礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

映画評論家の河原畑寧さん亡くなる

2023-02-10 04:05:27 | コラムと名言

◎映画評論家の河原畑寧さん亡くなる

 清水伸の「金子堅太郎伯に維新をきく」を紹介している途中だが、いったん話題を変える。
 昨九日の東京新聞22面によれば、映画評論家の河原畑寧(かわらばた・やすし)さんが、今月四日に亡くなられたという。八八歳だった(一九三四~二〇二三)。河原畑寧さんといえば、このブログを始めたころ私は、コラムで、河原畑寧さんの文章を引用したことがある(「カットされた映画『姿三四郎』と河原畑寧氏による補綴」2012・7・28)。
 本日は、その日のコラムを再載し、故人の冥福を祈りたいと思う。

 黒澤明監督の東宝映画『姿三四郎』は、戦中の一九四三年(昭和一八)三月に封切られた。この時は、上映時間九七分の作品だったという。ところが、翌一九四四年三月に再公開されたされた際、それが八〇分弱に短縮されてしまった。「電力節約」のため一作品の上映時間が八〇分以下に制限されたためだという。この「短縮」にあたって、黒澤明監督ら関係者は関与を許されず、カットされたテープも行方不明になったままだったという(その後、ソ連崩壊後のロシアで再発見された)。
 今回、私が見たのは、東宝株式会社の中古ビデオで、上映時間七九分。戦後の一九五二年(昭和二七)に再公開された「短縮版」である。映画の冒頭で、フィルムが短縮された事情について、東宝株式会社からの断りがあり、途中でも数回、カットされた部分の説明がはいっていたと思う。
 この中古ビデオには、リーフレットが残っていた。そこには、映画評論家・河原畑寧〈カワラバタ・ネイ〉さんの解説(タイトルなし)が載っていた。河原畑さんは、一九四三年の封切り時に、この映画を見ており、その時の記憶とシナリオとによって、欠落した部分を補綴〈ホテツ〉している。その意味で、これは、なかなか貴重な文章だと思う。

 大きな欠落は、投げ殺された神明活殺流・門馬三郎〔小杉義男〕の娘お澄〔花井蘭子〕が、三四郎〔藤田進〕を父の仇と狙って、修道館の本拠隆昌寺に来て取り押さえられ、隠し持った短刀をぽろりと落とす、その後の五シーン。お澄は和尚〔高堂国典〕の部屋に通されて宥められ諭される。そこへ三四郎が飛び込んできて刺されそうになるが、師匠矢野正五郎〔大河内伝次郎〕の機転で救われ、お澄は寺に引き取られることになる。
 動揺した三四郎は、村井半助〔志村喬〕との試合を控えての練習に身が入らず、正五郎から厳しい特訓を受ける。監督の手記によると「十八貫(六七・五キロ)の藤田進を二十回以上投げる」「月光に大きな影法師を躍らせて、藤田の巨体がセットも毀れよとばかり」投げられるという、相当に激しい場面があったはずだ。
 私がよく覚えているのは、そのあとで三四郎が、子猫をつかまえて落とし、くるりと安全着地するのを見て、技の参考にする場面である。この子猫は、お澄が拾ってきた捨て猫だということになっていたが、これで三四郎は、村井との試合で投げられても、くるりと回転してぱっと立つ、あの猫のような妙技を身につけるのだ。

 この部分については、一九五二年版では「カットされた部分の説明」が挿入されていたが、もちろん、それで補いうる問題ではない。なお、修道館のモデルは講道館、矢野正五郎のモデルは嘉納治五郎である。志村喬が演ずる村井半助は、修道館柔道と対立関係にある良移心当流柔術の師範である。その娘が小夜〔轟夕起子〕。村井半助の門人で、実力は師範をしのぐという設定になっているのが、桧垣源之助〔月形龍之介〕である。
 河原畑さんの文章を、再度、引用する。

 もう一つ、カットされて分かりにくくなっているのは、青山杉作(この人は新劇の大物だった)の飯沼恒民という人物である。道場破りに隆昌寺を訪れた山高帽子に二重回しの桧垣源之助が、足踏み洗濯していた三四郎に導かれて門内に入ったところで画面はワイプ転換、いきなり投げられた若者新関虎之助〔中村彰〕が羽目板に叩きつけられて失神する。三四郎が、次の相手になるつもりで正座した時に、横合いから「この門人は稽古止めになっている」と割って入る髭の師範が飯沼恒民。彼は修道館の理解者である起倒流の柔術家で、この日は虎之助に稽古を付けにきていたのだが、その部分が失われているので何故突然ここで流派の違う師範がでてくるのか、納得しにくくなっている。この人、最後の右京ケ原の決闘にも、見届け人として登場する重要人物なのに、正体不明な存在になってしまっている。

 今日では、ロシアで再発見されたフィルムによって補修された九一分の「最長版」のDVDが発売されているようだが、未見。このコラムの読者にも、「短縮版」しか見ていないという方が多いと思うので、河原畑さんの文章を紹介させていただいた次第である。

 ――以上が、その日のコラムである。数か所、字句を改めた。「河原畑寧〈カワラバタ・ネイ〉さん」というところは、誤りだったようだが、あえて、そのままにしておいた。

*このブログの人気記事 2023・2・10(8位のゴーン被告、10位の「絞首」は久しぶり)

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