礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

近衛公は狡猾な責任免れをする人でもあった

2021-08-21 00:03:07 | コラムと名言

◎近衛公は狡猾な責任免れをする人でもあった

 富田健治著『敗戦日本の内側――近衛公の思い出』(古今書院、一九六二)から、「(四三)八月十五日直後の政局」の章を紹介している。本日は、その二回目。

 十六日夕刻、私は小石川の細川〔護貞〕邸にやっと到着した。そして私への伝言によると近衛〔文麿〕公は参内されて東久邇宮〔稔彦王〕、木戸〔幸一〕、緒方竹虎氏等と組閣の最中である。細川護貞氏が入閣交渉のため走り回っておられる。早急に組閣が完了するだろうというようなことであった。私はその間、応接室のソファーで居眠りつゞけていたように思う。そして夜も十一時近くになったので、中々組閣も難航しているな思いながら先きに床について寝てしまった。そして数日間の疲労は翌る〈アクル〉朝早く六時項まで寝込んでしまった。朝起きて、近衛公らは今暁二時項、細川邸へ帰ってきたことを聞いた。そして近術公からこんなことを私は直接聞いた。『電話も不通、居所も不明、そのため第一に組閣はむつかしかった。 一番問題はやはり、治安関係の内務大臣で、正力松太郎、中島知久平〈チクヘイ〉らの名前も出た。私は君(富田)をどうだろうといったところ、木戸が「それでは近衛内閣じゃないか、富田に対しては内務省内に反対が多いから」というので、私(近衛公)は「必ずしも反対ばかりとは思わない。マジメ真剣な連中は今日の時局に当り得るものは、富田以外にないと思っている」といったが、諒承してくれなかった。私(近衛公)自身内務大臣にとさえ、思っていましたが、そんな次第で、もう何も言わなかった。この内閣、どうなりますかね。余り期待できないし永持ちしないと思いますね。結局内務大臣は無難な山崎巌〈イワオ〉君にきまりました』。
 というような話であった。私は一度この時の組閣話を、木戸さん(時の内大臣)にお伺がいしたいと思っている。というのは、近衛公は、先にも述べた通り、箱根富士屋ホテルでの伝言で、自分(近衛公)は内務大臣にでもなってやって行こう、そのとき君(富田)は内務次官になって呉れといっている。所が近衛公は内務大臣にもならなかった。そこで私の想像は、近衛公は組閣の席上、自ら内務大臣になろうなどという発言をしなかったものと思う。言えば、実現していたかも知れない。小田原を出立するときの決意が組閣の空気や何やかやで変ったのではなかろうか。一方私には近衛公の決意と共に私の次官を要求している。そこで組閣人選の際に、一寸私の名も出された程度で、必ずしも前述したように明確な強い木戸内府の反対があったのでない。只私へのてれかくしに、私への反対を強調しているのではなかろうか。近衛公という人はこういう段になると中々、狡猾な責任免れをする人でもあった。 近衛公に対し、申訳ないことではあるが、私は今でも以上のような想像を持っている。
 併し八月十九日には、小畑敏四郎〈オバタ・トシロウ〉(陸軍中将)が、国務大臣として入閣している。これは全く近衛公の推挽〈スイバン〉によるもので、元来近衛公は戦争中から、早期終戦のために、皇道派の小畑中将を是非、陸相其他重要な地位に起用すべく熱望していた。それが実現したのだ。頼りないようではあるが、無理をしないで、忘れる頃に、かねての約束を実行する近衛公でもある。従って根からの不誠実な人では無論ないと言えよう。【以下、次回】

 富田健治は、「近衛公は組閣の席上、自ら内務大臣になろうなどという発言をしなかった」、「明確な強い木戸内府の反対があったのでない」、などと推測している。
 おそらく近衛は、「組閣の空気や何やかや」を察し、内務大臣に名乗りを上げるのを控えたのであろう。これによって、「富田健治内務次官」の線は消えた。内務大臣の人選に入ったとき、近衛は、富田健治の名前を出したのかもしれない。しかし、「近衛内務大臣+富田内務次官」の提案ならともかく、富田内務大臣の提案では、まず、実現の可能性はなかった。
 こうした経緯について近衛は、富田内務大臣を提案したが、木戸内府から強く反対されたので実現しなかった、というふうに説明したのである。
 富田は、近衛の説明に納得していない。そして、近衛文麿について、「狡猾な責任免れをする人でもあった」と評したのである。いずれにしても、苦労して上京したあと、近衛から、こうした「釈明」を聞いた富田の落胆と近衛に対する怒りは、大きかったことであろう。

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