複数のプロペラを備えた小型の無人電動ヘリコプターが、趣味の世界を飛び出して、様々な分野で応用されようとしている。意図を持って自動的に飛行する「ロボット」と化すことで、無人ヘリの真価がいよいよ発揮される。産業応用から始まり、最終的には人の近くを飛び交い、共存することになりそうだ。
「あれ、止まったぞ。渋滞かな」。クルマの運転中、“千里眼”のように道路の前方の様子を見てみたいと思ったことはないだろうか。たまたま流れが悪くなっただけなのか、それとも状況の回復に時間がかかりそうな事故なのか。少し先を見通せれば、もっと正しい判断ができるのに――。
「テレビのリモコン、あんなところにあるのか。取りに行くのは面倒だな」。家でソファーに寝転びながら、“念力”でリモコンを動かすことを願った人も多いだろう。手元まで飛んできてくれたらいいのに――。
2020年ごろには、こうした願いがかなう兆しが見えてきた。人の代わりに物を動かしたり、動いて人の機能を肩代わりしたりする「ロボットヘリ」が上空を飛び交い、建物の中を縦横無尽に飛び回る時代が近づいている(図1)。
図1 技術開発の進展や利用環境の整備に伴い、小型電動ヘリの用途が拡大する見通しだ。一部のユーザーだけが使っていた状況から、まず産業応用が盛んになる。4~5年後には一般ユーザーとの共存が始まる
■趣味や空撮で利用者が急増
冒頭のような希望をかなえてくれそうなのが、複数のプロペラを備えた無人の小型電動ヘリコプター(以下、小型電動ヘリ)だ。2005年ごろに大学などの研究者の間で注目され始めたもので、最近では多くの企業が手掛けるようになった。
ここ数年で機体の低価格化や高性能化が進み、趣味として飛ばす愛好者や、空撮に利用する映像制作者が増えている。2014年2月に開催されたソチオリンピックの「スロープスタイル」競技で、小型電動ヘリが滑走者の横を飛びながら撮影していたのは記憶に新しい。
そうした市場の急拡大を象徴する企業の一つが、2006年創業のベンチャー企業である中国DJI Innovationsである。小型電動ヘリメーカーの先駆けとなった同社は、今では1500人以上の従業員を抱える規模にまで成長している。
新興企業の米AirDroidsによるKickstarterのプロジェクト「The Pocket Drone - Your personal flying robot」も、小型電動ヘリに対する注目度が高まっていることを示す好例だ。2014年1月に募集を開始した同プロジェクトには、目標をはるかに超える金額があっという間に集まった。締め切りまで20日を残した時点で、目標の3万5000米ドルの20倍近い約63万米ドルもの資金を集めた。なお、Pocket Droneは、機体の重さが約1ポンド(約453.6g)と軽い、3個のプロペラで飛ぶ電動ヘリコプター(標準的なパッケージの価格は495米ドル)である。持ち運びが容易な折り畳み式で、デジタルカメラを据え付けるためのマウントも備える。
■電子技術者向けのシステムに
小型電動ヘリの市場が急速に立ち上がったのは、ヘリコプターの構造が従来に比べて極めて単純になったからだ(図2)。
図2 小型無人ヘリの主な構成要素。3D Roboticsのクアッドローター型ヘリ「IRIS」を例に取って、主な構成要素を示した
実は、無人ヘリ自体は古くから存在していた。例えばヤマハ発動機が産業用無人ヘリの初代機を披露したのは1987年のことだ。以来、国内では20年以上にわたって農薬散布などで使われてきた。しかし、用途は限られていた。高価で、操作やメンテナンスに熟練が必要なため、誰もが使える状況にはならなかった。
従来型の無人ヘリは、重く大きいエンジンによってプロペラを回転させる、シングルローター(揚力を得るプロペラの回転軸が1個)方式が一般的だった。この方式では、本格的なヘリと同様、ローターの回転面や迎え角などを制御するための複雑な機構を備える必要がある。機体も数十kgと重い。こうした複雑な機体を作れるメーカーは限られる上に、製造コストがかかる構造のため、機体の価格が下がりにくかった。
2006年ごろから徐々に製品が登場した小型電動ヘリは、3個以上のプロペラを備えたマルチローター方式のものだ。前進/後退や上昇/下降、各軸の回転(ロール、ピッチ、ヨー)というヘリコプターのすべての動作を、個々のプロペラの回転数を独立して制御するだけで実現する。
プロペラの迎え角などの制御は不要なため、従来型に比べて構造が大幅に簡素化される。「モーターの回転数制御だけで飛ばせるようになったことで、機械技術者向けだったヘリコプターが電子技術者向けのシステムに変わったといえる」(千葉大学 大学院工学研究科 人工システム科学専攻 教授の野波健蔵氏)。
■数万円で購入可能に
小型電動ヘリを構成する主な要素は、(1)モーターとプロペラから成る駆動部、(2)加速度・角速度・地磁気・高度・緯度/経度などを調べるセンサー部、(3)センサーの値から姿勢や位置を認識し、プロポ(操作者が持つコントローラーのこと。「プロポーショナルシステム」の略)からの受信信号を基にモーターの回転数を決めて飛行を制御するコンピューター部、そして(4)全体に電力を供給する2次電池――である。
この他、操作用の通信機能も備える。プロポからの操作情報の送信は無線制御(ラジオコントロール)の専用周波数帯(40MHz帯、72MHz帯、2.4GHz帯)などを使う。位置情報や映像などをスマートフォン(スマホ)やパソコンなどと送受信する通信には、無線LANなどを使うのが一般的だ。
加速度センサーや角速度センサーなどの部品の小型・軽量化や低価格化と、一部の小型電動ヘリメーカーによる飛行制御装置の外販などが進んだことにより、一般ユーザーが小型電動ヘリを数万円程度で購入できる環境が整った。
