礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

電光石火で解決できないものがあると感じる

2019-11-29 04:57:56 | コラムと名言

◎電光石火で解決できないものがあると感じる

 雑誌『座談』第二巻第三号(一九四八年三月発行)から、「帝銀毒殺事件楽屋話」と題する新聞記者七名による座談会の記録を紹介している。本日は、その六回目(最後)。
 座談会に出席した記者七名の名前は、冒頭で明記されているが、個々の発言については、名前ではなくA~Gのアルファベットが用いられている。このうち、発言者名が推定できるものについては、アルファベットの下に、〔 〕で、社名と氏名を入れておいた。

 当局に苦言を呈す
記者 当局仁対する註文とか、そんな話を。
 これは非常にいい例だと想ふんですけれども、吉田支店長代理〔帝国銀行椎名町支店の吉田武次郎支店長代理〕ほか三人の生残つた連中ですね、これを聖母病院で写してもいいといふことになつたんです。しかし記者団との一問一答はお断りする、これから帝銀へいつて実地検証をする、といふわけです。しかし、それぢやわれわれは困る。カメラだけ許されても新聞記事は出来ないんだ、一問一答させろ、といふことで迫つたんですが、とにかく三十分ばかり待つてくれ、食事をするから、と言つて扉を締めて鍵をかけて入つたつきり、音沙汰ないんです。扉の所には制服の巡査が二名立つてゐて、われわれは上司の命令で一人も入れてはいかんと言はれるから、入つちや困ります、と言ふんだね。ところが、三十分間待つてる間にわれわれは、こんなちつぽけな所へ二百名からの記者やカメラマンが押掛けたら、建物が潰れちやふだらう、だから各社で質問要項をまとめて代表だけ入ることにしよう、といふことで話をきめたんです。ところが、約束の三十分が来ても音沙汰なし。そこで紙に、いつになつたらわれわれに会つてくれるのか、と書いて、室内にゐる検事に渡してもらつたら、しばらく待つてくれ、といふ答へが来たんです。それから、時間がハッキリしないのは困るから、何時だか言つてくれ、と紙へ書いてやつたところが、あと一時間待つてくれ、といふんです。クソ、あと一時間も待てるか、といふので 非常に騷ぎましたよ。それを鎮めて、とにかく検事自身ここへ出て来てくれ、お互いに話合はうぢやないか、と紙へ書いてやつたんです。さうしたら梨の礫で一向に返事がない。かうして待っこと約二時間‥‥。
 二時間半だ。
 さう。待つたんです。さうしたら二時間半くらゐしたら、検事とか捜査課の連中がソフトをかぶつて帰り支度で出てくるんです。それを記者団がかこんで、一体どうしたんだ、われわれを待たせておいて、なぜ返事をしないのか、と言つて撲り合ひはしませんでしたがね、罵倒し合つたんですよ。さうしたら、君たち会ふなら勝手に会へばいいぢやないか、と言ふんです。それぢや秩序といふものは一体どうなるのか、われわれは初め三十分待つてる間にかういふことにした、と話をして、各社代表十五名が正式に会ふことになつたんです。
 それからもう一つ、僕は当局に言ひたいんだけれども、例の小切手のことで、現場保存といふことさ。
 要するに搜査当局が事大主義なんだよ。その甚しい例はね、今度かういふ話を聞いたんだ。昔だつたらば検事の命令で記事差止〈サシトメ〉をやつちまへば、こんなにやられないで済んだのに、といふことを言ふんだ。それで俺は言つてやつたよ。貴様ら何を言ふか、さういふ考へだからいかんのだ、と言つてやつた。それから小切手のことだけれども、あれは要するに現場保存といふ捜査の基本的な問題なんだ。現場保存といふものは捜査上に重要なことですよ。しかし、それをあまるに重視しすぎると、ああいふことになるんだ。あの発生の晩、何と何が盗まれたかといふことを調べるために、帝銀の本店から行員を呼んで調べさせれば、あの二十六日の晩中に小切手の盗まれてることが判るわけなんだ。それを現場保存のためといつて内部へ入れさせない。もし二十六日の晩にそてが判れば、翌日の午後二時に〔安田銀行〕板橋支店へ金を取りに来た時にパクることが出来た筈なんだ。それを二十六日の晩は十時になつたら全部釘付けにして引揚げちやつた。これは当局の事大主義といつていいね。
記者 国民はみんなさう思つてゐますよ。
