礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

上杉慎吉博士の説明には多大の空隙がある

2024-04-07 00:28:58 | コラムと名言

◎上杉慎吉博士の説明には多大の空隙がある

 鈴木安蔵著『明治憲法と新憲法』(世界書院、1947)の第二章から第二節「天皇機関説論争の経緯」を紹介している。本日は、その二回目。
「天皇機関説論争の経緯」は、「一」から「四」までの四節からなるが、本日は、そのうちの「二」を紹介する。「二」は、かなり長いので(約十二ページ分ある)、何回かに分けて紹介する。

        
 論争の回顧のためには、両者の国家およぴ主権の概念、国民観、議会観について考察するを必要とする。以上の諸概念は、憲法学説の最も主要な且つ基礎的な諸概念であるから、これらを検討することのよつて、ほゞ当該学説の全体的性質を明らかにすることができる。当時、論争が学説の全体系についてといふよりも、これら基礎概念を中心として戦はされたことは、一つは、これら基礎概念が全学説中に有する決定的重要性を物語るものである。
 上杉〔慎吉〕博士は、天皇即国家を唱へつゝ、天皇主権説を主張したが、しかし国家が統治権、国民、領土よりなる独立的な団体である事実は一応は認めてゐるかのごとくである。
 「国家と云ふ事を申せば、直ぐ国家の権力(中略)第二には多数の人民(中略)第三には土地―国土と云ふ事を考へるのであります。国家と云ふ要素は、権力、人民及び土地の三つの者であります」(「講義」八四頁)。
 だが、憲法学上の国家論としては、ありのまゝに見た単なる自然的事実としての国家と、法学的に考察された「法律上の国家」とは区別されねばならぬ。
 「国家権力も亦意思であり、其の意思は各人に対して、或は租税を取立てるとか、或は兵役の為めに徴収するとか、或は人を死刑に処すると云ふ意思の働きを持つて居るから、其の権力の主体たる法律上の人格がなければならぬ、斯の如き法律上の人格を、法律上に於きましては国家と申すのであります。
 「其の意味に於て(中略)国家とは国家的生活に於ける権力の主体なる法律上の人格を云ふのであります。夫れ〈ソレ〉でありますから、其の権力の主体を通常主権者と云ふやうな言葉を用ゐて現はして居りますが、法律上の言葉で云へば、主権者と云ふも国家と云ふも同じ事であります。権力者と云ふも、権力の持主といふも主体といふも皆同じ意味であつて、之れを法律学者の言葉に翻訳して国家と申すのであります」(「講義」九七頁)。
 国家が、最高権力を有し、国民、領土を有することを認めつゝも、上杉博士は、この三要素より構成される国家なる自然的事実、自然的独立的存在、かゝる国家の団体性は否定して、国家即主権者であるといふ。それは、国土人民は主権者の統治の目的としてのみ存在する。「普天ノ下〈モト〉莫非王土〈オウドニアラザルハナク〉、率土ノ浜〈ヒン〉莫非王臣〈オウシンニアラザルハナシ〉」との敬神忠君の念の法理化であると言はねばならぬ。したがつて、純論理的には、上杉博士の説明には多大の空隙〈クウゲキ〉がある。
 「統治権の総攬者〈ソウランシャ〉と云ふものは、法律上の国家と同一であると云ふ私の説明は、法律上の国家とは団体であるとは云はない。何であるとも云はぬ、唯だ形式的抽象的に、法律の上に於て斯う云ふものを国家と云ふ、空〈クウ〉なものを国家と云つて居るのであります」(「講義」一一六~一一七頁)。
 抽象的に考察すれば、「空なもの」「何であるとも云」はれぬものではあるが、具体的に考察すれば、国家とは国家を「実際に於て棒成する所の人類を指すのであるから、実際我々が目に見る上に於ては国家も統治権の総攬者も同じものであります」(「講義」一一四~一一五頁)。 
 何故に「実際に於て」国家を「構成する」もののうちから領土は除かれてゐるのであらうか? また、「構成する所の人類」のうちから国民が除かれてゐるのは何故であらうか? これらの三要素をあるがまゝに認識することは、統治権者即国家の観念とは正反対に、国家が独立的の団体であり、この点から言へば主権者も国家を構成する一要素であり、たゞ他の要素とは異なつて、国家の最高地位にある要素、領土を舞台とし基礎として国民を支配する権力者、国家の元首であるとの国家・主権概念にいたることは論理的に必然的であるがゆゑではなからうか?【以下、次回】

 文中に引く、「普天之下莫非王土、率土之浜莫非王臣」は、『詩経』にある言葉。「率土之浜」は、国中あまねくの意(浜は「はて」)。

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