private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over19.2

2018-06-24 13:29:14 | 連続小説

「わたしはいいのよ。いつも良い子にしているから、信用されてるの。いちいち連絡しなくても心配されないから、おかまいなく」
 おかまいなくって、かまいたくなるけど。だっておかしいだろ、イイ子が無断外泊としても心配されないなんて。安易に考えれば、もう親から見放されているとか、親と同居していないとか、、、 やっぱり、安易だ、、、 
 
朝比奈の私生活について謎は深まるばかりで、ぜひ詳しく訊いてみたいところだけど、そこらへんは闇の中なんだろうな。すべてを明らかにしないところが朝比奈の魅力を作り出しているのは間違いなく、そいつを証明するかのように、おれのぼやきもどこ吹く風で、朝比奈はソッポを向いている、、、 ソッポというか電話ボックスを、、、
 しかたなくおれはポケットの小銭を確かめて、電話ボックスに向かった。こんなところに電話ボックスだなんて、いったい日頃は誰が使うんだとか、そんな余計なツッコミも気を紛らわすにも至らない。いったいあの母親にどういえば夜間外出を見逃してくれるってんだ。かといって黙って朝帰りするのはもっとやばいだろ。どうやって顔をあわせるればいいのか、、、 これはあれだな、人生の岐路に立たされているってやつだ、、、
 
ここはやっぱりマサトに悪者になってもらおう。それが持たれつ、持たれつ、、、 持つことはない、、、 これで普段の貸し借りなしで、お互いさまってやつじゃないか、、、 この先なんど人生の岐路に立たされてもおれは、マサトをダシにしてくぐり抜けていく、、、 いけるはず。
 
と、マサトのせいにできるありとあらゆる悪事のストーリーを組み立てつつ、ダイヤルを回す。これまでの人生で何度も回した数字。意識しなくても勝手に手が動く。こういうのって超能力のひとつだと思うんだけど、日常に埋没してそれほど脚光を浴びないのはもったいない。
「あら、イッちゃん。さっきマサト君から連絡あったわよ。今日バイト先でお別れ会するんだってね。あんたどこか行っちゃって戻ってこないから、心配して電話があったの。今日は夜通しやってるから、早く来るように伝えてってね。高校最後の夏休みだし。今日は大目に見るから楽しんでらっしゃい。あっ、お酒はいいけど、タバコはダメよ。じゃあね」
 あつ、そうなんですか。母親は自分の言いたいことだけ言って電話を切ってしまった。そしておれはひとことも言葉を発することなく外泊の許可を得た、、、 いいんだろうか、、、神のご加護か、マサトの悪運か。
 さて、お別れ会とは? おれに内緒で、ひとをダシにしてそんなことを企画していたなんて。いや、おれのじゃなくて、スタンドのか、、、 なんにしろおれにだまって、、、 あれ? てことはキョーコさんとか、女子大生のおねーさんとかも来てるかも。あっ、キョーコさんにクルマ乗り回してることバレちゃうな。こんな運転じゃ笑われちまう、、、 もっと練習してから会うことにしよう、、、 そこはキョーコさんにいいところを見せようという下心が満載していた。
 おれは、きっと煩悩のかたまりのような顔をしてクルマに戻ってきたらしく、朝比奈は不快な表情を隠そうともせず、いやどちらかといえばニラミを利かしてくるもんだから、おれは顔を引き締める。なんとか母親を説得したといった体裁をととのえるつもりなんだけど、どこまで通用するやら、、、 金属探知機よりも、レントゲンよりも正確におれを解析していく、、、
「なんだか、つかみどころない顔してるわね。うまく言い訳できたとも、失敗して帰ってこいと言われたとも思えない。そのわりには別のこと心配してそうだし」
 ギクリ、、、 ギクってした時点でダメだな、、、 朝比奈は実用性のある超能力を発揮して、ほぼ100%おれの中と外で起きたことをあててしまった。それともおれはそこまでわかりやすのだろうか、、、 わかりやすいんだろうな、、、 子どもがどんだけ隠れて悪さをしても、母親はすべてをお見通しってのと同じだ、、、 それ、普通におれん家だな。
「まあいいわ、理由がなんであれ、時間が確保できればそれでいい。いまからやらなきゃいけないことは決まっているんだから、そうでしょ?」
 
