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アブリコのCinema散策

のんびり映画でも観ませんか

恋の病い ’87 フランス

2008-05-20 | ラブ・ストーリー
ボルドー行きの列車の中で、お互いの寝顔に一目惚れしたジュリエットとクレマン。
寝顔に惚れるたぁ、見ているこっちがこそばゆくなってくる(笑)
だがふたりは、言葉を交わすことなく駅で別れる。

ジュリエットが勤める美容院の顧客である、中年外科医師のラウル。
たまたま担当した彼女を気に入り、食事に誘う。
彼は、自分の別宅にジュリエットを住ませる。
ところが、ラウルと同じ病院で働くクレマンは、偶然ジュリエットと再会し、こちらもまた、ラウルに内緒で関係を持つ。
翌日にはそれが彼にバレ、ラウルとクレマンの師弟関係にもヒビが入り、ジュリエットもまた、彼らの前から姿を消すことに。
やがて、彼女の運命は、劇的に変わっていくことになる。

ラウル役のミッシェル・ピコリは、大人の風格と貫禄でさすがである。
もう一人、クレマン役のジャン=ユーグ・アングラード。
’86の『ベティ・ブルー』と同じような線の細さと、女に振り回される役柄は彼にピッタリ。
そして、ジュリエットを演じたナスターシャ・キンスキー。
彼女の顔は、一度見たら忘れられないくらい強烈である。
あの怪優の父親から、こうした娘ができるというのは奇跡だろう(笑)
多くの男たちを虜にし、妊娠すると、「この子の父親が誰だかわからない」とほざき、世界中の男性ファンにショックを与えた。(後日、クインシー・ジョーンズとの子と判明するが。)

若かりし頃のジェーン・バーキンや、その娘のルー・ドワイヨンとか、ミラ・ジョボヴィッチあたりもナスターシャと同じ系統っぽい感じがする。
いずれにせよ、独特な存在感とあの強烈な眼差しから発せられる“何か”は、怖いほど魅惑的である。

愛のめぐりあい ’95 イタリア・フランス・ドイツ

2007-12-21 | ラブ・ストーリー
さまざまな愛の形はあれど、ミケランジェロ・アントニオーニの描くそれは、非常に難易度の高いものである。
一度観た限りでは、どうもすっきりとしない。
どう解釈したらよいのか解らなかったりする。
二度三度、間をおいて観てみると、うっすらと理解できたかのように感じたりもするのだが、やはり難解である。

四話から成るオムニバス映画 ―― 『ありえない恋の物語』『女と犯罪』『私を探さないで』『死んだ瞬間』
個人的に見れば、どれもありえなそうな話だが、アントニオーニ自身が書き上げたこの原作本は、彼の経験とイメージと、鋭い洞察力から成るものなのだろう。
言語で表現した著者が、映像表現する監督としてどう操ったか興味深かった。

彼の作品には、たいてい「不毛」の文字が書かれている。
代表作『情事』『夜』『太陽はひとりぼっち』は、〈“愛の不毛”三部作〉と呼ばれているが、本作品もやはりその類に入るだろう。
どうしてアントニオーニの作品は、そう呼ばれるのか。
雰囲気で何気なく理解できそうな気もするのだけど。

アントニオーニの言葉ともいえる台詞で幕を閉じる。
「映し出される映像の裏に、謎にみちた絶対の真実が潜んでいるはずだが、それは誰にも見えない」
哲学的な叙情詩のようである。

離愁 ’73 フランス

2007-10-08 | ラブ・ストーリー
第二次大戦中、戦禍を逃れるため、ベルギーに近い小さな村の住民たちは、疎開先へと列車に乗り込む。
臨月の妻をかばいながら、男は最後尾の貨物車両へ。
身体のためと、妻と娘は一等の客車へ優先させてもらえた。

家族と離れ、見知らぬ者たちとの数日間の列車移動。
そんなとき、男は同じ車両の中で一人の女性と目が合う。
たちまちふたりは激情にかられ・・・
密室とはいえ、くっつき合うようにして他人と雑魚寝している中、情を通じるってのは、これは国民性なんでしょうか?
「もう今しかない!」とか?(笑)
停車中、女が伝線したストッキングを脱ぎ捨てる。
枝にひっかかるそれが、妙に生々しい。

知的な色気のあるロミー・シュナイダー。
彼女の横顔って、とても美しい。
男が「素敵な寝顔だ」って言うけど、ホント、そう。

この邦題のように、昔の作品は原題と全くかけ離れていても、そのものズバリの題名が多かった。
作品のポイントをしっかりとつかんでいたなぁ、と感心してしまう。
そのポイントとなったのが、切ないラストシーン。
結局男はシラを切り通せず、女の頬に手を添える。
言葉は何もない。
女は目を閉じ、悲痛な表情を浮かべる。
男女の弱さを明確に映し出した、名シーンであった。

