私の家は山の向こう―テレサ・テン十年目の真実文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
【一口紹介】
スパイ説 本当の死因 中国政府の罠 天安門事件との繋がり・・・ 没後10年、いま明かされる「アジアの歌姫」の真実 全ての謎の答えはこの本にある!
【読んだ理由】
端的に言えばテレサ・テンが好きだったから。はじめてテレサ・テンを知ったのは昭和49年、新入社員として九州の宮崎市に赴任して当時の課長に連れて行ってもらったスナックの「白」というお店に張られた大きなポスターを見てからだった。日本デビュー第二作「空港」が大ヒットした年。懐かしい。
【コメント】
今からちょうど10年前の1995年5月8日テレサ・テンが「気管支喘息」の発作による呼吸困難の為静養先のタイのチェンマイで急死した。享年42歳。多くのファンにとって寝耳に水の訃報だった。
死後マスコミで喧伝される「国民党スパイ説」をはじめ、彼女にまつわるゴシップ記事に心を痛めたが、本書により多くの記事が虚報であり、その真実に触れ安堵の思いがすると同時に、中国と台湾に分断された国家の過酷な歴史と政治権力の政治的綱引きに翻弄され苦悩しつつ、ひたすら中国と台湾の民主化を願った歌姫の、日本に住む我々が窺い知ることの出来ない側面を知り痛ましい。
「忘不了麗君(デン・リーチェン)(テレサ・テンを忘れない)」
【印象に残った一行】
『私のこれからの人生のテーマは中国と闘うことです。』『歌で中国人の心を一つにしたいんです。』いづれもテレサ・テンの言葉。(本文より)
台湾の大きな「金宝山墓苑」の一角にあるお墓。歌うテレサ像のそばからはヒット曲が流れ続けているとのこと。