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アブリコのCinema散策

のんびり映画でも観ませんか

ユナイテッド93 ’06 アメリカ

2009-03-16 | ドラマ
初めて飛行機に乗った際、飛行中突然機体が急降下した。
そのときは、飛行機というものに乗れば、こういうことは普通にあることなのだろうと非常に甘く考えていたのである。
後で聞いたのだが、あのときはかなり危険な状況であったらしかった(汗)。

この映画を観て何を思うか。
個人的に感じたのは、はるか上空の密室内で、悪夢のような惨事を目の当たりにしながら、絶望的なこの現状と、これから起こる事態を嫌でも悟らねばならない乗客たちの想いをどれだけおもんばかることができるか、ということである。

日本で起きた日航機墜落事故の凄まじさも忘れることの出来ない出来事であった。
あのとき、家族に残した走り書きのメモを見て何を思うか。
どれほどの気持ちで、あれだけの言葉を残したか。

状況は違えど、ユナイテッド93の乗客たちは、テロ犯の目を盗みながら愛する人たちへ最後の電話をかけている。
せめて、せめてでも声を残したい。
最後に、あなたの声を聞きたい。

機体が無事に滑走路に降りたときの、あの感覚をつねに感じられることを、もっともっと重く心に留めなくてはいけないのである。

ゴーストワールド 2001年 アメリカ

2009-03-07 | ドラマ
すべてがウザッたらしく感じる時期(とき)ってあると思う。
「今どきの」という言葉でくくってしまうのはいささか卑怯かとも思われるが、若い頃というのは何かにつけて反撥したくなる、そんなお年頃でもあるのだ。

やたらに冷めまくっている女子をソーラ・バーチが好演していた。
柳原可奈子のコントを見ているようであった(笑)。
見事なオバチャン体型ながら、ファッションが可愛かった。
ヘアスタイルそのままに、寒色系、暖色系、どちらも似合う人ってそういないものだが、彼女はとても上手に着こなしていた。
スタイルばかり気にしたり、重ね着でごまかしたりするよりも、彼女風にさりげなく決めたほうが絶対に目を引くはずだが。

自分と同じだと思っていた親友は、無気力そうに見えながらもさっさと自立していく。
高校の卒業式を終えても、自分は美術の補習授業に出なければならない。
こんなのってアリ?

人を傷つけたのは悪かったと思うけど、自分でもどうしたらいいのか分からなかった。
このままじゃいけないって分かっているのに、事がうまく進まない。

もう廃線になっているはずのバスが停まった。
ずっとバスを待ち続けていたノーマンが乗っていく。
わたしはそれを見送った。
ノーマンを乗せたバスはどこへ行くのだろう。
わたしもそれに乗ってみようか。
乗れば何かが変わるかもしれない。

わたしはどこへ行くのだろう。

奥さまは魔女 2005年 アメリカ

2009-02-27 | ドラマ
個人的にも大好きな『奥さまは魔女』をノーラ・エフロン監督がどうアレンジしたのか楽しみにしていたのだが、だいぶ期待ハズレなものとなってしまった。
はっきりいって、これは失敗作でしょう。

“サマンサ役を演じた”イザベルにニコール・キッドマン。
これが10年前の企画だったら、メグ・ライアンだったろうな(笑)。
コメディエンヌではないニコールにとっては、ややイタかったか。
笑う場面でも目は笑っていないので、かなり無理していたのかも(苦笑)。

“ダーリン役に扮した”ダメ俳優のジャックにウィル・フェレル。
うるさすぎ(笑)。

往年の人気TVドラマをリメイクしようと、サマンサ役を探す。
ジャックの目にとまったのが、鼻を見事に動かすイザベルだった。
魔女役を演じるイザベルが、本物の魔女であることは知る由もなく・・・

設定は決して悪くはないと思う。
完全にリメイクせず、あえて新しく番組を作ろうとする中での物語だから。
だがどうもガチャガチャしすぎて、中盤の演出もシラけてしまう。
ニコールとウィルの息も合っておらず、どうもちぐはぐ。

“サマンサのママを演じた”女優のアイリスが、実は魔女だったということも中途半端だった。
イザベルのパパとはどうなったのか、どこぞの魔女なのか知りたかった(笑)。
作品としては、シャーリー・マクレーンやマイケル・ケインといった、俳優の重鎮に助けられたところが大きかったのではないか。

