ringoのつぶやき

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超円高放置の日本は衰退加速、ドル安で復活する米製造業(産経)

2012年09月16日 13時46分43秒 | 為替

現状維持に傾く民主党代表選に比べ、「次期首相」狙いの自民党総裁選は盛り上がる。だが、この政局からは国力の衰退を止め、どう巻き返すかという国家基本政策の対立軸が見えてこない。11月の大統領選に向け、現職オバマ候補(民主党)とロムニー共和党候補が国家経済モデルでせめぎ合う米国と対照的だ。

 そこで気になるのが、現下の円高である。市場はなぜドルを売り、円を買うのか。まずは米国の量的緩和第3弾(QE3)の観測(13日に実施を決定)が挙げられるのだが、短期的な要因にすぎない。ドル相場には中長期には米国政治の意思、つまり国家基本政策が作用する。

「金融」対「製造業」

 

 「米国の意思」はどう決まるのか。ロムニー氏とオバマ氏の対立軸は「富裕層」対「中間層」、「小さな政府」対「大きな政府」というふうに報じられるが、歴史的にみると「金融」対「製造業」という米国資本主義特有の図式が浮かび上がる。

 もともと米国で製造業とは産業の主流という意味で「メーン・ストリート」と称され、金融業の「ウォール・ストリート」と対比される。いずれも米国を突き動かす国家経済のエンジンであり、歴代の政権は民主、共和を問わず、どちらかに力点を置いてきた。

 1980年代の共和党レーガン政権は2期8年間の前半が規制撤廃による金融市場活性化、後半が製造業競争力強化にシフトした。90年代の民主党クリントン政権は当初、日本たたきによる製造業てこ入れに邁進(まいしん)したが、95年央からはグローバルな金融自由化とインターネット関連(ドット・コム)株式ブームを後押しした。

 2001年、「ドット・コム」バブル崩壊直後発足のブッシュ政権は「メーン・ストリート」の復権を目指し、製造業出身のP・オニール氏を財務長官に据えたが、9・11米中枢同時テロに遭遇し金融市場は大きく揺らいだ。そこで住宅ローン証券化商品乱発による住宅バブル創出で家計に借金を促して消費をあおり立てると同時にウォール・ストリートをバブルで太らせた。

 リーマン・ショック後に発足したオバマ政権は財政出動では成果を出せなかったが、大統領はこの1月の「一般教書」演説で製造業の復活を強調して以来、選挙戦では一期目の最大の実績の一つとしてアピールしている。

 

■対照的な日米の生産

 

    円・ドル相場と日米の電子部品生産

 グラフは円・ドル相場と半導体など日米のエレクトロニクス生産を対比させている。代表的な半導体である集積回路(IC)の日本での生産規模は円安時の07年前半までは伸びたが、円高に転じた後は凋落(ちょうらく)の一途だ。対照的に米国の電子部品生産は急速な拡大基調を保ち、「リーマン」後は成長軌道にある。本グラフでは省いたが、電子機器、自動車、航空機など耐久財総生産はV字形の回復を遂げている。

 実のところ製造業回復はオバマ政権だけのおはこではない。ブッシュ前政権時代の02年から円、ユーロなど主要国通貨平均に対するドル安とともに復調している。ドル平均相場はリーマン直後に上昇したが、09年8月以降は再び下落。その後、ユーロ安の影響を受けて少し上昇して現在に至る。平均相場水準をみると、最近のドルはリーマン前の最安値とほぼ同じである。遅い雇用情勢の回復が示すように人員削減、賃金引き下げなど現場の犠牲に加え、ドル安なしに復活はありえない。

 ドル安の決め手は米連邦準備制度理事会(FRB)による金融緩和政策である。物価と並んで雇用の安定を義務づけられるFRBは金融政策の基本方向を時の政権に合わせがちだ。ブッシュ政権の場合、「9・11」を受けたFRBのグリーンスパン前議長による低金利政策だし、オバマ政権の場合はバーナンキ議長による3度のQEだ。FRBは現在までにドル資金をリーマン前の3倍まで発行している。じゃぶじゃぶのドルは、量的緩和に背を向ける日銀政策のために発行量がさほど伸びない日本円の相場を押し上げ、超円高をもたらした。

■金融政策変更が不在

 

 オバマ政権は再選されると、製造業での雇用や中間層のてこ入れのためにますますドル安政策に傾斜していくだろう。ロムニー候補が勝利したとしても、米経済を金融主導型に戻すにはまだまだ時間がかかる。歴代の共和党政権と同様、メーン・ストリートをないがしろにせず、ドル安政策を続けるに違いない。

 日本はどうか。財務・日銀官僚に依存する野田政権は円高を容認し、官僚作文の「成長戦略」には金融政策の変更をてこにした本格的な円高是正策が不在だ。民主も自民も次期党首が通貨政策を現状維持路線で済ますなら、市場はますます円買いに走るだろう。                  (編集委員・田村秀男


ワシントン支局長・佐々木類 オスプレイで尖閣視察を(産経)

2012年09月16日 13時41分00秒 | 政治

■いじめられっ子

 

