礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

天日槍はどこの国からきたのか

2018-08-10 05:35:50 | コラムと名言

◎天日槍はどこの国からきたのか

 先月の二七日、二八日、福田芳之助著の『新羅史』(若林春和堂、一九一三)を紹介した。
 本日は、その続きで、有名な天日槍(あめのひぼこ)について、論じているところを紹介してみたい。すなわち、同書の第一期「創業時代」の第三章「国初と南方との関係」のうち、「四 天日槍は何れの国の王子なるか」である。
 ルビは、主として、『日本書紀』垂仁紀を参照したが、福田芳之助の意図を、正確に反映していない可能性もある。

   天日槍は何れの国の王子なるか

 眇〈ビョウ〉たる一帰化の身を以て、日本上代史を賑はし〈ニギワシ〉たること、天日槍の如きは他に匹儔〈ヒッチュウ〉なかるべし。彼れ初め艇に乗じて、播磨国〈ハリマノクニ〉宍粟【シサハノ】邑〈ムラ〉に泊す、天皇(垂仁)三輪君〈ミワノキミ〉の祖〈オヤ〉大友主〈オオトモヌシ〉、倭直〈ヤマトノアタイ〉の祖長尾市【ナガヲチ】の二人を遣はし、問はしめて曰く〈モウサク〉、汝〈イマシ〉は誰人〈タレビト〉にして、且つ何国〈ナニクニ〉の人なるかと。日槍対へて曰く、僕〈ヤツガレ〉は新羅国主〈シラギノクニノヌシ〉の子〈ミコ〉なり、日本国〈ヤマトノクニ〉聖王〈ヒジリノキミ〉坐す〈イマス〉と聞き、国を弟〈オトト〉知古〈チコ〉に譲り、帰化し侍りぬ、仍りて〈ヨリテ〉献つる〈タテマツル〉ものは、葉細珠【ハホソノタマ】、足高珠〈アシタカノタマ〉、鵜鹿鹿赤石珠【ウカガノアカイシノタマ】、出石小刀【イヅシノカタナ】、出石槍【イヅシノホコ】、日鏡〈ヒノカガミ〉、熊神籬【クマノヒモロギ】、胆狭浅大刀【イサキノタチ】併せて八物〈ヤクサ〉なり。乃ち〈スナワチ〉日槍に勅して曰く、播磨国宍粟邑淡路国出浅【イデサ】邑この二邑〈フタムラ〉は、汝〈イマシガ〉意に任かして之に居れと、日槍啓して曰く、臣〈ヤツガレ〉の住まんとする処は、若し天恩を垂れ、臣が情願を聴し〈ユルシ〉給はゞ、臣親しく諸国を歴視し、臣が心に合へる地を賜はらんことを欲すと、乃ち之を聴したまふ。【以下、次回】

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