魔が差してしまったマコトさんを責めるのはたやすい。
本当に魔が差してしまったのだろう。
ちょっとまあ、小さな魔ならさしてもいいか、という思いがぼくらにも
あったかもしれない。
その辺を曖昧にしてしまった、曖昧方向へもっていったことは確かに認める。
しばらくなかったので、重大なことをぼくらは忘れていた。
「マコトさんが、人を好きになると、お店が変わる」
マコトさんが「鍋焼きをヒントにした熱々のご飯メニュウ」を考えていた時、
ちょくちょくお店に来るようになった葵さんを、
ぼくらは見ていたし、気にもしていた。
マコトさんの気持ちが動いているのがよくわかったからだ。
けれど、仕掛けたのはマコトさんじゃない。
葵さんが持ってきた湯飲み茶碗が原因だったんだ。
緑色がきれいな湯飲みだった。
葵さんは何も言わずにその茶碗をマコトさんに差し出した。
マコトさんはもう茶碗を受け取りながら訊いた。
「あなたが焼いたんですか?」
葵さんはにっこり笑って頷いた。
古い空気が裂けて、新しい空気が入り込む音が聞こえた。
そうなってみて、ぼくらはようやく思い出した。
マコトさんが、人を好きになると、お店が変わる
止められるとしたら、あの瞬間だったろう。
ぼくらも、マコトさんも、葵さんも、
残念ながらその流れを止めようとしなかった。
止められるとしたら、あの瞬間だったろう。
焼き物がぬりかべ屋の舵を思わぬ方向へ切っていくのを
もし、止められたとしたならば。