 ずいぶんとなめられたものである。わが国を取り巻く国際環境は歴史認識や領土で出来の悪い近所の不良に因縁をつけられ、経済協力という金銭を巻き上げられる東アジアの「いじめられっ子」の構図そのものだ。野田佳彦政権や日本国民もまさか、日本が金持ちで国際社会の優等生だからそれでも構わないとは思っていまい。国民の生命、財産、領土を守るには、政府がやるべきことを粛々とやり、それを国民が支持していかねばならないことは歴史が教えている。

 現在の日中関係は、19世紀末に清国が北洋艦隊を率いて日本を恫喝(どうかつ)するために来日した際と酷似している。1886(明治19)年8月、巨艦「定遠」「鎮遠」など、4隻の北洋艦隊が名将、丁汝昌提督に率いられて長崎沖に投錨(とうびょう)した。

 清国内で、「日本征伐」論が高まっていたころで、上陸した清国水兵数百人は繁華街で飲酒、略奪を尽くし、日本の警官ら2人が殺害され、29人が負傷した。「清国長崎水兵暴行事件」である。日本政府は「眠れる獅子」を刺激しないよう穏便な対応に腐心し、結果として清兵の横暴を許した。

 北洋艦隊は91年にも「定遠」など6隻を率いて横浜に来港した。日本帝国海軍生みの親、旧幕臣の勝海舟ですら腰を抜かすほどその威容に驚嘆し「世の中の惰眠を警鐘しなくちゃぁいけねぇよ、と新聞記者に語った」(「清国北洋艦隊来航とその影響」愛知淑徳大、朝井佐智子著など)。

 新聞でことの重大性を知った国民は、海軍の整備に理解と支持を与え、最後は日清戦争で北洋艦隊を撃破、定遠を海底に葬った。

■物騒なスローガン

 

 「日本人を皆殺しにせよ」。何とも物騒なスローガンである。8月、中国四川省成都のデモ隊はこうした横断幕を恥ずかしげもなく掲げ、世界中に恥をさらした。ジェノサイド(集団殺戮(さつりく))は中国王朝史をひもとくまでもなく、異民族との興亡に明け暮れた彼らの“専売特許”で、日本人のメンタリティーにそんな発想はみじんもない。日中国交回復に尽力した周恩来元首相も、改革開放を進めたトウ小平氏も草葉の陰で自国民の民度の低さを嘆いているだろう。

 民主党のクリントン政権下で国防次官補を務めた米ハーバード大のジョセフ・ナイ特別功労教授は5日付「コリア・タイムズ」へ寄稿し、この横断幕に驚きをもって言及した。この中で「東シナ海で戦争が起きるとでもいうのか。米国は尖閣諸島に(米国の日本防衛義務を定めた)日米安全保障条約を適用すると宣言した」とし、中国国内の動きに懸念を表明。「中国は公船の尖閣諸島海域への派遣をやめ、日本は政府が尖閣諸島を買い上げ、国際的な海洋防護海域だと宣言すべきだ」と語る。

 広東省深センでは8月、日本車や日本料理店が襲撃された。27日には、公務中の丹羽宇一郎駐中国大使が乗った公用車が襲われ日の丸が奪われた。どうみても計画性が疑われるが、中国当局は「愛国無罪」という陳腐な理屈で犯人を軽微な行政処分で釈放した。

 

一連の反日行為の背景には「中国国内の権力闘争がある」と専門家が言い、だからこちらも目くじらを立てる必要はないと講釈していた。日の丸が奪われ、在留邦人が被害を受けたのは事実だ。自分を殴った相手をしたり顔でかばうのは戦後GHQ(連合国軍総司令部)にすり込まれた自虐的な贖罪(しょくざい)意識のなせる業か。盗人に追い銭を渡すような日本からの報道に強い違和感を覚えた。

■実効支配を強化せよ

 

 トンチンカンな専門家の講釈もそうだが、野田政権による「毅然(きぜん)とした対応」という、空虚なフレーズも聞き飽きた。尖閣諸島に不法上陸し、海上保安庁の巡視船にレンガを投げつけた犯罪者を裁判にかけず航空機で“お見送り”するのが「毅然とした対応」とでもいうのか。そんなお人よしだから欧米メディアも悪乗りする。

 米紙ウォールストリート・ジャーナルは中国人の不法上陸に憤る日本国内を「ナショナリストの影響力が強まる」とし、ロイター通信はこの中国人を「活動家」と報じ、慰霊祭の際に上陸した都議をナショナリストと書いた。では、米大統領選で星条旗を振る高齢の女性はナショナリストなのか。反日に筆を振るう在京の中国、韓国人記者は、彼らにとって都合の良いことばかりを言う「良識的な」日本人がどれだけいるか、街に出て自らの足で確かめてみるがいい。

 米国は尖閣諸島に安保条約を適用する。実効支配を静かに着実に強化するのは今をおいてない。事なかれは乱暴者の冒険心をくすぐるだけだ。21世紀の北洋艦隊が怖くて船だまりが造れないなら、次期首相はせめて、離島防衛の切り札、米軍の垂直離着陸輸送機「オスプレイ」で空から尖閣諸島を視察すべきである。(ささき るい)