◎一年在営制は議論の余地なく実現可能である
松下芳男の『軍政改革論』(「民衆政治講座」第二二巻、青雲閣書房、一九二八)から、同書の第五章「兵役法の改正」の第四節「兵役法改正の要旨」を紹介している。昨日は、その(ロ)「選兵方法の改正」を紹介した。本日は、それに続く(ハ)を紹介する。
(ハ) 一年在営制の実施
陸軍当局は学校に於ける軍事訓練、又一般青少年に対する軍事訓練を理由として十ケ月乃至一ケ年九ケ月の在営を認めんとしてゐる。現在見るが如き学生軍事訓練を以つて此特典を許し得られるならば、一年在営制は最早議論の余地もなく実現可能の制度である。殊に我々の主張するが如き選兵方法を採用する時に於いて然りである。而もそのために我々は軍隊内の分業教育を必要とするものである。
既に説いたやうに機械戦科学戦を内容とする軍隊教育は多岐多端である。往時の如き『オ一、二』で万事片付くものでない。そうであるが故に軍隊教育が益々困難になると共に、またそうであるが故に軍隊教育に於いて愈々分業を認めねばならない。今陸軍に於いては七兵科、五部に分れてゐるけれども、各兵科に於いても著しい分業がある。例へば工兵科といつても、単に野戦用工兵もあれば、電信、鉄道の工兵もある。又其内部は更に複雑な分業がある。最も簡単な歩兵科にあつても、単に小銃手のみではなく、機関銃手もあれば、電話専門手もあれば、又馬取扱兵【うまとりあつかひへい】もある。工卒といふ特業兵もある。更に戦闘編成にあつては尚ほ多くの種々なる分業が生れて来る。
斯様【かやう】な多くの分業を同一の人間が修得することは不可能である。茲に於いて各兵科に於いても、夫々【それぞれ】の専門卒を任じて、その専門事項の向上を期すべきである。かくすれば各人の素質希望に応じて、比較的適所に適材が配置されることになる。即ち学識の高いものにそれを必要とする方面を、体力の強壮のものにそれを必要とする方面を分担させればいいのである。斯くすれば学識の高いものと雖も、その修得にはかなりの月日を要するであらうし、又無学者と雖も、業務が簡単なるため左程【さほど】の月日を要しないであらう。即ち各人に一様に一ケ年を以つて修得期間とするも、過不足あるまいといふのが私の主旨である。而して一年在営たらしむるためには、尚ほ軍隊として施設すべき多くの事項がある。併しそれは今説かない。
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