現在のマルチローター方式の小型電動ヘリには、趣味用の数千円程度のものから、軍用も想定する数百万円程度と高価なものがある。機体の重さや2次電池の容量、飛行時間などもさまざまだが、1kg程度の機体で、機体以外に500g前後の荷物を積載できるものが多い(表)。飛行速度は最大で時速30km程度である。
表 GPSで位置を確認しながら飛行できる主な小型ラジコンヘリ。独自の飛行制御装置を搭載するものを抽出した
■人も資金も集まる
マルチローター方式の小型電動ヘリの進化に合わせて、人や資金も集まるようになっている。その象徴が米3D Roboticsだ。オープンソースの飛行制御ソフトウエア「APM:Copter」(旧名:ArduCopter)を搭載した小型電動ヘリや飛行制御装置を提供している同社は、2012年12月に500万米ドル、2013年9月には3000万米ドルもの資金を調達した。
同社を2009年に立ち上げたのは、『ロングテール』や『フリー』『MAKERS』の著者として知られるクリス・アンダーソン氏だ。同氏は2007年に個人用無人機に関するオンラインコミュニティー「DIY Drones」を立ち上げ、3D Roboticsの創業につなげた。
APM:Copterの開発の場となっているDIY Dronesの登録会員数は、今では4万9000人に上る。さらにAPM:Copterは大学などの研究機関でも広く使われるようになった。小型電動ヘリの基礎技術開発とその活用が、正の循環で回り始めている。
■人から離れた場所で使う産業応用から
ここまで述べたような状況は、小型電動ヘリの普及に向けた序章にすぎない。電子技術の粋を集めてロボット化を進めることにより、「千里眼」や「念力」を実現する機械へと変貌させられるのだ。各国の企業や研究機関も、そうした時代を見据えて小型電動ヘリの応用の可能性を検討し始めている。
プロポを使った操作に人が掛かりっきりになる無線制御のままでは、いくら性能向上や価格低下が進んでも、趣味や空撮の世界から抜け出せない。人からの簡単な指示や、何らかのイベントの発生に応じて、自律的に動くことが必要になる。
目的地への適切な経路を決定し、突発的な問題にも対処しながら到着し、何らかの作業(例えばカメラのシャッターを切る)を行い、適切な経路で帰還できるようにする――。こうした一連の処理を自動で実行するロボット化を実現することで、小型電動ヘリの用途は大きく広がるはずだ(図3)。
図3 小型無人ヘリがロボット化によって自動飛行できるようになることで、無線操縦するヘリとは異なる新たな価値が生まれる
ロボット化によってまず始まるのは、人の居場所から離れたところで活用する産業応用だ。初期段階では、「人や物の上に落ちてはならない」という安全面の考慮が必要だからである。太陽電池や道路といった設備の点検、災害時の初動調査、空中からの測量といった用途が中心になりそうだ。
一般ユーザーに近い場所を飛び始めるのはその後になる。測位精度の向上や自動飛行技術の高度化、安全性の確保などを進めることにより、個人用の偵察機や物の自動配送機として屋内外で使われることになりそうだ。
■機能と飛行時間はトレードオフ
電子技術の投入によってマルチローター型小型電動ヘリを賢くすることは可能だが、飛行性能自体を劇的に改善するのは難しい。プロペラの回転によって揚力を得る手法や、各モーターの回転数の調整によって機体の動きを制御する手法は既に成熟しており、それほど大きな革新は望めないからだ。
だからこそ、地道に機体を改善する手段が求められている。ロボット化を目指して新しい制御技術を導入したり、周辺観測用の新しいセンサーを導入したりすると、機体に載せた新しい部品で重くなる上、それらの部品の消費電力が上乗せされるからだ。
プロペラの回転数を増やして揚力を大きくするほど、モーターの消費電力は大きくなる。単純に機能を追加すると、飛行時間の減少は免れない。理想は、新しい機能を導入しながらも飛行時間を維持することだ。そのためには、飛行や制御のための消費電力を減らすなどの手段で電力上の余裕を創出しなければならない(図4)。
図4 ヘリの技術革新は重さとの戦いとなる。新しい制御手法や積み荷を加えるためには、機体を浮上させる電力と求められる飛行時間という制約の下、機体の軽量化や飛行効率の向上などを進めて余裕を捻出しなければならない
具体的には、(1)2次電池の容量密度の向上、(2)機体の部品の軽量化、(3)モーターとプロペラの最適な組み合わせによる効率向上、(4)センシングや飛行制御などを行う電子回路の消費電力削減――などを実現する技術が強く求められることになる。ここで余裕を生み出すことによって、機体のロボット化などに向けた部品や機能の追加が可能になる。
小型電動ヘリが今後進化する方向として考えられるのは二つある。一つが、より複雑な機構を採用し、より長い時間、より重い機体を飛ばせるようにする方向。固定しているローターの角度を動的に変更して単位電力量当たりのローターの仕事量を増やしたり、固定翼と組み合わせることで飛行距離を延ばしたりする。もう一つが、より正確に、より簡単に飛ばせるようにする方向。主に電子技術の進化によって実現するものであり、これによって人の近くを飛ばせるようになる(図5)。
図5 小型無人ヘリは今後、機体が複雑になる方向と、扱いやすさを高める方向の2軸で進化しそうだ。後者の進化は、電子技術の革新によるセンシングや制御アルゴリズムの高度化が支えることになる
(日経エレクトロニクス 竹居智久)
[日経エレクトロニクス2014年3月3日号の記事を基に再構成]