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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

敵国に日本の弱点を教えた下村海南

2014-02-16 04:50:23 | 日記

◎敵国に日本の弱点を教えた下村海南

 本日も、下村海南『来るべき日本』(第一書房、一九四一年二月)より。
 同書の第八篇「米と木材」の中に、「木材濫費と空爆」という文章がある。本日は、それを紹介してみよう。

 六〇 木材濫費と空爆
 アルプスの連峯を背にしてゐるスヰスは、日本の九州ぐらゐの山国である。この山国の総面積に対して、林野の面積は二割三部、すなはち百分の二十三を占めてゐる。しかるに日本内地はさざえのやうな山がデコボコと海岸にまで迫つてゐる。しかも林野の面積は六割一部八厘、すなはち百分の六十一強である。乃ち〈スナワチ〉日本は山の国である。だから木の国でなければならないが、一年平均千万石の産額しかないので米松〈ベイマツ〉など輸入したものである。
 ことに薪炭〈シンタン〉は燃料としてその重量の十分の二だけしか役に立たない。あとの十分の八はみな煙になつて消えてしまふ、一トンづつの薪炭と石炭の燃え工合を比べると、石炭は薪炭め約十倍の熱を出す。薪炭を燃料として用ひることがどれだけ不経済であるかがよくわかる。だから木造家屋と薪炭との消費を少なくして、出来るだけ木材の節約につとめたいものである。
 そのくせ、日本は他国に例のない木材の消費国である。家屋と薪炭に木材を濫費してる。電信や電話の柱も、鉄道の枕木〈マクラギ〉も、下駄もそれぞれに総消費量の百分の二位〈グライ〉で、新聞、雑誌、書籍、包紙〈ツツミガミ〉などに随分使ひ出したが、用材の半分以上は家屋の建築材料に使はれてゐるのである。
 木造は、鉄筋コンクリートや煉瓦や石などよりは脆くて長持もせず、何よりも火事の危険が多い。日本全国で一ケ年間の火事は約一万八千件で、一月に千五百件、一日に五十件といふ割になる。関東の大震火災の時など、もしあれが欧米のやうな建築であつたなら、.あれほどの火災にもならず、また人命も失はれずにすんだ。もちろんあれは天災で、百年に一度起こるかどうかわからないが、航空の発達に伴なひ、空襲による災害は比較にならぬほど大きくなつた。
 空爆の為めには、いづれの地点にあるとも、甚大なる災禍を蒙らざるを得ない。現に支那事変にも絶えず我が空軍の活躍が報ぜられ、巴蜀〈ハショク〉の険を隔てし重慶の街も廃墟の如くなつたといふ。欧州ではドイツとイギリスは互に空襲をつづけてる、ロンドンが連日連夜爆撃をうけつつあるニュースは日々の新聞で知らるる如くである。もしこれが木造の日本の都会であつたならどうであらう。関東震災の当時すらあの通りであつた。防空訓練をつづけてるもうなづけるが、広い広い大都市では、何機でも紛れ込み高空から爆弾を落されるから、どこかの木造家屋は火を失するのである。従つて火災を免れる事と、木材を浪費せぬといふ見地から、家屋に木材を出来るだけさける事と、木材にしても不燃焼とする事が当然考へられる。――不燃焼木材乃ち木材に薬液を注射する研究は大岡山の工大〔東京工業大学〕にて研究がつづけられ、成績をあげてゐる。――
 日本は年々の消費額の増加乃ち伐採量が多くなるので生長量が之に伴はない。そこへ満洲事変、次で〈ツイデ〉支那事変の為めに少なからず木材が現地へ輸送される。時局はあらゆる物資を要求する故に、木材の供給は次第に不足を告げる事は当然すぎる。そこへ、日本名物の山火事がある。

 なかなか興味深い指摘であるが、発表の時期が一九四一年(昭和一六)二月であることに注意されたい。すなわち、日米開戦の直前である。
 この文章は、国内に対しては、日本の弱点について警告を発したものであるが、敵国に対しては日本の弱点を教えているようなものである。すなわち、日本の弱点は「木材」にあると。
 また、日本は、一九三八年(昭和一三)一二月以降、重慶に対する空爆を繰り返しおこなったが、東京が同様の空爆を受けた場合は、その被害は重慶の比ではないことを、この文章は指摘している。この場合の弱点も、「木造家屋」である。
 一九四五年(昭和二〇)四月に、下村海南(下村宏)は、内閣情報局総裁に就任する。東京大空襲で、下町の木造家屋が灰塵と化した直後である。このとき下村は、自分が四年前、敵国に重大な「情報」を提供し、そのことがこの東京大空襲を招いたかもしれないということを、少しは意識したであろうか。

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