private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over19.3

2018-07-01 19:21:02 | 連続小説

 なんの因果か知らないけど、こうしてひとからひとへとつながる思いもあれば、どんなに望んでもつながらない思いもあるのは、受け入れる側の思いだってそこに存在するからだ。
 
おれが受け入れる気になったのは、最初のきっかけが朝比奈だったからで、それがだんだんと自分の欲望に変わっていく。世のオトコたちはトリコになったオンナのために命を削っていくものだけど、それって実は本当の自分をカムフラージュするための隠れミノでしかないんじゃないだろうか。
「ひとの思いも、ひとりではなんともならない。どんなに正しいことを言っても、やっても、最初はただの変人にしか思われない。いまの現状に満足している人、これ以上悪くならなければいいと思っている人。一度便利を手に入れたひとたちは、もう二度ともとの世界には戻れない。さっきの工場の物語もそれを示唆している」
 あっ、そこにつながるの。ていうかさっきのハナシ気にしてくれてたんだ。どこまで正しく伝えられたかわかんないけど、、、 もしかして、朝比奈も読んでたのか。
「子供向けの物語であり、その実はかなりシビア。ダブル・ミーニング。昔の創作者は、お上の検閲を通るように、当局の目を逃れるために、子供向けの本に本当に伝えたいことを潜めて作品を送り出すこともした。こういう意味にとれるというのは、どのようにも操作できる。読み解けた人にだけに語られる話しもある。それも含めて国家の管理のなかに組み込まれていて、なんにせよ毒抜きは必要なのよ」
 はて、ハナシが別のところに行ってしまったような。そうでもないのか。やっぱり脳細胞がおれよりキメ細かい朝比奈にはおれより多くのものが見えて、そのアタマで処理し続けているみたいだ。
 
おれたちがどんなに裏をかいて、してやったりと悦に浸っていても、それもすべて織り込み済みってのはよくある話で、それを仕掛ける側も、仕掛けられた側もどのみち誰かに操られているのはかわらない。そんなのをこども向けの物語に仕込ませてどうしようてんだとか、深読みしてもそれ自体が踊らされているにかわりない。
「わたしたち生き物は、食べ物があるうちは文句をいわないものなのよ。どんな労働を強いられても、権力を振りかざされても。まともに食事ができるうちは、争いは起こらない。それが究極のシビリアン コントロール。その食べ物がなんであってもね」
 そうだったのか、それじゃあ、おれたちはヤツらと戦うこともなく、一緒にうまいものでも食えばいいんじゃないだろうか、、、 いやダメだ。腹が満たされれば、お次は性欲を満たしたくなるからな、、、 やっぱり勝負は避けられないのか。
「そう思ったんなら、はじめましょう。すばらしき時間のはじまり。わたしはね、クルマをおりてるからホシノ、自分の思う通りにやってみたら。あんまり仲良くしすぎないでね」
 そんなヤキモチともとれる発言でおれを戸惑わせ、朝比奈はクルマを降りた。いいんだろうか、外に放りだしといておれだけが好き放題、自分のやりたいことやっちゃて。おれが少し困ったようなフリをしていると、朝比奈は前かがみになってウインドウからのぞき込んでいた。指先でトントンとガラスをたたく。前かがみになるとどうしても、ゆったりとしたシャツの胸元から白く柔らかなふくらみが、、、 ああ、目の毒すぎる、、、 毒ってより薬のはずだけど、、、 しかたなく目を泳がせることにした。
「あのね、わたしここで、スタートから見てる。自分の思うまま何度も繰り返してみたらいい。気になることがあったら声をかける。それまでは好きにしてみて。あなたのやりかたでね」
 
朝比奈はとてもものわかりのよい、都合のいいオンナになっていた。おれがひとりで集中して、トコトンやり抜いていく手段が好きなのを知っているかのように。ここまでおれを導いてくれるってのは、いったいどういうことなんだ。おれのちいさな脳みそで考えても、なんの回答にもたどりつけそうにないのでやめといて、思う存分やらしてもらうか。
「自分の身体で走るのと、クルマを介して走るのは、ぜんぜん違うんだけど、あたまで考えることはそれほど変わりない。そしてそのうちに、いずれも同じに感覚に溶け込んでいく」
 