恋する遺伝子 2001年 アメリカ

2007-09-18 | ラブ・ストーリー
以前にも述べたが、意外な女優がコメディに挑戦すると、結構マルだったりする。
そのいい例として、本作品でラブコメに進出(?)したアシュレー・ジャド。
お堅い弁護士や、いぶかしげな女の役などが多かった彼女だが、初めてとは思えないコメディエンヌぶりだった。

彼女のシンプルなファッションや、さり気なく自在に変えるショートヘア。
それらが颯爽としていて、でもキュートで、働く女性たちに参考になるスタイルかも。
マリサ・トメイとのガールズ・トークも楽しい。

失恋の痛手からジェーンは、ふと目にした記事から一つの理論を打ち出した。
それも、“人間の♂は、雄牛と同じ。”
繊細な心をもつ男性陣から、「牛なんかと一緒にするなぁ!」と怒られそうだが、一理はあるかもしれない(笑)

生物学的に言ってしまえば、そりゃあ♂は、あちこちに子孫を残そうとする“本能”があるからして、失恋直後の彼女としては、同僚でプレイボーイのエディを横目で見てると、そう感じてしまうのかも。
でもジェーンの思い込みをよそに、実はエディ、心はとってもナイーブで傷つきやすいヒトなんだけど。
冒頭、パスカルの言葉が映し出される。
「感情には、理性では計れない理由がある。」
ううむ、何とも深いお言葉・・・

原題は、『Someone like you』だが、ジェーンがあみ出した恋愛論から付けられたであろうこの邦題。
個人的には悪くないんじゃないかな、と思う。
だって恋をしなきゃ、遺伝子だって残せないんだしね?

パンチドランク・ラブ 2002年 アメリカ

2007-07-01 | ラブ・ストーリー
純愛であり、ラブコメでもある本作品は、一風変わったラブストーリーだ。
オープニングから出端をくじかれそうになるが、その妙なテンポが、徐々にストーリーと調和を成していくのだから、不思議な感覚にとらわれる。

姉たちに囲まれたバリーの写真を見て、彼を好きになったと言うリナ。
女性に対して不器用なバリーは、姉の同僚である彼女に会うと、「一生に一度の恋だ」と確信する。

バリーには危険な一面があった。
突然キレるのである。
人畜無害な彼ではあるが(笑)、マジギレすると、物を破壊してしまうクセがある。
だがこれが幸いして、自己とリナを守れたのだからわからなくなってくる。

バリーを演じたアダム・サンドラー。
役に合っていた。
他のコメディ俳優だったら、この映画の妙で変なユーモアをうまく出せずに終わってしまっていたかもしれない。
ゲラゲラ笑えるスタンダードなアメリカン・コメディと違う、どちらかというとフレンチ・ユーモアに近いだろうか。
マジになるほどズレていってしまうあたりが可笑しいのだ。

この後、ふたりは一緒に住むんだろうけど、くれぐれもケンカだけはしないでほしいと願わずにはいられません。 


恋する惑星 ’94 香港

2007-06-13 | ラブ・ストーリー
香港の雑踏を毛嫌いする人は意外にも多い。
特に繁華街。
アジアの露店・屋台街は、わりと面白いものが見つかったりして、歩いていても楽しいものだが、あの息が詰まるような中を歩くのは、他国(よそ)の者は辟易するだろう。
「それが刺激的なんです」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが。

題名の通り、香港って、小さな惑星みたいにも思える。

二人の警官が、時同じくして失恋する。
その行方を別々に追った、二通りのラブストーリー。

今観ると、まだ坊やのような金城武が扮する警官(・・・に見えない・笑)が、妖しげな金髪美人に恋をする。
かなり不釣合いな感じではあるが、この謎の女の行動がハードボイルドで興味をそそられる。

一方、総菜屋で働くフェイは、演技派トニー・レオン演じる警官に夢中になる。
本人の前では素っ気ない態度でいながら、ストーカー的大胆な行動に出たフェイには驚く。
しかも彼女、すっごく嬉しそうだし。
彼のあまりの鈍感さに救われたからよかったものの、あれって完全な不法行為でしょう。

ウォン・カーウァイ監督作品にしては、明るい映画かな。
なんでも、タランティーノが制作に一部関わったそうだけど、ヨーロッパでは結構ウケたようだ。
あえて言えば、ストーリーよりも独特な映像美を堪能したい、そんな作品である。 


ターンレフト ターンライト 2002年 香港・シンガポール

2007-05-26 | ラブ・ストーリー
“人生は偶然だらけ  平行線もいつか交わる”

偶然に出会った男女が恋に落ち、その相手がどこの誰かも分からぬまま別れる。
自宅の電話番号は交換したものの、雨に濡れ、識別不能となってしまう。
このあたり、携帯電話を使わないところがかえっていい。
お気楽にピピピじゃね。
古き良き方法も、もどかしさを盛り上げてくれていいものです。

