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アブリコのCinema散策

のんびり映画でも観ませんか

やさしくキスをして 2004年 イギリス・イタリア・ドイツ・スペイン

2006-07-28 | ラブ・ストーリー
’69の『ケス』の他に、ケン・ローチ監督の作品は今まで観ていなかった。
本作品は、全くのラブ・ストーリーなのだが、 中身はかなり複雑である。
『ケス』同様、ある種の残酷さが混ざっているような、しっくりこない、後味の悪さが残る。

パキスタン移民の父をもち、自分の店を出すのが夢であるカシムと、音楽教師で
カソリック教徒のロシーン。
異教徒の彼らが恋をする。
最初の印象とは大分違う彼女。
かなりワガママな女であった。
恋愛に関しては、常に自分中心でないと気がすまない。
ううむ、これはちょっと・・・という感じである。
一方カシムにしても、若さゆえ、後先考えずに欲望全開まっしぐらというのも、自身の環境を考えればやはりマズかったでしょう・・・
同じイスラム教徒の婚約者もいたんだし。

イギリス社会で暮らすカシムの家族のような人達の苦労は、我々が思う以上に深刻なこと。
’99の『ぼくの国、パパの国』でも、イスラムの慣習と、生まれ育ったイギリスの環境とのバランスに悩む子供達の思いが描かれていた。

相手の家族も思いやらない自己チューなロシーンと、すでに尻に敷かれてしまったカシム。
障害もなんのその。
「やっぱり愛が勝つのよ!」というロシーンの嘲る声が聞こえてきそうだが、それが愛だと思っていられるのも、恐らく今のうちでしょう。 

セレンディピティ 2001年 アメリカ

2006-06-30 | ラブ・ストーリー
恋にまつわる話にかかせないポイントといえば、〈偶然〉と〈運命〉のふたつだろう。
本作品がクリスマス・シーズンといい、このふたつのキーワードといい、どことなく『めぐり逢えたら』に似通っているのが少し気にはなるのだが、まぁ許そう(笑)

とにかく初めから終わりまで〈偶然〉のオンパレード。
おいおい、そこまでしますかって。

偶然出会ったジョナサンとサラ。
素直に連絡先を教え合えばいいものを、やたら七面倒臭いことをしては、それが運命(サイン)だなどと、いい大人が言い合っていた(笑)
偶然を運命的なものとして結びつけるのは、ちょっと強引なように思いますがね。
偶然と思うよりも、必然と考えたほうが、より現実味があるんじゃないかな。

まぁ、彼らがあきらめずにいつかまためぐり逢えるのではないかと、それこそ偶然の再会を信じ続ける純粋な気持ちは素敵なことだ。
「んなぁワケないよ」と、単純に切り捨ててしまうのも寂しいではないか。

’97の『スライディング・ドア』の劇場用パンフレットに、作家の斉藤綾子氏がこう書いていた。
「会うべき人には絶対に出会えるのなら、遠回りするのも悪くない」 

恋人たちのアパルトマン ’93 フランス

2006-04-15 | ラブ・ストーリー
原題は『Fan fan』
主人公である女性の名前だが、この邦題・・・もっと気の利いた題名にできなかったのだろうか。

この映画、ストーリー的には誉められないが、役者たちはいいぞ。
特にアレクサンドル役のヴァンサン・ペレーズは、普段モテ役ばかりだが、めずらしく、陰湿気味な小心者を演じている。
それから、ソフィー・マルソー。
ここでは、ハリウッド流のスレンダー体型になる前のかわいさの残る彼女が、快活で、自分に正直な女性、ファンファンを演じている。
クルクル変わる表情が本当にキュート!
ショッピング中に帽子を選んでるシーンでの、お茶目な笑顔が魅力的だったな。

本作品のテーマは、〈愛〉と〈欲望〉
愛しているのに思いを告げることができないアレクサンドル。
片思いではないのに、彼女の気持ちも分かっているのに何故?
それはね、いつか愛が冷めてしまうのが耐えられないし、ファンファンを失ってしまうのが恐いから。
だったら打ち明けずに、このまま友人として見つめていられれば・・・って、それでいいの?
そんなネクラ(死語)な考えで我慢できるのかぁ?(笑)
もどかしさいっぱいのファンファンも、とうとうしびれを切らしてしまう。
しかし彼は、どうしても一歩を踏み出せない。
それにはまた、彼なりの理由があるのだが・・・

恋に臆病になっちゃいけないんでしょうけど、アレクサンドルの大胆な手段をマネしたら、とんでもないコトになってしまうので、くれぐれも参考にはしないように(笑) 

靴に恋して 2002年 スペイン

2006-03-20 | ラブ・ストーリー
靴に気をつかう人は、かなりのオシャレさんだろう。
この映画、題名だけ聞くとヴィヴィッドで、いかにもオシャレな恋物語に思えてきそうなんだが・・・

スニーカーを履く女、アニータ。
小さな靴を履く女、イサベル。
偏平足な女、アデラ。
盗んだ靴を履く女、レイレ。
スリッパを履く女、マリカルメン。
本作品ではこの5人の女性たちを、ストーリーの中でうまく交錯させている。

