ジュリー・デルピーという人は、なかなかの才媛である。
10代の頃から、自分で作品を撮りたいという志を持ち、いずれはアメリカへという思いを実現させている。
もともと閉鎖的なフランス映画界に不満があったようで、確かにアメリカ映画に出演する彼女は、それまで自国での役柄とは一変するものが多い。
とにかく喋るのである。
本作での彼女は監督をはじめ、脚本や音楽なども担っている。
脚本に関しては、’04の『ビフォア・サンセット』で経験済みだが、90年代には既に短編映画を撮っている。
この映画では、「男女は真に分かり合えるのか」といった疑問を投げかけたという。
ニューヨークに住む恋人同士が、彼女の実家があるフランスのパリに2日間滞在し、その間彼氏が、恋人であるマリオンの元カレたちに遭遇したり、彼女の驚くような一面を目の当たりにしたり、慣れないフランス語や習慣にとまどい、だんだんと気後れしていく一方で、喋り捲るマリオンは、なんでこんなことも分かってくれないのかと恋人のジャックを責めるのである。
分かり合っているようで、実は何も分かっていなかった、なんてことは恋人でも夫婦でもよくある話。
彼らもそこに気づき、とことんお互いについて話し合うことにした。
それでもダメだったら、それはもうその程度の関係なのだと割切るしかないだろう。
男と女は、まったく別物の生き物として認知されている以上、真に分かり合うということはかなり困難なように思うのだが、まぁ適度に分かり合いながら(そんなフリをしながら・笑)、仲よくやっていくしかないのだろう。
10代の頃から、自分で作品を撮りたいという志を持ち、いずれはアメリカへという思いを実現させている。
もともと閉鎖的なフランス映画界に不満があったようで、確かにアメリカ映画に出演する彼女は、それまで自国での役柄とは一変するものが多い。
とにかく喋るのである。
本作での彼女は監督をはじめ、脚本や音楽なども担っている。
脚本に関しては、’04の『ビフォア・サンセット』で経験済みだが、90年代には既に短編映画を撮っている。
この映画では、「男女は真に分かり合えるのか」といった疑問を投げかけたという。
ニューヨークに住む恋人同士が、彼女の実家があるフランスのパリに2日間滞在し、その間彼氏が、恋人であるマリオンの元カレたちに遭遇したり、彼女の驚くような一面を目の当たりにしたり、慣れないフランス語や習慣にとまどい、だんだんと気後れしていく一方で、喋り捲るマリオンは、なんでこんなことも分かってくれないのかと恋人のジャックを責めるのである。
分かり合っているようで、実は何も分かっていなかった、なんてことは恋人でも夫婦でもよくある話。
彼らもそこに気づき、とことんお互いについて話し合うことにした。
それでもダメだったら、それはもうその程度の関係なのだと割切るしかないだろう。
男と女は、まったく別物の生き物として認知されている以上、真に分かり合うということはかなり困難なように思うのだが、まぁ適度に分かり合いながら(そんなフリをしながら・笑)、仲よくやっていくしかないのだろう。