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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

暗夜、灯の消えた民家の前に佇む松本清張

2018-12-05 00:04:08 | コラムと名言

◎暗夜、灯の消えた民家の前に佇む松本清張

 最初に、昨日のコラムに、補足をしておきたい。小説「鷗外の婢」の主人公の「浜村幸平」がやってきたとき、鷗外の旧居は、「門から格子戸の玄関までは四、五メートルぐらいの細長い石だたみで、両脇は赤煉瓦の塀になっていた」という。今日、鷗外の旧居には、「細長い石だたみ」はあるが、その両脇にあったとされる「赤煉瓦の塀」はない。おそらく、鷗外が住んでいた時の状態に復原するため、撤去してしまったのだろう。
 さて、本日も、松本清張の小説「鷗外の婢」を引用してみる。昨日、引用した部分のあと、改行して次のように続く。

 この家にモトがいたのだ。馬にまたがる軍服姿の鷗外を見送る、色白の彼女の顔が浮んでくる。モトが着物や蒲団を縫っていた女中部屋はどのあたりにあったろうか。背の高い末次ハナや川村でんの出入りしている様子が見える。盗癖あるヒサ、娼婦のようなハマ、毎晩情夫のもとに泊るマサ。さらに米菜を盗んで婿の家に運ぶ雇婆【やといば】、強欲で奸知【かんち】にたけた馬丁。みんなこの暗い家の中にうごめいているようだった。そうして、再び産期が近づいたモトと、その姉や叔母の介添する姿が見えてくる。珈琲罐【コーヒーかん】や、煙草や、硯【すずり】を持参してくる律義な姉婿の川村正人。――
 あんまり長く他人の家の前をうかがっているように見えそうなので、浜村はそこを離れた。実際、訝【いぶか】しげに眺めてすぎる通行人もいた。少し歩くと、キャバレー、バー、小料理屋が集まるところに出た。派手な店の間に、しもたやや小さな寺がはさまっているところを見ると、この辺は昔の武家町だったろうと、浜村は察しをつけた。低い窓から、ぶうんぶうんと、糸車の音が聞えていたというのもわかる。

 主人公の浜村幸平は、暗夜に一軒の家の前に立ち、中を窺いながら、明治末、その家で働いていた人々のことをイメージしようとしている。そうした浜村の姿を、訝しげに眺める通行人もいたという。挙動不審と思われたとしても仕方あるまい。そして、そうした浜村の姿は、取材のために小倉にやってきた松本清張の姿でもあった。なお、清張が、鷗外の旧居前に立った時期を、仮に一九六九年(昭和四四)の前半とすると、このときの清張は、満六〇歳だったはずである。暗夜、灯の消えた民家を覗きこむクチビルの厚い老人を見た通行人は、さぞかし訝しく感じたことであろう。

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