彼女たちは皆、幸せを求めている。
求めながらも嘆き傷つき、苦しんでいる。
だが、なるようになるのが人生というもの。
彼女たちの強さと、生まれ変わろうとする決意には感服する。

直接〈靴〉に係わっていたのは、イサベルとレイレだろうか。
特にレイレ役の、ナイワ・ニムリがよかった。
’98の『アナとオットー』で、個人的に注目していた女優である。
彼女、黒髪のときよりも若く見えたかな。

友人に送ったレイレの手紙。
彼女自身の朗読が流れるラストシーンでは、傷心の彼女が過去をふっきり、幸せを求める微妙な心境が綴られていた。

だが最後まで腑に落ちないのが、彼女の恋人であったクンの言う別れの理由。
最終的に、レイレの靴のデザイナーになる夢を叶えさせてあげようと、身を引く素振りを見せてたけど、あれが男の優しさだなんていったらとんでもない。
だってレイレ、未練たらたらだし。
本当のコト言ってあげたほうが、相手のためってこともあるんだよ。

昼下がりの情事 ’57 アメリカ

2006-02-09 | ラブ・ストーリー
ビリー・ワイルダー監督作品らしく、ここかしこに、クスリとする笑いが散りばめられている。

オードリー・ヘプバーン演じるアリアンヌは、チェロを学ぶ女学生。
私立探偵である父親と二人で暮らしている。

ある日、彼女はあることがきっかけで、ゲーリー・クーパー扮する大富豪のプレイボーイ、フランクに恋をする。
アリアンヌの父親に言わせれば、不道徳で、不愉快な男らしい。
確かに、これまでの数多くの女性たちとの密会現場をおさえている探偵にとっては、彼のことをよく知り尽くしていることだろう。

ある日、彼はあることがきっかけで、アリアンヌの魅力に気づかされる。
そして、名も知らぬこの女性は一体誰なのか、調べて欲しいと調査を依頼する。
それがえらい事に、依頼されたのが、彼女の父親で・・・

アリアンヌの、懸命に背伸びをして恋する姿が何ともチャーミングである。
そして、恋わずらいのフランクの姿も妙に可笑しい。
ゲーリー・クーパーの、コミカルな好色男の演技もなかなかのものである。

走り出す列車から、フランクがアリアンヌを抱き寄せるラストシーンに、「ほぉっ」と、ため息をもらしたお母様たちも多かったことでしょう。 

ビフォア・サンセット 2004年 アメリカ

2005-12-15 | ラブ・ストーリー
この映画は、’95の『ビフォア・サンライズ―恋人までの距離(ディスタンス)』の続編となる作品である。

同じ列車に乗り合わせたパリジェンヌのセリーヌと、アメリカ人のジェシー。
意気投合したふたりは、彼の降りるウィーンで14時間だけ一緒に過ごす。
そして別れのプラットホームで、半年後の同じ場所、同じ時刻に会おうと約束をし、彼女はウィーンを後にした・・・

9年後の本作で、ふたりは偶然パリで再会する。
ジェシーがアメリカへ戻るまでの数時間、ふたりはお互いを懐かしみながら近況を語り合う。

前作と同様、今回もふたりの〈会話〉がポイントだ。
お互い気にかかっていた9年前の約束。
もしあの時ふたりが会えていたら、今とはだいぶ状況が違っていたよ、とジェシーは言う。
彼が語る、幸せではない結婚生活。
一方のセリーヌも、空虚な恋愛はもうたくさん、と互いの本音トークがさく裂してくる終盤がいい。

前作はウィーンの街並みを、本作ではパリの散歩道を、我々も一緒に歩いている気分にさせてくれるようなカメラワークがおしゃれであった。
風景と共に彼らの会話を楽しみつつ、同時に彼らの言い分に納得したり共感するのもいいだろう。

「飛行機の時間に遅れるわよ」
「わかってる」

またまた余韻を残してくれたのはいいけど、続編はあるのか!?
個人的には観たいけど。 

グリーン・カード ’90 アメリカ

2005-12-04 | ラブ・ストーリー
偽装結婚。
怪しげな響きである。
アメリカでは、不法就労の偽装結婚が多いと聞く。
そうすることによって、永住許可証(グリーン・カード)を持つことができるから。

園芸家のブロンテは、温室付きのアパートメントをなんとしても手に入れたがっている。
しかし管理組合では、若い夫婦の入居を希望していた。
一方フランス人のジョージは、グリーン・カードを必要としている自称作曲家。
このふたり、各々の望みを叶えるため、偽りの結婚をする。
だが、それからが大変であった・・・

そもそもアメリカでは先に述べたように、こうしたカップルを防止するため、入国管理局からの尋問を受けなければならないそうだ。
それらは結婚生活の細部に至るまで、かなりシビアなようである。
彼らは面接までの数日間、お互いの生いたちから使用している日常品の類まで教え合い、それを試験勉強のように暗記していく。

