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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

暗澹たる時代における学者の祈り

2020-09-25 00:00:42 | コラムと名言

◎暗澹たる時代における学者の祈り

 あいかわらず、根来司著『時枝誠記 言語過程説』(明治書院、一九八五)の紹介である。
 本日以降は、「第十二 橋本進吉博士と国語学」を紹介してみたい。

  第十二 橋本進吉博士と国語学
     一
 本章を「橋本進吉博士と国語学」と題したが、ここで橋本進吉博士とその国語学について述べようとするのではない。実は時枝誠記博士があわただしい戦中戦後に書かれたものに、さきの章の国語規範論ともう一つ橋本博士の国語学についてがある。それでいまは時枝博士の「橋本博士と国語学」(「国語と国文学」昭和二十年五月号、特輯橋本博士と国語学)、「橋本進吉博士と国語学」(橋本進吉博士著作集『国語学概論』解説、昭和二十一年十二月)について考えようと思う。知られるとおり橋本博士は明治十五年〔一八八二〕十二月に生まれ京都府立第一中学校、第三高等学校を経て、明治三十九年〔一九〇六〕七月に東京大学言語学科を卒業された。ついで明治四十二年〔一九〇九〕東京大学助手となってそれ以後上田万年〈カズトシ〉博士の下に国語研究室に勤め、昭和二年〔一九二七〕助教授となり四年〔一九二九〕教授になられた。昭和九年〔一九三四〕文学博士の学位をえられ十八年〔一九四三〕三月定年退官されて十九年〔一九四四〕国語学会を組織したが、終戦の年二十年〔一九四五〕一月に逝去された。博士は国語史なかんずく国語音韻史にくわしく、上代特殊仮名遣の研究によってわが国の上代語研究を一新すると共に、キリシタン教義の研究によって近世の音韻体系の再建を試みられた。橋本博士のこの辺の事情については、時枝博士も後年著作集の第十一冊として『キリシタン教義の研究』が出た時、「書評橋本進吉博士と『キリシタン教義の研究』(「図書」昭和三十六年三月号)の中に述べられておられる。
《橋本博士の『キリシタン教義の研究』が、東洋文庫論叢第九として刊行されたのは、昭和三年〔一九二八〕一月であって、今回博士の著作集に加えて、これを重刊することができたことは、学界のためにまことに喜ばしいことである。
 本書は、文禄元年(一五九二)天草で刊行され、現在東洋文庫の蔵に帰している、ローマ字綴りの「ドチリーナキリシタン」(キリシタン教義)を対象とした博士の解説考証と、その用語に関する研究であって、国語資料として、また室町末期近世初頭の国語に関する貴重な研究文献である。本書の研究が、博士の全研究体系の中にどのような位置を占めるものであるかをうかがってみると、先ず博士の研究の主流ともいうべきものは、校本万葉集編纂の仕事を軸とする古代国語に関する研究であって、中でもその上代特殊仮名遣の研究が、学界に与えた影響の甚大であったことは、ここに事新しくいうまでもないことである。
 それとは別に第二の流れともいうべきものは、本書の研究によって代表される室町近世の国語研究であるといってよいであろう。本書の研究は、明治四十年代に、新村〔出〕博士が、大英博物館所蔵の口訳平家物語、伊曽保物語、金句集の合綴本〈ガッテツボン〉の紹介、抄録に始まるいわゆるキリシタン版研究の盛行に伴うものであるが、博士の研究体系からいえば、キリシタン版を資料とする近世初期国語の記述的研究ということになるであろう。明治以降の国語の歴史的研究は、一に〈イツニ〉国語史資料の発見にその死命が制せられていたといってよく、平安時代の訓点本、室町期の抄物、そしてこのキリシタン版の発見は、国語の史的研究の躍進を促した三大原動力ともいえるので、本書において、博士は当代国語の最も典型的な記述様式を示した。なお博士の講義題目によれば、昭和五年〔一九三〇〕に「庭訓往来〈テイキンオウライ〉」を、同八年〔一九三三〕に「明衡往来〈メイゴウオウライ〉」を演習に用いられ、博士が近世文語の用語に多大の関心を持っていたことがうかがわれるのであるが、それとこの『キリシタン教義の研究』とは無縁のものとは思われない。昭和二十年の春、博士の没後、空襲のさ中において、博士の蔵書を書店に整理させた時、シナ音韻関係の学書のおびただしい蒐集――これは上代特殊仮名遣の研究に関係するものであったのであろう――と庭訓往来を始めとする往来物及び抄物の蒐集については、その散逸と戦火の危険を慮って、書店より一括再購入していそぎこれを研究室に搬入させたことがあった。当時のあわただしい事態を想う時、まことに感慨無量なものがあるのである。》
 時枝博士のこの一文には橋本博士の国語史研究の跡よりも、橋本博士没後太平洋戦争末期東京大空襲のさなか暗澹たる時代の学者の祈りのようなものがうかがえるので全文を引いてみた。【以下、次回】

 すでに見てきた通り、根来司のこの『時枝誠記 言語過程説』という本は、引用が多い。しかし、この引用が実に有益なのであって、この本の価値は、その引用にあるとも言えるのである。

※明日は、都合により、ブログをお休みします。

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