ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

30余年前に勧められた「裏切り」(中島欣也著;恒文社)を読む

2022-09-08 20:24:14 | 読む


20余年前に、長岡市内に勤務した。

私が、新潟県の下越地方の出身と聞くと、長岡方面の人からは、続いて「新発田ですか!?」と問われたことがある。
以前の勤務先はともかく、出身はそこではないので否定したが、冗談交じりで「新発田藩には裏切られたからねえ」と言われたことが何度かあった。
過去の戊辰戦争で、河井継之助の長岡藩は、新発田藩の裏切りにあったことが負けた大きな原因だというのだ。
直接関係がないとはいえ、新発田人は、明治維新・戊辰戦争当時のことで、それから百数十年たっているのに、まだそんなことを言われなければならないのか!?
そんなにひどい裏切り方をしたのか?
そんな疑問があった。

この本が出た年は、ちょうど戊辰120年にあたる、昭和63年、1988年のことだった。
その当時、ある方から「『裏切り』。面白い本でしたよ。貸しましょうか?」と勧められたことがあった。
だが、30代前半の私は、「すみません。毎日忙しくてとても読む暇がなくて…」などと言って断ったのだった。
だが、『裏切り』というタイトルが妙に気になって、記憶に残っていたのだった。
それは、ひょっとすると、その本を勧めてくれた方の厚意を私が『裏切った』ように感じていたからかもしれない。

先日、「河井継之助、山本五十六、田中角栄 怨念の系譜」を読んで、河井継之助の無念の思いを知り、その裏切りについて無性に知りたくなった。
図書館から、本書を借りて、読んでみることにした。

本書には、「第1章 慶応3年12月」から、「第7章 新潟陥落」まで、新潟港攻防戦に関わった東西両軍の人間模様が描かれている。
時折、人物の内面の想いを深く描きながら話が進む。

特に、新発田藩の筆頭家老溝口半兵衛の想いは、原題「裏切り」に深くかかわってくる。

味方を裏切るべきではないが、敵は欺いたって当然のことだ。離れる時に、非難を浴びることなど、気にする必要はない。小さい義を守ることに心を奪われて、大きい義を踏みはずす。そういうことがないように藩を導いていくことが、家老の責務である。藩をも守り、勤王の素志をつらぬく。この非常の時、二つを両立させるには、割り切って大事なものだけを見据えていけばよいのだ。

こんなふうに書いてあった。
新発田藩は、突然、長岡藩や奥羽列藩同盟を裏切ったのではない。
もともと勤王の強い思いがあったゆえに、周囲の藩たちとのかかわりから、あとの後になるまで自分たちの立場を明確にできなかった。
それゆえに、将来後ろ指をさされるようになるかもしれないという危惧感はちゃんと抱いていた。

これから新発田藩が、つぎつぎとぶつかってゆかなければならない難関を超えていくためには、その後ろめたさを克服することが必要だ。
「何が一番大切か。それだけを見つめてゆけばよいそのために、何と罵られようと、覚悟のうえだ。わが私のためではねえ。やましいことではねえ。腹を据えろ。」

「新発田藩という木の、根を守るのが自分の役目。守るのは、攻める以上の決心、不退転の覚悟が要るのだ。しっかりしんば……」


これらの文からわかるように、新発田藩の行動は、覚悟をもっての実行だったのだ。

「覚悟をもって」というと、米沢藩総督の色部長門の行動も、リーダーとしての覚悟を感じさせる悲哀があった。
部下の全滅となる前に、退路のあるうちに周囲の者たちを帰し、自分が一番最後になってから脱出を図るがかなわなかった。
それまでの、のらりくらりとした言動は、優れたリーダーゆえだと思わせた。

そして、優れたリーダーと言えば、西郷隆盛。
著者の中島は、本書の最後には、新潟に上陸した西郷隆盛の心情についてもふれている。
その西郷は、政府に入り込んでいけない自分、深い空しさに襲われている自分を見ている。
だから、西南戦争で最期を迎えることになるのか、と読んでいてうなずいてしまった。

いずれにしても、簡単な「裏切り」ではなかったのだ。
藩のもつ信念に基づいた、覚悟を決めていた行為だったのだ。
そういう事実があることを考えると、旧新発田藩地域の出身だからといって、自らを卑怯者と卑下しなくてもいいのではないかと思う。
あの頃勧められた本書を、30余年たってから読むことができた。
得心の行く一冊であった。
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