個別の面接では、自然にお互いのよいところが口をついて出てくる。
いがみ合ったり、素っ気無い態度をとっていても、ちゃんとこのふたり判っていたんだね。
そんなところも本物のカップルみたいだった。
それこそケンカ中に口にしたジョージの、「人間味が出てきた」という台詞が偽りのものではなく、真実に近づいたふたりの気持ちを象徴しているかのようであった。

ところで、実際の夫婦の中で、奥さんがどんな化粧品を使っているかなんて、どれぐらいの旦那さんが知ってるんだろう?(笑)



旅情 ’55 アメリカ

2005-11-01 | ラブ・ストーリー
観光名所を訪れて、期待していたのと違っていたという経験がある人もいるだろう。
本作品を若い頃に観たお母様方が、ヴェネチアに憧れ、実際に行ってみたら、あまりの水の汚さに減滅し、バラバラとイメージが崩れてしまったという話を聞いたことがある。
でも、この映画をちゃんと観ていれば分かるはずなんだが。
家々の間を流れている水路は、生活廃水も一緒なのであって、汚れているのは当たり前。
映画の中でもオバチャンが、ドドドッて、窓からゴミを捨ててたし。
それを見たキャサリン・ヘプバーンが、ギョッとしていたシーンもありました(笑)

でも、やっぱり水の都ヴェニスは美しいのであります。
特に夜なんて最高なんであります。

アメリカ人のキャリアウーマンが、長期休暇をとって、念願のヴェネチアを訪れ、嬉々としてバカンスを満喫する。
これまたイタリア男との偶然の出会いによる、ささやかな胸の高鳴り。
そして、男が妻帯者であることを知っての彼女なりの振り切る姿は、キャサリンらしい意志の強さが表れていた。

「2時間後の列車で発つわ。 見送りには来ないで」
心ならずもそう男に告げたものの、プラットホームでの彼女はせわしない面持ち。

列車が動き出す。
彼女は、身を乗り出す。
遠くから、男が駆けて来るのが見える。
彼女は、大きく手を振る。
走りながら、男は何かを手渡そうとするが、もう届かない。
「いいわよ、わかってるわ」そんな身振りをしながら、彼女は微笑む。
そして列車は速度を上げてゆき、彼女は遠く、姿が見えなくなっても、手を振り続けていた。

素敵に大人です、彼女は。

パリのランデブー ’94 フランス

2005-07-14 | ラブ・ストーリー
エリック・ロメール監督お得意の、恋にまつわる三話のオムニバス。

第一話の〈午後7時のランデブー〉
ボーイフレンドの浮気を心配する女学生のアステル。
ある偶然から一念発起して、彼を吹っ切る彼女の姿は潔い。

第二話の〈パリのベンチ〉
うんちくを並べる男と理屈を並べる女。
パリの公園で、逢引を重ねる二人。
しかし、ひょんな事で、女はあっさりと男と別れる。
今までの過程はなんだったんだ!?

第三話の〈母と子 1907〉
ピカソ美術館で、ある女性に一目惚れしたひとりの画家。
人妻であるその女性は、彼の告白にも微動だにせず、とっとと去ってしまう。
暗い色を好んでいた彼がキャンバスに加えたピンク色は、彼の心の変化を表しているようだ。

どれも最後は「別れ」で終わっているが、後味は悪くない。
国民性なのか愛に限りがないのか、この作品に出てくる女性たちは、実にきっぱりさっぱりとしていた。

「恋に狂う女を演じさせたら、右に出る者はいない」といわれるイザベル・アジャー二が、本作品でオファーされることは間違ってもなかっただろう(笑) 

プリティ・ウーマン ’90 アメリカ

2005-06-16 | ラブ・ストーリー
御存知のとおり、ジュリア・ロバーツの大ブレイク作品である。
本作品はかつて、女性たちの圧倒的な支持を得ていた。
ロイ・オービソンの曲もよく似合ってたし、この映画のサントラも随分と売れたらしい。

ところで、同じラブ・ストーリーなのに、男性からウケがよかった作品がある。
それは’82の『愛と青春の旅立ち』。

これらの二作品、偶然にも主役がリチャード・ギアだった。
どちらもカッコイイ役である。
エンディングにしても、ヒロインを迎えに行って赤面ものの演技を見せたところなんて、非常にアメイジング(笑)である。

さて、同じ俳優の作品で、ハッキリと男女の好みが分かれるのも面白いところだ。
そこはやはり、心理的キーワードの違いであろうか。
前者のポイントは、ファッション/恋&オシャレ/ブランド/リッチ/スウィートルーム/超高級ホテル/いちごとシャンパン(笑) etc・・・
女性憧れのキー・ワードばかりの、シンデレラ・ストーリーである。

一方、後者に関してみると、苦悩→野望を抱き→厳しい訓練に耐え抜き→成功に至り→愛をつかむ
もう男性にとっては、涙ものの理想型物語ではないか!

ギア様と呼ぶべきなのか・・・
イラストレーターの石川三千花氏が、自身の著書で、彼を「農夫顔」と書いていたのには笑えた。(もちろんイラスト付き!)
農夫顔のギア様はモテ役ばかりだが、どうもアメリカ人のセンスがいまひとつわからない。