瀬尾まいこさんの本は、ほっとする、とか、心を温かくする、とよく聞く。
気になっていたので、何か借りて読んでみようかと思っていた。
そこで手に取ってみたのが、本書「私たちの世代は」。
本書の帯についていた内容情報は、次のようなものだった。
『そして、バトンは渡された』『夜明けのすべて』の著者の書下ろし長編
いまを生きる私たちの道標となる物語の誕生!
今でもふと思う。あの数年はなんだったのだろうかと。
それでも、あの日々が連れてきてくれたもの、与えてくれたものが確かにあった――。
小学三年生になる頃、今までにない感染症が流行し二人の少女、冴と心晴は不自由を余儀なくされる。母子家庭の冴は中学生になってイジメに遭い、心晴は休校明けに登校するきっかけを失って以来、引きこもりになってしまう。それでも周囲の人々の助けもあり、やがて就職の季節を迎えた―。
本書は、小学生の時に感染症禍を経験した女の子二人が主人公。
流行したての緊急事態宣言が発令された時には小学3年生だった。
感染症禍のせいで、一人は引きこもりになり、一人は中学生になってからいじめにあう。
そんな彼らが、10数年後社会に出ることになる。
そこまでの彼らの人生を追いかけて、物語が進む。
ただ、本書の構成が、小学3年生の過去と、その後の現在を行ったり来たりする。
その後の現在とは、中学生だったり高校生だったり大学生だったりということ。
場面転換が多いし、しかもそれが主人公が二人だから、どっちの子のことで話が展開しているのか、途中までよく分からなかった。
やがて、その二人の違いが分かってきてから、世に出ようとするときに二人の人生がからむようになり、面白いと感じた。
現代には、このように生徒や学生の時代に感染症禍となって、不自由な生活を余儀なくされた人がたくさんいたことだろうと思う。
様々な困難が生じ、自分の人生を狂わされたと思っている人も多いかもしれない。
でも、この物語を描くことで、著者の瀬尾さんは、「大丈夫だよ」「別な面から見るといいことだってあるんだよ」と、励ましてくれているような気がする。
特に、人との距離をとらなくてはいけなかった感染症の経験だけど、やっぱり人の支えになるのは、人とのかかわり、人とかわす言葉たちだと思わせてくれる。
心から信じられる人は少なくても、つながりを持てる人の存在が生きていく支えになる。
なかでも、母親の子に対する愛情は、形は違えども深いものがある。
たとえ子どもが、母親のことを好きでも嫌いでも、あるいはよくわからなくても、子どもへの深い愛を持っているということが、この物語からは伝わってくる。
この本が出版されたのは、2023年の7月。
まだ完全に感染症禍を脱したとは言えない時のものであった。
本書は、当てはまる世代には、いろいろと損をしたと思うことが多いだろうけど、元気出して、と励ましてくれる作品だ。
そうではない大人に対しても、今日嫌なことがあったって明日や明後日に楽しいことがあると信じて生きよう、と言っている気がする。
人生という長い目で見れば、負の体験と思うことも、負というだけではない。
失ったと思ってもただなくしているわけではなく、必ず得ているものもあるのだ。
そのことは、お粗末ながらここまで生きてきた私が抱いている、
「人生に無駄なことなんて何もない」
という思いとつながるところがある。
瀬尾まいこさんの作品は根底に温かいものが流れているから、好きだという人が多い。
初めて彼女の作品を読んで、なるほど、と納得したのであった。