ターミナル 2005年 アメリカ

2008-12-15 | ドラマ
この映画のオリジナル版ともいうべき仏映画『パリ空港の人々』のレビューで、「『ターミナル』は鼻につく」と書いた。
今回、この作品を再見する機会があったので、改めて感想を述べようと思う。

やはり観直してみても、「なんだかなぁ」というのが率直な感想である。
スピルバーグ作品にしては浅い作品となってしまっているように思われた。
冗長な内容に、周囲の人間模様もいささかいい加減気味。
ハリウッド映画となれば、どうしてもヒロインを登場させないわけにはいかないみたいだが、フライトアテンダントの彼女は、はたして必要だったのであろうか。
キャサリン・ゼダ=ジョーンズのとんがってない今回の役柄は悪くはなかったけど。(むしろ可愛げがあった。)

確かこの映画のために、スピルバーグ監督はターミナルを造っちゃったんでしたよね。
一部セットとかじゃなくて。
ははーん、だからこれだけあーでもない、こーでもないと、やたら話をのばしてたのかも。
せっかくターミナルまるごと造っちゃったから。(笑)
残念だけど、観てて飽きてきちゃいました。
せっかくのお父さんの想いも深くは伝わってきませんでした。
味にどうも深みが足りないように思います。

これは個人の好みなんでしょうけど、やはり『パリ空港の人々』のほうが好きです。

恋人たちの食卓 ’94 台湾

2008-12-07 | ドラマ
家族がそろって食卓を囲むのも、なかなか難しい時代である。
お父さんたちは残業続き。
子どもたちも成長して忙しくなってくれば、食事の時間帯はバラバラになってくる。
だからせめて、週に一度でも、家族団らんって日を作れればいいのだろうが・・・。

元有名ホテルのシェフだったチュは、三人の娘たちと台北で暮らしている。
このお父さん、大の料理好き。
既に本職は退いているものの、趣味の域を超えている。
彼は毎朝、自ら娘たちに立派な朝食を作ってやる。
日曜日は、「必ず家族みんなで夕食をとる」という約束事を決め、その日は朝から仕込み始め、腕によりをかけて豪華な料理を娘たちに振る舞う。
はたから見ればうらやましい限りだが、悲しいかな、娘たちとってはこれがとても重荷なのであって・・・。

娘たちの悩みや、父親の結婚話やら、家族間の問題とダイナミックな料理シーンが重なって、ストーリーの強弱がうまくとれている。
そのため話が単純化せずにすんでいる。

「食」をメインとした映画はたくさんあるが、見事な中国料理が次々と現れて、これほど目を楽しませてくれる作品は他にないかも。

ブルークラッシュ 2002年 アメリカ

2008-11-05 | ドラマ
夏だ! 海だ! 太陽だ!と、喜べる人がうらやましい。
暑がりの冷え性にとっては辛い季節である。
だけど南国や島は好きなんだよね。
暑いし、店内とかキンキンに冷房が効いていたりしても、それが何故か、日本のような居心地の悪さがないってのは不思議。

海はもっぱら、ボーッと眺めているのが好きだが、フナムシのように岩にへばりついているのと違って、体を動かしている人たちのなんと爽やかなこと。
キラキラと輝いて見えます、ハイ。

上から下まで完全防御で太陽の下、サーファーのカレ氏を眺める女の娘たちと違い、この映画は、サーファーガールの基本通りの青春ドラマ。
ストーリーはこれといって面白いとこはないんだけど、見どころはなんといっても、彼女たちのサーフィン場面でしょう。
カメラも海に潜ったり、波にもまれたり。
観ている側も、一緒にその爽快さを共感できるところが楽しい。

挫折を味わいながらも、夢をあきらめないで前に突き進む精神は、スポ根ドラマの王道。
アン・マリーが完璧なサーフィンを見せつつも、優勝というベタな終わりかたにしなかったところは、よかったかな、と思う。

勝手にしやがれ ’59 フランス

2008-10-14 | ドラマ
罪を重ねながら逃亡を続け、好きな女には裏切られ、最後は「まったく最低だ」と言い残し息をひきとる。

このミシェルという男の生き方は束縛を嫌い、大胆で無謀。
3週間前に、南仏のニースで知り合ったというアメリカ娘のパトリシアに惚れてしまったことが運の尽き。

パトリシアは言う。
「あなたを本当は愛していないということがわかったの。 だから警察に通報したのよ」
警官に撃たれたミシェルに、一度は顔を覆ったパトリシアだが、その後の冷淡な表情に、ファム・ファタルな彼女の一面を見逃すことが出来ない。
「最低って、一体何のこと?」