朝比奈はそう言って後ずさっていった。おれの走りをスタートからゴールまで見渡すには良いロケーションで、夜通し稼動続ける工場から少し外れた脇道では、道を照らす明りとしては充分だった。
 
おれが陸上時代にやっていた方法は、走りながらひとつひとつ課題を出していき、そいつをクリアしていく方法で、トライしては修正していくことでタイムを削っていった。最初はそこそこタイムを縮められるが、あるところまでくるとその幅も少なくなる。そこでどれだけ我慢して続けられるかで、また突然タイムが削れたりする。それがこれまでに培ったおれの経験則だった。
 
そういう経験値があるかないかで気持ちも大きく変わってくるはずだ。先が見えなければ誰だって同じことを続けるのは困難になる。そこで止めてしまうのか、ひとつでも可能性を信じて続けるのか、おれは何度もその場に立たされては盛り返してきた。バカの一つ覚えだとも言えるし、石の上にも3年という言い方もある。なんにしろ結果がすべてなら、おれがやってきたことだってそれほど間違ってはいないはずだ。
 
一夜漬けでどこまでやれるかわからないけれど、その工程をなぞっていくのは懐かしくもあり、そして楽しくもあった。ひとつ課題をクリアすると顔がニヤついてたみたいで、朝比奈の方を向くと、苦笑いを隠すようにして顔を背けるから、そのたびにおれも照れ隠しをするように難しい顔をつくっていた。
 
すべての結果には必ず起因がある。自分の足で速く走るために、ただ足を素早く動かすだけではおのずと限界があり、足を素早く動かすためには骨盤の稼働域を広げ、力任せに足を前に出すのではなく、身体の重心を真下に伝えて効率的に自重を活かし、反転する腰から足をけり出し上体を前に出して、体重をかけた足を後方に置いていくようなイメージで身体を前に進ませる。
 
さらに骨盤をうまく動かすためには、肩甲骨と一体化して回せるようにしなければならないし、そのためには背筋の力が必要で、それを動かしつづけるスタミナがなければならない。
 
そんなことを教えられたり、本で読んだりして自分のものにしようと練習を繰り返していた。それらは当然すべてが噛みあってこそ力が発揮できるわけで、あたまで理解してカラダを動かしているつもりでも、すべてがつながるようになるには、何度もの挑戦と失敗を繰り返していくことが必要だった。
 
それで自分の身になったのか自分ではよくわからない。もっとできたのかもしれない。それは出せたタイムだけが如実に物語っている。
 
クルマを速く走らせるための最初の起因。今回の場合はいかに最短で最高速度まで到達させ、最高速度をいかに長く持続させる方法を見つけ出すことだ。
 アクセルを踏めばスピードは上がる。だからといって上がるまでに時間がかかっていれば勝負にならない。まずは最初にクルマが最も力強く前進するための適切なエンジンの回転数を見つけ出し、タイヤに伝えなければならない。そのあいだにはクラッチとかデフとか呼ばれる駆動機関が存在しているらしく、そこで損失するエネルギーを考慮しつつ、タイヤが地面に食いつきながらも、徐々に摩擦を押さえて抵抗を少なくしていくポイントを見つけ出さなければならないのは、シューズに体重をかけ、グリップを保つことでより遠くまで次の一歩を稼ぐ動作と同じだと思えた。足だけが前に出て上体が反って上滑りしてしまっては力強い加速が得られない。
 
それに、人間と同じで身体を動かしていれば筋肉の可動もスムーズになり、いわゆる温まった状態になっていけばタイムも良くなるように、走りつづけているクルマもしだいにアタリがついてきて、動きがよくなることもあれば、各部所の温度が上がってしまい冷めている時とは挙動が悪くなることもある。
 
タイヤなんてその最たるものだし、それにプラスして路面の状況だってフラットであるとか、路面の状態とか、砂が出ているとかで、蹴り出しの勢いにも影響がある。
 
そんな変わりゆくクルマの状況を身体で感じ、把握した上で次なる手段であり、判断であったり、それを一瞬のうちに決めていかなければならない。
 
同じだった、あの時と同じ。繰り返してやるほどにからだに染み込んでくる。それがいつのまにか、あたまで考えたり判断したりするより、からだが、手が、足が勝手に判断してくるようになってくる。
 
おれはいつしかクルマの一部になっていった。