 それから、例へばここ四、五日間ばかりは、毎日三回くらゐ記者団と会見するんだけれども、何もありません、といふだけなんです。しかし、もつと当局がほんたうの意味で民衆の協力を求めるといふなら、捜査の方向は現在この方向だ、さうしてかういふ所で難関にぶつかつてるといふやうに、肚〈ハラ〉を割つて話すといふ積極性がなければいかんのです。僕らにしても、どこへ刑事を派遣して、かういふネタが上つから、今度はここへいつてかういふやうに当つてる、なんていふ細かいことを言へ、といふんぢやないんです。捜査の主流はここへ向いてる、しかし、この点で壁に突当つた、これを打破するには民衆の協力が必要だ、といふやうに大筋を話すやうにしないと、やつぱりダメだと思ふんです。ところが、昔通りの捜査当局の頭であるといふことを、われわれは今度の事件を通じて痛切に感じてます。
 だから、本部発表なんて書いた記事が出ますがね、あれは言つた通り書いたたら何のことやら判らないんです。こつちが突込んで質問すると、その話はまだ聞いてゐませんとか、仙台のはうはどうです、まだ連絡を受けてゐません、この二通りだけしか言はない。だから、各社が独自でやらなければならないといふことになるんです。
 だから、捜査本部と新聞社の方と別々な方向にゆくといふわけだな。
 極端にいへば、さう言つていいでせう。
 俺は別に捜査本部の肩を持つわけぢやないけどナ、一応捜査本部を背負つて話をすると、当局は本筋を摑んでるんぢやないかと思ふがね。
 いや、摑んでるとしたら、これくらゐ大きな事件ですからね、電光石火ですよ。僕はさう思ふ。
 電光石火で解決の出来ないものがあるんぢやないか、といふやうなことを俺は感じるな。
 本筋のものを摑んでるといふことは、まづないな。
 摑んでるやうに見えても、案外摑んでないですよ。
 新聞社に話をすれば、それは犯人に話をするのと同じことだ、といふやうなことを或る刑事は言つてるんだ。それなら何か持つてるのかと訊けば、いやアとか何とか言ふんだ。
 まあ、今のところないと思ふな。
 今度の事件は捜査上にアウトラインといふか、範囲は決つてるんだ。例へば、土地とか、銀行、衛星、防疫、それから腕章とか名刺とか、あらゆる所で一つの線が出てくるんだよ。だけど、その網が広いんだ。あまりにも材料がウンとある。そのために小さい網なら締めるのも早いんだけれども、大きい網は締めるのに時間がかかるんだよ。
 俺は面白いと思ふんだがナ、人相といふものだよ、あの事件の起きた次の日に、警視庁で捜査会議を開いたんだ。その時、江戸川乱歩が例のやうに眼鏡をかけて、澄まして入つて来た。さうして眼鏡をはづして座つた。それで、この方が江戸川乱歩さんですが、この方は今どんな服装で来たでせうか、と訊いたんだね。ところが、眼鏡をかけて来たことを当てた者が一人もないつていふんだよ。
 だから、病院に入つてた生残りの四人でも、毎日刑事が来ていろんなことを言ふから、架空の人相といふものを自分で想像して固定しちやふんだよ。今度の人相書がそれさ。その証拠に、あの顔は 凸起が一つもないんだ。ノッペラボウさ。
 問題のあつた支店長三人を鑑識課に集めた時に、あの人相書を見せたら、新聞を見る人はこの人相書に頼つてゐていいけど、刑事さんがこれに頼つてゐたらダメですなと言はれちやつたさうだ。
 だから、当局でもあの人相が絶対だとは言つてないんだよ。ただ輪郭がかうだと言つてるんだ。
 四、五分間しか会はない人間なんだからハッキリ言へるわけがないよ。
 少くとも相似点を求めようとしだけのことでね、完璧なものを出してるわけぢやないんだよ。
 あの人相は多少違つたつていいんだ。しかし中心はあの線だといふことさ。
記者 ではこの辺で、ありがたうございました。

 ここでの発言で注目されるのは、Gの「当局は本筋を摑んでるんぢやないか」、「電光石火で解決の出来ないものがあるんぢやないか」というものである。その真意は不明だが、事件に「七三一部隊関係者」などが関与しており、ために、電光石火での解決が難しいということを、Gはうすうす気づいていたのかもしれない。Gの名前が特定できないのが残念である(時事新報の森西芳久、または東京新聞の丹野幸作のいずれかである可能性が高い)。

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