アブリコのCinema散策

のんびり映画でも観ませんか

ファール・プレイ ’78 アメリカ

2006-02-26 | コメディ
元祖ラブコメの女王、ゴールディ・ホーンの初期の作品。
彼女に驚かされるのは、今もこの頃とほとんど変わっていないというところ。
スタイルの維持、スゴイです。
’92の『永遠に美しく・・・』の秘薬をまさか愛飲してるなんてことは・・・ないですよね(笑)

バリー・マニロウの曲が時代を感じさせるオープニング。
颯爽とオープンカーを乗りこなすグロリア。
これから彼女の身に迫り来る、ハチャメチャ大騒動をまったく予感させない幕開けである。

やはりゴールディは笑わせてくれる。
まぁ、今となってはそうは簡単に言えなくなってしまったけど。
パチクリと大きなお目めも、よくしゃべりまくるそのお口も、今風に言えば〈キモカワ〉となるんだろうか!?

ヒッチコック映画をパロディ風にとり入れたりして、映画ツウな人なら楽しめるだろう。
何より細身だった(笑)、チェビー・チェイスの硬派ばりの刑事役も見どころである。

グロリアがバーで知り合った男の部屋。
数々の仕掛けに、バカらしくて大笑い。
いいなぁ、こういうの。
昔のドリフのコント観てるみたいで。 

25時 2002年 アメリカ

2006-02-20 | ドラマ
人生を棒に振ってしまった男。
後悔をしても始まらない。
刑期は7年。
服役前に残された一日を、彼はどのようにして過ごすのか・・・

彼はまず、親に会いに行った。
そして旧友たちと会う。
以外にも、恋人は二の次だった。
彼女とは一緒に暮らしていたが、「最後の夜は、二人だけで過ごしたいの」と、女の言うセリフに彼はノーと言う。

麻薬ディーラーだった彼は、荒稼ぎした金の隠し場所を警察によって発見されてしまう。
チクッたのは誰なんだ?
彼女か?
それとも仲間の奴か?

欲を出しすぎたための結末。
「ここでやめておくべきだった・・・。 もう俺の人生はお終いだ」
後悔とは、何とも空しい。

エドワード・ノートンが、堕落した男の悲哀を実に繊細に演じてみせていた。
辛い。
悲しい。
逃げたい・・・
シャバでの最後の日、旨いものを食うでもなく、遊びまくるでもなく、ただひたすら、自分自身に問い続けるのだ。

車中で聞こえる父の言葉。
「このまま西へ向い、新しい人生を始めるのもいいさ」
つかの間の夢。
そんな夢も、当分の間は味わえないことだろう・・・


激突! ’72 アメリカ

2006-02-13 | アクション
この映画は、ひとりの男のある恐怖体験を描いたものである。
サイコ・サスペンス?
いえ、一応カー・アクションです、ジャンル分けすると。

ハイウェイを快適にひた走る一台の車。
やがて目の前に現れたのは、大型のタンクローリー。
セダンに乗っている者としては、その後方について走るなんて、不快度数を一気に上げるようなものである。
反対車線から車は無し。
男はグンと加速し、タンクローリーを追い抜く。
フフンとばかりに、男は車を飛ばす。

しばらくして、ふとバックミラーに目をやると、あのタンクローリーが映っているではないか!
強引にその物体は、男の車を追い抜き返す。
呆然とする男。
それに対し、タンクローリーは勝ち誇ったかのように、わざと速度を下げ、セダンの前を遮る・・・

驚いたことに、本編中、一度もタンクローリーの運転手の顔を映していない。
あくまでも、タンクローリー自体を生き物のように扱っているところが、当時25才だったスピルバーグ監督の才能を決定づけていたかのようだ。

煙を吐き、猛獣のように吠えながら、執拗に追ってくるタンクローリーの不気味さ。
「俺を殺そうとしている・・・」
妄想にかられ、恐怖におののく男。

製作費もほとんどかけず(たぶん)、登場人物もほとんどおらず(ほぼ、この男だけ)、ストーリーも非常にシンプルであるのに、この映画は何度観てもあきない。

莫大なお金をかけて、CG使いまくって、でも一度観たらもういいや、なんていう作品がゴロゴロある中、こういった映画は今でもとても新鮮にうつり、且つ非常に貴重な作品である。



昼下がりの情事 ’57 アメリカ

2006-02-09 | ラブ・ストーリー
ビリー・ワイルダー監督作品らしく、ここかしこに、クスリとする笑いが散りばめられている。

オードリー・ヘプバーン演じるアリアンヌは、チェロを学ぶ女学生。
私立探偵である父親と二人で暮らしている。

ある日、彼女はあることがきっかけで、ゲーリー・クーパー扮する大富豪のプレイボーイ、フランクに恋をする。
アリアンヌの父親に言わせれば、不道徳で、不愉快な男らしい。
確かに、これまでの数多くの女性たちとの密会現場をおさえている探偵にとっては、彼のことをよく知り尽くしていることだろう。

ある日、彼はあることがきっかけで、アリアンヌの魅力に気づかされる。
そして、名も知らぬこの女性は一体誰なのか、調べて欲しいと調査を依頼する。
それがえらい事に、依頼されたのが、彼女の父親で・・・

アリアンヌの、懸命に背伸びをして恋する姿が何ともチャーミングである。
そして、恋わずらいのフランクの姿も妙に可笑しい。
ゲーリー・クーパーの、コミカルな好色男の演技もなかなかのものである。

走り出す列車から、フランクがアリアンヌを抱き寄せるラストシーンに、「ほぉっ」と、ため息をもらしたお母様たちも多かったことでしょう。 

パパってなに? ’97 ロシア・フランス

2006-02-05 | ドラマ
父親というものは男の子にとって、最初のヒーローになるのだろうか。
大きくて力持ちで、「わぁ、パパ、すごいなぁ」なんて言われちゃったりして。

成人後のサー二ャの語り口で始まるこの映画では、いかに父親の存在が、息子にとって大切であるかを物語っている。

母カーチャと共に列車に乗った6才のサー二ャは、軍服に身を包んだ男、トーリャと出会う。
その後三人は、家族と偽り、生活を共にする。
そんな中、トーリャはサー二ャに、自分をパパと呼べと命令する。
サー二ャには父親がいない。
パパって一体どんな人なんだろう?
子供ながらに父親の幻影を想うサー二ャの、あどけなくも憂いをおびた表情が哀しい。

軍人とは偽りの姿であったトーリャは、滞在先で盗みを働くワルであった。
事実を知ったカーチャは、ショックを受けつつも、彼のもとを離れることができない。

初めは男に怯えていたサー二ャも、次第に彼を父と思うようになっていく。
成長していくサー二ャの心の中でも、ずっとトーリャが父であり、憧れであり、ヒーローであったのだが・・・

7年振りに再会したトーリャのサー二ャに対する言葉は、二通り考えられる。
彼の口から出たその言葉は本心からなのか。
それとも、サー二ャを気遣って、自分と同じ道を辿らせない為に、故意に言ったものなのか・・・

母が最後まで愛し、自分も信じ続けてきた〈父〉から突き刺すように告げられた言葉は、忘れられるはずもなく、永遠に重く、サー二ャの心に沈みこむのである。