◎プロレスは「真剣勝負という名の八百長」
雑誌『真相』第七八号(一九五五年二月一日)に載っていた記事「プロレスの焦点 力道=木村戦の内幕」を、すでに四回にわたって紹介してきた。本日はその最後で、三三一ページの途中から、三四ページまで。
プロ・レスは何処へ行く
ではこれからさき「ショウではない真剣勝負」を売物にして大衆をつったプロ・レスはどこへいくということになる。今日、「真剣勝負という名の八百長」がバレてしまっては、いまさらもとの見世物興行に逆もどりすることもできず、頭痛ハチマキというが実情のようである。
すでにプロ・レスの本場であるアメリカでは、今から三十年前にちょうど力道と木村の一戦にもっと輪をかけたような物凄い試合がくりかえされて、マットの上で死人がでたり手足を折られて、病院にかつぎ込まれたりするものが続出した時代があった。
もちろん興行である以上、アメリカでも真剣勝負が売物にされたわけだが、その背後には興行仲間特有のギャングが試合に物言いをつけ、ピストルの打合い、はては殺人事件というような血なまぐさい出来事がさかんにおこり、真面目なスポーツ・ファンの抗議のマトになったものであった。アメリカの連邦警察でも、このようなインチキ興行の横行とファンの手厳しい抗議をすておくわけにはいかず、警察力の介入というかたちで、物凄な〔ママ〕プロ・レスはいっさい禁止という緊急措置をとったことがある。それから興行師も現在おこなわれているようなスリル満点の八百長興行へと変えたのであるが、試合内容については研究に研究をかさねた歴史をもっているのである。
このアメリカが三十年まえにすでに経験ずみである道を、やっと生れて三年目の日本のプロ・レスがたどろうとしていることは、仕方がないにしても、非常に危険なことであり、バカげたことだといえるのである
力道、木村の真剣勝負が終ったあと、国技館から流れでた観衆のうち、マジメなファンの声は「もうこりごりだ」というのが圧倒的に多かった。これに反して、いわゆるヨタモノくずれの連中からは「こいつは面白いぜ、この次は足の一本ぐらい本当に折れるだろうな」という無責任な興味本位の言葉もきかされた。
もし、プロ・レスやジャーナリズムがこのあとの連中の気にいるような方法で、宣伝や興行をつづけていくとするならば、たちまちのうちに失敗してしまうだろうということは、さきに述べたアメリカの歴史が立派に証明してくれているようである。
だいたいプロであれ、アマであれ、スポーツと名のつくものに「反則を紳士的見地から行動せよ」とルールのなかに明記してあるのはプロ・レスぐらいのものである。つまりショウでもなければ、真剣勝負でもないという半端な発展途上にある日本のプロ・レス興行が生んだ一つの奇妙な現象であるが、今後このやりかたを押しすすめていくと、興行師のサジ加減一つで、勝負は勝手な反則勝ちや、反側負けが公然とデッチあげられていく危険性が濃くなってきた。これをやられては、真面目なスポーツ・ファンはたまったものではない。
しかも、プロ・レスという非常に魅力的な興行を利用して、入間がただ闘牛のようにリング上を暴れまわられては、選手自体がスポーツ倫理からはみでた奇型児となっていく公算も大きい。
去年の夏ごろ、外国のプロ・レス映画「街の野獣」が上映された。この筋書は二人の主人公(ともにプロ・レス選手)が、死闘を展開する。そのうしろでは、興行師が巧みに両方をウソで固めて操っている。ついに一方は他方を殺してしまう。そして殺したあと、自分が興行師からだまされていたことが判り、興行師は殺されてしまうのである。
いずれにせよ、スポーツが金もうけのためにこの映画のように利用されていくことは、非常に危険であるということを力道・木村の「真剣勝負という八百長試合」は教えてくれたようだ。ともかく人間は考える葦である。プロ・レスがシャモケンや闘牛と同じなら、シャモにされた力道や木村も可哀想だし、第一金を払って見物する人のいいファンはたまったものではあるまい。
文中「物凄な」とあるのは、「物騒な」の誤植ではないかと思われるが、そのままにしておいた。
また、「プロ・レス映画『街の野獣』」とあるのは、ジュールス・ダッシン監督の映画『街の野獣』(20世紀フォックス、一九五〇)のことであろう。
この文章の筆者は不明だが、日米のプロレス業界の内情に通じているばかりでなく、プロレス興行というものに対し、かなり醒めた見方ができた人だったと思われる。
若干の日を置いたのちに、力道山・木村政彦戦をめぐる問題、雑誌『真相』の記事、あるいは増田俊也氏の『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』などについて論じてみたい。
今日の名言 2012・10・25
◎電子書籍には刷り過ぎの在庫リスクも供給不足の機会損失もない
米アマゾンCEOのジェフ・ベゾスさんの言葉。ベゾスさんは、キンドル(アマゾンの電子書籍端末)の日本版の発売を機に来日し、日本経済新聞の取材に応じた。本日の日本経済新聞より。