、今も毎年約五〇台ものペースで増え続けているという。費用は一台で約一億円!!(pp.241-244)。これこそ事業仕分けすべきでしょうに。「・・・これほど巨大な監視のシステムを警察に与えてしまうのは絶対に好ましくない。・・・/・・・必要と思われる場面で後手に回りつづけ、硬直化した作業に膨大な人員と金をつぎ込んできた公安警察の生態を考えればそれはあながち杞憂とは言えまい。/・・・最近のNシステムは、本州の日本海側や沖縄、あるいは自衛隊の演習地近くなど、犯罪捜査の有益性よりも公安警察的発想による新設が急増しているというのだ」(p.246)。

 国民総背番号制の〝実験〟が島根県出雲市で既に実施(p.251)。

 参考文献として斎藤貴男『プライベートクライシス』(p.262)。
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