ゴダール独特な作品であるが、’65の『気狂いピエロ』とよく比較したりする。
モノクロに、片や鮮やかな原色カラー。
恋のかけひき、恋人の死、無鉄砲な人生。
このゴダール作品のよいところは、ハイセンスで乙なセリフであるところ。
会話自体が短くて、間の取り方が絶妙なのだ。
お洒落度が高いのである。

この映画の原案はトリュフォーだが、彼ではなく、ゴダールの監督でよかったなと、個人的に思うのだが。

天使のくれた時間 2000年 アメリカ

2008-08-04 | ドラマ
これは夢物語なのか、時間旅行とでもいうのだろうか。
はっきり、好き嫌いの分かれそうな作品である。

大企業の社長にのぼりつめ、仕事にしか興味のない男。
全てを手にしたやり手の彼が、「もし、13年前に別れたカノジョと一緒になっていたら、ささやかながらも、こんなにあったかい家庭が築けていたのだよ」という、“天使”のお告げのような〈仮の現実〉を目の当たりし、すっかりその気になってしまうってのはどうだろうか。
同様に、この〈仮の現実〉の妻(元カノ)も、夫を愛し、子どもたちを愛し、家庭を愛する完璧な主婦なんだが、実際の彼女は多忙な女弁護士という、やはり仕事一筋の女性である。

人生は環境で変わるというのは嘘ではないだろうけど、過去をほっくり返したそんな夢も時間も見たいとは思わないなぁ。
彼らだって13年は既に過ぎてしまっているわけで、選ばなかった“あの時”を悔やんでみても仕方ないのだし。
ただ一つだけ気になるのは、あの可愛い子どもたち。
あの二人は、彼らが一緒にならなければ存在しないわけなんだけど。

同じニコラス・ケイジ主演、’94の『あなたに降る夢』は夢物語のようで、実は本当にあった話だそうだから、現実派の人は、こちらのほうが希望がもてるという気になるかもしれません(笑)

イカとクジラ 2005年 アメリカ

2008-07-01 | ドラマ
離婚原因はたいていの国で“性格の不一致”がトップらしいが、細かくいえば、やはりどちらかに非がある場合が多いようである。

主婦で作家のジョーンは、4年前から浮気をしていた。
それを理由に、夫から三行半を押し付けられる。
新進気鋭の彼女は立派に自立している。
同業者の夫よりも、はるかに名が売れている。
それもあってか、彼女はちっとも悪びれた様子がない。
二人の息子にも謝ることをしない。
だが子どもたちには、母親としての愛情を十分に注いできた。
だから彼らも、彼女を咎めることをしない。

家族愛を非常に重んじるアメリカも、そこに亀裂が生じれば、親であっても個人としての生活を尊重したりする。
「子どもたちのために別れない」という母親は、ここでは圧倒的に少数だろう。

長男のウォルトは、自分は父親似だと言う。
両親が別れても、父親と過ごす方が多い。(弟のフランクは、“まだ”母親寄り。)
しかし、彼が訳あってセラピーを受けた際、思い出として出てくるのは母親と一緒に出掛けたことだった。
そこに父親はいないのである。

『イカとクジラの格闘』は母との思い出。
それを見上げるウォルトの心境やいかに。
それにしてもこの構図、インパクトでかっ!(笑)

リップスティック ’76 アメリカ

2008-06-03 | ドラマ
辱められ、心身共に傷つきながら、その怒りをぶつけられずにいても、裁判で勝てる確率は非常に低いのが現実のようだ。

モデルという華やかさとは対照的に、地獄のようなシーンを見せる。
’88に『告発の行方』という、同じテーマを扱った映画があったが、いずれにせよ、シビアな問題を作品として見せるには細心の注意を払い、リアリティを持たせた脚本が重要となってくる。

加害者側はいうまでもないが、被害者側にも落ち度がなかったともいえない。
濡れた髪にバスローブ一枚で、親しくもない男性を家に招き入れてしまっていいものかどうか。
「自分に好意があるのだから、悪さはしないでしょ、まさか」と、もしも思っていたら、ピンクレディーの『SOS』を聴いてみましょう。(偶然、同じ’76作品)
危機意識も大事だということです。

ラスト、女性検事の〈法と秩序〉に関する最終弁論は、現代社会にも強く訴えかける、誠に見事なものであった。