このふたり、実は13年前に既に出会っていた仲であった。
恥らう学生だった彼らは、この時も、ちょっとした神様のいたずらで連絡を取り合うことができなかったのである。
名前も知らない。
どこに住んでいるのかも分からない。
知っているのは、お互いの制服に縫いこまれていた学生番号だけ・・・

13年後、奇跡的に再会を果たしたのに・・・
“人生は驚きで一杯  凧の糸は突然切れる”

実のところ、ふたりはアパートのお隣同士であった。
こんなに近くにいても気づかない。
近くて遠い。
懸命に相手を探そうとする姿は切ないのである。

とにかくすれ違いばかり。
ヴァイオリニストの卵である男性はウィーンへ、ポーランド語の翻訳家の女性はアメリカへ、それぞれ旅立とうとしていた。
しかし、彼らは必死に会いたいと願っていて・・・

かなり乙女チックな作品であるし、恋愛映画に欠かせない〈偶然〉もてんこ盛りだが、ここまで苦労したふたりであるから、ここは素直に「よかったね」と言いたい。
シチュエーションは別として(笑)

トリコロール/白の愛 ’94 フランス・ポーランド

2006-12-19 | ラブ・ストーリー
性的不能となった夫を見限った妻。
だが、夫は妻を愛している。
離縁されても愛しさは変らない。

フランス国旗の三色 ― 青(自由)、白(平等)、赤(博愛)をイメージして作られた三部作の二作目にあたるのが、本作品である。
個人的には、三部作の中でこの『白の愛』が興味深かった。
他の二作品に比べるとユーモアも交え、ヒロインである妻よりも、ポーランド人の夫カロルに焦点を当てているところがドラマチックだ。

さほど流暢ではないフランス語をテープで聞きながら練習をするカロル。
フランス人のドミニクともっと語り合いたい・・・そんな想いもあったのだろうが、虚しさだけが心を締めつける。

可愛さ余って憎さが百倍。
今でも彼女への気持ちは変らない。
しかし、報復せねばならない。
風采が上がらない男から紆余曲折を経て、会社経営者になりあがったカロル。
そこから、元妻ドミニクへのある計画を実行に移すのだが・・・

「愛は平等でなくてはならない・・・」
そんな一途な想いが、彼をここまで動かしたのだろうか。
ラストの彼の涙が、そう語っているように見える。

エターナル・サンシャイン 2004年 アメリカ

2006-10-11 | ラブ・ストーリー
ケンカ別れしちゃったから元カレ(元カノ)との記憶を全て消し去る・・・
これってどうなんだろう。
ふたりの度合いにもよるだろうけど、そう易々と消去しようとは思わないんじゃない?
別れた直後じゃ冷静ではいられない?
でもほら、時間が解決してくれるっていうし。
後になれば、きっといい想い出にもなるんだしねぇ。
でも消してしまいたい事の一つや二つはあるって?
じゃあ、努力して忘れてください(笑)

ここに出てくるジョエルとクレメンタイン。
よくある痴話ゲンカなんぞで、互いの存在を失くさせるんだが、なんなんだか、結局はふたりとも脳の中で、未練を断ち切ることができないでいる。
そりゃあそうでしょう。
あんな突発的な行動に出てしまったんじゃ、頭の中ではさぞ後悔の渦にもまれているに決まってるでしょうから。

ふたりの記憶にはもう残っていないはずの思い出の砂浜。
そこで再び彼らは出会う。
無意識に思い立つってことは、ある意味、強い想いが潜在していたからだろう。

記憶には、時に和まされ、時として悩まされる。  

ふたりの5つの分かれ路 2004年 フランス

2006-09-16 | ラブ・ストーリー
「これで離婚が成立しました」

この映画は、一組の夫婦の終わりを告げる場面から彼らの出会いまでと、現在から過去へ、5つの分岐点で区切られた、まったくもって判りやすいストーリーである。

別離→倦怠→出産→結婚→出会い
夫婦であるが故、平均して倦怠期まで経験すると仮定して(笑)、何故このふたりは決定的な判断を下してしまったのか。
徐々に遡っていく様子は実にリアルである。

普通に鑑賞していれば、おおよそ納得のいく展開である。
ふたりの始まりを予感させるラストまでくれば、あぁ、これはもう別れるっしょ、と大概の女性は思うハズである。

夫も夫だけど、妻も妻ってとこでしょうか。

妻役のヴァレリア・ブルーニ・テデキス。
終盤へ向けてどんどん綺麗になっていく。
体型まで変えての熱演でした。

幸せな結婚生活も、お互いの忍耐と努力で成り立っているらしいが、人間である以上、我慢の限界というものがある。
話し合う以前に、既に心がダメになってしまっていれば、どうしようとダメだ。
特に女性の場合は、そこが顕著である。