そう。とにかく家に帰らなくても良くなった。自分の手でつかみ取った自由ではないけれど得た時間に変わりはない。その時間を使って、あとは上手く走れるようになればいい。久しぶりに血が沸き立ってきた。自分でもわかる。なにかが生まれるのがわかる。新しい力が自分に備わってくる。そして、動機でなんであろうとも目指す先はひとつだ。
 おれの高校生活でやるべきことはただひとつで、それは部活で結果を出すことだった。そのためにほかをないがしろにする良い理由だったのもたしかで、それさえやっておけば他は適当でも許されたってこともあるんだけど、そうやってひとつひとつの現象を組み立てて成果につなげていく作業が身にあっていたこともある。
 
それなりに嘱望され、めぐりあわせもあったけど、なんとか3年の春には結果を出せるところまでもってこれた。めぐりあわせのひとことですませたけど、そこにはそれなりに不幸なできごともあった。
 
いったいこのめぐりあわせとはなんなんだろうかと、折りに触れて思うことがある。ひとをもてあそぶように、ときに甘く、時に苦く、おれたちを揺さぶってくる。
 
おれはこどものころから、なにか特別な日があれば、それを楽しむより無事にその日を迎え、無事にその日を終えることが何よりも重要だった。楽しむより無事に終えたい気持ちが常に勝っていて、それはいろんな不幸を目にしてきたゆえの防御策だったんだ。
 
例えば旅行とか、遠足でもいい。なにかのきっかけで楽しみや、しかたなく出かけた先で不幸な目にあうっていうのは、いったいどんな圧が働いているのか。本人だけでなく、誘った人、そこに居合わせた人。それはみんなにおとずれた不幸になっていく状況を恐れていた。
 
無事に終えることができなかったあの日、なんだかおれはその日が来るのをずっと待っていたようにも思えた。それなのに、先生も、部活の仲間も、ぶつかった他校の生徒も、みんななにか申し訳ないような、見てはいけないモノを見てしまったあとみたいな、できるだけ触れずに済まそうとしている態度がおれには逆に辛かった。ついにおれにその時がやってきたんだって思った。
 
それからはもう自分でもわからないうちに、何を求めるでもなく流されるままに時を過ごしてきた。おかしなもので、これでいいんだとふんぎれたおれよりも、まわりが過剰反応して、そうすればするほど、おれは余計になんでもないふうを装っていた。おれがそんなふうになるとまわりは安心してそれを続けていく、そのほうが楽だからだ。おれも回りが楽なのを安心して自分を制御していた。そして、今後もそうやって時を塗り潰していこうとしている。なぜ自分自身の判断でできなかったのか、それは、、、
「それは、それはいま必要じゃないでしょ。必要なのは、やるべきことをやるべき時間におこなうことだね。ホシノはこれまでそうして不幸をかいくぐる生き方をしてよかったことあったの? これまでの積み重ねの経験をかてに、この先も生きていこうとしていくだけでいいの? もうやめていいんじゃないのかな、そういうの。これまでがこうだからじゃなくて、この先をどうするべきかって尽力すべき。いまならホシノはもう一度やれるのよ。ほんの少しの偶然と、まわりの人達のお節介のおかげで」
 どうして朝比奈がそこまでおれのことを考えてくれるのかわからなかった。なんだか、おれに立ち直って欲しいみたいな、更生して欲しいみたいな。うれしいんだけど、それほど気にかけてもらえる理由がない、、、 朝比奈の側にあるとすれば、、、
 いいや、そうじゃない、そうじゃないんだ。これまでだってなんども声をかけてもらっていたはずだ、あの先生も、あのお爺さんも、親も、友達も、、、 おれはその時、訊く耳を持たなかったり、気持ちに入ってこなかったり、心に響かなかったりと、理由はさまざまで、そうしてうまくいかない人生を誰かのせいにして浪費してきた。
「誰だってそうよ、自分だけがなんの出会いもないって悲観している。よかったじゃない。ホシノはもう、信じることができるんだから。あとはもう自分も信じてなにをすべきか判断することね」
そうか、そうなんだな。おれがいましなきゃいけないのは過去を慮ることでも、後悔を再認識することでもない。あの日の、あの時と同じように、ただ頑張ることだけだ。キョーコさんが本当に望んでいたのは、永島さんのクルマをまた勝負の場所にもどしてやることなんだ。そうしておれもまた、もう一度走ることができる、、、 ってことで、、、