アブリコのCinema散策

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真珠の耳飾りの少女 2002年 イギリス

2008-08-26 | ラブ・ストーリー
17世紀のオランダの画家ヤン・フェルメール。
現存する作品は40点ほどしかなく、彼の生涯についても詳しくは知られていない。
現代でもなお、謎に包まれている。

以前、『オランダの光』でも触れたが、彼の絵は、光の採り入れ方が絶妙である。
強い日差しでは決してなく、光そのものがやわらかい。
鑑賞しながら日向ぼっこができそうな、そんな感じ。

本作品はもちろんフィクションであろうが、内容はともかくとして、撮影技術は素晴らしい。
まるで絵からそっくり浮き出てきたようなシーンの数々。
食材を切りそろえる少女、窓辺にもたれる姿、遠近法で描かれた絵画をそのまま実写したかのように美しく、絵と同様、光の演出にも徹底していた。
こう言っては失礼かもしれないが、アメリカ映画だったら、これほどの繊細さは出せなかったのではないかと思う。
オープニングの映像から、これはヨーロピアン作品だと判る人も少なくないだろう。

フェルメールの代表作のひとつ、『ターバンの少女』。
この少女のモデルは実際のところわかってはいない。
もしかしたら、架空の人物かもしれない。
前に、『美の巨人たち』というTV番組で云っていたが、そもそもあのターバン自体、どこのもの(国)か判断しかねるのだそうだ。
あと、光の射し具合でできる陰影も、微妙にずれているのだという。
だとしたら、やはり想像上で描いたものなのだろうか・・・。

映画の中では、女中として雇われた少女をフェルメールが気に入り、彼女をモデルとして、あの『ターバンの少女』を画きあげる。
フェルメールが妻の真珠の耳飾りを少女の耳に通す場面はもっとも官能的で、少女が思わず声を上げてしまいそうな表情が、非常になまめかしい。
スカーレットの演技力が、証明された作品ともいえるだろう。
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メメント 2000年 アメリカ

2008-08-19 | ミステリー&サスペンス
衝撃的な事件を目撃したショックで、10分間しか記憶できなくなってしまった男。
断片的な記憶を手繰り、妻を殺害した犯人まで辿り着けることができるのか。

テープの逆回しのような手法。
創りはまさに斬新であるが、はっきり言ってわかりにくいし、観ていても疲れた。
もう一度観なくてはと思うのだが、そのエネルギーがない。(苦笑)

しかし後日、その斬新さを覆されてしまう事態があった。
松本人志著『シネマ坊主』に、目の覚めるような(?)引用が載っていたのだ。
なんと、バカボンのパパを引っ張り出しての類似点を述べていたのである。
これにはもう参りました。(笑)

普段、映画評にはあまり左右されないが、これを読んで、「そうか、特に目新しいものでもないのか」と、たった数行の記述で、すっかり本作品の個人的な評価が下がってしまったのには、我ながら驚きである。
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終着駅 ’53 アメリカ・イタリア

2008-08-11 | クラシック
愛と別れのプラットホーム。
男女の、切なくも美しい別れが涙を誘う・・・と、多くのラストシーンで見られた光景であるが、この『終着駅』という映画は、決して美しいとは言い難いラストである。

ジョヴァンニはマリアに夢中。
だが彼女には、夫も娘もいる身であった。
しかもジョヴァンニとは、ローマに滞在中に知り合った仲であったようである。
作中、ふたりが過ごした日々は映し出されず、描かれていたのは別れの時間だけ。
だから余計に、男のジレンマが痛々しいのである。
一方マリアにとっては、旅行中の火遊びぐらいのものだったのだろう。
一途な男としたたかな女。

ふたりだけになれる場所 ―― ジョヴァンニが向かったのは、停車中の列車の客室だった。
それがもとで警察沙汰になってしまうとは、マリアにとっても耐え難い事であっただろう。
運よく、署長の計らいで「なかったこと」にしてもらえたけど、旅の恥はなんとやらで、プライドの高そうなマリアだから、彼女の中でも「なかったこと」にしたんだろうなぁ(笑)

なんやかやで、発車時刻が近づいてくる。
「わたしはもうとにかく、何がなんでも早くこの場から逃れたいの」と、心の中では叫んでいたに違いない。
口では一応、それらしく男に愛を語ってはいたが。
ただ惨めなのがジョヴァンニである。
あれよあれよと時間が過ぎ、まっとうな別れもできず、ホームでこけてしまったこの男。
肩を落とし、一人ホームを歩く姿に哀れみを感じるというより、嘆かわしいと思わせてしまうのは、マリア役のジェニファー・ジョーンズを愛した、本作品のプロデューサーであるセルズニックの思惑だったのだろうか。
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天使のくれた時間 2000年 アメリカ

2008-08-04 | ドラマ
これは夢物語なのか、時間旅行とでもいうのだろうか。
はっきり、好き嫌いの分かれそうな作品である。

大企業の社長にのぼりつめ、仕事にしか興味のない男。
全てを手にしたやり手の彼が、「もし、13年前に別れたカノジョと一緒になっていたら、ささやかながらも、こんなにあったかい家庭が築けていたのだよ」という、“天使”のお告げのような〈仮の現実〉を目の当たりし、すっかりその気になってしまうってのはどうだろうか。
同様に、この〈仮の現実〉の妻(元カノ)も、夫を愛し、子どもたちを愛し、家庭を愛する完璧な主婦なんだが、実際の彼女は多忙な女弁護士という、やはり仕事一筋の女性である。

人生は環境で変わるというのは嘘ではないだろうけど、過去をほっくり返したそんな夢も時間も見たいとは思わないなぁ。
彼らだって13年は既に過ぎてしまっているわけで、選ばなかった“あの時”を悔やんでみても仕方ないのだし。
ただ一つだけ気になるのは、あの可愛い子どもたち。
あの二人は、彼らが一緒にならなければ存在しないわけなんだけど。

同じニコラス・ケイジ主演、’94の『あなたに降る夢』は夢物語のようで、実は本当にあった話だそうだから、現実派の人は、こちらのほうが希望がもてるという気になるかもしれません(笑)
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